第31話 お約束?
穏やかな日差しが降り注ぎ、ぽかぽかとした陽気。
そよそよとした風が良い匂いを辺りから運び、村人たちの空腹を演出する。
「よし、ここまでだ。メシにしよう!」
「ふぅ……」
僕はその場で腰を落とす。
現在、バレン村に二泊三日予定で滞在中。
前回の件で力不足を感じた僕は、例によってダグラスさんに特訓をして貰っている。
「何だ坊主、もうへばったのか。少しはやるようになったと思ったが、もう少し体力をつけんといかんな」
ダグラスさんは豪快に笑いながら僕の背中ををたたく。
相変わらずの力だ。
特訓でも、まだダグラスさんに軽くいなされている。
もしかしたら一割程度も力を出していないのではないかと感じる。
剣といい、力といい、僕はこの人を超えることが出来るのだろうか。
途轍もなく不可能なことを目指しているような気がしてきた。
まあ、目標は高い方が良いと思うことにしよう。
「ごはん♪ ごはん♪」
ミウが飛び跳ねながらアリシアさんの元に向かうのが見える。
アリシアさんの作った食事は、スラ坊の作った食事とはまた違った美味しさがある。
ミウはその食事が大好きだ。
それはもちろん僕もだけど――。
……僕も行くか。
重い身体を起こし、食事の用意されている部屋へと向かう。
テーブルには所狭しと沢山の料理が並べられていく。
「おお、美味しそうだな!」
ダグラスさんの言葉にアリシアさんが微笑む。
食事を運び終わったアリシアさんとミサキが席に着き、待ちに待った昼食の時間となる。
「〜〜♪」
アリシアさんが取り分けてくれた料理をミウが器用にフォークでつつく。
口いっぱいに頬張り満面の笑みだ。
僕も食べようかと思ったところで、ふと視線を感じた。
何やらミサキがじっとこちらを見ている。
「ミサキ、何?」
「……気にしないで」
いや、そんなに見つめられたら普通に気になるでしょ。
僕の顔に何かついてるかな?
「ほら、カナタくんもミサキちゃんも食べなさい。カナタくん、これなんてお勧めよ。食べてみて」
アリシアさんが取り分けてくれたのは、野菜と肉が一緒に煮込んである料理だ。
多少野菜が荷崩れしているが、問題は味。
早速、その料理を一口。
うん、薄味だけどしっかり味がついている。
結構好みの味だ。
「どう? カナタくん」
「はい、いつもながら美味しいですよ。薄味ですけど僕は結構好きです」
「それ、ミサキちゃんが一人で作ったのよ。ミサキちゃん、良かったわね。カナタくんが美味しいって」
「……良かった……」
ミサキがほっとした表情を見せる。
最近、ミサキの薄っすらとした表情の変化もかなり分かる様になってきた。
「ミサキ、美味しいよ。ありがとう」
改めてミサキに言うと、ミサキの頬が少し桜色になる。
「……良い。……もっと食べて」
その僕たちを温かい視線で見守るアリシアさん。
食卓は終始和やかだった。
「坊主、王都に行って来い!」
食事も終わり、食休みということでまったりとしていると、唐突にダグラスさんが切り出した。
「王都ですか?」
「ああ、そうだ。そろそろ坊主には新しい武器が必要だと思ってな。ロングソードではそろそろ役不足だろう。王都には俺の知り合いの鍛冶師がいる。これを持って行け」
ダグラスさんから一枚の手紙を受け取る。
「多少偏屈な男だが、坊主なら気に行って貰えるだろう。……まあ、頑張れ」
「えっ!? 頑張れってどういう事ですか?」
「まあ、行けばわかる」
話はこれで終わりとばかりにダグラスさんは庭に出る。
それから日が暮れるまで、ひたすら特訓は続いた。
そして数日後、ベラーシの街に戻った僕たちは、ダグラスさんに言われた通り王都を目指すことにした。
王都はベラーシの街の西側に位置し、馬車で約四日との事だ。
もちろん、四日というのは普通の馬車でかかる時間なので、恐らくそれよりも早く着くだろう。
「王都って言うからには大っきい所なんだよね?」
高速馬車に揺られながら、ミウがわくわく感を全面に出して質問してくる。
「うん、多分ね。僕も初めて行くから楽しみだよ。ミサキは言ったことあるの?」
「……ええ。……王都出身」
それは初めて聞いた。
「じゃあ、ミサキの実家もあるんだ。ご挨拶に行かないと不味いかな」
ミサキは首を横に振る。
「……挨拶は不要」
ミサキがこれ以上話したく無さそうだったので、この話は終わりにすることにした。
ベラーシの街を出て二日目、家の高速馬車は相変わらずの高性能で街道をかっ飛ばしている。
先程、商隊のような馬車とすれ違ったが、こちらを見て驚いているようだった。
そりゃあ倍以上の速度が出ていれば誰だってね。
この分なら今日中に王都に着くだろう。
「カナタ、何かいるよ!」
ミウから警告され、僕も魔法で気配を探る。
この前獲得した経験値で取った無属性魔法スキャンだ。
ちなみに、ミサキも僕らと同じように魔法ステータスが開けるようになっていた。
ミサキの魔法がさらに強力になったのは言うまでもない。
「うん、人だな。でも何で隠れているんだ?」
「……おそらく盗賊。……気をつけて」
盗賊は、街道の陰に隠れて商隊を襲う。
今回もその類であろうとミサキは踏んだようだ。
案の定、剣を片手に持った男三人が馬車の前方に現れた。
「止まれ!!」
それを聞いたミサキはユニ助に指示を出す。
「……ユニ助、全速前進」
「うむ、分かった!」
ユニ助がさらに速度を上げる。
巨体がうなりを上げたユニ助が三人の男に迫る。
まさかこれ以上加速するとは思わなかったであろう男たちは慌てふためく。
「ち、ちょっ、止まれ、バカっ! ぐえっ!」
「あぶろばっ!」
「たわばっ!」
予想通り男たちは跳ね飛ばされ宙に舞う。
「……良く飛んだ。……新記録?」
「た〜まや〜!」
何の新記録ですか!?
ミウも良く知ってるね、その掛け声。
だが、相手も熟練の盗賊?
しっかりその後方に馬車数台でバリケードを張っており、仕方なく僕たちは馬車を止める。
周りからわらわらと盗賊達が集まる。
二十人はいるだろうか。
その中には先ほど吹き飛ばされた男たちも交じっていた。
「よくもやってくれやがったな! 金目の物さえ置いて行けば命だけは助けてやろうと思ったが、もう許さねえ! 皆殺しだ!!」
どうやらあの跳ね飛ばした男が盗賊の頭だったようだ。
顔を真っ赤にして怒り狂っている。
どうやら相手をしなくてはいけないようだ。
仕方なく僕たちは馬車から降りる。
盗賊たちはミサキを嫌らしい目で舐めまわすように見る。
「おい、女がいるぜ!」
「別嬪じゃねえか。こりゃ高く売れるぜ!」
「おいおい、売る前に俺たちで味見をしてやろうぜ」
聞くに堪えない言葉が盗賊たちから続々と発せられる。
だが、かえって有り難くもあった。
これで多少のもやもやした気持ちが吹っ切れた。
ミサキ、ミウを守る為、僕は初めて生死を気にせず、全力で人と戦おう。
「お前ら! やっちまえ!!」
「……ファイアウォール」
盗賊たちが飛びかかるよりも前に、ミサキの魔法が発動する。
目の前の高い炎の壁に、盗賊たちは行く手を阻まれる。
その炎の壁に巻き込まれたのは三人、既にもう戦闘は出来ないだろう。
「いっくよ〜! ウインドカッター!!」
その炎の壁を突き抜けて、風の刃が盗賊たちを襲う。
あちらこちらから盗賊たちの悲鳴が聞こえた。
これは僕も負けてはいられない。
「貫け! ストーンニードル!!」
炎を纏っていた地面が針のように相手に向かって隆起する。
その隆起によって炎の壁が消し止められ、盗賊たちの姿があらわとなる。
巨大な土の針によって動けなくなった者は数名。
盗賊たちはその数を既に半数以上減らしていた。
「くそっ! 野郎ども! 魔法に気をつけろ! 固まるな! 散って襲い掛かれ!!」
迫りくる盗賊たちにミウ、ミサキが放つ炎の矢が襲い掛かる。
僕は、目の前の頭目に向かい、剣を振り下ろす。
ガキィン! と鈍い音と共に、その一撃は剣で受け止められる。
鍔迫り合いの中、僕と頭目の睨み合いが続く。
「お頭!!」
別の盗賊が剣を振り上げて斬りかかってくる。
入れていた力を抜き、頭目がバランスを崩したところで、バックステップでその斬撃を躱す。
だが、これで二対一、睨み合いは続く。
「「喰らえ!! アイスニードル!」」
どうやら盗賊の中には魔法使いもいたようだ。
二人の盗賊が魔法をミサキに向かって放つ。
「……ファイアアロー」
ミサキがラブラブスタッフを盗賊に向け、相反する属性魔法で追撃する。
六本の氷の矢と三本の炎の矢がそれぞれぶつかり合う。
「ば、馬鹿な!」
「嘘だ!」
その結果を見て盗賊は衝撃を受ける。
六本の氷の矢は、炎の矢に全て溶かされ消滅。
しかもその炎の矢は衰えることを知らず、そのまま盗賊たち目掛けて襲い掛かる。
先の炎の壁の威力を見て知るべきだったのだ。
自分たちがかなう相手ではないと……。
「ぎゃーっ!! 熱いっ! 熱い!!」
「助けてくれー! うぉおおお〜! 熱っちぃいい〜!」
衝撃の結果に気を取られた魔法使いは、炎の矢の直撃を受ける。
盗賊お抱えの二名の魔法使いは供に戦線離脱、ミサキの完全勝利であった。
「くそっ! 何だこいつ!」
盗賊たちはその奇妙な生物を捕えにかかる。
しかし、そうはさせじと多属性の魔法が盗賊たちに一斉に襲い掛かる。
「キュ〜!!」
威力では到底カナタ、ミサキには及ばないが、詠唱の速さ、手数の多さではパーティーで一番である。
何しろ、鳴き声一言だけで詠唱が済んでしまうのだから……。
その止め処なく襲い掛かってくる魔法の嵐に、徐々に削られていく盗賊たち。
そして十数分後、そこに立っていたのは麗しのもふもふ生物唯一人。
「〜♪ カナタに褒めて貰お〜♪」
大好きなカナタに頭を撫でてもらうため、ぴょんぴょん飛び跳ねながらカナタの元に向かうのであった。
「どうした? かかって来ないのならこちらから行くぜ!」
「ヒャッハーッ!」
同時に襲い掛かる斬撃を躱しながら隙を窺う。
余裕と見たのか、子分の男の剣が大振りになる。
それを見逃さず、頭目とは逆側の胴を払いながらそのまま後ろへと抜ける。
「ぐわっ! てめえ! よくも!!」
浅かったか。
どうやら戦闘不能には出来なかったが、かなりのダメージは与えた。
「うおりゃあっ!!」
頭目が剣を振りかざし襲ってくる。
だが、ダグラスさんの剣を見ている僕には、その起動がはっきりと見えている。
半歩だけ後ろに下がりその斬撃を避けると、そのまま相手の手首目掛けて剣を振り下ろした。
「ぎゃあーっ!!」
もう二度と剣を握れない姿になった頭目から悲鳴が漏れる。
「てめえ! よくもお頭を!!」
残った子分が襲い掛かってくるが、手負いの上一人きり、すでに勝敗は決していた――。
「カナタ〜♪」
ミウのダイブ胸で受け止め、そのまま抱える。
「ミウ、頑張ったよ! どう? すごい?」
「うん、凄いよ、ミウ」
頭を撫でてあげると短い尻尾がもっと撫でてとばかりにぱたぱたと揺れた。
「……カナタ、お疲れさま」
「ああ、ミサキもお疲れさま。これなら心配する必要は無かったね」
「……心配はしてくれて良い。気にかけることは大事」
それが乙女心だそうだ。
肝に銘じます。
戦闘が終わり、被害ゼロ、何よりである。
さて、盗賊たちだが、大怪我をしている盗賊がかなりの人数でいたが、僕たちはそのまま放置して出発することにした。
血の匂いを辿ってきた魔獣に襲われようが、自分たちのしてきたことを思えば自業自得である。
運良く生き延びたとしても、それは運命だと思うことにする。
動けない人間にわざわざ止めを刺すことができるほど、僕の精神力はまだ強くない。
甘いと思われるかもしれないが、そこは今まで平和な世界で暮らしてきた人間、殺す気の対人戦闘が出来ただけでも上等だと思う。
それは決して気分の良いものではなかったが……。
「カナタ、だいじょうぶ?」
ミウが心配そうな顔で覗き込んでくる。
どうやら顔に出ていたらしい。
「大丈夫。問題ないよ」
僕は咄嗟に笑顔を作る。
「無理しないでね。ミウがいるから」
どうやらミウには分かってしまったらしい。
「……私もいる」
ミサキも心配そうな顔でこちらを見ていた。
「ありがとう、ミウ、ミサキ。もう大丈夫、心配ないよ」
そう、僕はもう独りぼっちじゃない。
こんなに素晴らしい仲間達がいる。
この二人とならば、どんな壁も乗り越えられる。
そんな気がした。
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