第26話 だから貴族って……
ワームの事件から数日が経ち、そろそろ別の依頼を受けようかと思い、ギルドへと向かう。
途中匂いに惹かれて買った、何かの肉の串焼きを頬張りながら歩く。
このタレ、美味いな! 何を使っているんだろう?
そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にかギルドの目の前に着いていた。
入り口の正面には悪趣味なデザインの馬車が止まっている。
邪魔くさいなと思いながらも、隙間を縫うようにしてギルドの中に入った。
ギルドの中は、何やらいつもと違う雰囲気が辺りを支配している。
程なくして、僕にもその原因が分かった。
「マリアン! なぜ受けてくれんのだ。これほど光栄な事は無いのだぞ!」
「だからさっきから言っているでしょ! お断りよ!」
カウンター越しにマリアンさんと貴族が何やら揉めていた。
あの貴族は前に見た事がある。
ガマガエルのような顔、たしか以前ギルドの入り口で少し揉めた貴族だ。
「世の中は財力だ。その点、私には余りあるほどの富と権力がある。その私が求婚しているのだぞ! 何が気に入らんのだ」
「あ〜っ! もう!! 全てよ全て!! 逆に何処を気に入れば良いのか聞きたいわ!」
「こいつ!! ガローニ様が下手に出ていれば調子に乗りやがって!!」
「うるさいわね! 貴方もこの分からず屋の主人を連れてとっとと帰ってちょうだい!」
貴族の下っ端らしい男が激高するが、マリアンさんも負けてはいない。
その騒ぎを、ギルドの中にいる冒険者全員が注目している。
だが、それを止めに入る勇者はその中にはいないようだ。
現在、ギルドの機能が完全に停止状態。
出直そうかな……。
危険があったらギルドマスターが止めるだろう。
こっそりと出て行こうとした僕とマリアンさんの目が合う。
その目がかすかに笑った気がした。
「貴方より、そこにいるカナタくんの方がよっぽど頼りになるわ。私、カナタくんと結婚するわ」
「何だと! あんな小僧が私より勝るというのか! ありえん!」
不味い! おかしな話になってきた。
だが、それ以上に僕の後ろから発生している黒いオーラが怖い。
「騒がしいな、何事だ!」
ギルドの奥からギルドマスターが姿を現す。
出てくるのが遅いよ!
「また貴方ですかな、ガローニ殿。困りますなぁ。このままではギルドの仕事に影響してしまいます」
「いや、あと少しでマリアンが私の第3夫人になるところなのだ。邪魔しないでもらおう」
「とてもそうは見えませんな。このままでは醜聞も立ち、貴族としての体面もございましょう。今日の所はお引き取り願えませんかな」
「くっ! また来る!!」
貴族は悔しそうな顔で足早にギルドを出て行った。
「マリアンさん! あそこで巻き込むのは酷いですよ!」
「カナタくんったら、知らんぷりして出て行こうとしてたでしょ。少しくらい助けてくれてもバチは当たらないわよ♪」
僕の抗議はマリアンさんにさらりと流される。
しかし、その余裕は長くは続かなかった。
「…………カナタと結婚?」
黒いオーラを吹き出しながらマリアンさんに迫る影が一つ。
「い、いやあね、ミサキちゃん……。そんな怖い顔しないで。えっ!? 何、その掌の火の玉は!? じょ、冗談よね?」
「……ええ。貴方の悪趣味な冗談と同じくらいの冗談……」
「わ、わかったわ。カナタくんの名前を出したことは謝るから! お願い! ねっ!!」
「ミサキ、駄目だって! ストップ!!」
僕の制止でミサキはようやく火の玉を消す。
「……次は無い」
「も、もちろん分かっているわ」
マリアンさんの笑顔が引きつっている。
だが、この場面でも笑顔を出せるのはさすがだ。
「ふむ、話は終わったかの、マリアン」
ギルドマスターは僕たちの話が済むのを待っていたようだ。
一緒に止めてくれてもよかったのに……。
「じゃあ、僕たちも依頼を見て行こうか」
「うん。そうだね」
「……了解」
その後、目ぼしい依頼が無かった為、近場の採取依頼を選択。
本日中に依頼を完了させた。
早くFランクに上がらないとね。
次の日、再び依頼を探しにギルドを訪れると、職員のお姉さんに呼び止められた。
「カナタさんですね。ギルドマスターがお呼びです。お時間を頂けますか?」
「ええ、構わないですけど……」
職員のお姉さんに案内されて二階に上がり、ギルドマスターの部屋へと案内される。
僕、何もしてないよね。
何だか嫌な予感がするんですけど……。
職員のお姉さんがドアをノックして一言。
「ギルドマスター。カナタさんたちをお連れしました」
「うむ。ご苦労」
お姉さんによってドアが開かれ、僕らはその中に入る。
ギルドマスターは奥の机から立ち上がり、来客用と思われるソファーにどかっと腰を下ろした。
「急に呼び出して悪いな。まあ座ってくれ」
ギルドマスターに促され、僕たちもソファーに腰を下ろす。
何となく落ち着かない。
その雰囲気に負け、僕からギルドマスターに話しかけた。
「あの、僕、何かしましたかね?」
ギルドマスターは、ゆっくりと顎髭を軽くなぞってから口を開いた。
「そんなに緊張するな。お主は何もしとらんわい。謝らなければならんのはこちらの方だからな」
「えっ!? どういうことですか?」
「ふむ。……実はだな。この前の貴族を覚えているか?」
「あのマリアンさんに絡んでいた貴族ですか? 結婚したいとか言って――」
「ああ、その貴族だ。実はそいつがお前に勝負を挑んできてな。申し訳ないが頼まれてくれんか」
「ええっ!!?」
嫌な予感が当たってしまった。
まさか昨日のマリアンさんのセリフを真に受けたって事?
「今、お前が考えている通りだ。本当は全てを突っぱねられれば一番いいのだが、奴の家はこの町を取り仕切る上級貴族。いくらギルドが独立しているといっても、対立すると後々やりにくくてな」
「……全てを?」
ショックを受けていた僕の代わりにミサキが質問する。
「ああ。勝負方法と条件をギルドが決めるという事で話がついた」
「いやいや。本人が居ない所で話が決まってるっておかしくないですか?」
僕は即座に抗議する。
ギルドマスターはばつの悪い顔をして答えた。
「その点は申し訳ないと思っている。だが、考えてもみろ。後々変な因縁をつけられるよりは、勝負の方法が決められる今回で解決してしまった方が良いと思わんか。これは儂からの配慮という訳だ」
「……配慮ねぇ」
物は言い様だ。
僕はため息交じりに呟く。
「だからこうしてお願いという形を取っておる。ギルドの職員がお前さんを巻き込んでしまったようなものだからな。報酬も弾むし、ランクも1つ上げよう。何とか頼まれてくれんか」
僕は少し考える。
「僕が負けたらどうなるんですか?」
「どうにもなりゃせんよ。結婚なぞ相手の気持ち次第。奴はお前が許せんのと、叩きのめして良い所を見せたいって所だろう。勝負に勝って結婚の要求なぞしてきたら、ギルドは全力で対抗してやるわ」
出来れば僕の勝負を決めるときに全力を出して欲しかったです。
今さらどうにかなる事では無いけど……。
「それで、勝負方法は何です?」
「おお、受けてくれるか! 勝負方法はな、――」
ギルドマスターは勝負方法の説明を始めた。
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