第196話 別に登らなくても……
「美味しいお茶ですわ。この地方の物ではありませんね?」
「ええ、やはりわかりますか。イデアロード産の茶葉ですよ」
「まろやかな口当たりが良いですね」
ソファーに腰掛け、優雅にお茶を口に運ぶミレニアーナさん。
その後ろには例によって直立不動で立っている護衛の騎士が2人。
勧めたお茶も頑なに断わる、何とも職務に忠実な人たちだ。
「それで、聖女様ともあろう人がなぜこんな場所にいたのですか?」
「只の偶然ですわ、巡り合わせとは素晴らしいですね」
彼女は僕の質問にしれっと答えた。
「偶然」という言葉に対しては納得がいかないが、助かったのは確かなので僕は素直に彼女にお礼を述べる。
「何はともあれ助かりました、ありがとうございます」
「良いんですのよ。世の中、助け合いって大事ですもの」
そんな含むような物言いを聞き、嫌な予感が現実味を帯びてくるのを感じる僕。
はてさて、何が出てくるのやら。
「あら、そんなに警戒しなくても良いのですよ。ただ、どうしても借りを返したいというのなら、丁度良い案件がありますの」
そう言ってミレニアーナさんが僕に笑顔を向ける。
「丁度良い案件?」
隣でミウが首を傾げた。
「そうですの。実は私、一週間後に霊峰へと向かわなくてはなりません。その護衛を是非お願いしたいですわ」
「霊峰って、山登りですか?」
また山登りか……と思ってしまった僕の口から、自然と疑問の言葉が洩れる。
「ええ。創世の時代から存在するといわれる由緒正しき霊峰の頂、困難を乗り越えてその場所に辿り着くことにより、有り難い女神様の信託が受けられるのです」
誇らしげに語るミレニアーナさん。
そこへミウの爆弾発言が飛び出す。
「うーん、態々そんな場所に行かなくてもちょくせ、むぐぐ……」
緊急措置が間に合い、ミレニアーナさんはミウの言いたいことが何だかわからなかったようだ。
僕はミウの口を塞ぎつつ、質問して話題を逸らす。
「失礼ながら、貴方には立派な護衛がいらっしゃいますよね。何故また僕たちに?」
「それが、彼らは今回色々あって3名程しか同行出来ませんの。全く、こんな大事な儀式でさえ、権力闘争の道具としか思ってしか無いなんて、本当に嫌になるわ」
ミレニアーナさんが心底嫌そうな顔で不満を口にする。
何やら複雑な事情があるようだが、そちらは多少聞いた限りでは関わりたくない案件だ。
彼女の口調が多少砕けているのは、まあ気のせいということにしておこう。
「聖女様……」
護衛の騎士の1人が、愚痴の止まらないミレニアーナさんを軽く嗜める。
「あらいけない、私としたことが……。話しは戻りますが、兎に角そういうことで信用のおける護衛が必要なのです。貴方たちなら安心ですわ」
彼女は居住まいを正して再びこちらに笑顔を向ける。
ふむ。
そこまで信頼される間柄だったかは首を捻るところだが、助けられたのは事実、これは受けざるを得ないか。
ミサキに目を向けると、彼女は仕方ないとばかりに頷いた。
他の皆も特に異論はないようだ。
「わかりました。お引き受けいたします」
「まあ、良かった」
僕の答えを聞きミレニアーナさんが自らの両手を合わせ、祈るような仕草で喜びを表現する。
「では、早速詳細をお話しいたしますわ」
その後、僕たちは彼女と当日についての確認事項などを詰めていった。
「カナタ、酷いよ! 急に口を塞ぐなんて!」
「いや、だって。流石にあれは不味いだろ」
「む〜っ!」
「そうだ! ほら、今日屋台に美味しそうなのが出てたから、明日一緒に食べに行こうよ」
「むむ~っ!」
ミレニアーナさん達が帰った後の僕の仕事、それはミウのご機嫌取り。
成り行きで長らく口を塞いでいた為、かなりお冠だ。
「……それはそうと、この店はどうするの?」
「ああ、もうあまり表だって手出しできないだろうから、後はヒミコに任せるよ。きっと僕よりもうまくやってくれると思うし」
「……そう」
そして幸いなことに、イデアロードの気候も現在は安定していると聞く。
ロヴィーサさんは応急処置と言っていたが、約1年は周辺の安定した気候を維持できるとのこと。
方法は特に聞いていないが、長年竜と供にあって発展した街にもしもの備えがあっても不思議では無い。
但し、それ以降は保証できませんとも言っていたので、熱鉱石を取りに行くこと自体に変更は無い。
「腕が鳴るです〜!」
ポンポは新たな冒険が決まり、うずうずしているようだ。
アリアはそれを暖かい目で見守っている。
「また寄り道になってしまうけど、慌てることなく一つひとつ片付けて行こう」
出発まで一週間、何かあっては困るので準備は入念に行っておこう。
「……それと」
「ん!? 何、ミサキ?」
何か気になるところでもあったのだろうか?
「……明日の屋台めぐり、勿論私も行く」
「むっ! ミウも行くからね!」
本日も僕らは平常運転だ。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!




