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第189話 その欲望に限りは無く

 とある一室。

 壁一面に飾られているのは豪華な額に入れられた絵画。

 床には真っ赤な絨毯が敷かれており、部屋の隅には真っ白な虎のはく製、実用性は兎も角その煌びやかさが目を引く鎧兜一式、その他にもいかにも高級そうな美術品が置かれている。

 そして、その床から更に一段上がった上座とも呼ぶべき場所には一国の王が座るような絢爛豪華な椅子があり、そこに一人の男が踏ん反り返るように座っていた。

 真っ白な白髪と顔に浮かぶ深い皺から、男が60をとうに過ぎた老人であることが窺い知れるが、彫りの深い顔面からそこだけ飛び出したような爛々としたギョロ目を見れば、今だその老人が隠居などという言葉とは無縁であることがわかるだろう。


「それで、首尾は万全なのだろうな?」


 老人は鋭い目で目の前の男を睨む。

 だが、睨まれた側の黒スーツの男はそれに動じることなく。淡々と口を開く。


「はい。無事に娘を確保したとの連絡が入っております」


「ふん、手を煩わせてくれる。始めからこうすれば良かったのだ。そもそももお前らがぬるいことをやっているから相手がつけ上がるのだ!」


 老人の怒声に男は黙って頭を垂れる。


「だが、これで漸く最後の邪魔な店が消えるだろう。そうなれば、この街の武器販売は全て儂の店の独占となる。出来は三流と陰口を叩いて他の店に流れて行っていた冒険者も、儂の店から武器を買う以外に方法は無くなるのだ! クワッハッハッハツ!」


(いや、武器は冒険者の命綱。気に入らなければ他の街に行ってでも買うのでは……)


 スーツの男は心の中でそう思ったが、あえてそれを口に出すことはしない。

 一つの街の独占販売ともなれば利益の拡大につながることに変わりは無い。

 更には、男は目の前の老人の性格を嫌と言うほどに良く知っていた。

 折角ご機嫌なところで無用な怒りを買って命を危険に晒すなど真っ平御免と考えていた。


「ただ……」


 だが、それでも言わねばならない事もある。

 慎重にその機会を窺ってから、男がその口を開いた。

 老人の眉がピクリと動く。


「雇った2名が何者かによって捉えられたという情報も――。にわかに信じられませんが、どうやら相手は女子供だということ。現在、目下調査中です。ですが、万一捕まったそいつらが突き出されたとしても、裏に手は廻してありますので問題ありません。念のためご報告を」


「馬鹿貴族たちにも少しは役に立ってもらわんとな。何の為に高い金を落としているのかわからん」


 老人が「ふん!」と鼻を鳴らす


「では、このまま放置で宜しいでしょうか」


「いや、始末しろ。憂いは取り除かねばならん」


「しかし、あまり派手な動きは逆効果かと。街にはデルタフォースが来ているとの情報があります」


「国王の犬か……。こんな時にちょろちょろしおってからに……。確認するが、大丈夫なのだな?」


「はい、問題ありません」


「なら良い、任せる。くれぐれも失敗は許さんぞ!」


「はっ!」


 男は一礼して部屋を退出する。

 残ったのは老人ただ一人。


「クックックッ……。これでこの街の馬鹿貴族どもは益々儂の顔色を窺い、媚びへつらう様になるだろう。そして、同じように次々と街を経済支配していけば……。そうだ! やがて国王さえ儂に跪き……。クックックッ……、クワッハッハッハツ!」


 暫くの間、老人の欲望に満ちた笑い声が部屋一帯に響いていた


 ※




 既に陽は沈み、辺りはすっかりと闇に覆われている。

 そんな中、森の茂みに紛れて前方の様子を窺う3つの影があった。

 彼女らの視線の先には大きく切り立った岩の崖、その断面の一部には大人の男が2人程横並びで通れる位の広さの洞穴がぽっかりと空いている。

 そしてそこから微かに漏れる光により、入り口付近にいる2人の見張りの姿が薄っすらと浮かび上がっていた。

 

「アリア、あそこで間違いないね」


「間違いないの」


 目を見て頷き合う2人。

 後ろにいるポンポが混ざりた気にしていたのには気づいていない。


「さあ、これからどうする?」


「任せるの。弓でやるの」


「なら、ミウは万一の時の追撃だね」


「ポンポはどうするです〜?」


「ポンポはまだなの」


「残念です〜」


 洞穴の周囲はそこを中心として半円状に草が刈り取られていた。

 現在ミウたちがいる位置は洞穴の正面の草陰。

 3人は草木に紛れ、右に回り込むようにして崖に近付く。

 見張りの2人は彼女らの接近に全く気がついていない。




「ちっ! しかしここは本当に何もない所だぜ。暇だったらありゃしねぇ」


「まあ、そう言うな。いきなりアジトに魔物でも現れたらお前だって困るだろう?」


「火でも焚いときゃいいんだよ。かーっ! 早く下っ端から脱出してえぜ!」


「ああ、それはもっともだ」


 一人の男の嘆きに対し、もう一人の男が頷く。


「攫ってきたのも女じゃなくてただのガキだしよ。泣くわ喚くわ、うるせーのなんの。俺、思わず殴っちまったわ」


「おいおい。人質なんだから程々にしとけよ」


「わかってるって。だから一発で止めといたんだ。人質じゃ無かったら殺しちまってるかもしれねぇ」


「お前のガキ嫌いも相当なものだな」


「はん! 何言ってやがる! 俺は知ってるんだぜ。お前がこの前攫ってきたガキがどうなったかを――」


「あれは身代金が払えねぇっていうから、その見せしめさ。お前みたいな趣味とは違えよ」


「やってることは変わんねえよ」


 見張り2人の会話は風に乗り、ミウたちの耳に届く。

 無意識に飛び出しそうになるポンポを押さえ、アリアはゆっくりと弓を引き絞った。

 

 ヒュッ! と風を切る音。

 男たちが倒れたのはそれと同時であった。

 ミウが周囲を確認するが、気付かれた気配は無い。

 3人は草むらの影から飛び出し、倒れた男たちの状態を確認する。

 それぞれの眉間とこめかみに矢が刺さり、即死であった。


「来世で心を入れ替えるの」


 好戦的ではないアリアだが、その顔に迷いは無い。

 こうすることで救える命があることを彼女は知っていた。


「さあ、早く助けに行くの!」


 アリアの号令に2人が無言で頷く。

 そして3人は誘拐団のアジトへと侵入するのであった。




最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

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