第18話 行って戻って
今日は遅めの更新です。
どんよりとした曇り空の下、馬車が舗装された街道をひた走る。
店員さんの宣伝文句通り、車内はそれほど揺れることはなく、乗り心地はまあまあ快適だ。
「ふむ、カナタよ。あれが目的地で良いのか」
街道の先に見えてきた村を見て、ユニ助が僕に確認する。
「ああ、たぶんね」
その答えを聞き、ユニ助が馬車の速度を緩めた。
僕らが辿り着いたのは、ベラーシの街の南に位置するぺタの村。
魔物の目撃情報があった村だ。
「止まれ!」
門番の静止を受け、ユニ助は馬車を止める。
一応、御者のふりをした僕が止めた事になっているけどね。
馬車を買った後に、誰も御者の経験が無いことに気が付いた。
言葉の通じるユニ助がお買い得だったと思った瞬間である。
だって勝手に止まるし……。
「この村に何の用だ?」
門番はこちらを警戒しつつ質問してきた。
「はい、冒険者ギルドに依頼を受けて森の調査に来ました。その事で村長さんに会いたいのですが……」
僕は依頼書を門番に見せる。
森の調査の依頼主はペタの村の村長だ。
先ずは村長に依頼を受けた事、調査を始めることを伝えなければならない。
「…………ふむ。よし、通っていいぞ。村長の家はこの村に中心にある一回り大きい家だ。分からなければ誰かを捕まえて聞くといい」
門番の許可も下り、僕たちは馬車ごと村の中に入る。
藁葺屋根の木造住宅が立ち並ぶ様はバレン村と同じだが、どうやらペタの村の方が少し大きい村の様だ。
ただ、村の活気に関してはバレン村の方があるように思えた。
あくまで僕の主観ではあるが……。
お目当ての森は村のすぐ目の前、南側に大きく広がっている。
村と森の間には頑丈そうな柵が建てられており、魔物などの侵入を防ぐ作りになっているようだ。
村長の家はすぐわかった。
村の中心にある大きな家、門番の言った通りだ。
とりあえず適当な所に馬車を止める。
「ごめんくださーい!」
呼び鈴などは無いので、玄関で大声で叫ぶ。
しばらくして、声に反応した男の人が玄関から顔を出した。
この人が村長さんだろうか?
「冒険者ギルドの依頼を受けてきました。貴方がここの村長さんでしょうか?」
「いえ、私はここの使用人です。村長でしたら呼んできますので中でお待ちください」
馬車はそのままで良いとの事なので、ユニ助に「暴れるなよ!」と目くばせをしてから家の中へと入る。
「では、呼んでまいりますので、少々お待ちください」
僕たちを居間のような部屋に案内した後、その使用人は部屋を出て行った。
「カナタ〜。まだ〜!」
ミウが不満を口にする。
それは僕が聞きたい。
あれから一時間近くは経っているだろうが、一向に村長が現れる気配が無い。
「……帰る?」
「う〜ん、もう少しだけ待ってみようか」
その時、廊下からこちらに向かってくる足音がする。
ようやくか……。
「何で私が冒険者の相手などしなければならんのだ! めんどくさい」
「そうは言いましても、この村で依頼したことですし……」
「依頼はしたのだから、後はとっとと調査に入ればいい!」
「そうは申されましても……」
村長さん、バッチリと聞こえてますよ。
これは適当に切り上げた方が良いな。
そんな事を思っていると、ようやく村長が僕らの前に現れた。
「いや〜、待たせてしまいましたな。申し訳ない。ん!?」
村長が急にキョロキョロと辺りを見回す。
そして使用人に一言――、
「おい、女子供しかいないではないか!」
「はあ、そう申されましても……」
「これが冒険者だとでも言うのか! こんな小僧どもに調査などできる筈があるまい」
それを聞いて、さすがに僕はカチンときた。
黙って聞いていれば、言いたいことを言ってくれる。
「……それは依頼を取り下げるという事?」
僕が言い返すよりも前に、ミサキが村長に質問する。
「ああ。君らのような冒険者ごっこをしている者しか派遣できないような冒険者ギルドへの依頼など、こっちから取り下げるわ。これなら村で調査した方がましだ」
「……そう。……行きましょう、カナタ」
僕はミサキに腕を引かれるようにして部屋を出ていく。
「ミサキ?」
村長の家を出た所で、僕の手を引いていたミサキに声をかける。
こちらからは顔色が確認できない。
「……問題ない、良くある事。ああなったら依頼は成立しない」
ミサキがこちらに振り返って答えてくれた。
良かった……。
特に悲しんでいる訳では無かった様だ。
確かにあのまま言い争いをしても、只の押し問答になるだけで何の解決もしない。
ミサキはあくまで冷静だ。
僕も見習おう。
「ひどいよね! あんな言い方!」
それに対して、ミウはかなりお冠だ。
おかげで僕も少し冷静になれた。
「さて……、依頼取り下げってことは、森の調査は無しで良いんだよね。まあ、それほど重要な依頼じゃなかったってことかな」
「……ええ、行きましょう」
「ここまで来て損しちゃったね」
僕たちはそのまま村を出て、村が見えなくなった所で馬車ごと別荘に移動した。
「お帰りなさい、カナタさん、ミウさん、ミサキさん」
管理人が板についてきたスラ坊が出迎えてくれる。
「ただいま、スラ坊。変わりは無かった?」
「はい、器具の使い方ももう大丈夫です」
戦闘系が全く駄目だったスラ坊だが、管理人の仕事では見事に才能を開花している。
この前出てきた食事も見事なものだった。
「さて、気分転換にゆっくりしていくかな」
「うむ、では我も……」
ユニ助が玄関からそのまま入ろうとする。
「駄目だよ! ユニ助は外!」
「何だと、チビ助! 高貴な我に向かって! 屋根の無い場所で過ごせというのか!」
いや、馬が部屋の中とか普通に無理だから……。
「あ〜、う、うん! ユニ助。後で屋根は作るから今日はそこで我慢してくれる? 食事も後で持っていくよ」
「……食事? 庭に草がある」
そっか、馬は草があれば良いのか。
「いや、草は不味い! 食事は皆と同じものが良いぞ! それと屋根付き小屋は早めに頼む!」
とりあえず今日は外で大人しくしていてくれるならという事で、皆と同じ食事と小屋の作成を約束した。
小屋か、出来るかな?
「私が作りますよ。家の構造は大体理解しました。少々手伝って頂ければ大丈夫です」
さすがスラ坊、戦闘以外ではもはや万能超人だ。
この際、2・3日かけて丈夫なものを作るのも良いかもしれない。
今はあまり依頼を受ける気分でもないしね。
そして3日後、見事に馬小屋は完成した。
ユニ助に合わせて少し大きめに作ってある。
「うむ。大満足とは言わないが、これで我慢してやろう」
相変わらずユニ助は偉そうだ。
次の食事は草にしてやろうかな。
別荘を出て、再び街道を走る。
ベラーシの街に着いた頃にはもう空が赤みがかっていた。
僕たちは宿を取るよりも先にギルドへと向かう。
既にギルドの依頼は取り下げられているとは思うが、一応僕からも報告しておかないとね。
マリアンさんを見つけ、カウンター越しに話しかける。
「マリアンさん。この前の依頼についてなんですけど……」
「あっ! カナタくん! ちょうど良かったわ。その依頼の事なんだけど、今、村が大変なことになっているのよ!」
「えっ!? 依頼は取り下げられたんじゃ無いんですか?」
「ええ、一度はね。でもさっきペタの村の人が来てね。村が半壊状態だから助けて欲しいって」
あれから何かあったのか。
おそらく魔物の襲撃って事だろうけど……。
「今、冒険者を募っているところなんだけど、カナタくんたちも協力してくれないかな。たしか以前、治癒魔法が使えるって言ってたよね。Gランクに前線に出ろなんて言わないから、村の人と冒険者の治療だけでもお願いできないかしら」
「何が出たんですか?」
「恐らく話からすると……ワームよ」
「ワーム……ですか」
ワームって、あの巨大ミミズみたいな地中で蠢くやつだろうか。
「資料ならここにあるわ。でもカナタくんたちは戦わなくても良いからね。本来はDランク相当の依頼なんだから」
僕はミサキに目配せする。
ミサキは僕の目を見て頷く。
ミウも僕の髪をぎゅっと掴み意思表示をする。
「わかりました、受けます。いつ出発ですか」
「戻ってすぐで悪いけど、今すぐ出発して頂戴。もう何組かは向かっているわ。お願いね」
僕たちは急いでギルドを出る。
ギルドの前に止めてあった馬車に乗り、ユニ助に行先を伝える。
「何だ、また行くのか? 戻ったばかりだろうに」
「事情が変わった。ユニ助、体力は大丈夫か?」
「任せてもらおう。この位何ともないわ?」
「頼む!」
僕たちは街を出て、再びペタの村に引き返した。
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