第97話 救出
腕に子ダヌキを抱えたまま、僕は緑色の魔物を睨む。
蜥蜴のような顔の魔物、リザードマンというやつだろうか?
そいつらは、地面に横たわるタヌキたちを弄ぶように足蹴にしていた。
「何だ、お前らは!」
「何処から現れやがった!」
僕たちを見て口々に責め立てるリザードマンたち。
それを制し、親玉らしき奴がこちらに話しかけてきた。
「人間よ。それを置いてこのまま去るならば、命だけは見逃してやろう」
「――彼らをどうするつもりだ」
僕の質問に対し、そいつは鼻で笑って返答する。
「ふん、決まっているだろう。嬲った挙句に喰ってやるのよ。強い者の当然の権利だと思わんか」
そう言って伏していたタヌキを踏みつける。
それを見た僕は、自然と奥歯をぐっと噛みしめていた。
「平和的にここから退くことは出来ないのか?」
「馬鹿な事を言う人間だ。何故俺たちがそんな我慢をしなければならん。――ん!? お前らはひょっとして近くに出来た人間の街の住民か? 新参者ならばここのルールを知らなくても仕方はあるまいから教えてやろう。この山では強いものが正しいのだ。こいつらを喰ったらお前らの街にも挨拶に行ってやるから首を洗って待っているが良い」
どうやら話は通じそうにない。
僕は子ダヌキをそっと地面に降ろし、黒曜剣を抜く。
「強いものが正しいならば、僕たちに倒されても文句は無いはずだね」
ミサキたちも既に臨戦態勢だ。
リザードマンもそれに対抗すべく身構える。
「ああ、文句は無い。やれるもんなら――なっ!」
親玉のリザードマンがセリフと同時に槍をこちらに投擲してきた。
後ろにはミサキたちがいる。
僕はそれを避けずに下から払うようにして跳ね上げた。
続けざま接近してきた敵をアリアの矢が襲う。
タヌキたちが地に倒れているため、上半身に狙いを定めた攻撃だ。
ミサキの火球が荒れ狂う中、それを縫ってミウが駆け出す。
地面すれすれを飛ぶように走るミウは、程無くしてタヌキたちのいる場所へと辿り着いた。
「ヒール!」
淡い光が横たわっていたタヌキたちに降り注ぐ。
傷だらけだったその身体が目に見えて回復していく。
その後のミウの掛け声に反応したタヌキたちが立ち上がり、小さく跳ねるように後方へと避難していく。
「させるかよ!」
だが、その中の一人のタヌキがリザードマンに捕まってしまう。
喉に腕をまわされる形で捕えられ、剣が喉元にチクリと触れる。
「動くな! こいつをぶっ殺すぞ!」
しかし、それにいち早く気づいたタヌキが素早く後ろに回り、棍棒をリザードマンの尻に突き立てる。
「ぐはぁっ!!」
棍棒がモロに尻に突き刺さり、もんどりうってのた打ち回るリザードマン。
あれはかなり痛そうだ。
その隙に人質を回収したタヌキたちは、ぴょこぴょこと尻尾を振りながら避難を再開する。
タヌキ達が戦場からいなくなったところで、ミサキの火力が数段階上がった。
炎の嵐が中央を蹂躙し、それを運良く躱した者もミウとアリアのピンポイントの攻撃でダメージを与える。
僕はそんな三人を守るように移動しながら、接近してくる敵と剣を撃ち合わせる。
「くっ! 何なのだ、お前らは!」
憎々しげな目で睨みながら僕と対峙する親玉のリザードマン。
既に半数の敵を無力化することに成功していた。
「くそっ! 退け! 退け!!」
体勢不利と感じたのか、リザードマンたちは親玉の号令を受け一斉に退去していく。
その行動に対し、僕らはあえて深追いする事は無かった。
「ふぅ、何とか間に合って良かった」
戦闘が一段落したところで、僕は大きく息を吐く。
だが、休んでいる暇は無い。
建物の影から恐る恐る出てくるタヌキたちへの会話もそこそこに、僕たちは森の消火活動を開始する。
まだ燃え広がっていない外側の木を魔法で切り倒してから、内側に水をかけて消火する。
消火活動は長い時間をかけて行われ、漸く全ての火が消えた頃にはもうすっかり日が傾いていた。
「カナタ~、疲れた」
僕の頭の上でへばっているミウ。
どうやらかなりの魔力を使ってしまったようだ。
「お疲れ様、ミウ」
僕はその頭をやさしく撫でてあげた。
「……カナタ、疲れた」
わざとらしく疲れたアピールをするミサキ。
いや、撫でないからね。
再び里に戻った僕たちをタヌキたちが出迎えてくれる。
前に進み出たのは隊長と呼ばれていたタヌキだ。
「我が里を救って頂いてありがとうございます。一族を代表して感謝致します」
隊長の一礼を合図に、他のタヌキたちも首を垂れる。
「いえ、とにかく皆さんが無事で何よりです」
立ち去った危機に皆が安堵の表情を浮かべている。
タヌキの子供たちが僕に近寄り「これあげる〜」といって小さい手一杯の木の実を渡してくれた。
どうやらお礼ということらしい。
しゃがみ込んで目線を合わせ、「ありがとう」とお礼を言う。
うん、この子たちが無事でよかった。
さて、幸いタヌキたちに死者はいなかったが、楽観はしていられない。
何故なら、タヌキの里の周りの広範囲が焼野原となっており、もう隠れ里とは呼べない様相となってしまっているからだ。
戦闘力の無さそうな彼らにとっては致命傷とも言うべき有様。
このままでは彼らは全滅、タヌキの一族は滅びてしまうだろう。
こうなると、僕のするべきことは一つしかない。
「皆さんに話があるのですが――、新しい土地に興味はありますか?」
僕は新たなる住人の勧誘を始めるのだった。
移住の条件に合意してくれたぽんぽこ族を連れてイデアへと戻る。
予想通り、イデアの土地は拡張していた。
「おお、素晴らしい土地だ。これを我らに使わせてくれると――」
「すごいです〜」
「やった〜」
別荘の東側に出来た山を見て、ぽんぽこ族が小躍りしている。
いつものように別荘に遊びに来ていたゴランとトーマスさんにも彼らを紹介する。
ちなみにぽんぽこ族の隊長の名前はマサルというらしい。
何か人間みたいな名前だ。
着々と新しい里の建設が話し合われている中、僕たち四人は違う事を話し合っていた。
そう、例のリザードマンの事だ。
「あのリザードマン、そのままにはしておけないね」
「……ええ」
街の管理者としても、街を襲うと宣言した魔物を放っておくわけにはいかない。
どの道戦闘は避けられないだろう。
「ちゃっちゃとやっつけちゃおうよ!」
「アリアもやるの!」
「そうです〜。やっつけるです〜」
ミウとアリアの声に続いておかしな声が混じっている。
振り返ると、そこにはぽんぽこ族の少年であるポンポが立っていた。
「手伝うです〜。任せてです〜」
ポンポはその小さな手を折り曲げて力こぶを作る。
いや、殆どこぶになってないから……。
「どうか手伝わせてください」
その会話に気づき近づいてきたマサルが、ポンポをフォローするかのように頭を下げる。
「我らが蜥蜴族に敵うとは思っていません。ですが、あそこまでぽんぽこ族を辱めた奴らに対し、そのままただ逃げただけでは我々の気が済まないのです」
マサルは真剣な眼差しで戦闘への参加を懇願する。
どうやら本気のようだ。
「……カナタ、やってもらいましょう」
「ミサキ!?」
思わずミサキの許可に抗議の声を上げる。
ぽんぽこ族とリザードマンたちの力量を考えたら危ないだけでは済まない。
下手したら命に係わる。
「……大丈夫、考えがある」
そう言うと、ミサキはその計画を話し出した。
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