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呪い姫の剣  作者: 木犀
9/13

遭遇

《主様、あの5体が先ほどから感じていた気配のようです》


 ジェヴェルの声を聞きながら、ジッと木々の隙間に目を凝らす。遠くも無いけれど近いというほどでも無いその場所を通るのは、なんとも不思議な連中だった。

 先頭に立って進んでいるのは白い鎧を着込んだ金髪の男。顔の造形は整っており、一見優男にも見えるが鋭い目つきで辺りを睨んでいる。時々腰に下げた黒い剣に手を添えるのが正直恐ろしく、もしあれが向けられたらと思うとなんとも声が掛けにくい。

 あとの4人のうち2人が同じような鎧と剣を纏っているところを見るに、何かの集団か。他の2人の護衛とかかもしれないな。

 鎧の奴らから視線を外し、3人に守られながら歩く2人へと向ける。片方はなんともわかりやすく、ウエディングかと思うほど真っ白で豪華なドレスに身を包み、華麗な飾りとこれまた真っ白な杖をついて歩いている。その顔色はここからですら分かるほどに悪い。いかにもお姫様然とした女の子だけれど、大丈夫なのだろうか。

 最後の1人は、どうにも分からない。暑苦しい真っ黒なローブで体をすっぽり身を包んでいて、男にしては小柄だから女かもしれないという考えしか出てこないのだ。辺りをキョロキョロと探るように顔の部分を動かしているけれど、どことなく鎧の男のように警戒しているというよりは、好奇心に駆られてあちこち見回しているように見える。

 ともあれ、総勢5人の集団は少なくとも俺の想像する通りの「人」であって一安心と言ったところだけれど、助けを求めるには少しばかり問題がありそうだった。


「出て行って話ができる雰囲気じゃないな」

《2体の女からは特に何も感じませんが、3体の男からは無差別の敵対的な、警戒しているような気配を感じます。ここは、やり過ごした方が良いかと》


 ああ、そうだな。そう小さく言おうとして、ギクリと音が鳴るほど体を固くする。思わず音を立ててしまわなかったのを褒めたいくらいなのだけれど、どうもそれは意味が無さそうだ。

 黒ローブが立ち止まって、こちらに顔であろう部分を向けていた。それだけならまだしも、手袋でもしているように真っ黒い手を俺の方へ伸ばしていて、他の4人がそれに導かれるようにこちらを見ている。女の子以外の3人は剣呑な、ギラつくほど鋭い視線を更に砥ぎすまし、切り刻もうと言わんばかりに睨みつけていた。

 ガサリと乾いた音が耳を打つ。誰だ、なんて見当違いなことを考えながら音の源に目を向ければ、なんてことはない。力のすっぽ抜けた足腰が葉っぱのカーペットの上に落ち込んだだけのことだ。大したことのない、けれど奇妙な静けさに包まれたこの森では、十分に異質な音だった。


「何者だ!」


 覇気とでもいうのか、先頭の男が発した声は予想外に強く勢いがあった。耳を塞ぐ間もなく強烈に頭を揺らされて目の前が大きくぶれる。

 馬鹿でかいって訳でもないのになんて声だ。よく見れば他の男2人も固まっているじゃないか……その割りに、一番近い女の子がけろりとしているのが不思議だけれど。

 しかしそんなことを言っている場合じゃない。動かない他の人に構わずこっちに突き進んでくる男はもう目と鼻の先。視線はとうに、俺に向かって定まっている。

 逃げようとあがく足は情けなく敷かれた落ち葉を蹴り、腰を少しだけ後ろにずらして時間切れ。甲高い音を響かせて抜き振るわれた剣が、ピタリと冷たく固い感触を首筋に添える。近づいただけで触れてはいないものの、なんとなく圧力のようなものを感じる。

 実の所、剣自体はそこまで怖さは感じない。俺にとって剣なんてのは美術品と同義だったし、手に入れたばかりの剣もペーパーナイフより切れ味が悪くでイマイチ切られるという意識が湧いてこないのだ。それよりも怖いのは男の目つきで、不良に絡まれるなんてのよりも遥かに威圧的で、声が震えるのを抑えることもできなかった。


「ま、待ってくれ。別にあやしく」

「黙れ。神剣の森に無断で立ち入るは罪、ましてやこんな時分にいるとあっては見逃せん。命までは取らんが何故ここに居るのか訳は聞かせてもらうぞ」


 そう言って細めた目に更に力を込められると、睨まれた俺はもうカエルと同じようなもの。萎縮する俺から抵抗する意思は無いと判断したのか、男は鼻を鳴らして俺の腕を掴む。

 空気が一変したのは、そのときだった。




 

《――下郎め。主様に触れることは許されぬ》 


 空気が軋んだ、と表現すればいいのだろうか。

 森を包んでいた静けさは今までと変わらないけれど、その質があまりにも違うように感じられる。さっきまでの静寂が音を立てるものが何も無いからだとすれば、今は恐ろしい何かが目の前に居て音の一つも立てられないという感覚。それが圧し掛かるように辺り一体を包み込んでいる。

 目の前の男もさっきまでの凛々しすぎる顔を青くさせ、目を見開いて動きを止めている。それこそ彫像のように俺に向かって手を伸ばした体勢で固まっていて、しかし僅かに震えていることが時間が止まってるわけではないと教えてくれた。


《償え。その身に宿す僅かな力、せめて主様の糧となればこそ役に立つというもの》


 翠色の光が手元から溢れていく。ジェヴェルの声がそれに呼応するように大きく響き渡るが、驚くほど冷たく鋭利な色をしている。プレッシャーで言えば男の鋭い目線の比じゃあない。俺に向けられている訳でもないのに思わず喉を鳴らし、嫌な汗が一筋頬を伝う。

 そんな俺の気も知らず、そして凍りついた男の心も知らず。翠色の剣は俺に別人のように優しい色をした声を向ける。


《主様、申し訳御座いませんが私をこの愚か者めに当てて下さい。体のどこでも構いません、刃の一部さえ触れられれば》

「あ、ああ……?」


 何がなんだか分からないまま、言われた通りに剣を掲げて男へ向ける。

 ふらふら揺れる切っ先の向こうでは男が相変わらず目を見開いている。口が僅かに震えているのは何かを言いたいのかもしれないけれど、残念ながら言葉が生まれることはなかった。


《――私の声を聞くか。ならば喜べ、主様の御力になれることを》


 ゆっくりと前へ進むジェヴェルの声はさっきの声と同じものだ。冷たい、俺と話すときとは全く違う声なのにどこか嬉しそうな色も滲んでいる。それは傍から聞いていても暗い喜びだったけれど。

 

《主様、どうぞご安心下さい。すぐに終わります》


 何がだよ、とは聞けなかった。正直なところ、聞いてしまえば恐ろしい話だということはなんとなくわかる。言葉にされて嫌な思いをしたくなかっただけだ。

 遅々と進んでいく剣はもう、男の腹を突く寸前まで来ている。

 俺にも男にも止められないその剣を止めたのは、柔らかくて――気味が悪い。なんとなく思ったのは、夕方に聞くカラスの声だった。黄昏時の、黒いシルエットが上げる声。どこか不吉でしゃがれていて、なぜか落ち着ける。

 いつの間にか、あの真っ黒いローブが男の横で頭を垂れていた。


「そのお姿、伝え聞く神剣様と、そちらは神剣様の使い手様とお見受け致します。この者は無知ゆえにご迷惑をお掛けして申し訳御座いません。どうか、平にご容赦を」


 淀みなく紡がれる言葉が、ジェヴェルが男に向かう流れを塞き止める。演劇の最中に客席から声が掛かったような、そんな雰囲気が近いだろうか。俺とジェヴェル、そして恐らく目の前の男も意識がそちらに引き付けられてしまう。そして一度引かれてしまえばプロの役者でもない俺達は、示し合わせたように体を操る緊張の糸を切り落とすだけだった。


「あ、ああ…こっちこそ隠れてたし別に。その、すいません」

《……主様が許すと仰るのであれば、私は構いません》


 俺が軽く頭を下げるとジェヴェルが不承不承、という空気を隠さず言い放つ。さっきまでの威圧感溢れるものとは違い、子供が拗ねたような感じではあったけれど。とりあえず一安心としておくべきか。

 もう一度黒ローブは深々と頭を下げると、腰が抜けたように座り込む男に声をかける。

 しかし本当に男か女か分かりにくいな……声が辛うじて女性っぽいからやっぱり女なんだろうけれど。分厚いローブで体の凹凸も見えないし、顔もすっぽり深くまで覆われている。それどころか体の一部さえ見えないとはまた徹底してる。


「……悪い、カリア。助かった」

「構わないけど、敬語が抜けてるわよ」


 ローブがくすりと、くぐもった声で笑う。口調からしてやっぱり女性だろう。これで男だったら相当気味が悪い。

 しかしその声を掛けられた男は、なぜか頬を引きつらせて返す。今度は硬い、壁を作ったような声だった。


「あ、ああ。申し訳ありません」

「……ええ、気にしないで」


 2人の間にどうも奇妙な空気が流れ出す。仲間じゃないのか、とも思うけれど何か理由があるのだろうか。

 とにもかくにも、妙な空気のままで居てもなんの進展もない。相手も気付いたのか居住まいを正すと三つ指をついて再び頭を下げる。今度は男も黒ローブに合わせており、ローブより少し下がった所でまるで土下座でもしているようだ。

 その間にようやく道のほうから2人の男と、ドレスの少女が駆けて来る。

 荒い息をつきながら黒ローブの隣に伏す少女。顔には赤みがさしてなんともなんとも。豊かな胸が重力に従って谷間を強調しており、なんともけしからんと言うべきだろう。


「そ、そちらに居られるは、神剣様に使い手様とお見受けします。参上するのが遅くなり真に申し訳ありませんでした!」

「はあ、そうですか……」


 3人の男を後ろに控えさせ、黒ローブと並んで俺の目の前に伏せる少女。これは男達よりも地位が高いということだろうか。

 ともかく相手が丁寧に頭を下げているのに胡坐というのは居心地が悪い。腰を上げ、相手にも立つよう促すと相手方も戸惑いつつも立ち上がる。その際に立派な胸に目がいってしまうのはご愛嬌というものだろう。

 その目線に気付いたのか気付かなかったのか、少女は固い笑顔を浮かべながらその豊満な胸に手を当てた後、他の4人に手を向けた。


「私は呪術国家ギルネリアのリシア・カイゼル・ギルネリアと申します。この3人が私どもの国に仕える騎士のアエルとグリス。そして騎士団長のトロードです」


 鎧に身を包んだ男達が腰を折る。中でも金髪の男はなんと騎士団長とのことで、そういわれるとあの気迫にも納得というもの。恐ろしい目付きも青ざめた顔も鳴りを潜め、涼しい顔で丁寧に頭を下げるあたり切り替えが早いというべきか。別人かと見間違うほど優しげな目をして微笑む姿は誰もが見惚れる爽やかな好青年といった印象だ。

 そして少女ことリシアは最後の1人、黒ローブに掌を向ける。


「こちらは私の姉、カリア・ギルネリア。呪術士団長です。姉が神剣様の御帰還を察し、こうしてお迎えに上がることができました」


 少女が来てから一言も喋っていないそいつは馬鹿丁寧に頭を下げる。とりあえず女性で確定のようだけれど、姿も見えなければ声もしゃがれているようで若いようで、イマイチ年齢が掴めない。

 なによりそこまで徹底して姿を隠していることに疑問を覚えるけれど、自己紹介をしてもらった手前、黙って秘するともいかないようだ。なにより騎士達もリシアも、期待するというか促すようにこちらを見ている。ジェヴェルは何も言う気はなさそうなので、ここは俺が言うしかないだろう。


「えっと、俺は英隆……ヒデタカ・モリシタか。こっちはジェヴェル」


 ジェヴェルを軽く目の前で掲げると、おお、と騎士達からざわめきが起こる。リシアも目を輝かせて今一度深く頭を下げた。先ほどから神剣様、と言っているあたりジェヴェルは彼女達にとっては重要な存在なのだろう。


 それにしても、と大きく息をつく。

 騎士、神剣、呪術国家。見事なまでにファンタジーの塊だ。もしかしたら神や悪魔もあるかもな、と若干ヤケっぱちな考えも含んだ頭を掻いて、ゆるりと振りかぶる。

 なにはともあれ、この世界で生きていくしかないのであれば彼女達の存在は天の助けか地獄の始まりか。できれば前者であることを祈るしかないだろう。

 

 柔らかく小さな手に引かれながら、木の葉の絨毯から抜け出て道へと戻り、歩いてきた続きを進む。

 絶えず俺を伺う黒ローブの女性、カリアの視線に気付くことも無いまま、そしてジェヴェルの小さな明滅に気付くことも無いままに。

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