剣を奉っていた場所
通路にも蜀台はあるが、どれも埃を被っていて火をつける道具も無い。幸い通路は狭いだけにジェヴェルの小さい輝きでも足元に気を使う分には十分だった。
別段長いわけでもないので薄い光が差す方へ向かって歩くと数分で外へと繋がり、薄暗い通路とは違う強烈な日差しに思わず手を太陽に翳してみる。残念ながらジェヴェルを持った手を掲げたせいか、真っ赤に流れる血潮ではなく翠色の輝きが透けて見える。
「眩し……昼時くらい?」
光から逃れるように、右に左に目を揺らす。今通ってきた通路を囲むように簡素な祭壇と、鳥居のようなものがある。あとは今立っている場所と数段の階段、雨よけの屋根。ジェヴェルを崇拝していたというから結構なものかと思いきや、案外小さいものだ。
「神殿って言うよりは祠だな」
《そうでしょうか。あまり気にしたことは御座いませんが》
どうでもいい、という声色が響く。さっきもそうだけれど自分が崇拝されていたことには何の感慨も抱いていないみたいだ。
明かりに目が慣れてきた頃改めて辺りを見渡すが、どうやら森の中の開けた場所らしく祠を中心に周囲を木々に囲まれている。階段を降りてぐるりと一周すれば、石室と祠が古いにも関わらずきちんと手入れをされていることが分かる。辺りも同様で、森の木々は鬱蒼と茂っているが祠の周りだけはきちんと草を刈って、ある程度の景観を保っていた。森を分け入っていく道も平らにならしていて、この分であれば人里もさほど遠くないだろう。
そうなると問題なのは、ここに留まるかどうかになる。まだ明るい時間だが、実際人里までの距離も詳しい方向もわからない。日が落ちて森の中、というのは遠慮したいところだ。かと言って。
「ここで待ってれば人が来ると思うか」
《私が安置されていた頃は日に数度来る者がありましたが……申し訳御座いません、今はどうか》
「そうか……実際のとこ、お前は何年くらいあの女の人の所に居たんだ?」
《それも詳しいことは。私の隣に在った時剣エミットが、共に過ごして300年だと言っていたことがありました。しかし世によって時の流れも違いますから》
「確実に何年過ぎてる、とも言えないのな」
下手をすれば1000年も、なんて可能性もあるわけだ。確実に人は来るんだろうけどどれだけ掛かるか分からない。更には森の中だ。どんな動物が襲ってくるかすら定かじゃない状況なんて恐ろしいの一言に尽きる。
迷いが頭の中をぐるぐると回りだす。前門の狼、後門の虎と表現するほど切迫してはいないかもしれないが、時間が経てば経つほど危険なのは間違いないだろう。
そもそもこんな状況を想定したことも無い俺には行くか止まるか、どうにも判断が付かない。しばらく額に手を当てイマイチ頼りない頭を動かしていた俺に、ジェヴェルがまたおずおずと話しかけてくる。とは言っても石室から出るときのような後悔の色ではなく、大人に話しかけてもいいかと逡巡する子供のようでどこか可愛らしく少しばかり張り詰めた緊張の糸が緩んでしまう。
《主様、周囲に人ほどの大きな気配はありません。危険は少ないかと》
「分かるのか、そういうの」
《長年ここに居りましたから、森全体にごく微弱なものとはいえ私の力が染み付いているのです。特別役に立つほどではありませんが生き物の気配を探る程度であれば》
そもそもこの辺り以外には使えもしない、とジェヴェルはどこか恥ずかしそうに言うが、今は森の中がわかるならそれで十分。そんな情報があるのであれば、ここは行くべきだろう。留まっても危険は少ないのかもしれないとはいえ、サバイバル知識が無い以上安全な食料採取ができるかどうか分からないのだから目指すべきは人里だ。もっとも、それだって少なくともこの森の外へ行く必要があるだろうけれど。
木々の隙間を縫うように走る道、その前に立って先を見やる。ならされているとは言っても森の中を真っ直ぐ走っているわけではなく、少し行けば蛇行して道の先は見えなくなる。それ以外にはもう木々がカーテンのように遮ってしまい、 陽の明るさがほとんど届かない薄暗い森でしかない。
先へと進もうという意思が縮んでいく。ぐだぐだ考えた挙句がこれとはなんとも情けないが、所詮は肝の小さい一般人というわけだ。結局足が動くようになったのは、翠の光が優しげに瞬いてからだった。
《主様》
「分かってる。行かないと、ダメだよな」
とん、と踏みしめる土は硬い。
ここからの先行きがどうなるものか。目の前に広がる光景と同じように隠れて見えないそれへの不安、そして小さく光る期待を握り締める。変わらずじんわりと帰ってくる暖かな感触が、俺を励ますように包んでいた。