小幕間 剣の丘
「良いではありませんか、あの子らの主人が見つかることが至上命題でしょう」
君にとってのね、という声は伝わっているのだろうか。
宇宙を思わせる暗闇の中、一つの小さな丘が浮かんでいる。赤茶色の煤けた土で作られたそれは船のように漂いながら、剣山の如く無数の刀剣と一人の女性を乗せており、なんとも不思議な光景を形作っている。
辺り一面、覗き込めば落ちていってしまいそうなほど深く底の見えない闇だというのに、女性の顔は晴れやかでいかにも嬉しそうな様子を隠さず鼻歌混じりに一本の剣を磨いていた。
丘の頂にて白銀に輝く刀身は長さ1m程度、若干幅広のそれは思わず膝を突きそうになるほど神々しく威圧的な雰囲気を醸し出している。そんな剣に頭を垂れつつも、ひどく優しい手つきで刀身を拭う姿は剣を崇拝する信者とも、庇護する母親とも見えた。
「貴方は全ての世の剣を司る原初の君にありましょう。たかが一つの世の男が一人、原初の御人も許して下さいます。そんなものよりも我が子のため祝福すべきではありませんか?」
それが渡ってしまった彼自身の願いなら、と声無き声が響く。
半ば後悔と嘆きに染まった声に他の剣達は震えるが、間近で感じる女性はけろりとした表情を崩さない。
「彼自身の願いですわ。彼からあの子の名を呼び、あの子に応えたのです。貴方も御覧になっていらしたでしょう」
心を弄る所もね、と彼は言う。その声に含まれた色を意にも介さず、女性はころころと鈴を転がすように笑い、返す。
「あれが心のうちに秘めた衝動を、少しだけ解き放っただけです。臆するだけの理性など必要ないでしょう? 一部は彼に還りましたが、他はきちんとここにあります。彼が世を儚むことはございませんよ」
ほら、と女性は細い指でクシャクシャになったそれを無造作に投げ捨てる。ほんの僅かに光を放ち、すぐに塵になって消えるそれ。
思わず唸る剣にとって、これは何度か見た光景でもあった。女性は全ての剣に奉仕し、彼らが主を見つけるに当たって素晴らしい活躍をしている。しかし時には甘言、時には恐喝、時には人の心さえ操ってまで主人にさせる強引さがあり、そのたびに剣は怒り注意もするのだが今ここに至るまで、まったく反省の色を見せていなかった。今もそう、心のうちにある親や友人への未練や未知への恐怖、そういったものを握り潰し、彼を別世界へと押しやったのだ。
剣が苦悩する間も女性の手は艶かしくも愛しげに働いて、光を放ちそうなほどに剣を磨き上げていく。
「さ、終わりましたよ。次の場所へと行きましょう? まだまだ主無き子のため、働かなくてはいけません」
ああ忙しい、と心底楽しそうに踵を返し丘を降りる女性を見つめながら、一本の剣は静かに鎮座する。
全ての剣を睥睨するその場所から、優しい小さな剣と共に旅立った男に謝罪を送りながら。