小幕間 博物館の一幕
はっ、と受付の女性が意識を取り戻したとき、まず初めに考えたことは眼前に立つ上司への言い訳だった。
「あ、す、すみません!ええと」
慌てた色を滲ませる女性の声。しかし上司である男性は軽く手を上げて、謝罪は不要と笑みを零す。
「いや、いいよ。しかし今日はお客さんが来ないね」
男も暇に苦しんでいたのか、女性の隣にパイプ椅子を運ぶとどっかりと腰を下ろす。まだ30を越えない男は軽く辺りを見渡すが、最終日だというのに人の居ないロビーには苦笑するしかない。責任者では無くてよかった、と内心他人事のように安堵をつきながら、つらつらと言葉を連ねていく。
「ちょっと展示も地味なんだよなあ……もう少し体感型というか、興味を持ってもらえるようにすればいいのに。ただショーケースに並べるだけじゃあね」
「それでも良い、って人はもう見終わっちゃいましたしね。常連さんはもう少ししてから来るみたいですし」
どこか上司を馬鹿にしたような男の声に女性は辟易しながらも、詰まらないのは確かに、と同意を返す。責任者である男の上司はどうにもお堅くて、事務能力は高いがいざ展示となると、展示法も変わり映えしなければ一つ一つの解説も辞書のようで面白みが無い。だからお昼から今まで人が来てないんだ、と言う男の言葉にも頷けるところはあった。
その点で言えば男は上手い。安い予算でも工夫して楽しめる展示に仕立て上げる能力はあるのだが、どうにもそれを鼻にかけるのだ。二人が協力できれば、というのは職員の総意でもあった。
思わず女性から漏れた溜息にも気付かず口を回そうとする男だが、外に見える上司に気付くとスッと立ち上がる。
「おっとヤバイ……それじゃまた。俺は展示室を見てから片付けのこと話してくるよ」
そう言って消える男の背に、女性は再び溜息を投げかける。面倒だなあ、と声に出さなかったのは女性にとっては幸いだろう。
なんとなく居住まいを正して背筋を伸ばすも、やはり人の来る気配は無い。何分か意識は無かったけれど、まさかその間に誰かが入ってきたということは無いだろう。
その証拠に、女性の目の先ではさっきの男と上司が微妙な雰囲気を醸し出しながら煙草を片手に話し合っている。あまりにも来るのが早いあたり、きっと本当に誰も居なかったんだろうな、と尽きることの無い溜息を吐く。外はまだまだ蜃気楼が揺れ、女性の退屈な時間は続きそうであった。