殺し屋、初恋
そいつは黒だった。
腰の辺りまで伸びる髪が、吸い込まれそうな瞳が、そして何よりも雰囲気が黒だった。
禍々しいというか、悪役臭漂うというか。
そう、例えるならば小規模だがあの手この手でそれなりの地位を築いた組長みたいな感じだ。
そしてこういう奴は、決して慕われるような人じゃないが、一部の集団には絶大なカリスマ性を発揮する。
狛達から聞いた話に加え、実際に見て納得した。
よく知ってる人種だからな。
前に何度も見たことがあるし、仕事も頼まれ、命も狙われた。
基本、身内しか信頼しないやつらだから、金で動く俺達をすぐ始末したがる。
そんなことがあったから正直嫌いな雰囲気なんだが、それを補って余りあるほど俺にとって彼女は魅力的だった。
直球ど真ん中ストライクである。
今の立場じゃなければ街中で見かけた途端、ナンパしてたはずだ。
火傷の痕らしい首の辺りから覗くケロイドさえも美しく見えるんだからよっぽどなんだと思う。
運命の相手ってのはこういう人のことを言うんじゃないだろうか。
「よく来てくれた。
盛大なもてなし、とはいかないが精々ゆっくりしていってくれ」
「いえ、突然の訪問にも関わらず痛み入ります」
発した声もハスキーな感じで好みだ。
建前として礼をしながら考える。
残る問題は性格だけ。
俺の予想が当たっていれば最高の美人で悪人。
だが、外れていれば最高の美人で善人となる。
董卓の例があるので後者の可能性もあるが、たとえ前者でも許せそうなところが凄い。
許せる許せないでいえばあとは服装か。
綺麗系なのにゴスロリっていうのかな?
あれは微妙だろう。
あと室内で傘持ってるのも意味不明だ。
いや、街中でゴスロリのやつがそんな傘さしてたような記憶はあるけれども……あれは室内でも持ち歩くものなのか?
まぁ、いい。
とにかく傘なんか捨ててスーツでも着た方が絶対似合うってのは、間違いのない事実だ。
さらに眼鏡でもかければ、できすぎて周囲に嫌われる感じの秘書の完成。
……例えが悪いな。
だが、無性に見たい。
この世界は謎技術でかなり前衛的な服があるから、仕立て屋に頼めばスーツくらい簡単にできるか?
挑戦する価値くらいはあるだろうから、帰り次第相談しよう。
などと思考を飛ばしていると
「じろじろ見られると流石に気分が悪いぞ。
そんなに火傷が珍しいか?」
そんな言葉が聞こえてきたので、慌てて謝罪。
「すみません。
そんなつもりは、ただ……」
「ただ……なんだ?」
だが、続く言葉に詰まる。
一目惚れしましたとか、見とれてましたとか言っても良いのだろうか?
一応仕事で来てるんだし、ふざけてるように思われるのはまずい。
まぁ、それでも俺としては彼女に嫌われたくない気持ちの方が勝っているのが現状。
いっそのこと
『お前が好きだ。
ずっとそばにいろ』
なんて言ってみるのも……いや無理恥ずかしい。
…………。
うん、そうだな。
悩んでもしかたないから本心を言おう。
良い選択肢は他にもあるんだろうが、今はテンパって思い付けない。
それにこの時代、公私混同は当たり前なんだから、別にいいだろ。
于禁や徐晃みたいな滅私奉公がおかしいのである。
友人が敵なら勝っても見逃す。
樊稠みたいに殺されるパターンもあるが、それが基本なのは変わらないのだ。
つまり仕事中にアプローチしても問題ない。
よし、決心がついた。
「あなたに見とれていました」
「…………何?」
「ですからあなたに見とれていたのです。
一目惚れしました」
「…………。」
やっちまった。
いきおいだけで告白紛いのことをしてしまった。
いや、紛いというかそのものか。
告白なんぞ前世でもしたことないからどうすればいいか一個もわからないぞ。
沈黙がとてつもなく辛い。
でもやっぱり告白したからには返事を待つべきなのかな?
じっと昌稀を見つめる。
すると
「人の恩人相手に何言ってんだ、ボケ青葉ッ!!
こっちは真巳さんを正式に登用するっつーから案内したんだぞ」
なんていう野次が響いた。
犯人は狛らしい。
全く、犬のようにキャンキャンと騒がしいやつだ。
これじゃあ返事をもらえないじゃないか。
そんな気持ちを抱きつつ狛を一瞥してから視線を戻すと、昌稀の顔から表情が消えていた。
ただの人形と言ってもいいくらいに。
地雷を踏んでしまったのかもしれない。
嫌われる要素はなくもないがこれは異常だろ。
さっきの狛の的外れな発言くらいでキレるわけがない。
むしろ好機とみて話題を修正するだろう。
そのくらいの知性と柔軟性は持ち合わせているはずだ。
ではなぜ……
「どうも私のことを分かってないようだな、狛。
誰が、何時、陶刺史なんかの下につきたいと言った?
私は私が好き勝手できる地位がほしいんだ。
こんな初対面の女を仕事中に口説くやつの親なんかに仕えて、それが手に入るわけがないだろう」
「え……あ、すまん。
俺もここまで青葉が馬鹿だとは」
「おい、ちょっと待て」
うん、理由はなんとなくわかった。
つまり俺がアホなことをしたせいだ。
まぁ、そうだよな。
これは公私混同の域を越えている。
ナンパと大差ない、というかおもいっきりナンパだ。
そしてそんなアホ息子を育てた親も同じくアホと考えるのも決して間違っていない。
そう、間違っていないんだ。
が、なぜだろう。
無性にはらがたつ。
「好き勝手言ってる所悪いが、と言うよりあんなこと言った俺が悪いんだが聞いてくれ」
しかたなく俺はそう言って偉そうに仁王立ちした。
ちなみに仁王立ちには特に意味はない。
しいて言えば説教モードに入ったというところか。
もちろん自分のことは棚にあげてである。
「まず狛はいらないことまで喋るな。
めんどくさくなる。
そんでお前。
『私が好き勝手できる地位がほしい』なんてほざいていたが、断言できる。
一生無理だ。
一目惚れしといてなんだが、お前からは小悪党の匂いしかしない。
そもそも人の下につこうとしないやつが出世できるわけないだろう。
ここを乗っ取った時みたいに毎回役所を焼くのか?
また火傷でもしたら同情はしてもらえるだろうが、今以上の地位はもらえないぞ。
なんせお前はしょうもない人間だからな。
うちの親を馬鹿にする暇があれば真面目に仕事しろやッ!!」
……うん、説教というより悪口に近いかな?
そもそも火事がこいつのせいじゃなかったら見当違いも甚だしい。
全力で土下座すべき事態になるだろう。
「あなたはどうしても私を小悪党にしたいらしい。
私が火事をおこした?
どこに証拠がある?」
そしてそうなる確率が9割増しとなる発言が聞こえた。
ただ救いもある。
証拠のありかを聞いてきたところだ。
普通は犯行を否定するべきなのに、推理を否定してしまうのは犯行した自覚があるためだしな。
犯罪者が言うんだから間違いない。
いや、元犯罪者だったか。
まぁ良い。
「証拠と言われても状況証拠、としか言いようがないな。
ついでにだが、今回の黄巾の反乱もお前が黒幕だと思っている。
まぁ、こっちも状況証拠だけなんだが、結構確信を持ってるんだ。
それでまあなんだ……白状してくれないか?」
「このアホ青葉ッ!!
白状しろって言われて白状する馬鹿はいねぇだろ。
それにそもそも真巳さんは犯人なんかじゃ――」
と、そこまで言って狛は口をとじる。
というかニヤニヤと笑っている昌稀が手をのばして止めた。
相変わらず綺麗な顔だが、若干の凄みを感じるので見とれることはないだろう。
そしてそんな楽しそうな顔で
「確かに白状してくれないか、と聞かれて話す馬鹿はいないと思うが……まぁ、話してやってもいい。
私よりも馬鹿なやつの頼みだからな。
さぁ、喜べ。
こんなのは今回だけだぞ。
まぁ、馬鹿にされて少々機嫌が悪いから嘘をつくかもしれんがな」
そうのたまい話始めた。
「まぁ、いきなり白状してしまうと火をつけたのは私ということになる。
反論してくれてたのに悪いな、狛。
ただこれは、地位を得たいがためにしたのではないとだけ言っておこうか。
そのためなら火傷なんかわざわざしないからな」
「……では何故火を?」
と、そこで今まで黙っていた孤子が口を開いた。
随分と不安そうな顔をしているように感じる。
恩人には悪人であってほしくないってところか。
俺には理解できないことだが、今はそんなこと関係ないので無視してすぐに視線を戻す。
ただ、今の発言には納得しかけたな。
確かにただ地位が欲しいだけで女が身体に火傷をつくるなんて馬鹿らしい。
民の信頼を勝ち取るためなら他にも手はあるしな。
歴史での反乱を繰り返す悪人という先入観があったのは否めないだろう。
これからは善人である可能性も考慮しつつ話を聞くか。
孤子を数秒見つめた後、さっきまでの凄味のある笑顔に戻って口を開いた。
「まぁ、その理由というのも簡単に言ってしまえば義憤に燃えたというところか。
先任の仕事は私腹を肥やすことだったんだから当然と言えるだろ?
もちろん、火をつけるのは本当に最終手段だった。
私だって人殺しを進んでしたいわけではない。
ただ、いくら諫言しても聞く耳もたず、私に濡れ衣を着せて殺そうとするならば話は別だ。
私はその場で先任とその取り巻きを殺し、証拠を消すため火をつけ、結果として火傷をおい、太守になった。
そして黄巾の方は取引をしただけ。
ここに手を出さなければ兵糧を融通してやるとな。
これが私のした全てのこと。
確かにやり方はまずかったかもしれないが、私が可能な限り手をつくした結果だ。
太守になったことを喜びも後悔もしてはいないよ」
と、最後は肩をすくめながらながら話を終える。
火傷でひきつっているせいかその格好は若干不自然ではあるが、俺はそれ以上に重要な話の不自然さを探すのに必至だ。
そしてその必至さが顔にでていたのか
「おっとそんな怪訝な顔をされたって困るぞ。
私にもそのくらいの善意はある。
実際に狛達を匿ったのだって似たようなものだ。
私は無能が権力を振りかざして人を虐げるのが嫌いなんだよ」
なんて本音を聞かされた。
いや、本音じゃない可能性もあるがそうとしか俺には聞こえなかった。
これは今まで言ったことに嘘が含まれてる確率が極めて高い。
嘘をつくっていう嘘をついた線は消すべきだな。
それでその嘘はまぁ、あそこら辺だろう。
「ほらッ、わかっただろ青葉。
真巳さんは悪いやつじゃねぇんだって。
さっさと謝っちまえよ」
そして再び狛の声。
若干うんざりしてきたが、これも恩人を思うがためなんだろう。
無視するだけに止めてやり、俺は昌稀を見つめ
「答えあわせしてくれ」
と言った。
昌稀はほう、と呟き頷く。
別に驚いた風に見えないのは、嘘くらい見抜けると思っていたからなのか、そもそもどうでもよかったからなのか。
顔に楽しげな笑顔がうかんでいる所を見るに前者だろうとあたりをつける。
そしてそんな顔に癒されつつも俺は解答を始めた。
「隠す気が無かったのかもしれないが義憤に燃えたって所だな。
まず理由としてやっぱり俺にはお前が善人だと思えない。
殺されそうになったってのは本当かもしれないが、それもお前が揺すったからだと思ってる。
だが、この理由はただの偏見だ。
無視してくれていい。
本命は次の理由。
お前がわざわざ火傷する必要を感じられないからだ。
言ったよな?
地位のためになら火傷なんかわざわざしないって。
まぁ、俺も正直そう思う。
いや、本当にすまなかった。
言った通り状況証拠から推理して半ば決めつけてたんだ。
ただ、それだからこそお前が火傷をした理由が知りたいんだよ。
先任と取り巻きを殺したってんなら実力的には問題ないはずだろ?」
そして最後には質問でしめてしまう俺。
どうもしまらない。
昌稀だって呆れたようにジト目になっているし、今なんかため息をつかれた。
そしてまた肩をすくませたかと思えばやれやれといった風に首をふり
「そんなのでは答えあわせも何もないな。
まぁ、正解は今お前が言った所の他に2つ。
1つは先任と取り巻きを殺して火をつけたのではなくて、殺す前に火をつけ火災の中で殺したこと。
もう1つは黄巾との取引は最終的に徐州の統治を任せてもらうことまで決めていたことだ。
不正解だった罰として質問には答えてやらないぞ?」
「いや、もう十分だ」
「それは結構」
と正解を発表した。
うん、発表してくれるとは思わなかったが、この難易度ならかまわないのかもしれない。
それに質問の答えも必要ないしな。
火事場泥棒ならぬ火事場殺人なんかしてたら火傷するに決まってる。
むしろよく死ななかったなと不思議なくらいだ。
いや、ちょっと待て。
これも嘘って可能性は……ありえるな。
というか共犯者がいる可能性も……
「それでこんなことした私の扱いはどうなる?
狛達に言った通り正式に採用してくれるのか?」
「あぁ、別に大丈夫だ。
陶刺史はお前のことを黄巾を集めて徐州の治安を改善してくれた人物として理解している。
もちろん今後同じことをしなければという前提だが」
「当たり前だ。言っただろう?
私は無能が嫌いなだけだ。
陶刺史やお前が有能であればそんなことはしないさ。
まぁ、今みたいな皮肉を言えるなら心配はいらないだろうがな」
まぁ、いいか。
あの曹操相手に反乱を繰り返すようなやつの裏を俺が読めるわけがないのだ。
今は……そう、さっきの返事を聞くべきなんだよ。
うやむやは駄目だ。
確認しようとして一旦中断。
やっぱり勇気がいる。
2、3回深呼吸して真剣な顔をつくり
「それじゃあ俺の女になってくれるか?」
「何がそれじゃあなのかは分からないが良いぞ。
この火傷のせいで嫁の貰い手はいなくなりそうだからな」
「そうか、俺の真名は青葉だ」
「私は真巳だ。
よろしく頼むぞ旦那様」
言った途端、あっさりと了承された。
若干の失言があったのにも関わらず本当にあっさりだ。
真名交換さえもトントン拍子。
さらにさらに旦那様なんて呼ばれては軽く有頂天になってしまう。
固まってる狛達は放置して閨に連れ込むのもありなんじゃないだろうか?
驚愕だけじゃなく裏切られたって感じの顔は腹立たしいところだが、説得も面倒だしな。
歩いていって昌稀あらため真巳の横に並び立つ。
そして一気にお姫様抱っこに移行。
軽くあがった悲鳴に満足しながらその場から逃げ去った。