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殺し屋、試合

野郎が顔を赤らめて走り去った、なんて話は脳味噌から完全に消去して、あの後どうなったのかをざっくりと話そう。


まず最初に、すぐさま出立するなんてことはなく、そこら辺で駄弁っていた狛達4人と合流。


母を説得できたこと、戦後処理が落ち着いたら昇進できること、翌日昌稀の所へ行くことを伝え、さっさと解散。


その後、帰り道で麋竺に見つかってしまい、渋々仕事を手伝ってから、父と妹について少し相談して眠りについた。


それから夜が明け俺達5人は馬に乗り、東海郡の役所めざして出発。


朝から休憩を挟みつつも、馬で移動し続けた結果、日が泰山に沈む前に到着した。


そして現在、代表として狛と狐子を昌稀のもとへ挨拶に向かわせ、やることがない男3人は、開けた土地に集まっている。


いつか猿が言っていた試合をするためだ。


本当にめんどくさい。


別に俺は、猿の顔と真名の合致性を笑ったわけではないのだ。


本物の猿と熊が喧嘩する。


そんなシュールな場面を想像した結果、込み上げてきた笑いを抑えきれず、鼻で笑った風になっただけなのだ。


ただまぁ、タイミングがタイミングだったので、悪い方に勘違いもするだろう。


そこは反省すべき点だ。


しかし、面倒なのも事実。


しかもただ試合をするだけではなく、正々堂々と戦い勝たなくてはいけないという条件が必然的についているので尚更だ。


この試合をする理由が、上にたつなら力を示せってことだからな。


本来なら暗器とかで嬲って謝ってくれるまで痛め付けるのに、それは封印されたも同然なのである。


しかも刃を潰した剣などないので素手で、だ。


正直に言おう。


俺は素手での喧嘩などしたことがない。


前世とこの世を合わせてもだ。


まぁ、前世では銃や刃物での戦いが当たり前だし、この世では親や妹相手に喧嘩するほど精神年齢も低くないからな。


当然のことだろう。


あっても訓練くらいだ。


さて、そんな俺が猿と戦って勝てるかと聞かれると、かなり微妙だ。


むしろ負ける可能性の方が高い。


だが、それでも、この戦力を手放すのは、あまりにも惜しいのだ。


戦いから逃げるようではついてきてくれないからな。


正々堂々戦い、勝っても負けても友情が芽生えるような、都合の良い展開に期待するとしよう。


眼前で跳ねたりしてウォームアップしている猿を見て、俺も意識を戦いに集中させる。


殺しとはまた違った緊張感に、若干ドキドキしながら熊に視線で合図。


立会人に名乗り出た熊は俺の視線に気づき、数回咳払いすると



「猿も準備はできたか?


なら、これから試合を始めるぞ。


負けは気絶か降参、わしが止めるかのどれか1つじゃ。


反則なんかはないが、顔はできるだけ避けろ。


痣だらけの顔で説得などできんからの。


うむ、言うことはこれくらいじゃな。


それじゃあ始めてくれ」



と、大きすぎるくらいの声でルール説明。


次いであっさりと開始宣言をした。


その瞬間に猿が動く。


かなりの前傾姿勢で5mはあった距離を一気に縮めてくるようだ。


一先ず迎撃にミドルキック。


本来なら腰の辺りの高さだが、今の猿の姿勢なら顔や肩に当たる軌道だ。


しかし、猿はさらに上体を沈めてそれを躱すと、四肢をしっかりと地面につけ、そこからバネのように跳んできた。


咄嗟のことに避けることができず、無様に押し倒されて、受け身もとれず頭を打つ。


一瞬、意識が朦朧とするがマウントポジションの猿に



「完全に猿じゃねぇか」


「――ッうっせぇ!!」



と、軽く悪態をつくと簡単に挑発に乗ってくれ、大きく右の拳を振り上げた。


その隙をついて左足で、後頭部めがけて蹴りを放つ。


組み敷かれた状態の悪足掻きじみた攻撃なので威力は大したことないが、幸か不幸か、少しずれた為に耳を直撃。


かなり痛いのだろう、振り上げた右手をそのまま耳にあてがっている。


再び訪れたチャンスに、振り上げた状態の左足を猿の首にかけ、振り下ろす。


自然、倒れていく猿の身体。


おかげで上半身の重みが消え、なんとか起き上がる。


その瞬間、視界に入るのは顔めがけて伸ばされる2本の足の裏。


反射的に仰け反って躱したが、鼻先を掠めたようで血の匂いが鼻を通り抜ける。


どうやら鼻血が出たようだ。


思わず鼻に手をやりながら、曲芸のようにくるくる回って両手から着地した猿を睨む。


にやにやしてる顔は、見れば見るほど腹立つ筈だが、こいつの顔は、逆さにしたら変な顔に見えて無償に笑える。


トリックアートみたいだ。


その顔に免じて俺の顔を蹴ったことは許しておいてやる。



「今ので終わると思ったが、意外とやるじゃねぇか。


その調子でてめぇのいけ好かねぇ面がぼこぼこになるまで頑張ってくれよ」


「熊の話を聞いてなかったのか?


顔は避けろと言ってただろう。


いくら自分の顔に自身がないからって、八つ当たりしてるようじゃ駄目だな」


「て、てめぇ……泣き喚いても許さねぇぞ!!」



ついでに口喧嘩の弱さにも免じて、なめた言葉使いも許してやろうかな。


再び猿が突っ込んできているが、立ち上がってから無駄な思考に時間を割く余裕を持って構える俺。


さっきまで圧されていた俺の方が余裕を持っている理由はズバリ、相手の攻撃が手に取るように分かるからである。


というのも、宣言通りに顔しか狙ってこない。


短絡的すぎるのか、本当に自分の顔に自身がもてないのか。


どちらか、もしくはどっちもなのかも知れないが、馬鹿にしがいのある奴だ。


なんて無駄な思考をしていると、なかなかの速さなので時たま避けきれず拳が数回顔を掠める。


が、クリーンヒットは今のところない。


これ以降もそんなことはないのだろうが、そろそろ反撃するべきだろう。


馬鹿正直に打ってくる右ストレートを何とか掴み、一本背負い。


どんな反射神経をしているのか、まさかの両足での着地に驚愕するが、慌てず騒がず空を見上げている猿の首に手刀を放つ。


これまた空いた左腕に防がれるが、力任せに振り抜いた。



「がッ――!!」



それによって地面に叩きつけられる猿。


後頭部を打ったようで、そこを押さえつつも、こちらを睨んでくる。


俺を睨んでくるのは筋違いも甚だしいが、これは試合だ。


勝ち負けにこだわっているんだろうと納得しよう。


俺は決着をつけるために、ジャンプした。


ただその場で、ではなく猿めがけて……。


もっと言えば顔めがけて、である。


きちんと両足を揃えているので、当たれば鼻や歯が折れるかもしれないがこれも勝負だ、恨まないでほしい。


そんな感じの謝罪は跳ぶ前に心の中ですましているので、後は落ちるだけ。


これをくらえば俺の勝ちは揺るぎないものへと変わ――



「やめろッ!!」



る前に決まった。


慌てて足を開き着地。


確認のため下を覗いて見れば耳のすぐ横に、俺の足はおいてあった。


どうやら驚きで1mmも動けなかったらしい。


今回はそれで助かったが、本番ではどうなるか……。


というか、俺に脚力がなかったら顔がぐちゃぐちゃになってた筈だ。


止めるのが遅くないか?


そんな抗議の視線を先の声の主、熊に向ける。


しかし、すぐ目を背けたくなった。


怒りで今にも爆発しそうな顔をしているからだ。


だが逆に、目を背けた方がそうなりそうなので我慢する。


それでもこの視線に加え沈黙はかなりつらい。


何とか話さねば精神的に堪えれないだろう。


しかしながら、あまりにも凶悪な顔なので、何と言えば良いか測りかねる。


下手に刺激してしまったら襲われそうだ。

結局、俺は目を背けないものの沈黙を続ける。


が、股下から



「おい、熊ッ!!


何勝手に止めてんだよ。


俺は顔面踏まれようが、何されようが絶対に戦うぞ。


てめぇだってそんくれぇ分かってんだろッ!?」



と、怒声が響いた。


確認するまでもない猿だ。


流石に寝たままだと格好がつかないだろうから避けてやる。


すると、猿はむすっとした顔で頭を擦りながらも起き上がり、熊に近づいていった。



「だいたいてめぇは、図体はでけぇくせに、仲間のことになると度量が小さくなりすぎなんだよ。


試合を頼んだのは俺だし弱かったのも俺だ」


「ちょ、ちょっと待てよ、猿。


だからと言って、顔を踏みつけるなんぞ、許容できることじゃあないだろ?」



そして話す内容は熊の悪口に、止めたことに対する批難。


自分のために怒ってくれていた者に言うことではないな。


熊には同情を禁じ得ないが、かと言って、熊の主張に同意はしずらい。


猿もそう思ったのだろう、ため息をついて



「確かに顔面踏まれりゃあ痛いがそれだけだ。


続けて戦う自信もあったんだぜ」



と、心底呆れた風に言い、こちらに振り返った。


あい変わらず嫌そうな顔をしているが、どこか吹っ切れたようにも見える。


だが、何か言いたそうにしているものの、何も言わない。


いい加減イライラするので



「いちゃもんはつけ終ったか?」



と、野次をとばす。



「んなもんじゃねぇッ!!


俺だって負けたってのは認めてんだよ。


だから……だな」


「だから……なんだ?」


「クッ!!


だから……お、俺の真名を……だな。


あ、預けてやるっつってんだよッ!!」



……なんだこいつ。


俺は何とも言えない表情で猿を見る。


たかが真名を教えるくらいのことで本物の猿のように顔を赤くしているのだ。


野郎の赤い顔part2である。


いや、part2じゃ……まぁいっか。


とにかくこの猿をどうにかしよう。


女だったら実際に真名を呼んでみせれば喜んだり、恥ずかしがったりするのだろうが、雄猿だからな。


……うん、からかうしかないだろ。



「それじゃあ、ありがたく受けとってやる。


精々俺のために働けよ、猿」


「あぁん?……おいてめぇ今何て言った」


「何て言ったも何も、俺は本心を言ったまでなんだが……何か不満か?」


「あぁ、不満だ。


人が恥を忍んで真名を教えてやったのに、言い間違えたうえ、臣下扱いしやがって」



俺の質問に猿は怒りを隠しもせず即答した。


猿を猿と言ったぐらいでここまで怒るとは、真名に対する考えが違いすぎるな。


ちなみに言うまでもないとは思うが、今までの猿は基本的にサルと読む。



「なるほどな。


それなら臣下扱いはやめてやる。


狛達と同じでいいな?」


「あぁ、それで頼……じゃねぇッ!!


言い間違えを訂正しろっつってんだよ!!」



これまた叫ぶ猿。


唾が飛んでくるのでやめてほしいものだ。


それに猿の方が呼びやすいしな。


勝者の権限で押し通すことにしよう。



「訂正する必要なんかねぇだろ。


試合してやった駄賃だよ、だ・ち・ん。


文句言うなら勝ってからにしろっての」


「はあッ!?


そんなこと今まで一言も言ってなかったじゃねぇか。


認めねぇぞ。


もう1度勝負だッ!!」



失敗。


でもまぁ、こいつの性格を考えれば当たり前だから落ち込みはしない。


別の視点から攻めることにしよう。


あからさまにため息をついてから肩をすくめ



「負けをみとめたと思ったらこれだよ。


なぁ熊、お前はどう思うよ?」



と、話を熊にふった。



「わ、わしか!?


うむ……まぁ、先はわしの早とちりということもあるしの、もう1度するのも良いのではないか?」



当然熊は慌てたが、少し考えた後に、自身の意見を言った。


審判にしては随分と不公平な意見だが、一理あると言えなくもない。


というより熊の性格ならこれしか言わないだろう。


だが、俺としては猿との再戦は意地でも避けたいところだ。


次やったら負けるからな。


なのでこれを利用することにする。



「ふ〜ん。


熊が誤審したからもう一度戦う……ねぇ。


まぁいいさ。おい、猿。


さんざんお前が文句言ってた熊が与えてくれたせっかくの機会だ。


どうしようがお前の勝手だぜ?」


「ッ!?


今お前俺のことをえ、猿って呼んだか!?」



しかし、猿が食いついたのは予想とは外れ、俺が真名を呼んだことだった。


しかものけぞっている所を見るとかなりの衝撃なんだろう。


こっちとしては熊を悪者にすることで、猿の仲間意識を刺激して……みたいなことを考えていたので少し動揺してしまう。


言葉に若干つまるがとっさに



「ん?あぁ、確かに呼んだがどうかしたのか?」



と、惚けた感じで肯定した。


そしてそんな俺に猿は気持ち悪いものでも見るような目を向け、一度ブルッと身を震わせると



「頼む……頼むから俺の真名を呼ばないでくれ。


お前に呼ばれると寒気がする」


「お、おう」



随分とひどいことを言われた。


言い間違いを直せと叫んでたくせに、呼んだらそんなことを言われるとは思ってない。


流石にショックだ。


こんなことを言われては試合を避ける、なんか言ってられない。



「それなら真名で呼ぶのはやめてやるよ」


「あぁ助かる」


「まぁ、もちろん代償は払ってもらうぜ。


そんな理不尽なことを言うんだから、罰として今後は猿と呼ぶ」


「はぁ!?ふざけ『ちなみに反論したらその時点から真名を呼ぶんで、そのつもりで』――ッ!!」



よし、勝った。


押し黙った猿に内心でガッツポーズする俺。


だが、同時にかなり虚しくもある。


どんだけ真名を呼ばれたくないんだよ。


いい加減泣くぞって言いたくなる。


まぁ、もちろんそんなことはしないがそれだけショックなのだ。


猿のくせに生意気である。


逆にこっちから殴りたくなってきたがここは我慢。


一先ずは視界に入った狛と狐子を待つことに。


それにしても白と金で身長差があんだけあればだいぶ目立つもんだ。


100m近く離れているのに誰かが認識できるぞ。


というよりこの世界の有名武将とかは髪色とか容姿が目立つようになってるんじゃないのかと思う。


家の家族の髪は緑か赤だし、前にあった董卓は薄紫の髪に変なベールみたいなのをつけたちびっこ。


何故か昨年ぐらいに死んでしまった孫堅もピンクの髪に褐色の肌のスタイル抜群な美女だった。


一般の民達は黒髪が多数なのだが……どういう遺伝の仕方なのか甚だ疑問である。


黒髪じゃない=歴史に残る武将。


なんていう方程式があったりするのかもしれない。


となると気になるのは昌稀の髪色である。


早速、4人にでも訊ねるかと口を開こうとし



「おい、男共。


真巳……じゃなかった。


昌稀が家に招待してくれるらしい。


おら、さっさと行くぞ」



と、狛が言ったのでやめた。


聞かなくても実際に見ればいいだけだしな。


狛の言う通りさっさと行くにかぎる。


俺は、すでに背中を見せている狛と狐子の後を追いかけた。


その後に熊と猿も続く。


さて、昌稀の髪色はなんだろう?


うん、夕陽のようなオレンジ色だな。


俺の予想はこれできまりだ。

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