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殺し屋、夜襲

太陽が沈み、月も泰山の後ろに隠れ外が真っ暗になった頃、俺は城壁の上にいた。


明かりと言えば見張りの兵が持つ松明と夜空に輝く星だけ。


前世がどれだけ人工の光に溢れていたか改めて理解する。


でもまぁ本来、今はそんなことを考えている場合ではない。


もうすぐ夜襲決行の時なのである。


ただ、指示を終えて後は合図を待つだけなので、思考だけを有らぬところへ飛ばしていたのだ。


ちなみにその合図とは東・西・南の門、それぞれに兵を配置し終えたのを確認した兵が、町の中央で松明を振るというものである。


不便であるがこの時代では有効な伝達手段なのだ。


メールで何でも連絡していた前世が少し懐かしい気もする。


が、19年も過ごせば変わってくるもので、ケータイなど無い方が良かったと今では思っている。


確かに便利ではあったが人との会話を減らす原因の一部なのは確実だ。


機械なんかほとんど無いこの時代のおかげで改めて実感できた。


人との繋がりがなくては助け合いなど夢のまた夢。


前世では平和すぎたせいでそれを忘れていたのかもしれないな。


などと再び思考を有らぬところへ飛ばす。


そこへ母に報告に行った時、副官に命じて連れてきた麋竺がやって来て



「青葉様、合図がありました。


出撃の指示を。」



と、小声で報告。


俺は思考の渦から素早く脱し分かった、と小声で返すと、近くに控える旗を持つ男に指示する。


そいつは無言で頷いてから左右に旗を振り、それを見た部隊員が一斉に城壁から縄を垂らして降り始めた。


午前中のように大声を出したり、門を開けたりして大きな音をたてないための配慮である。


これならほぼバレることなく城外に出れるだろう。


俺も遅れるわけにはいかないので縄を使いながら素早く降りる。


そして全員が揃ったのを確認した所で事前に選出していた弓の得意な者、10名と共に見張りを倒すため先行する。


待機組は敵の見張りが持つ松明の火が消えるか、騒ぎがおこったら進軍する手筈になっているのだが、正直後者はあまり心配してない。


というのも、弓の得意な者はほぼ全員猟師なので気配の消し方がかなり上手いのだ。


これで全員が黒い布を纏って近づくのだから、この暗闇で見つけるのは至難の業と言えよう。


現に10人のうち2人が見張りと50m程の場所に近づいてもバレていない。


そして放った矢も、1つは欠伸をしていた者の口へ、もう1つは横を向いていた者の首を掠めるようにして切り裂いていった。


素早く近づいて生死の確認。


首をやられた方は辛うじて生きているようだったので止めをさし、落ちてしまった松明を拾わせる。


どうやら見張りは2人1組のようだから、1人は確認に、もう1人は報告に、なんてことになりかねない。


矢を放った2人には黄巾を着けて見張りの振りをさせ、残り8人は東西南へ2人ずつで移動する。


その際、死体を松明の明かりの範囲外まで運ぶのも忘れない。


近づかなくても明かりの範囲ならバレバレだからだ。


そして少しのタイムロスをした俺と副官は西へ向かい、確認に行こうとしている様子の2人組を発見。


どうやら2人組の利点を活かせてないらしい。


副官とアイコンタクトをとると理解したのか頷き、矢をつがえた。


それと同時に俺は音をたてないように走って2人組の後ろに回り込み、右側の男の口を塞いでから首を掻き斬る。


血が噴水のように飛び散り、横を歩いていた男がこちらを向くが、トスッと軽い音がなるとそのまま倒れた。


そのこめかみには真っ直ぐ突き刺さった矢が見える。


やはり連れてきて良かったと内心で思いつつ、松明の火を消し副官へと駆け寄る。


この副官こと麋竺は三国志の中では文官のイメージが強いが、史書に書かれるくらいには弓馬に長けていた。


まぁ、近接戦闘技術と軍の統率力が皆無なので、文官の仕事が多くなるのも無理はない。


今回、副官にしたのは弓の腕前をかったというのもあるが、本心を言うと戦後の書類仕事をほぼ丸投げするためだしな。


妹2人のご機嫌とりはかなりの時間を有するのである。


そのための犠牲になっていただこう。


そう考えると思わず黒い笑みが浮かんでくるが、なんとか隠して合流。


待機組の所へ行こうと歩みを進めると



「青葉様、何故妹ではなく私を副官にしたのですか?


確かに私も弓は得意ですが、妹だってそれなりにできます。


兵を率いるのなら妹の方が遥かに巧いと思うのですが。」



こちらを見上げながら尋ねてきた。


俺はしばし返答に窮する。


なんてったって仕事をおしつけるためだからな。


だが、無言をつらぬくのもだめだ。


急いで理由を考える。


思い付いた所で、ボロを出さぬよう前を向いたまま



「今回は兵を率いるというより個々の能力だからな。


一芸に秀でた者の方が適してんだよ。」



と、当たり障りのない返答をする。


だが、なるほどと関心している姿を見ていると、申し訳なくなってきて



「後は妹達に慎みを知ってほしいからかな。


お前の妹の子方(麋芳の字)はおとなしくて他人のたてかたを知っている。


そこを見習う機会を与えたくてな。


姉のお前を連れていけば3人集まって話すんじゃないかと思ったんだよ。」



もう1つ考えていた理由を伝える。


正直、この理由は兵を率いる者としては最低だ。


身内の為に他人を危険に晒そうとしているのだから。


だが、妹達がいがみ合っていては今後に影響があるのも事実。


それを治すためのてこ入れをこの機会に行ったというのも分かってほしい所ではある。


そんな思いをこめつつ、しばし麋竺の反応を待つが、何も反応はない。


あまりにも沈黙が長いので口を開こうとすると



「青葉様も妹様の事で悩んでいるのは分かりました。


ですが今は戦の最中です。


その件については戦が終わってからにしますよ。」



怒るでもなく、何故かニコニコとした表情でそう言った。


かなりの疑問に感じるが、俺は別に咎められたいわけではない。


深く聞いて薮蛇なんてのは嫌なので、胸にしまいこんでから待機組に合流した。


そしてその数分後、全員集まったのでいよいよ進軍を開始。


目印として皆が頭に白い布を巻いた異様な集団が動き出した。


普通なら簡単に見つかってしまうほど、暗闇での白は目立つのだが、見張り以外はほとんど寝ているとの情報を聞き出してある。


同時に、一部の集団が常に警戒体勢をとっているとも聞いていたが、そんな影は見受けられないので、がせねたなのかもしれない。


ねんのため慎重に進んだが、天幕の見える所まで来て一度止まっても、特に変化は見受けられない。


これならば大丈夫だろう。


すぐさま俺を先頭に100人で三角形の様な陣形を作り走り出す。


極力音を鳴らさないために鎧を着てないので、精々地を蹴る音が鳴る程度。


それでも音はでているのでバレない内に行動をおこす。


急造で数は少ないが数十個の火炎瓶を用意しているので、先ずはそれを天幕へ投擲。


この時代に厚さの薄い瓶などある筈もなく、2個に1個くらいしか割れて発火しないが、火の広がり具合は上々だ。


眺めているわけにもいかないのですぐに歩みを進める。


すると瓶の割れる音や、火に飲み込まれる人の悲鳴などで目を覚ましたのか敵が少しずつ出てきた。


しかし、まだしっかりと覚醒してはいないようで、状況を把握してなかったり、慌てるだけのものばかり。


そいつらを俺達は片っ端から切り捨て駆け抜ける。


敵陣の中程を進んでいるころに漸く、火を消せだとか敵を殺せだとか聞こえだすが無視だ。


次第に敵の数が増えてきている。


囲まれたら終わりなので早々に離脱する必要があるな。


とにかく前に突き進む。


なにより南門の部隊は他の部隊よりもさらに消耗が予想されるのだ。


それもその筈で、南門から北門に進むためには西か東の敵と戦う可能性が高い。


まぁ、それも可能性が高いだけで100%ではないのだが、ただでさえ長距離を走る必要があるのだから、なるだけ消耗を抑えたいのである。


だが、そう考えている間にも、立ち塞がるように敵が目の前に現れる。


今回は数十人はいそうなある程度纏まった集団だ。


これを突っ切ったら帰還するとしよう。


そう思うと俄然やる気が出て再び先頭に立って敵に突っ込む。


先ずは前にいた男の首めがけて突きを放ち、刺さった剣を男を蹴り倒すことで抜く。


その間に横から2人斬りかかってくるが、三角形の前から2、3列目に配した弓兵がしっかりと射殺した。


その崩れた所へ後続の兵が次々と斬り込み、傷を抉るようにどんどんと切り開いていく。


これなら無事脱出もできるだろう。


目の前の最後の1人を斬り倒してから前にある開けた場所まで行き



「引き上げるぞッ!!」



と大声で叫んだ。


その声に背後から野太い返事が返ってくるのに満足しながら、手はず通り残りの火炎瓶を全て投げさせ走り去る。


この夜襲で首級こそ獲ってないもののかなりの被害を与えられたようだ。


天幕に着いた火は北東からの風に煽られだいぶ広がっているし、それは西や東でも同じだろう。



「青葉様、この様子ですと西には火に追われた賊が泗水目指して集結する恐れがあります。


ここは臧覇殿達のいる東へ逃げるべきかと。」


「それもそうだな。


おい、お前ら。


北門まで一気に駆け抜けるぞ!!」


「「「応ッ!!」」」



そして麋竺の助言通り一端東へ向かい、そこから北へ向かう。


途中、火に追われ散り散りに逃げたのか、数人単位の敵を見かけたが、そいつらは戦うこともなく逃げてしまった。


まぁ、怪我こそしているが100人の集団に数人で突撃する馬鹿はいないだろう。


それこそ一騎当千の猛将が率いて初めてなせる業だ。


あぁ、早く猛将が欲しい。


そう思っていると



「この臧宣高と差しで勝負しようたぁ、良い度胸じゃねぇか。


名を名のれッ!!」



威勢の良い声が前方から聞こえた。


どうも一騎討ちを始めようとしているらしい。


狛の実力を見たことはないが、歴史通りなら楽進と同等、許楮未満と言ったところか。


中々の上位クラスに分類されると思う。


この相手が良い勝負をするようだったら勧誘するのもありか。


後ろを確認させ追手のないことが分かると、一騎討ちを見るため声の方に進軍。


暫くすると煌々と照らされた人垣が見えてきた。


人垣の構成は白と黄が1対5くらいの割合で、狛の部隊の方が圧倒的に少ない。


夜襲を察知してここまで逃げているような黄巾の将が、この状況で一騎討ちなんて馬鹿なことをするだろうか?


その理由を考えた時、ふとお使い男の言葉が思い浮かぶ。


『あなた達の邪魔はしません、信じてください。』


この言葉から、今の状況を作りだしているのがお使い男なら説明がつく。


あいつは夜襲の事を知っているし、邪魔をしなかった。


さらにこの状況で攻撃をしかけていないのだ。


その理由は両者の被害を抑えるためと考えるのが妥当だろう。


そして一騎討ちで負けて降伏。


こんなシナリオなのではないだろうか?


これは少しもったいない気がする。



「道を開けろ。」



俺は人垣に向けて言った。


そこまで大きな声ではないのだが、モーゼよろしく人垣に道ができていく。


その道をどんどん進み中央の開けた場所に出ると案の定、狛とお使い男がいた。


そして2人ともが俺をガン見してくる。


狛の方は苛立たしげに、お使い男の方は困惑した様子でだ。


ひとまず鬱陶しいので狛の方を視線が外れるまで睨みつけ、次いでお使い男に視線を移す。


あい変わらず困惑したままなので



「お前の言葉を信じて来たぞ。」



と短く伝える。


その瞬間、何故か突然お使い男が泣き崩れ、そのまま土下座に移行し



「降伏じます゛。」



と、短く告げた。

さて、お使い男の正体は誰でしょう?

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