殺し屋、高揚
父を軍議場へ送り出すという、1つの役目を終えた俺は現在、兵舎の前にいる。
戦終わりのせいで疲労からか、突っ伏している兵が目に入るが見なかったことにした。
むしろ俺を見て立ち上がろうとする奴には休んでおけと指示する。
刺史の息子だからと気を使われるのは、はっきり言って面倒だ。
まぁ、そうは言っても普通の神経の人が遠慮しないわけもなく、立ち上がったまま頭を下げている奴らの方が多いのが現状。
内心ではさっさと立ち去れよ、とか思ってるのではないだろうか。
だがまぁ、それも仕方のないこと。
さっさと用事を済ませて立ち去ってやることにしよう。
一先ず手近にいる兵を呼び寄せ、百人長を呼んでくるよう伝える。
はぁ、と気の抜けた返事をしたそいつは駆け足で兵舎の中へ向かい、数分後には30人を引き連れて帰ってきた。
そいつにお礼を言いつつ、酒を飲める程度の小遣いを渡してから、俺は30人それぞれの顔を眺める。
皆顔に疲労の色を浮かべてはいるが、真剣な顔でこちらを見ている信頼出来そうな連中だ。
俺は1人頷くと、労をねぎらう言葉を言ってから
「未明に夜襲をかける。
お前らにはその為の精鋭部隊の選出を行ってもらいたい。
それぞれ選りすぐり10人だ。
出来るな?」
本題を切り出した。
その返答に「はッ!!」と威勢の良い声を響かせた百人長達を解散させ、気になったことがあるので視線を巡らせる。
そして目に入る黄色い布。
最近見慣れたそれを身に付けているのは、ついさっきお使いを頼んだ男だった。
癖っ気の強い長い髪の毛に埋もれたせいで分かりにくいが、しっかり頭に巻かれている。
どんだけザル警備なんだと思わなくもないが、俺もその一員なので強くは言わない。
ただ、警戒しといて損はないだろう。
早速10人の厳つい男を連れてきた百人長の1人に後をつけるよう内密に指示して解放する。
もちろん城外に出ようとした場合は捕まえて牢にぶちこめるれるようにだ。
お使い男はひょろひょろだからなんとかなるだろう。
…………いや、なんとなく不安だから今来た2人もついて行かせよう。
ひょろひょろだからと侮って痛い目を見たくないからな。
実際、この世界は色々おかしい。
まず女の方が優れた能力を持っていることから分かるように、見た目で強さをはかれない。
例えば母の配下にいる、顔や雰囲気が鼠に似ている曹豹なんかは、頼りない見た目に似合わず結構強い。
歴史でも夏候惇と打ち合うほどだからと、試しに試合をしてみたのだが、かなり苦戦した。
細い腕に似つかわしくない強力な一撃は、意表をつかれたのもあるが、剣を取り落としかけるほどだったからな。
お使い男がそう言う部類に入るかどうかは分からないが、間者の類いだったら逃がすわけにもいかないだろう。
もう2人追加するとしよう。
バレた状態でする夜襲など自殺以外の何物でもないからな。
お使い男が間者でないことを祈るとする。
まぁ、間者が黄巾をつけるわけないんだろうがな。
ー・∀・ー
それから数十分後、やっと300人の兵が揃った。
今は人払いをした練兵場に整列させているが、なかなかに爽快な気分である。
最後に来た10人のうち4人だけは異彩を放っているが、総じて強そうなものばかり。
こいつらを動かす側の人間になれた幸運に、感謝したいぐらいだ。
万の軍勢を率いるようなことになったらどうなってしまうのか、今から不安である。
でもまぁ、今は関係ない。
今回の作戦を失敗すれば、これからの人生がなくなる可能性もでてくる。
その為には必ずやこの作戦を成功させなくてはならない。
「お前達、ここに呼ばれた理由は知っていると思うが、明日の未明に夜襲をかける。
大きく形勢を変える大事な策だ。
この策で失敗は許されない…………が、前回の敵の夜襲の際、間者が紛れ込んだ恐れがある。
こちらも手は尽してあるが、情報が漏れる危険も捨てきれないだろう。
もし漏れていたら俺達は死ぬことになる。」
間者の件をどうするか迷ったが俺は隠すことなく兵達に伝えた。
場がざわめくが、静まるのを待たず口を開く。
「だが、そうならない為にお前らを集めた。
お前らは必ず敵を蹴散らし、生きて帰れると信頼された精鋭だ。
俺もお前らを信じて命を預ける。
だからお前らも俺を信じて命を預けてくれ。
そうすれば何が何でも勝ちをひろってやる。
今は命の代わり、と言ってはなんだが我が真名、青葉を預ける。
必ずや勝利を土産にここに帰ってくるぞッ!!」
臭いことを言ってしまったか?
訪れる静寂。
だが、それは杞憂に過ぎなかった。
「「「応ッ!!」」」
と、300人から発せられたとは思えない大音量が返ってきたからだ。
ジ―ンと来るものがあるが、それを表には出さず策を告げる。
だがまぁ、この内容には若干の反論があった。
それをなんとか説得して終わらせると、あの4人を残して解放させる。
というのもこいつらが反論した連中なのだ。
それだけで脳筋でないと分かるし、その内2人が女なのだ。
この世で軍にいる女は十中八九、三国志でも重要人物である。
実際、董卓も孫堅も女だった。
ただ董卓があんな儚げな美少女とは思わなかったな。
イメージと真逆である。
どっちかと言うと隣にいた徐栄の方が董卓に見えた。
まぁ、それはおいとくとしよう。
この時期の徐州で4人ということは、たぶんこいつらが臧覇、孫観、呉敦、尹礼だ。
演義みたいに昌稀が一緒にいないのは残念だが、十分な戦力アップ。
この反論の余地がある駄目な策でもなんとかなる筈だ。
それというのも、この反論の余地。
邪道とされる兵を分けることにしたからできたのだ。
ただ、理由なくやった訳ではない。
こいつらが臧覇達だと気づいたからの決断だった。
だが、その決め手に反論されたのだからどうしようもない。
先の説得でも納得していない様子だったので、一先ず隊を任せるという名目でここに残ってもらったのだ。
そして4人だけにしたのは、これから話すことにも関係する。
まずは名前を聞かなければならないだろう。
それを訊ねると、最初に俺より背が5cmくらい高い190cmほどのスレンダーな白い短髪の美女が
「俺は奴寇、親がガキの頃死んじまって真名は覚えてねぇがよろしく頼むぜ。」
と、粗野な言葉使いで答える。
ついで陶遂と同じ140cmくらいの金髪ショートの美少女が
「お姉さま、そんな荒っぽい言葉使いでは嫁の貰い手がいなくなりますよ。
全く……私は盧児と言います。
私も同じ理由で真名はないんです。
申し訳ありません。」
と、奴寇を叱ってから丁寧な言葉使いで自己紹介。
それが終わると、黒い髪のモミアゲと髭が繋がってしまっている熊のような2mほどの大男が
「わしは黯奴じゃ。
真名はこんな見てくれじゃから、熊と名乗っとる。
ちなみに横のは見たまんまで猿じゃ。
よろしく頼む。」
と、見た目通りの大声で、何故か横の猿顔の真名まで教えてくれた。
すかさず猿が熊に蹴りをいれていたが、顔を見てると笑いそうになるのでちょっと視線をずらす。
だが、本物の猿と熊が実際に戦う所を想像してしまい、思わず少し吹いてしまった。
すると、驚くほどのスピードで猿がこちらを振り返り、ずかずかと近づいてきて
「てめぇ、人の顔見て笑うたぁどうゆう了見だ。
絶対てめぇには真名で呼ばせねぇかんな。」
と、胸ぐらを掴みながら啖呵をきった。
背は相手の方が小さいからあまり苦しくはないが、邪魔くさい。
「すまなかったな。」
と、素直に謝る。
チッ、と舌打ちして放してくれた猿は
「俺は嬰子だ。
くれぐれも真名で呼ぶんじゃねぇぞ。
言った瞬間、お偉いさんの息子だろうが叩っ斬るかんな。」
と、そっぽを向きながら名前を言った。
これで全員の名前を知ることが出来たわけだが、臧覇という単語は一言もでなかったのだ。
残念に思ったが仕方ない
「てめぇら真名を教えた相手に偽名を名乗るってのはどうゆう了見だ?」
猿の言葉を引用してドスの効いた声で訊ねながら、睨みつける。
元々目付きは鋭いので、前世でも縁のあった、やの付く職業の人達なみには怖いと思う。
現に盧児なんかはひきつった声をあげているし、大成功だ。
他の3人は警戒する程度なので、つまらないがまぁ良い。
説明してもらうため、リーダーであろう奴寇に視線を向ける。
しばらく睨みあった末、折れてくれた奴寇は視線を外しながら舌打ちし
「分かってんなら名前なんか聞くんじゃねぇよ。
あぁ、そうだ。
俺は奴寇じゃなくて臧覇だよ。
それでどうすんだ?
捕まえて罰するなんて言うなら抵抗させてもらうぜ?」
と、言いながら頭をガシガシと掻いた後、ファイティングポーズをとった。
俺としては戦う気など皆無なので、両手をあげて無抵抗を示すと
「馬鹿言うな、戦う訳がないだろう。
お前ら全員と戦って勝てると思うほど馬鹿じゃない。
だがそれにしても、かまかけて正解だった。
臧宣高の勇名はここに来て間もない俺でも聞いてるぞ。
…………ん?ということは、そこの3人は付き従ってたっていう食客か?」
と、上手くいったことに笑みを堪えきれず、ニヤニヤと口元に笑みを浮かべながら言った。
瞬間、凛々しい顔に青筋を浮かべる臧覇、ついでに猿もか。
逆に熊と盧児は俺の言動に大して反応もせず、やれやれと言った風にため息をつくだけにとどまった。
どちらかというと、俺にと言うより臧覇と猿に向けてのことだと思う。
まぁ、臧覇がしらばっくれていればバレることはなかったんだから、俺に対して怒るのは筋違いってもんだよな。
まぁ、そんなことよりもさっさと本題に入ってしまおう。
別に本当の名前なんて聞かなくても、奴寇、嬰子、黯奴、盧児という偽名を聞ければ臧覇、孫観、呉敦、尹礼だと分かる。
「まぁ、質問に答えてくれないのはいただけないが、今回は関係ないから良いさ。
俺は正直、お前らがやったことを罪だなんて思ってない。
むしろ私利私欲のために権力を使う屑どもに打ち勝ったんだから、褒美でも与えてやりたいさ。
ただ、おおっぴらにはそんなこと出来ない。
お前らは何も(・・)してないんだからな。
だからこの戦で活躍しろ。
誰にも負けない大功をたてろ。
その為に、お前らに兵を預けるんだ。
この策の欠点をお前らの実力で埋めてみせろ。
俺の信頼に答えてみせろッ!!」
……やってしまったか?
また、柄にもなく熱くなってしまったのだが、この静寂は人数が少ない分、堪えるものがあるな。
なんか穴があったら入りたいってこんな気分なんだ、と初めて理解できた。
いよいよ逃げ出したくなってきたそんな時、ハッと鼻で笑う生意気な声が響く。
助かったと思いつつ視線を向ければ、腕を組んだ臧覇の姿。
何か神々しくさえ見えてしまう彼女は突然、ドンと胸を叩き
「俺達を隊長に選んだ自分を褒めてもいいぜ。
俺達に任せれば10倍の敵を突破するなんざ朝飯前だからな。
だが、あの件から俺は役人共が嫌いなんだ。
だからあんたを上司じゃなく仲間としてなら信じてやるよ。
俺の真名は……そうだな、狛だ。」
と、若干照れ隠しのように大声で言ってのけた。
実際にそうなのか顔が赤くなっているが、お礼を言うだけにして後は気にしないでやろう。
俺の救世主だからな。
しかし、俺の気づかいなどよそに、狛の発言にため息をついた盧児。
何やらしゃがませた狛に耳打ちしてから
「私もお姉さまと同じ思いです。
仲間としてよろしくお願いしますね、お義兄さま。
私の名前は尹礼。
真名は……そうですね、狐子と申します。」
と、満面の笑みで告げた。
俺としては横で顔をさらに赤くしている狛が気になる所なんだが、一先ずお兄さま発言はスルーしておく。
妹で馴れてるから特に思うことはないのだ。
さて、残るは1頭と1匹……いや失礼だな。
1人と1匹だ。
先ず、熊が一歩前に出て手を差し出すと
「偽名を使って悪かったな。
わしの名前は呉敦じゃ。
……うむ、真名は預けとるから、信頼には戦働きで答えよう。」
と、言ったので、俺も手を握り頼むぞ、と短く伝える。
そして最後に残った猿だが、しばらく間をおいて、舌打ちしたかと思えば
「……孫仲台だ。
俺はてめぇを認めてねぇ。
だからこの戦が終わったら勝負しろ。
それまで死ぬんじゃねぇぞ。」
と、言って走り去ってしまった。
作戦の主旨を伝えようと思っていたのにアホなのだろうか?
まぁ、良い。
隊には2人ずつつける予定だから説明してもらえばいいだろう。
早速、その旨を伝える。
狛と狐子、熊と猿、そして俺で100人ずつ率いる、というものだ。
この3部隊は未明に西、東、南に広がる2千人の部隊の中を火を点けながら突破、北門から帰還することになっている。
ちなみに何故北に敵がいないかと言うと、北から逃げても青州には万を越す黄巾がいるからだ。
しかもある程度の知能はあるのか、見張りや伝令はしっかりと配置されている。
さらにさらにこの二千人という数、倒せなくは無いが時間がかかってしまう。
その間に援軍、さらには城攻めまで行われるのだ。
なかなかに考えられていると、陳登が唸っていた。
なので今回の夜襲ではその連携を防ぐために、見張りと伝令の排除及び、指揮官の殺害が主な目的だ。
責任重大である。
まぁ、そんな感じの内容を3人に伝えてから解散。
「仕方がねぇ、めんどくせぇが猿を早く見つけるぞ。」
と、狛が言って駆け足で立ち去っていく。
俺も作戦を伝えに母の元へ行くか。
そう思いゆっくり歩みを進めていると、前から肩を支えられた男が近づいてくる。
どうも嫌な予感がする。
その感覚に従い駆け足で近づくと、どうやらお使い男の追跡を任せていた男のようだ。
予感的中、思わず舌打ちをしながら男に詳細を訊ねる。
要約すると、お使い男が突然走りだし5人の追ってを撒こうとした。
もちろんそれを追ったが、十字路にさしかかった際、逃がす訳にはいかないと人数を分散させた所、まんまと各個撃破。
罰はいかようにでもしてください。
ということらしい。
どうやらお使い男は曹豹パターンだったようだ。
俺のミスである。
負傷している男にその事を伝え、罰はなし、怪我を早く治せと言い残し去ろうとする。
しかし、そこにもう1人追跡させていた男が表れ
「男には逃げられましたが、私が意識を失う前に『あなた達の邪魔はしません、信じてください。』と、男の口から聞きました。
真に受けたわけではありませんが、嘘をついているようには聞こえませんでした。
これで罪が軽くなるとは思いませんが、ご報告を。」
跪いて頭を垂れるなりそう言った。
俺はその肩を叩いてから立ち上がらせると、先と同じことを言い、今度こそ立ち去る。
信じてくださいか……。
お使い男が何をするのか。
はたまた何もしないのか。
どっちか分からないが、できるなら俺達に勝ちを運んでほしいものだな。
今回の捏造報告。
三国志での臧覇は県の役人であった父・臧戒が太守の不正を正そうと諫言したが、逆に太守の怒りを買って逮捕されてしまったのを知り、18歳にして食客10数人を率い、100余名の護送の役人に囲まれた父親を費西山の中で奪い返して東海に亡命した。
という大活躍をしています。
そしてそれぞれに、奴寇、嬰子、黯奴、盧児という別名があるということから考えて、太守から指名手配をされたため、偽名を使っていた。
なんていう発想になりました。
では何故、臧覇が「親が死んでしまい真名を覚えてない」などと言ったのか。
理由の1つは役人に真名など言いたくないから。
もう1つはネタバレになるので言えません。
ですが、きちんと理由がありますのでミスではありませんよ。
ちなみに尹礼は、臧覇が1つ目の理由で言わないんだと察したから言わなかっただけです。
そしてこの小説では曹豹強い説を採用します。
流石に三国志平話のような、呂布を倒すほどの強さにはなりませんが、曹操となら一騎討ちで負けないくらいにはなると思います。
それでは今後ともよろしくお願いしますm(__)m