殺し屋、労働
失踪してすみません。
執筆が遅々として進まず放置してしまいました。
これからも思い出したかのように、突然投稿する感じになるとは思いますが、応援してくれる方がいると幸いです。
御遣いへの対処は簫建のおかげで目処がたった。
現状の警戒態勢なら大規模な反乱は不可能だろうし、少勢で戦をおこしても恋が出張れば容易く制圧できるに違いない。
唯一の不安材料は御遣いの配下をばらけさせてしまったことか。
兗州で賈詡と龐統が内応し、幽州に向かわせた劉備、張飛が兵を率いて反転、徐州で諸葛亮が謀叛を起こす。
なんてことになったら御遣いに対処する所ではなくなってしまう。
間違いなく滅亡するだろう。
そうでなくてもかなり厳しい状況なのに、御遣いのやつはいらないことをしてくれるものだ。
狛達、元曹嵩護衛部隊を戦に備えて戻すかどうか迷ったが、そういうことも踏まえて、御遣いの捕縛を優先するほうが良いだろうと、そのままにしている。
いっそのこと外に出ていない趙雲、龐統、賈詡、諸葛亮も捕縛できればいいのだが、そんなことをすれば政務が回らない程度には彼女らは優秀だ。
現状でも軍備のおかげで多忙になってるから、陳羣がキレそうだというのに、排除して仕事を増やしては愛想を尽かされてしまう。
ただでさえ御遣いが政務ならぬ、性務に勤しんで仕事を滞らせていたため、出奔しようとしていたのを俺の下につけて踏みとどめたのだ。
こんな有能な人材を逃すわけにはいかない。
普段より量の多い書簡を処理しつつ、御遣いの引き起こした事態に頭を悩ます。
さっさと捕まってくれればいいのだが、護衛についている関羽がなんといっても強すぎる。
何度か捕捉したものの縦横無尽に暴れる関羽に太刀打ちできる兵などいるはずもなく、見事に逃げられているのだ。
この期に及んでなぜか兵を殺してはいないので人的被害は少ないのだが、徐々に伝聞されるその強さから兵のやる気が殺がれていると報告があった。
下手に殺して怒りを向けられるより、生かして恐怖を広めるほうがいいと考えたのか、甘いだけでそんなことを考えてもないのか。
どちらにしても質が悪い。
そういえば史実の関羽も役人を殺したから名前を変えて逃亡していたなんてあったな。
こっちの関羽もそんな生活を…………そんなことしてたらあんな性格にはならないか。
まぁ、これ以上の被害は面倒が増えるだけだし、捕縛から追跡に切り替えて疲弊しきるのを待つことにしよう。
気が休まらない状態が続けば関羽はともかく御遣いが発狂してくれるだろう。
そうなれば捕まえるのは簡単なはずだ。
頭の中で出した結論をすぐさま書簡に写し、大量の書簡を持って近場を行き来している文官に投げわたす。
仕事を追加されたことで不満そうな顔をするが、上司の指示には従わざるを得ない。
渋々歩いていこうとしたところで、渡した書簡が横から伸びた手にひょいと持ち上げられ、こちらに投げ返される。
「あの子は私の部下なので他を当たって下さい。
それとも私の仕事を全部やってくださるのですか?」
思わず相手を睨み、その姿を確認して目をそらす。
黄緑色の肩甲骨まで伸びている傷んだ髪を雑に後ろで一つくくりにして腰に手を当て立っているスレンダーな女性。
キツい印象を受ける切れ長な目の下には、濃い隈が残り、眉間に寄った皺が不機嫌さを表している。
先ほど話題にあげた陳羣、その人だ。
「見たくないものを見たかのようなその態度。
やはり私に出て行ってほしいらしい。
御遣い共に逃げられてどうしてもと頼むからあなたの下で働いてあげているというのに、そんな態度をとられるとは少しばかり傷付きました」
彼女は自尊心が高い割には打たれ弱く、いや、打たれ弱いふりをして譲歩を引き出そうとするくらい何でもやる人間だ。
今だってあからさまに悲しげな表情を浮かべながらこちらを窺い見ている。
まぁ、譲歩する余裕もないのだからそんなことをされてもどうしようもない。
「いや、こんな美人の顔に隈ができるほどの激務をさせることがいたたまれなくてな。
問題が解決すればたっぷり休養を与えようと考えていたところだ」
適当に煽てつつ遠い未来の報酬を約束する。
相手もそれは分かっているのか下手な演技をやめ、ため息をつくと腰を下ろし、自身の竹簡を捌き始めた。
俺なんかの数倍は早く目の前に積まれた竹簡を崩していく光景は圧巻の一言に尽きる。
ただ、それを眺めて惚けていては嫌味を言われるのは確実だ。
渋々自分の書簡に手をつけていると、既に大半を処理した陳羣がそういえば、と手元の竹簡をこちらに手渡してきた。
内容としては諸葛亮に任せている小沛の兵と兵糧の収集状況でこれといった問題点はない。
むしろ順調に集まっていると言えるだろう。
「これ、どうやら諸葛孔明の手で書かれたものでは無いようです。
そもそも数日前から部屋から出てこず部下の入室も拒んでいるようで」
が、続けて話す内容に問題が多々あった。
「ちょっと待て。
なぜそれがわかる?
書簡を書くのなんて部下に任せることもあるだろう。
そもそも何故入室を拒んでいたことを知らせない?
御遣いはほぼ反逆者だぞ。
その軍師が時間稼ぎなんかしてたら、馬鹿でも駄目だって気づくだろう」
が、陳羣は何を当たり前の事をとでも言うようにこちらを蔑んだ目で見る。
こっちが何故慌てているのかを本気で理解できていないようだ。
まぁ、普通に考えたら諸葛亮の見た目が幼女だからなのかもしれない。
が、今までの御遣いの活躍を支えていたのは、関羽のような馬鹿みたいに強い武将だけではない。
諸葛亮、龐統と言った軍師が内政軍事で支えていたのだ。
見た目じゃ分からないが諸葛亮は演義並みの能力を持っていると考えられる。
そして俺の険しい顔を見ていたからかなんなのかは知らないが、なるほどという顔をする陳羣。
「あの幼女が逃げたところで利しかないと思うのですが、まぁいいでしょう。
合流すると厄介だと考えているようですので、説明します。
まず、諸葛孔明は担当したほぼ全ての仕事を自分でします。
今まで見た書簡の文字がだいたい同じだったのでまず間違いないでしょう。
次に報告しなかった理由ですが、先の理由と同じです。
あんな部下の育成に不向きな人間を上に置くのは我慢できません。
すぐさま出て行って欲しかったからです。
さらに付け加えるなら関羽にとっての足手纏いは多いにこしたことはないと愚考します」
確かに陳羣が言うことには説得力があった。
史実でも司馬懿が諸葛亮の仕事量を知ってじきに死ぬだろうと予言したり、諸葛亮の死後は後継者不足で蜀が弱体化している。
対して陳羣は九品官人法という人材登用システムを作り出したり、優れた人材を推挙するなど人材育成に力を入れている。
邪魔と思ってもしかたがない。
最後の関羽に対する足枷という視点も悪くはないだろう。
知力はともかく体力は見た目相応だろうしな。
「まぁやってしまったことはしょうがない。
劉邦と張良のような悪運の強い組み合わせにならないよう願うしかないか」
「劉邦はともかく張良にはなれませんよ。
裏切り行為はともかく、暗殺という最も手っ取り早い方法を使わないんですから」
「あぁーそういう冷酷な面は持ち合わせていなさそうだな」
まぁ、そのせいで御遣いを切り捨てられず最後まで抵抗してきそうなのは、いただけないんだがな。
御遣いを殺したりしたら後追いしてもおかしくはない気がする。
もしくは劉備を担いで復讐に走ったりするか。
そうなったとしたら指さして笑ってやろう。
そっから勝てるかどうかは自分次第だがまぁその時だな。
結局のところ今何を考えたところで、どうしようもないってわけか。
陳羣と話していたらそうそう悪い状況でもない気がしてきた。
諸葛亮を追跡するように指示を出して一旦は置いておくか。
もし捕捉出来れば御遣いも一緒に捕らえられるかもだしな。
ひとまず今日はそこら辺の指示を出して仕事を終わらせるか。
「あぁ、そうそう。
というわけで諸葛亮の仕事が手つかずになっているのでそちらもお願いしますね」
そう言って置かれた竹簡の山を置く陳羣。
どうやらまだ帰れないらしい。




