殺し屋、恫喝
「どうして協力してくれないんですかッ!?
陶商さんが事実を知らせて、陶謙さんの協力を取り付ければ、歴史通りにいくより、ずっと早く平和が訪れるはずです」
「だから何度も言わせるな。
身内が生きている間はどんな理由があろうとお前の考えに協力しない。
この世の平和なんかより、自分にとっての平和が大切なんだよ」
もう何度目かも分からないやり取りにため息がでる。
同じことを繰り返し説明しているのに、自分の考えと違うからという理由で、全く理解してくれない。
こいつは普通の人間ならこうする、という自分勝手な枠でしか人を見られないのだろうか。
確かに個人の平和より世界の平和が尊いというのは理解できる。
だが、それは当事者ではないからだ。
あなたが死ねば世界は助かる、と言われて死ねるのは、自殺志願者か英雄くらいだ。
まぁ、今回は俺が転生者だ、と母に伝えれば良いだけなのだから、そこまで大きな話ではない…………普通ならば、だ。
俺はまぁ、普通とは言えない環境で育った。
簡単に言ってしまえば、親に虐待されてたって話だ。
しかも血の繋がりの無い父親と、それに同調した母親にって、話なんだから自分から、あなたの息子の中身は他人でした、と報告したくはないだろう。
まぁ、そんな事情を抜いたとしても、虐待という言葉だけでもこいつなら同情してくるだろう。
それが人の神経を逆撫でするとも考えずにな。
簡雍のフォローに期待しようにも、内容を軽く御遣いに説明した今は、賈詡の説得のために別室に行ってるからな。
なんというか、御遣いと一対一で話すんじゃなかった。
深いため息をついてから、こちらを怒りの表情で見つめてくる御遣いを一瞥する。
まるで自分が世界平和を守っているとでも言いたげな雰囲気だ。
正直に話さずこいつを納得させるとなると面倒くさいか。
一回煙に巻いてみる。
「今すぐ協力してほしいなら俺の親と妹を殺すんだな。
まぁ、そんなことしたら俺がお前を殺すことになるが、世界平和のためだ。
仕方のない犠牲なんだろうよ」
「はっ?えっ?ば、馬鹿か!!
そんなことするわけないだろッ」
どうやら効果覿面なようだ。
そんな発想自体ができなかったのか、あたふたと慌てて手を振り、そんなことはできないと体で示している。
まぁ、それに免じて馬鹿と言ったことも流してやろう。
「それができないなら俺が転生者だとバラすのも、勘繰られそうなことを聞くのもやめにしろ。
お前の女達に知られているのは、仕方ないから許してやる。
まぁ、それだけ守ってくれれば、バレない範囲で知識もかしてやるし、便宜も図ってやる。
それでいいだろう?」
「い、いや、それじゃあ陶謙さんの協力が……」
また、その話に戻るのか。
それで俺の過去を教えて…………って話に繋がるんだよな、こいつの脳内では。
いい加減面倒くさくなってきた。
これでキレても俺は悪くないよな。
せっかくこっちは妥協案をだして、穏便に事を終わらせようとしているのだから。
まったく……
「…………いい加減にしろよ、このクソガキ」
「へっ?」
「今、土地貸してるのは協力じゃないって言いたいのか?
金もやってるよな?
これだけやってるのにお前はまだ、力を貸せ、と、そう言ってるんだよな」
「え、あ、や、違う。
そんな意味で言ったわけじゃなくて」
「それ以外の意味があるのか、随分と幸せな頭だな。
まぁいい。
正直な話、お前の利用価値は無いも同然だからな」
ここら辺で退場してもらうか。
取り繕うのも面倒くさくなったので、ガシガシと頭をかきながら本音をぶちまける。
実際、こいつがここにいる必要が感じられない。
歴史知識も俺よりあやふや、戦力としては使えないし、下手に仲違いしたら平和をうたって反乱しそうだ。
まぁ、今その仲違いをしたわけだが、こっちから手を切れば警戒することは簡単だろう。
こいつの場合、配下との接触にだけ気をつければ良いからな。
だが、それよりも今すぐ助けを呼びたそうな顔の御遣いを安心させるのが正解か。
最期の言葉は飲み込んだとはいえ殺害予告に近いもんだからな。
関羽やら張飛を呼ばれて、殺されるから助けて、なんて言われたら俺が殺される。
「安心しろよ。
今度の仕事を利用して俺の元から逃げ出せば、わざわざ追っ手を差し向けるなんて真似はしないさ」
「こ、今度の仕事ってなんですか?」
「おいおい、お前がここに来た理由だろ。
曹嵩を護衛して陳留に送り届けるだけだ。
張闓は事前に配下からいなくなっているし、簡単だろ?
なんなら俺の手下をつけてやろうか?
あの刺青してる強面連中だ。
犯罪者ばかりだが腕は立つぞ。
まぁ、欲望に忠実な馬鹿も多いから目の前に大金があればーー」
「ーーい、いや、大丈夫です。
自分の力でなんとかします」
そうかそうか、と笑顔で頷きながら今しがたとった言質に内心ほくそ笑む。
そう言うように仕向けはしたが、疑問視しない時点で命を握ったようなものだ。
実を言うと御遣いの兵には、俺の手の者がすでに紛れ込んでいる。
こんなこともあろうかと事前に始末する手立てを用意していたのだ。
最悪、そいつらを使って曹嵩を殺せば、御遣いを処刑することも可能だ。
まぁ、そんなことをすれば曹操が歴史通りにぶち切れて徐州になだれ込んでくるからやらない。
が、御遣いは徐州を離れた後、適当な理由で殺してもらう予定だ。
まぁ、なんとかなるだろう。
それにしても史実の曹操は何故仇討ちをせず、民の虐殺にはしったのだろうか?
国力を低下させるにしてももっとましな手はあるはずだ。
兵糧不足で撤退するところを見るに衝動的だったのは解るが、土地を奪うでもなく虐殺して帰るのは先を考えてみても、不用意すぎる。
そんなことしたから仕方なく昌豨みたいな反乱者を地元住民だからと太守にしたんだろうしな。
親愛の情って感じも叔父やら曹昂への対応からして考え難い。
まぁ、この手の話は本人しか分からないもんだからどうしようもないんだが……
「それでさっきの約束を破るようで悪いのですが、俺の仲間は返してもらえますよね」
そんな風に思考をとばしていると御遣いが話しかけてくる。
約束っていうと趙雲達の派遣についての話か。
随分と真剣な表情で聞いてくるから何事かと思ったが、当たり前のことを何故確認するんだろうか、こいつは?
「お前の逃走劇に仲間を巻き込んだら可哀想だろう。
さっきも言ったがお前の利用価値はない」
「は?」
「分からないか?
お前はいらないが、お前の仲間はいるから置いていけって言ってるんだよ。
正直に言ってお前の存在は迷惑だ」
「ーーッ、ふざけるなッ!!
さっきから価値がないだの迷惑だのって。
俺は元々学生なんだ。
戦いも政治もできなくて当然だろッ!!」
そして俺の言った言葉が癪に障ったのか、突然キレてしまった。
まぁ、言ってることは分かるんだがそれがどうした?って感じだな。
つかつかと詰め寄り床に突き倒して見下ろしてやる。
若干涙目で睨み返してくるが、優しくしてやる気は…………あぁ、そうだ。
こいつに良いことを教えてやろう。
「そんなんだからさっさと逃げ出せって言ってるんだよ。
俺は今、やろうと思えばお前を国家の反逆者として更迭することもできる」
「はぁ?何を言ってるんだ。
俺はこの国の民を思って義勇軍をーー」
やっぱりわかってないな。
「お前、天の御遣いを名のってる意味が分かってないのか?
この国を治めるのは天子様、天の子だ。
歴史じゃあ天子を名のる闕宣なんか討伐命令がくだったんだぞ。
お前は天の御遣いだ。
どういう意味かわかるよな?」
「そ、そんなこと知るかッ!!
俺は桃香達の役に立つためにそう名のっただけで、そんなことになるなんて」
「そうだよな。
無知なお前が考えつくことじゃあない。
つまりお前のお仲間は反乱の大義名分のためにお前を騙して利用してたわけだ」
「そ、そんなこと」
「無いと言えるか?
劉備や張飛はともかく、簡雍や諸葛亮、龐統が気づかないわけがないと思うがな。
試しに今度、聞いてみるといい」
まぁ、実際はあのポンコツ劉備達が何も考えず占い師の言ったことを鵜呑みにしたって気はするんだが、今言ったことは間違ってはいない。
御遣いが詰問した時にどういう対応をとろうと疑念は残るはずだ。
そうなったらさっきも自分で言っていたが、こいつはただの学生だ。
国に対して反乱しようなんて考えもしないだろうから、俺の提案にものってくれるだろう。
「それじゃあ考えておいてくれよ。
曹嵩の護衛ついでに仲間から姿をくらますか、このまま居座って俺に反乱の罪で更迭されるか。
当然だが、俺としては前者をお勧めする。
今ならサービスで、曹嵩の所にいる簫建にバックアップさせて、逃走後の生活も保障してやるよ。
返事は曹嵩が来るまで待つ」
そう声をかけて部屋を後にする。
あの起き上がりもせず悩んでる顔からすると、五分五分といった感じか。
どっちみち御遣いという勢力を消すことに繋がるから良いんだが、やはり御遣いが自主的に消えてくれる方がありがたい。
まぁ、俺にできることはここまでだから後は様子見だな。
賈詡と簡雍がどうなっているのかを見て、家に帰ろうか。
最近構ってやれて無い夕の相手でもしてやろう。




