表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/35

殺し屋、退却

前に出てきた曹操は得物らしい大鎌の柄を持ちながらも、構えることなく不敵な笑みを見せつつ佇む。


まるで俺が敵たり得ないとでも言いたそうな雰囲気だ。


その随分と余裕な態度が癪に障るが、ここで襲うのが不粋ってことは流石に分かる。


剣を地面に刺し相手が話すのを待つ。



「あら、餓えた獣かと思ったけど話もできるのね。


あなた、黄巾を巻いてはいるけれど、黄巾賊ではないのでしょう?


名のりなさい」


「名は青葉。


察しの通り黄巾は偽装だ」



まぁ、バレてるか。


上から目線なもの言いは腹が立つが、ひとまず素直に答えてからまじまじと曹操を見る。


金髪縦ロールが目をひくが、それ以上に勝ち気な瞳が印象的だ。


そして見られても全く動揺しないところに自信が感じられる。


小柄な体格のくせに大きく見えるのはそのせいか。



「やはりね。


賊にしては練度が高すぎだわ。


さしずめ董卓軍の残党と、最近動き回っていた陶徐州の手勢かしら?


これなら兗州の黄巾も私達を誘う罠のようね。


まぁ、いいわ。


それで?それは真名でしょう。


呼んでも構わないということなのかしら?」


「別に、ただの名前だろう。


神聖なものなんて認識もないし、呪いの類も信じてない。


好きに呼べばいいさ」



そして、勘というか頭のめぐりがすさまじい。


この現状と、集めていたであろう情報を当てはめて完璧な答えを導き出していた。


まぁ、いいわ、と言っていたので推測を肯定しなかったが、確信は持っているだろう。


真名に対する価値観を話して少しでも話題をそらす。


まぁ、悪足掻きにもならないか。



「変わってるのね。


それじゃあ青葉、大人しく降伏して私の部下になるつもりはないかしら?」


「残念だがそれは無理な相談だな。


そっちが俺の下につきたいって話なら受けてもいいが?」


「それこそ無理よ。


今、自分がどういう状態か分かっているのかしら?」


「もちろんだ、あと一歩でお前の頸がとれる位置にいる」


「それは私も同じね。


でも、今あなたには部下も手勢もいないでしょう。


ここから逃げ切るのは不可能だと思うのだけれど」


「俺は最悪相打ちでも構わないさ。


俺には後継者の息子がいて、お前にはいない」


「なるほど。


でも、この状況で相打ちが狙えると思うのは、考え方が甘くはないかしら?」


「相打ちは最悪の場合と言っただろう。


部下にお前ごと殺す覚悟があるのなら、俺は死ぬだろうが、さっきの様子からするとそれはできそうにないからな。


おそらくは大丈夫だ」


「つまり私に勝つには片手だけでいいと言いたいのね」



曹操が少し怒った様子で大鎌をちらつかせる。


どうやらプライドを傷つけたらしい。


まぁ、お前なんか片手で余裕だ、なんて言われたら腹が立つか。


隙をつければ確実だったのだがこうなっては厳しいかもしれない。


恋が来るのを待つか?


いや、今待つくらいならここに突っ込む前に踏みとどまってる。


一か八かやってみるか。


この世界なら隙を作るのは簡単なことだしな。



「華琳、俺はお前をーー」



曹操の真名を言った瞬間、振りかぶられた大鎌。


素早く間合いを潰して刃の内側に潜り込むと、柄を掴み後ろからの追撃を妨害。


反射的に大鎌を捨て剣に手を伸ばそうとするが、俺の方が速い。


素早く後ろに回り込み肩から前に手を伸ばし、右腕の突き出し尖った骨を首筋にそえる。



「ーーものにしたい」



要するに曹操を人質にとった。


秋蘭と呼ばれていた、恐らく弓の名手だから夏候淵だろう人物は、移動すらしていなかったので、簡単に居場所を把握し、矢の軌道上に曹操を動かすことで狙撃を防ぐ。


そうしながら背後に文官とはいえ、敵将に陣取られるのは不味いため徐々に移動する。



「随分と小賢しい真似をするのね。


ものにしたい?笑わせないでくれる。


曹沫にも劣る愚劣な真似をして私が靡くとでも?」

 

「今すぐできるなんて思ってなんかいないさ。


これは助命のためだ。


お前が話に付き合ってくれなければ、俺が死んでいた可能性は高いし、話し終えてそっちが殺しにこないとも限らない。


安全に生きて帰るにはこうしないとな。


まぁ、奇襲をかけといてこの様だ。


次は正々堂々と再戦して勝ちたいと思ってな」


「…………いいわ。


私もあなたの頸をこの手で斬りとばしてあげたいもの」


「ありがとう、助かる。


もう少し身体を貸しといてくれ」



しかし、曹沫にも劣るか。


曹操は桓公よりもかなり優秀だから俺の方が技量では上だよな。


まぁ、そういう意味じゃないのは分かってるけどさ。 



「青葉」


「お、早速来たか」



さて、恋が黒騎兵を連れて帰ってきたからもう帰れる。


というかもう少し待てば勝てたかもしれないな。


いや、今と逆で俺が人質になってるか。


まぁ、いい。


さっさと従軍している華陀の弟子に右腕を治療してもらおう。


二の腕の矢は切開して抜くとして、骨折の方は右腕を恐らくは切断することになるが、仕方ない。



「真名を呼んで悪かったな。


次俺が勝ったら許してくれ」


「嫌よ。


私が勝つのにあなたが勝てるわけないわ」


「そうかい。


まぁ、楽しみにしておく。


そうだ、戦う前に琅邪の父親を呼び寄せてくれ。


安全に送り届けてやろう」


「そうね、父を呼び寄せる良い機会だからのってあげるわ。


人質にしようなんて考えないでよ」


「当たり前だ。


そうそう、それと一つ教訓だ。


人ってのは勝ちを確信したときが一番殺し易い。


覚えておけ」


「…………覚えておくわ」



そうやって軽口をたたきながら恋の元まで移動すると、曹操を解放する。


すぐさま夏候淵が兵を率いて駆けつけ、囲うように守りながら下がっていった。


殺気だった目で見られたが、主の手前見逃してくれるようだ。


そこによろよろと歩く許緒と典韋が加わり、伝令もだして退却の準備を始める。


今のところ将を一人も殺していなかったり、敵前で退却準備とか、戦争らしからぬことばかりだ。


まぁ、おかげで命拾いしたんだから儲けものか。


こちらも退却するとしよう。



「青葉、とどめは?」


「いや、見逃す。


というか見逃してもらったから、恩返しだな」


「そう」



すっと馬を寄せて来た恋の頭を撫でようかと思ったが、右腕では撫でられないことに気づく。


これがこれからずっと続くのかと思うと憂鬱だが、自業自得だからな。


小さくため息を漏らすにとどめ、現状を知るため恋から話を聞く。



「恋は勝ったんだよな。


他の奴らは?」


「狛達は知らない。


高順、張遼に勝ってたけど一騎討ちで負けた。


だから恋が兵を率いてる」


「高順ってのは副官か。


あぁ……まぁ、死んでないなら良い。


それじゃあ狛達を回収して帰るぞ」


「わかった」



そして恋と話をしていると副官の名前が高順だとわかった。


まぁ、今後も恋の副官は恋の副官なんだが、あの指揮能力の高さに納得がいった。


今は右腿を突かれて、兵に運んでもらっている状態らしいが、親近感も湧くし、そのうち見舞いにいってやろう。


あいつは俺が恋に手をだしたせいで、俺を嫌っているが、まぁ、大丈夫だろう。


というか、いつも睨んでくる仕返しをするくらい許されるべきだ。


まぁ、後のことはおいといて、狛達と夏候惇が戦っている場所に到着した。


兵が円を作って中央を見ている様子からして、一騎討ちをしているようだ。


組み合わせは趙雲と夏候惇か。


見まわせば蚊帳の外らしい狛がそわそわと落ち着かない様子で、立っていたので近づいていく。


どうやら見世物とかした一騎討ちのせいで兵が動かず、暇らしい。


近づいていくと狛が気付いて向かってきた。



「なんだ、もう終わったのか、ってその腕はどうしたッ!?


ボロボロじゃねぇか」


「あぁ、なんというかぼろ負けしたからな。


お前らは良い働きしてくれたのにすまない」


「いや、オレも夏候淵を見つけ出せなかったから、何も言えないけどよ。


青葉は大将なんだから無茶をするなって」


「それはわかってるんだが、どうもな。


あいつを見ると体が言うことをきかなかった」



これは以前にもあったことで、それは劉備と会った時だ。


まぁ、あの性格を知れば嫌悪感を抱くのは当然だろうが、俺は何故か、知り合う前からあいつが嫌いだった。


劉備という名だけでも腹が立つし、母から徐州を劉備に譲るという話を聞いた時なんか、尊敬している母を殺そうとしたくらいだ。


どうも歴史上で陶商に不利益をもたらした奴らを、先入観のせいでか、敵視してしまうらしい。


まぁ、直接会って話をすれば、気に入ることもできるから、致命的ってわけではないけどな。


劉備は一生かかっても無理だが、曹操はあの気高いところが気に入った。


次会うのが楽しみだ。



「そんなことより、一騎討ちはどうなっている?


曹操とは一時停戦することになったんだが」


「そうそう、聞いてくれよ、青葉。


あの夏候惇ってやつ片目のクセに、あの趙雲の槍を紙一重で防ぎ続けてやがんだ。


オレや青葉にだって難しいのに…………」


「そうか、まぁ、どちらかが死ぬ前でよかった。


退却の鉦を鳴らせ。


ほっといたらいつまでも戦いそうだ」


「あんな楽しそうな戦いに水をさしたくないんだけどな。


チッ、しゃ~ねぇか。


おい、お前鉦を鳴らせ」


「了解しやした、姐御」



一騎討ちを一種の娯楽と考えている狛は、中止させることに心底不満げだったが、手近な兵を呼び寄せ命令してくれた。


狛を姐御と呼んだスキンヘッドの男は、少し遠くの兵が持っていた鉦を引ったくると乱雑に叩く。


張り切っているのか、無駄に叩く力が強いので音はやたらと響き渡り、中央の二人も動きを止めた。


どちらも警戒は解かず、武器を下げてはいないが、鉦の意味を理解してくれたのだろう。


趙雲はじりじりと距離を開けている。


どちらも一騎討ちが大好きなようで不安だったが、どうやらあの戦いに乱入して、止める必要性はなさそうだ。


流石に死ねるからな。



「貴様、逃げるのかッ!!」


「そういう指示だ。


しかたがあるまい。


だが、貴公との手合わせは心がおどった。


また、戦場で相見えた時は雌雄を決しよう。


さらばだ、夏候元譲」



そして一騎討ちを続けれないかと挑発する夏候惇に、趙雲は心底残念そうに言葉を返してから、馬を翻す。


そして鉦の鳴る場所、つまり俺の所に真っ直ぐ来ると、ひらりと馬から下り、不満げな表情でこちらを見つめた。


俺に惚れてるって訳ではないから、説明しろってことだろう。



「曹操とはいろいろあって停戦した。


これから退却だ」


「何故そうなったかを聞きたいのだが…………まぁ、良い。


退却ということなら我らは殿を任せてもらおう」


「構わないぞ。


あいつは不意討ちをするようなやつじゃないから、殿は誰でも良かったしな」


「感謝する」



そして俺の適当な説明に怒るでもなく、ボロボロな俺を見て事態を理解したのか、殿を志願するとそそくさと去って行った。


…………何か夏候惇との間であったのか?


様子が変だ。


無駄に絡んでくることは減ったとはいえ、嫌味くらい言ってくるのがあいつの性格だろう。



「恋…………じゃあ駄目だな。


狛、趙雲の様子を見てきてくれ。


監視するんじゃなくて、普通に話すだけでいい」


「おう、分かった。


話してくればいいんだな?」


「あぁ、頼む。


ついでに華陀の弟子を呼んできてくれ」


「了解だ」



気になるので狛を派遣して探らせ、様子を見る。


恋じゃないのは会話がはずまないからという理由と、俺が毒牙にかけているからだ。


どうも俺にも関わることで悩んでいるように見えるからな。



「お待たせしました。


華陀の弟子の楊です。


伯陽様の処置は…………少し大変ですね。


少し離れた所の天幕で行うのでついてきてください」



まぁ、今すぐどうにかできるわけじゃない。


処置してもらってる間にでも考えておくか。

曹沫は、魯の荘公に仕えた将軍で、斉の桓公に、今までに奪った魯の領地を返すよう剣を突きつけて脅迫して承諾させた人です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ