殺し屋、危機
予定通りに僕陽を出発し、馬を潰さないよう休憩を挟みつつの進軍をしていると、相手の行軍速度が速いせいで、襲撃地点がほぼ県境になってしまった。
計画ではもう少しいけたはずなんだが、まぁ、小高い丘に挟まれて道幅が少し狭くなっているなかなか良い場所を見つけたので良しとしよう。
本当ならさらに良い場所がないか、もう少し吟味したかったのだが、時間がない。
頭に黄巾を巻いた兵を二つに分けて伏せさせ、準備を整えた。
俺の方の丘には恋と趙雲が曹操を狙うため少数精鋭で、反対にある丘には狛と恋の副官が部隊を用いて撹乱するため、最精鋭である黒騎兵も含めた部隊を率いて隠れている。
敵の斥候に見つからないため、物音を立てないよう馬に布を噛ませることも忘れない。
隠れる場所も比較的周りより高い丘だ。
めったなことでもないかぎりバレないだろう。
「やはり今、曹操殿を襲撃する利点が私には分からないのだが、説明してはもらえまいか?」
「……説明はいらないだろう。
曹操は袁紹の先鋒として邪魔な存在だ。
それを消すことは公孫賛との同盟関係にある俺達にとって利でないわけがない」
「それは理解している。
だが、援軍のためにきた軍を襲うことは義に反する。
あの嘘もそうだが、強引に今、曹操殿を倒そうとする理由がなんなのかを聞きたいのだ」
が、そのめったなことが起きそうなくらい趙雲が興奮して詰め寄ってきている。
兵には黙るよう指示しているのに、指揮官がこうでは意味がないな。
納得するまで黙りそうにないから早々に納得してもらわなければならない。
まぁ、最終的には脅せばいいんだが、それも芸がないしな。
「義だなんだってのは建前としては大事なことだが、戦には関係ない。
あれは離合集散の激しい春秋戦国時代の遺物だ。
未だに使われていることが、不思議なくらいだろう。
それはまぁおいといて理由だが、今曹操を倒そうとするのはこれ以上大きくなられると厄介だからだ。
あいつは政治も戦もできるからな」
「なるほど。
義が必要ないという言はともかく、曹操殿を襲う理由はわかった。
しかしながら、やはり疑問を感じるのだが……」
「チッ、何がだ?」
そして持論も踏まえて説明した結果、納得してもらえないという残念な状態だ。
思わず舌打ちしても悪くは無いだろう。
趙雲は少し驚いた顔をしたものの、人前であることも考慮してか、いつもの飄々とした笑みを浮かべ疑問を述べる。
「……此度の出兵自体だ。
知っていたかのようなたいみんぐで、手下の黄巾を動かし勢力を拡大して、今に至っては将来のらいばる足りうる曹操殿を屠ろうとしている。
まるで我が主のように天の知識があるのかと疑っても無理はあるまい」
「あ?そんなわけないだろう。
黄巾を使うなんてことは母の行動を見ていれば簡単に思いつくことだし、曹操に至っては全くの幸運だ。
それに、例え御遣いサマのように知識があっても、この時期にこれをしたら決まった成果を得る、なんてことは無いだろう」
「ふむ、それもそうですな。
失礼、失言でした。
まぁ、確信も得ましたが」
俺の反論を半分近く受け流しつつそう答えると、ニヤリと笑った。
まるで罠にかかった獲物を見るかのように……。
どっかでこっちが失言したのか?
いや待て、よく考えればタイミングやライバルなんていう不自然な単語が混じっていた。
なるほど、これが鳳統の耳打ちしていたことか。
かまをかけられたわけだな。
油断しすぎていた。
今さっきの返答でこいつは確信を持たれてしまった。
証拠としては弱いが、疑われてる時点で怪しまれるような証拠を認められたら終わりだ。
流石、鳳雛といったところか。
まぁ、これは俺の憶測で確かなことではないが、確率は高そうだ。
さて、しらばっくれるのと、脅迫するのはどちらがいいか。
「砂塵を確認、かなりの速度で来ます」
「わかった」
そんなことに気を配るまもなく曹操軍の接近を、元黄巾で猟師の見張りが教えてくれた。
それをうけて、事前に決めていた通りに俺が右手を挙げると兵が馬に噛ませていた布を外し、騎乗する。
その際、馬が数頭嘶いたが、相手は砂塵をあげるほどの速度で移動している。
気にするほどのことでもないだろう。
あちらの丘でも準備が進んでいる雰囲気がする。
後は突撃するタイミングをはかるだけだ。
まずは狛達が敵の行軍する横っ腹を襲撃し、注意をひく手筈になっている。
しばらく待つと
「ぶっ殺せッ!!」
向かいの丘から狛達が突撃する声が聞こえてきた。
敵は突然の敵襲にかなり動揺したようだが、やはり将が優秀なようだ。
かなり早い段階で混乱が落ち着いてきたのを感じる。
しかし、それは想定内だ。
その指示を出している頭を俺達が無力化する。
背後の部隊の準備が終わっている事を確認して挙げていた右手を振り下ろす。
それにあわせて進み始める軍は丘をあっさりと登りきり、俺、恋、趙雲を先頭で一気に駆け下りる。
その時に狛のような声はあげない。
仲間の声で新手による奇襲を知らされた方が、情報が足りず少数であることがバレにくいからだ。
馬の足音を聞き、振り向く敵兵が増えてくるが、もう遅い。
再び右手を挙げ、振り下ろす。
すると背後の兵の内、前列を走る者達が一斉に弓を構え、狙いは荒いが矢を放つ。
馬の体に矢が突き刺さり、暴れた馬に振り落とされる者もいれば、当たり所が悪く絶命する者、鎧に阻まれ無傷な者もいる。
まぁ、牽制としては上々だ。
怯んだ隙に敵兵の群れに突っ込み、手当たり次第に馬上から剣で斬りながら、指揮官らしき人影を探す。
アホみたいに大きな声のする所が一カ所、黒騎兵とぶつかり合う一団が一カ所、独りでに兵が集まり始めている場所が一カ所。
大声の所には夏の牙門旗が、黒騎兵とぶつかり合う一団には張の牙門旗が翻っているが、最後の場所にはない。
本丸はあそこだろう。
「子龍、お前は夏候姉妹のどちらか一方を無力化しろ。
残りは狛が何とかするだろう。
俺と恋は本丸を狙う」
「承知した。
だが、我が友の安全は保障してくだされ」
「善処する。
お前は自分の兵を率いてさっさと行け」
「むぅ、必ずですからなッ!」
そうして趙雲を送り出してから、俺達は目星をつけた所に向けて突撃する。
趙雲が穴を穿つような突撃なら、恋のはなぎ払うとしか言えない突撃だ。
おかげで少し離れた位置で進む俺はかなり楽をしている。
弓兵を見かけたら飛刀で仕留めるくらいだ。
奇襲のアドバンテージもなくなる頃だが、これだけ押し込めば後はどうにかなるだろう。
飛び込んできた敵兵の顔面に蹴りをいれつつ周囲を見渡す。
本丸らしき敵兵の一団は既に、恋によって蹂躙されつつあり、あと少しで曹操にも会えるだろう。
背後はしっかりと歩兵が固めつつあり、谷間の道だが挟撃の心配はない。
黒騎兵もどうやら押し勝っているようだ。
これなら安心できーー
「青葉ッ!!」
気を抜いた瞬間だった。
恋の声に視界を戻せば、目の前をとげとげしい球体が塞いでいた。
反射的に剣を間に差し込み上体を反らしたが、衝撃を殺せずそのまま落馬。
衝撃で剣が折れ、意識が軽くとんだせいか落ち方が悪く、骨も折ってしまったらしい。
肋は呼吸の度に痛む程度だが、右腕に至っては橈骨が皮膚を貫き、鋭い骨折面をのぞかせている。
兵に動揺が広がる前に何とか立ち上がったが、激痛により脂汗が絶え間なく流れる。
下手人はピンクの髪をイソギンチャクみたいな形で二つに纏めている少女だ。
確か報告によればあれが許緒だったか。
餓鬼のクセに馬鹿力、さらには流星槌なんていうえげつない武器を使うなんて世も末だ。
恋に襲いかかられ防戦一方だが、薄い緑髪の太鼓だかヨーヨーだかわからない何かを持った、これまた少女、典韋が助太刀に入ったせいで長引きそうだ。
外套を切り裂き、その布で腕を縛って止血して、再度馬に乗る。
利き腕の右手の肘から先が動かないので、落ちていた槍を脇で抱えるように左で持ち、手綱は咥える。
そして前を向くと、尊大に構えて笑みを浮かべる金髪の少女が視界に入った。
曹操だ。
その時、頭の中で何かが切れる音がした。
心配そうにこちらを見る兵に笑みを見せ、左手に持つ槍を曹操に向ける。
そして駆けだした。
許緒や典韋が俺達を止めようとするが、それを恋は許さない。
猛撃をかけて二人の猛者を釘付けにしながらこちらに一つ視線をよこす。
帰ったらたっぷり可愛がってやろうと思いつつ頷き返し、立ちはだかる敵兵を突き刺し、蹴り飛ばしながら進み続ける。
突撃槍ではない細い槍なので暫く使うと折れるが、向かいから来た敵から剣を奪い何とか凌ぐ。
しかし、ヤケに楽に進める気がする。
先ほどの得物がない状態も敵からすればチャンスの筈だ。
これではまるで敵兵が逃げているかのよう…………ッ!
「くッ、止まれッ!!」
手綱を咥えたのは失敗だった。
吐き出す一瞬の間に俺より先に進んだ馬の脚が横から掬われ、兵は宙に投げ出された。
そしてその体に突き刺さる槍、槍、槍。
先ほど俺を心配そうに見つめていた兵が仰向けの体に槍を生やしながらこちらを見ている。
口から吐き出した血で顔の上半分血まみれで表情はわからないが、まさか喜んではいないよな。
味方が怯んだ隙に逃げるようにして進路を開けていた敵兵が左右から槍を構えて戻ってくる。
「左へ突っ込めッ」
咄嗟に俺は馬の左側に飛び降り、出来る限りの速さで広範囲に飛刀を投げ続けた。
そして敵の崩れた所から騎兵が突撃していく。
勢いの乗る前に槍で刺される人間もいるが、ある程度は生き残れるだろう。
対して俺は、今さら逃げる時間もないので、ここから曹操の頸を狙って突撃することにする。
左は押し返せたとしても右側の槍は残念だが愛馬を盾にするくらいしかよける手段がないからな。
当初の予定とは違うが、その犠牲が生み出した隙に俺が曹操の元に向かうとしよう。
多少の余裕がある間にまずは小手調べ。
剣を右脇に挟んでから曹操めがけ飛刀を投げる。
曹操は微動だにせず、突如向かって右側から飛来した矢が飛刀を撃ち落とした。
視界には弓兵がいないから、場所は押し寄せる兵の向こうか。
飛んでいる物を側面から撃ち落とすなんてどんな腕をしているのだろう。
つくづくこの世界の武将の性能は化け物じみている。
曹操の頸が果てしなく遠い。
狙うとすればこの挟撃をかいくぐり突っ込んで行くしかないが、そこに待つのは死だけなのかもしれない。
曹操の頸を確実に得るためには、能力的に恋を待つべきだろう。
……だが、俺の気持ちがそれを許さない。
背後から聞こえる愛馬の断末魔を聞きながら一気に駆けだす。
そして、挟撃から抜け出した瞬間を狙いすまして足を狙ってくる戈の群れをハードルのように最低限の跳躍で飛び越え、そこを狙い撃ちするように飛んできた矢を使い物にならない右腕で止める。
矢の衝撃で上体がぶれるが、左足から着地して無理矢理上体を起こして走り、最後の砦とばかりに突き出された槍の壁を、直前まで飛刀で崩しながら、ぎりぎりのところで脱力することで滑るようにして下に抜け、目の前のがら空きの胴を素早く持ち替えた剣で薙ぐ。
腹圧で飛び出た臓腑を全身で浴びながら、頭上の槍を押し上げ、立ち上がる。
目の前の兵はそれに連動するようにして体が二つに折れて、股から後頭部をのぞかせながら絶命した。
俺は首からネックレスのようにかかる腸を投げ捨て、赤くなった視界で曹操を見る。
相手もこちらを見返していた。
一歩また一歩と進むと、曹操の横から眼鏡をかけた凛々しい美女と、頭に人形を乗っけた緩い感じの少女が庇うように前に出てくる。
「風、稟退きなさい。
秋蘭もいいわ。
私はこの男と話がしたい」
「華琳様ッ!?」
そしてそれを押し退けて曹操は前に出てきた。




