殺し屋、奇襲
泰山の北にある裾野。
そこに広がる光景は圧巻としか言いようがなかった。
ふと、前世でガキの頃見たひまわり畑を連想してしまったのも無理はない。
地を埋め尽くすほどの数の人間が、頭に黄色い巾を着け、一心不乱に太陽の沈んでいく西へと歩みを進めているからだ。
自分の背後には狛とともに鍛え上げた、騎兵が千、歩兵が五千だけなら、流石に心許なく感じてしまうだろう。
ざっと見た感じ数十万は堅い。
「馬鹿みたいに多いな。
これが曹操の手下に入るってのは本気か?青葉」
「そんなことは御遣いサマしか知らねぇよ。
それにそれを防ぐためにもこうして孔北海の要請を建て前に出兵したんだ。
御遣い配下の猛将連中にも頑張ってもらうさ」
「ハッ、オレも負けてらんないな。
早速一当てしてこようぜ。
それにその猛将も気になるが、オレは呂布軍の黒騎兵の方が気になるしな」
しかし、そんな数に怯みもしないやつが隣にいる。
髪と同色の白馬に跨がる狛だ。
調練ばかりしてきた自分の兵を実地で試せるとあってかなり興奮状態にある。
まぁ、悪いことじゃないんだが、気が逸りすぎて失態を起こさないかが、少し不安なところか。
今回の作戦は基本追撃戦とはいえ損害はなるべく抑えたい。
まだまだ曹操や袁紹との戦が控えているんだからな。
まぁ、お使い男こと、張闓が仕込みをきちんとしていれば、今回の敵は後ろに集まる数万のみ。
本陣に俺、狛、曹豹のおっさん率いる自軍の六千、左翼に張飛、趙雲、龐統率いる三千の御遣い軍、右翼に呂布軍の三千、そしてなんとあの太史慈が率いる千の孔融軍が後陣にいるからまず負けはないだろう。
ちなみに何故太史慈が兵を率いているかと言うと、黄巾蔓延る中、徐州へ兵とともに援軍要請に来たのが彼女だからだ。
あと、彼女といった通りまたもや美人で、日に焼けた健康的な小麦色の肌と赤茶色の短髪、サラシを巻いたスレンダーな身体が特徴だ。
雰囲気としては姉御肌の海の女って感じだろうか。
本来は、援軍要請をしたあとすぐさま連れだった二千の兵とともに北海に帰る予定だったが、半数を帰してもう半数で同行すると言い出すあたり、けっこう義理堅いのかもしれない。
歴史上の太史慈は孔融の元から去り、劉繇の客分になるから、今のうちにスカウトしといた方がいいかもな。
まぁ、それはさておき、今回の目標だ。
何故、黄巾の後尾数万のみが標的になったかだが、こいつらは要するに黄巾の乱に便乗して戦端に加わった賊である。
張闓に言わせると忠誠心の欠片もない蛆虫だそうだ。
今回の召集は三姉妹奪回のための囮であることは伝えてあるが、こいつらはそれに紛れて略奪するつもりなので、先に潰して被害を食い止めようというわけだ。
そして残りの奴らは敗走の振りをして兗州に逃げ込み曹操を誘き出す予定となっている。
まぁ、悪くない作戦だろう。
実際に孔融が援軍を求める程の被害が出たのも、こいつらが張闓の仲間たちの目が届きにくい後尾にいるおかげだ。
安心して殺せる悪人どもと言える。
後は俺の合図で旗を振るだけ。
勇み立つ狛にひとつ頷いてやってから、腰にさした剣を抜き高く掲げる。
それだけで空気が引き締まり静まり返ったが、兵がいまだ興奮状態なのは背中に伝わってくる。
獣の唸りのようなものが体の奥底から吹き上がるのを感じつつ、それが極限まで溜まるのを待ちーー剣を振り下ろした。
瞬間、フライングで狛が飛び出し、その後を追うように騎馬隊と旗の風を切る音が続く。
それとほぼ同時に右翼から黒い塊が飛び出し、左翼からも何故か豚に乗った張飛率いる騎馬隊が続き、遅れて歩兵が続いた。
もちろん奇襲のため声はない。
しかし、逆落としにより、勢いののる騎馬隊の足音はしっかりとあちらに届いたようで、まだ弓の射程圏にも届かない所で気づかれた。
流石に荒事に慣れているだけあって、標的はパニックになりながらも迎撃体勢をとろうと動き始める。
が、次の瞬間、前にいる味方が全力で逃走を始めたことにより固まった。
これも張闓の仕込みで取り残された輩のみ打ち取れば仕事は終わりだ。
まず、恐ろしいまでの速さで、先に出た狛たちを追い抜いた黒騎兵が敵の未完成な左翼に突っ込む。
無人の野を行くが如く進みながら死体を量産する黒騎兵が悲鳴を作り出し、勢いを消さないよう離脱と突撃を繰り返すことで敵左翼はもはや崩壊寸前だ。
「喰い殺せッ!!」
続いて蛮声をあげながら狛が中央に突っ込む。
最も厚い層なので抵抗はかなりキツいが、流石の指揮能力で勢いを殺すことなく弱い所を突き、隙を見て反転。
着実に敵を削る。
両者に対して張飛率いる騎馬隊は機動力よりも張飛個人によるごり押しで敵陣深く食い込んでいく。
どうやら猛将の類いが多いおかげで、敵を倒す工夫があまり成されていないようだ。
それでも十分な戦果を挙げているのだから恐ろしい所か。
まぁ、合計三千程度の騎馬隊による戦果にしては上々だ。
後はこの混乱が治まる前に歩兵で蹂躙すればいい。
パラパラと飛んでくるようになった矢を剣で弾きながら、指揮を曹豹のおっさんに任せ、供回りの騎馬と一緒に全速力で突っ込む。
本来指揮官は後方でふんぞり返っていればいいが、今回は速攻で敵を倒す必要がある。
この大軍を立て直されたら被害が馬鹿にならないからな。
敵の指揮がまともに取れていないため一部の小集団を倒せば、組織的反攻はほぼできない。
だからそういった小集団を積極的に狙っていく。
数名を馬蹄にかけながら前にある、弓兵を中心に集まった数十人の集団に狙いを定め突撃。
冷静な指揮官のようで、引き寄せてから射撃しようと待ち構えている。
「散れッ!!」
そこで狙いを乱すために分散。
騎馬が素早く多方向に散って、指揮官が動揺したところに暗器である、飛刀を投擲する。
かなり優秀だから部下にしたくはあったが、どうせ捕虜をとる暇はない。
躊躇なく放った前世から得意なそれは、一部の狂いもなく真っ直ぐ眉間に吸い込まれた。
目を見開いて崩れ落ちる姿をとらえながら、動揺する弓兵の中に突っ込み剣を振るう。
直前まで弓を構えていた事もあり、抵抗もほぼなく敵を斬り伏せる。
そこに供回りも多方向から突っ込んだ事で敵は壊滅した。
さて、次の獲物は?とばかりに周囲をうかがうと少し離れた所に円陣を組みつつある集団を見つけた。
そちらに進みつつ敵を殺していると後方から追いついた曹豹率いる歩兵が取りこぼしを蹂躙していく。
両翼の歩兵はまだ追いついていないが、これは日頃の訓練で、鎧に盾と戟を着けたまま半日近く走り回らせているおかげだ。
キツい訓練だがその分体力がついていると今回で理解できただろう。
こうして歩兵が速く動けるだけでこちらの動きも選択肢が広がる。
今だって背後で集合しかけた敵を蹴散らしてくれたおかげで、挟撃を気にしなくてよく、減速せずにすんだ。
騎馬は止まったら終わりなのだから歩兵のバックアップは必要不可欠だ。
けどまぁ、そんなことより目の前の敵を確認する。
長柄もちが複数前線にいるせいで馬の突撃を糞真面目にすれば串刺し間違いなし。
かと言って見逃すわけにはいかないので、後続に見えるよう手を素早く振る。
そしてあわや串刺しか、というところで急旋回。
後続の安全をはかるため飛刀を四本片手で投げ、牽制するのも忘れない。
そのまま駆け抜け、いい感じに相手の動揺を誘った所でそのまま回り込み、背後から強襲。
前線に集中したぶん後衛に長柄が少ないのでかなり楽だ。
敵が完全に反転しきる前に指揮官を馬蹄にかけ、すぐさま離脱する。
指揮官から骨の踏み砕かれる音と悲鳴が上がっていたが、トドメをさす時間が惜しい。
振り返りもせず走り抜ける。
可哀想だが歩兵達がなんとかしてくれるだろう。
これからもこんなことを繰り返すんだから気にもしていられない。
次々と小集団に突撃し、壊滅させていく。
腸をぶちまけたり、首から血を吹き上げたり、手や足を斬られ失血死していたり、そんな死体や死にかけが大量に作られた。
楽しくはない。
これも所詮は仕事だ。
だが、これが天職のように思えて思わず笑う俺は狂っているのかもしれない。
血塗れで笑う奴とか相手からしたら恐怖の対象だよな。
なんて思うが敵の動きが鈍ったのはこちらからしたらありがたいことだ。
倒れている仲間の元へと送り届けてやる。
これはもう勝ち戦確定だな。
こんな所で事故するのもあれなので、徐々に後退して掃討は他に任せる。
いつの間にか太史慈軍も前線に来ていたようで、敵にまとまりもなく壊滅寸前のようだ。
武器を手放し命乞いする連中もチラホラ見受けられる。
が、興奮状態の兵が助けてくれるかは半々だろう。
視界の隅に押し倒され滅多刺しにされている無手のおっさんが見える。
が、滅多刺しにしている方も後ろからきた流れ矢に倒れた。
ああいう奴らは生き残れないってのは決まったことなんだろう。
勝ち戦で死ぬことほどもったいないことは無いよな。
まぁ、死ぬやつはほとんどおらず、ほぼ一方的だ。
そしてついに耐えきれなくなった敵が潰走を始める。
が、全軍の騎馬隊の働きにより中央に追い込まれ、完全包囲された。
もう後は降伏勧告すれば降伏してくれるだろう。
そう思い前線に向かうと、声を発する前にヤケクソになったのか十人程の集団が俺目掛けて特攻をしかけてきた。
多少距離もあるので慌てず飛刀を投げ先頭集団を仕留めていく。
が、残り五人といった所で飛刀が尽き、仕方なく剣を抜く。
供回りは後ろに置いてきたので、周りはただの兵卒だが、気が抜けていたのか助けようともしない。
いや、ここまできて死にたくはないのだろう。
指示が出ないことを言い訳にしたいのか、伍長を見つめている。
そしてそんなことを考えている間にも敵は距離をつめてくる。
先頭できたのは頭の悪そうなチンピラだ。
剣を振り上げていたので、不意を突く形でこちらから近づき、振り下ろせ無いよう腕を掴んだ上、剣で脇腹を突く。
つぷっと軽い抵抗を残して刺さった剣は内臓を傷つけると鍔もとまで刺さって停止。
口から血を吐くチンピラから剣に捻りを加えて抜きながら引き倒し、次にすぐそこまで来ていたチビを距離をとるため蹴り飛ばす。
後ろにいたおっさんを巻き込んで倒れたチビから目を離し、一息つくと今度は剣が飛んできた。
クルクルと回転しているのでタイミングを計れば怪我もなく掴める。
格好つけるのもいいか、そう思い、よく見極めて腕を振るい柄をキャッチ。
それをそのまま投げ返してやれば、驚きに目を丸くしたチンピラ二号の左胸に突き刺さる。
後は先のチビ、おっさん、残りのデブで三人だけだ。
デブは目の前でチンピラ二号が倒れたからか、こちらに来るのを躊躇しているようで、先にチビとおっさんが立ち上がり二人組で挑んできた。
が、突如として飛来した二本の矢にそれぞれ頭を打ち抜かれ、糸の切れた操り人形のように倒れる。
矢の向きから射た場所を辿って見れば、その先には弓を構える太史慈と呂布改め、恋がいた。
どちらも歴史に神がかった弓技のエピソードが残っているので、納得の人選だ。
結構な距離だが頭を狙い撃つなんて、これより遠くからさらに小さい的を打ち抜ける二人にすれば、楽なもんだろう。
ちなみに呂布の真名は夜這いをしてヘロヘロにしてやってから交換した。
このお礼に今日も快感を教えてやろうとほくそ笑んでいるとデブが雄叫びをあげながらこちらに突進してくる。
どうやらたった今事切れた二人は仲間だったらしい。
可哀想なので即死できるよう斜めに進み出て、すれ違い様に首を刈る。
脂の詰まった首は突進の威力と相まって高く飛び、俺を助けようともしなかった自軍の兵の所に落下。
兵たちはそれを自分の末路と感じたのか泡を吹いて気絶した。
デブには良い演出ご苦労様と言いたいくらいだな。
無駄な手間を掛けさせた分はチャラにしてやってもいい。
それにまぁ、自分で言うのもなんだが、俺を殺した所で戦の勝敗は変わらない。
あっちが負けでこっちが勝ちだ。
が、このパフォーマンスは良い結果につながった。
抵抗したら殺されると解釈した敵が一斉に降伏したのである。
余計な手間がなくてはなっては……いないが、俺を除けば得したのは事実。
あの戦闘は無駄じゃなかったと解釈しておこう。
張闓曰わく屑だが、今時の民は飯を食うために賊か兵士になる。
こいつらも飯が食える間は大人しく兵士をしてくれるだろう。
ただ、これ以上兵が増えると補給が厳しくなる。
だから相談の結果
「本当にあたしの兵にしていいのかい?
こっちは援軍を頼んだ身だ。
上げる義理はあるけど貰う義理は無いはずだよ?」
「気にしないでくれ。
さっきも言ったが補給が厳しくなる以上、貰ってくれた方がありがたい。
領内の賊退治にでもなんでも使ってくれれば良い」
約一万の捕虜をそのまま太史慈に譲るのだ。
青州は黄巾以外にも賊がかなりいる。
少しでも兵がいるはずだし、同盟相手の実力が増せばこちらもありがたい。
のだが、太史慈は納得がいかないようでうんうん唸っている。
「う~ん、それは分かるんだが、貰ってばかりじゃあたしの気がすまない。
かといって金とかがあるわけじゃないし……そうだ!
あたしの身体で払うってのはどうだい?
この通り胸に自信は無いが、感度も良好、顔も悪く無い。
何より安上がりで楽しめる。
さっきの戦いといい、あたしもあんたのことを良いとは思ってるんだ。
恋から聞いた話じゃ、夜も凄いんだろう?」
そして出した結論がこれである。
周りには狛やら曹豹のおっさん、恋、恋の副官、龐統、張飛に趙雲とかなりの人数がいる中で、だ。
恥じらいを感じさせない所は男らしくすらある。
むしろ周りの方が赤面しているしな。
赤面してないのは意味の分かってない張飛と下よりな話にニヤリと笑う趙雲、恋と俺の関係を快く思っていない副官くらいだ。
あと、恋はいつの間に仲良くなってそんな話までしていたのだろうか?
気になる所だが、それより先に返答しないといけない。
けどまぁ、公の借しを個人に返されても困る。
ここは大変心苦しいが、断らざるを得ないな。
はぁ……………………惜しいな。
「……………………魅力的だが止めておく。
俺の女としてより同盟相手としてそのうち借りを返して貰おう。
まぁ、借りだなんだで関係を持つのは望みじゃないしな。
女は自分の手で落とさないと駄目だろう」
「それは残念。
まぁ、その間からすると脈はありそうだね。
流石、三人同時に相手できる男は言うことが違う。
自分の手で落とすか……楽しみに待っとくよ」
そういってちっとも残念そうでない顔のまま背を向け去っていく。
こっちは残念そうな顔でそれを見送るしかない。
そういえば真名すら聞けなかった。
ため息をこらえていると
「ふっ、逃がした魚は大きい。
何故、手をつけられなかったのですか?
話を聞く限り、貴殿は上の舌よりも下の舌を使う方が得意でしょう」
後ろにスッとよってきた趙雲がからかいの言葉をかける。
なかなかに人の神経を逆撫でするのが上手いやつだ。
せっかくの良い女なのにもったいない。
「逃がしたつもりはないが、確かにあれは大きい。
こうやってからかいにくるお前が小さく見えるくらいにはな。
それにお前と違って、俺は上も下も自信があるんだ。
なんなら御遣いに飽きて捨てられたら拾ってやるぞ?」
「これは手厳しい。
気を悪くされたなら謝りましょう。
ただ、我が操は主に立てたもの。
貴殿の技巧、興味深くはあるが、断らせてもらう」
「それは残念」
まぁ、言いたいことは言えたしこれくらいでいいだろう。
多少辛辣でも相手が先に言ってきたんだ。
流してくれないと困る。
優秀な戦力の趙雲と仲を険悪化したくはないしな。
落ち込んだからか相手もからかいをやめてくれて助かった。
気を取り直して捕虜の処理や負傷者の手当てなど指示していく。
今回の死者は奇襲に成功したおかげで、千人にも満たない。
上々の戦果だ。
ついでに敵を補足できない程度のスピードで黄巾の追撃部隊を出撃させて、ひとまずの作業は終了だ。
後は張闓が張三姉妹を誘拐して仲間と共に朝鮮半島に海路で移動できればどうとでもなる。
問題は誘拐が成功するか、できたとしても逃げ切れるかだな。
三姉妹は今のところ喜んで曹操に協力している節がある。
念の為、張三姉妹が嫌がった時、ファンである張闓が裏切らないよう、洗脳の可能性を示唆したり、その対処法を曹嵩の所に潜入している妖婦、簫建から手取り足取り教えさせているが、どうなるか……。
結果は神のみぞ知るってやつだな。




