殺し屋、初陣
中平1年……いや、184年と言った方が良いか。
この年に何がおこったか知ってるか?と聞けば三国志を知ってる人なら大半が、黄巾の乱と答えるだろう。
実際に俺もその大半の1人だ。
しかしながらもう1つ、10万人もの規模で乱がおきている。
その名も涼州の乱。
三国志だと張角の病死や、幹部の討ち死によって、黄巾の乱が一応の終息を迎えた頃に、韓遂を中心に涼州の豪族などが、漢への不満が原因で反乱したものだ。
そして俺の初陣となる戦でもある。
初陣と言っても母の付き添いのようなものなので大した活躍もできないだろう。
俺にしてみれば未来の敵になるかもしれない人物を確認するためだけに来たようなものだからな。
ただし敵と言っても韓遂や豪族ではない。
黄巾の乱では活躍出来なかったが、当時羌族との戦いでの評価が高く、破虜将軍に任命された董卓である。
ちなみに母、陶謙とともに参軍として出兵している、三国志でも黄巾賊残党討伐の際、援軍を送ってくれる友好的な勢力の孫堅と、母の上司にあたる司空で車騎将軍に任命された、母の愚痴のネタになっていた張温は一先ず除外である。
それよりもだ。
あまり関係ないことだが、董卓も女なのだろうか?
正直、董卓が女ってのは想像し難い。
やはり豚とか大男のようなイメージしかわいてこないのだ。
正直女だとしても、豚や大男みたいなら女である必要が無いわけで、目の衛生上もよろしくない。
つまり董卓は豚か大男、はたまた美女なわけである。
美女だとしたら人となりを確認するため、話ぐらいはしておきたい。
もしかしたら性別だけでなく性格も変わっているかもしれないからな。
いや、董卓が男でも女でも元々は部下思いで親分肌な人物だから、会っても意味ないのか?
三国志の董卓がああなったのは、権力を持ち続けるために暴虐の数々を行わなければならなかったのだと俺は思う。
逆らったら殺すぞっていう一種のパフォーマンスってわけだ。
要するに董卓は権力に狂いはしたが、基本的にはいいやつなのである。
まぁ、これは俺の勝手な考えなので実際は違うかもしれないが、そうであってほしい。
そうすれば演義のように反董卓連合に参加しなくてもいいのだから。
まぁ、どっち道会えば何となくでも分かるだろう。
それなら今は会うための行動をおこすべきである。
幸い、着陣次第軍議が始まると聞いていたので、それに同行させてもらえればなんとかなるだろう。
俺は前を行く母に轡をならべ
「母上、私も軍議に参加したいのですが、よろしいでしょうか?」
と、お願いしてみた。
するとこの3児を産んでも未だに若々しい母は
「なぜ軍議に参加したいのかは知らないけど駄目よ、青葉。
初陣も済ましてないような子供が何か出来る場所では無いわ。」
その綺麗な顔を若干嬉しそうにしながらも、直ぐに毅然とした態度で断る。
基本的には子に甘いくせに、公私はきちんと分けるので、仕事関連のお願いには少々頭を使う。
数瞬迷った末に
「母上の体調は8年前の出産からすぐれないではないですか。
私は母上のことが心配なのです。」
と感情論、次いで
「それに軍議に着いていくだけで口出ししようなどと考えてもいません。
お願いします。軍議に連れていってください。」
先の揚げ足をとりつつも、精一杯お願いする。
すると元来子に甘い母である。
暫く唸った末にまぁいいでしょう、と了承してくれた。
これで第1関門は突破完了である。
内心で安堵のため息をつきつつ次の問題へと思考を進める。
ちなみにその問題とは、この戦自体が負け戦だということだ。
まともに戦えたのは董卓ぐらいと言ってもいい。
その董卓でさえ最終的には撤退を余儀なくされている。
まぁ、その撤退が見事だったので被害は大したことなかったらしいがな。
俺が思うに董卓は、曹操以上に戦上手だったのではないだろうか?
暴君というより名将だと俺は思っている。
それはさておき、うちの母をこの戦でどうするかである。
下手に勝たせて歴史を変えるのは避けたいが、危険は出来るだけ減らしたい。
だがこの陶謙という人物に限っては、そもそも考えなくてもいいパターンが存在している。
それというのも陶謙はこの戦の時期に張温を罵倒して左遷されるのである。
罵倒した理由は酒宴で酒を注いでまわるよう命令されたからなのだが、それ以前に張温が無能すぎて鬱憤が溜まっていたこともある。
前の上司が皇甫嵩という名将で、しかも皇甫嵩がこの乱の鎮圧の前任者というのも関わっているのかもしれない。
少し脱線した。
正直、左遷される時期は明記されて無かったのだが、かなり早い段階で行われると考えている。
負け戦中に酒宴などひらけるわけがないからだ。
ただ、性別が違えば歴史も違うだろう。
左遷がおこるかどうかはわからないのだ。
となると一先ず意見を聞いておくべきだろう。
まわりに聞こえてはまずいため、馬をギリギリまで寄せてから
「母上、この戦どうなるとお思いですか?」
と、前を向いたまま小声で尋ねる。
するとこちらを一瞥しただけで問いの意味を理解し、同じく前を向いたまま
「勿論、負けるわ。
義真様は負けない戦をして敵の疲弊を待っていたのに玉無しどものせいで失脚。
当然、後任のボケ張将軍は負けない戦などできず、勝とうとするからね。
さっさと帰って紅葉と言葉の顔が見たいわ。」
小声で淡々と答えた。
最後は少しふざけているが改めて、この母は凄いと思う。
正直、陶謙の息子というのは嫌だった。
どうせなら袁紹辺りが良いと思っていた。
だが数年前から俺の中で母の株は上昇し続けている。
この母、演義のイメージである、劉備に徐州を譲った好好爺などとは程遠い。
戦術は人並みだが戦略眼は並外れているのである。
正直、母の見ている未来を同じように見ることは俺には出来ない。
だからこそ俺は前世の知識を使うのだ。
早速、妹が歴史より多くなっていたりするが関係ない。
あぁ、関係ないさ。
妹の1人や2人増えようがどうってことない。
途中までは歴史通りに持っていくさ。
だが、できればこれ以上妹や弟を増やさないでいただきたい。
陶応、真名は紅葉。
まぁいいさ、歴史通りだ。
だが、誰だよ陶遂って。
なんだよ、言葉って。
いや、分かってる。
俺の2人目の妹だ。
父や紅葉の赤い髪よりさらに濃い赤の髪で、目付きは若干鋭いけど十分可愛いよ。
俺も母もみんなベタ惚れだよ。
ただ、歴史上にいない。
これだけが気掛かりだ。
こいつの登場で何かが変わってしまうかもしれないのだ。
…………でもまぁいいか。
正直、俺がいる時点で歴史なんかあってないようなものだ。
妹が1人増えても大差ないだろう。
と言うか考えていたら会いたくなってきた。
「母上、早く帰れる策を思い付きました。」
「流石私の息子、どんな策なの?
なんだってするわよ。」
「はい、張将軍を罵倒するだけです。
彼女には母上をその場でどうこうする勇気があるとは思いません。
できて左遷でしょう。」
「確かにあいつでは無理でしょうね。
でも、左遷となると面倒だわ。」
「はい、なので仲間を作りましょう。
孫文台、董仲頴などはいかがですか?
特に孫文台には子が3人いると聞きます。
母上と気が合うのでは?」
「成る程、左遷された後に弁護してもらうわけね。
あいつなら脅せばすぐに取り消しそうだもの。
それに孫文台には私も興味があったの。
これから仲良くなれそうだわ。」
「そうでしたか。
それでは軍議の後にでも。
それで張将軍を罵倒するのは……酒宴の席でどうでしょう?
皆の前で言われれば流石に大将として罰しない訳にはいかぬでしょう。」
「それは良さそうね。
でも、酒の勢いで私を斬るとは思わないのかしら?
一応将軍としての自尊心くらいあるでしょう。」
「母上が一番分かっているでしょうに、人が悪い。
あいつ……いや、張将軍がそんなこと出来ないことくらい。
それに何のための仲間ですか。
どちらか一方でも張将軍を防ぐなど朝飯前ですよ。」
「それもそうね。
あいつ……いや、張将軍なら私でも倒せそうだから尚更ね。
それじゃあ日頃の鬱憤を晴らせて、家にも帰れる。
息子の一石二鳥な策を実行しましょうか。」