殺し屋、傍聴
「勅命である。
陶謙を徐州牧、並びに安東将軍に命ずる」
「はッ、有り難く拝命いたします」
そう勅使に言われて母が恭しく頭をたれる。
歴史より随分と早い就任だが、徐州の役人として軍を固めるのは悪いことではないので、喜ぶべきだろう。
本来なら董卓が死に、呂布が追い出された後の長安に貢ぎ物を運び、それによってこの地位につけるはずなんだが、今回は洛陽に貢ぎ物を運んだという情報も入ってない。
となるとこの任命には裏を感じる。
というか裏があるのは確実だ。
何てったってついこの前入ってきた情報によると、あの人畜無害を絵に描いたような董卓が、霊帝崩御後のゴタゴタ、何進の暗殺や袁紹らによる宦官虐殺で混乱状態の洛陽を抑えたんだからな。
さらにその根拠として勅使の後ろに控える、白髪の多い黒髪に、病的なほどの青白い肌の幽鬼のような雰囲気の男、李儒の存在だ。
こいつは董卓の影のようにいつも後ろに控え、彼女の望む結果になるよう、ありとあらゆる手を尽くしている。
能力としては董卓の友人みたいな立場の賈詡に一歩譲るが、その忠誠心に並ぶ者はいない。
歴史で知っている人の中で徐栄に次ぐ男性登場人物だったので、語らった結果に気づいたことなので、ほぼ間違いないだろう。
今回もその関係でわざわざここまで来たんだろうと予測するのは間違いじゃなさそうだ。
ただ、歴史みたいに処刑をやりたい放題とか城下は兵に乱暴される人々であふれている……なんてことはないので、連合軍を結成される心配は無さそうだよな。
むしろあの董卓なら突然権力を握ってしまってオドオドしている様子しか想像できない。
もし、あの見た目と雰囲気で歴史と同じことができるなら役者にでもなるべきだろう。
そのほうがこっちの精神衛生上助かる。
でもまぁ、今回のような親しい者を味方に取り込もうとする行動は権力を持つ者の常套手段とはいえ、安心できる要素にはなるのではないだろうか。
それに司隷と徐州とで結束が堅くなれば、仮に反董卓連合が組まれても、間の兗州と豫州の人間は挟撃を恐れて大軍は動員できないという利点も生じる。
さらに青州刺史は軍事的才能が皆無で見通しが甘いので、こちらと同盟関係だと油断している隙に、人手のいない青州を奪うことも可能になる。
歴史上では曹操支配下の青州で海賊行為を働く管承が、何故かすでに活動しているらしいので、そいつを煽れば案外楽に口実は作れそうだ。
などと頭をさげながら想像していると、ひとまずの仕事を果たした勅使が去っていくが、李儒は一緒に出て行くことなくその場に残る。
「手土産は気に入っていただけたでしょうか?」
「とてもありがたい……が、気前が良すぎやしないか?
私としては元々敵対する気などなかったのだが」
そう言って李儒の言葉に不思議そうな顔をつくる母。
李儒はその反応も予想通りだったようで、そのまま説明するように話を続けた。
「表向きは徐州の賊徒を追い払った功績ですので問題はありますまい。
それに味方に力があるのは大変頼もしいことですからな。
存分にお役立てください」
「分かった。
だが、援兵を請われてもここからでは動けないがそれでも良いのか?」
「それは構いません。
董相国は戦を望まれておられませんので。
今も私をはじめとした使者を方々に派遣されている状況です。
ただ……」
「ただ状況は芳しくない、だな?」
「はい、その通りでございます。
袁紹、袁術、荀爽など名士を要職に就けて懐柔しようとしていますが、主の下につく可能性はかなり低いでしょう。
袁紹に至っては洛陽から既に渤海へと脱出し多くの兵を募っているという状況です」
そこですらすらと進んでいた会話が途切れ、二人して溜め息をつく。
俺達家臣も放置されっぱなしなので溜め息をつきたいぐらいだが、もう暫く話は続きそうなので我慢だ。
そして会話が再開。
「刺使はそれを見逃しているのか。
正真正銘飾り物といった感じだな」
「無能でないと言えるのはあなたと公孫賛、丁原、劉表、劉嫣……これぐらいでしたか。
残念ながら丁原は執金吾としての仕事が原因で恨みを買った賊に負わされた傷のせいで亡くなられてしまいましたので、現在は四人だけです」
「そうか……しかし、丁原殿の死は良からぬ噂を聞いたのだが、ご存知か?」
母のその質問に李儒のこめかみがピクリと動く。
表情がほとんど変わらないので、どういう意味かは分からないが、憤りに近いのかもしれない。
それが事実を知られたからか、嘘の情報がここまで流れているからなのかまでは分からないがな。
「はい、董相国が丁原を暗殺した、と。
恐らくこれも袁紹の謀略でしょう。
我々に味方する者を減らし、自身は戦の際に悪逆の臣を討伐するという大義名分を得られますからな。
董相国が相国足り得たのは寡兵でありながら駆けつけ帝を守ったからだと言うのに、手柄を奪われたと感じているのでしょう」
「なるほどな。
それでは私も出来る限りのことはしていこう。
戦はあると見ていいんだな?」
「はい、恐らく翌年には洛陽の都に大挙して押し寄せて来るでしょう。
我が軍の精鋭ならば負けることはないと思いますが、万が一落ちられる場合は善処していただきたい」
「ならばそこらの賊を懐柔しておこう。
後方錯乱にあいつらほど使える人間はいないからな。
無論、徐州は董相国の味方であり続けるぞ」
「その言葉を聞いて安心いたしました。
ありがとうございます」
そしてやっと同盟の話が終わる。
結果として不可侵条約、裏での暗躍、万が一敗戦した際の董卓軍の受け入れが今回のプレゼントの代償のようだ。
まぁ、どれをとっても兵力の増強に直結するから、だいぶ有利な同盟といえるだろう。
デメリットは周りが敵だらけになる可能性があるというだけだな。
ただしそれも袁紹とかが働きかけて連合軍ができればの話だ。
嘘っぱちの大義名分に乗せられて兵をだすどうしようもない馬鹿は、一人としていないのではないだろうか。
母も李儒も翌年には戦があると考えているようだが、状況から考えて厳しいものがあると思う。
まぁ逆に、情報操作でもして連合軍を作ったとしたら、それは情報源の確認もろくにしない馬鹿どもの集団ってことだ。
裏で動くには都合の良い相手と言えるだろう。
もし、そんな機会に恵まれたのなら、青州まで勢力圏を伸ばすことも可能なはず。
本来なら安東将軍の仕事は寿春に駐屯して、青、徐、揚、エン州の刺使を統括する立場なんだから、もう少し欲張ってもいいくらいだよな。
ただ、青州黄巾賊のこととかも考慮しとかないとな。
まあ、なんにしても母に相談しないことには始まらないんだし、今は未来の失敗に怯える時じゃないだろう。
李儒を見送ってから相談するとしよう。




