殺し屋、決意
初の原作キャラ(台詞つき)登場
俺は一児の父になった。
子の名は周、真名は晴、俺譲りの緑の髪で少し体が小さいが元気な男の子である。
現在は生後3ヶ月といったところか。
俺と夕と真巳、なぜか糜竺も口出ししてつけた真名の晴という字の通り、皆を明るくしてくれる存在だ。
そしてこの事を家族全員が例外なく祝福してくれ、夕の産後の経過も安定して、と良いこと尽くし。
今の所は順風満帆言うことなし……と言いたいところだが、問題がある。
真巳が妊娠しないのだ。
俺が連れてきて勝手に妻にした女が不妊症ということで母や父の目は冷たい。
さらに夕が妊娠してるから俺が種なしということはまずないのでその責任が比較的大きく真巳にのしかかっている。
幸い、政治も軍事もできる為政者として優秀だから追い出されることはないが、子をなせないというのは儒教重視のこの時代では重罪とも言えるものだ。
儒教の、特に『孝』の考え方は子が親を大切にするというだけでなく、子を育みそれがまた次代へと続くことを目的としている。
つまり子を産めない=不孝者になる、というわけだ。
特にこの時代、孝廉とあるように『孝』が重視されているので、実際に燕王を名乗り司馬懿に殺される公孫淵が叔父の公孫恭を追放する時には、叔父の生殖能力が無いことを理由にしたという出来事もある。
まぁ、いろいろ説明したが要するに、そんな背景のせいで真巳が大変な目にあってるってのは気分が悪いってことだ。
だから俺は現在真巳と共に町へ出かけている。
というのもこの町にあの神医、華陀が来ているとの情報が入ったからだ。
なんでも陳登が腹痛で倒れたと聞きつけて飛ぶように駆けつけてきたらしい。
華陀はこの世界ではなぜかすでに亡くなっているらしい陳珪によって孝廉に推挙されていたそうで、それは辞退したものの、その恩を返すべく馳せ参じたそうだ。
そんなことするぐらいなら孝廉に応じれば良かっただろうにひねくれ者で面倒な性格なんだろうか?
なんか急に行く気が失せたがこれも真巳のためだと思って我慢しよう。
錯覚かもしれないが、晴を抱いている夕を見る真巳の顔が妬ましそうに見えることもある。
夜は積極的になったし、子種をこぼさないよう入れたまま寝るよう頼んでもきた。
そしてそんな努力をしても授からず、しかし泣き言一つ言わない真巳を放っておけるわけがない。
もし、華陀に診せても駄目だったら政務を一切投げ出して真巳が孕むまで抱き続けてやる。
誰かに聞いた、子を産むことが女の最大の幸福だという言葉が本当なら、真巳にその幸福を与えるのが男の甲斐性というものだ。
もちろん、嫌がるようならやらない……はずだ。
おそらく、たぶん、きっと。
いくら抵抗する女を組み伏せてするのが好きと言っても傷心中の妻をやるなんてしない……と思う。
…………。
まぁ、自信がなくなりそうなのでこれ以上悩むのはやめておこう。
結構真剣に悩んでいたためかうつむきがちだった顔をあげると、視界の隅にフリル付きの傘がちらつき、なんとなくホッとする。
相変わらずゴスロリな真巳はいつもの無表情で俺の左を真っ直ぐ前を向き歩いていた。
悩んでいるように見えないその姿に内心関心していると
「なぁ、青葉。
私の治療がうまくいかなかったら離縁してくれ。
お前にこれ以上負担をかけるわけにはいかないだろう?」
などとそのままの顔で突拍子もないことを言ってきた。
あまりの落差に驚くと同時、思わず肩を掴んでこちらを向かせると、顔をしかめた真巳がじっと見つめてくる。
顔をしかめる理由として右肩付近にあるケロイドに触っている可能性が考えられるが、これは我慢してもらうしかない。
結構痛いだろうが罰だと思って受けてもらおう。
そんなこと言われて黙っていられるほど気は長くないのだ。
「お前はなんでかしらないが俺を怒らせたいらしいな。
俺がお前を抱くことを負担と言ったか?
むしろお前を抱くことは一日の内で最も楽しみな日課だぞ。
でもまぁ、そこまでお前が気に病むようなら俺達を非難する奴らの目が届かないとこまで……いや、そいつらの目も声も届かないようにしてやる」
そう言ってから手を放す。
真巳は驚き、というより不思議なものを見る感じに無表情の顔を変え、軽く戸惑っているようだ。
そんな反応されるとこっちも困るのだが、言いたいことは言って満足したので先を急ぐ。
さっさと治療をすまして、仕事を終わらせて、晴の顔を見て、真巳を抱いて寝たいのだ。
前世で持てなかった幸せな家族っていうのかな?
これを満喫するためなら邪魔者を排除しても良い、
そう素直に思えた。
「すまない、青葉。
私も子供ができなくてどうかしてたみたいだ。
そこまで想われているのだから、私は別れを告げられるまで青葉から離れないと誓おう」
そこで真巳が横に並び、いつもの無表情で嬉しいことを言ってくれた。
いや、心なしか頬が朱いな。
今までいつ裏切るのかと疑っていたこっちが情けなく感じてしまうほど、乙女の表情をしている。
もし、これが演技だとしたら負けを認めたっていい。
というか勝てないと思う。
「着いたぞ、青葉。
言ってることは変わるがこれで駄目だとしても側にいさせてくれ」
「気にするな。
それに病は気からと言うし、駄目だなんて思ってたら一生治らない。
早くお前が生んだ子を見せてくれよ」
「あぁ、努力するよ」
そうこうしてるうちに陳登の家に到着した。
流石豪族の家、と言った感じの中々広い敷地に、生け垣なども綺麗に整えられている。
事前に連絡はしてあるので門衛に声をかけると、少ししてから家人が出てきて客間に通される。
なんでもついさっき治療を始めたそうで、暫くは時間がかかるらしい。
治療を覗くのははばかれるのでおとなしく雑談でもしながら待つとする。
この時代では高価なお茶もだしてもらえたので、文句も言えないしな。
さて、歴史上で陳登といえば、陶謙が徐州を劉備に渡すよう尽力したり、呂布に占領された徐州を取り返すため、臣下として動きつつも裏で曹操を手引きして勝利に貢献したり、侵攻してきた孫策、孫権を撃退したり、と結構万能な人物だ。
陳登が生きていれば孫権が長江の北を占領できなかったとも言われている。
そんな陳登だが華陀の患者としても有名で、生魚にあたって腹の中に寄生虫がわき、華陀の薬でいったんは治るも、魚の生食好きは変わらず三年後に再発。
その時には華陀がいなかったので治療することも叶わず、三十九歳の若さで亡くなったとされている。
そしてその再発をも予言していたというのだから華陀の能力の高さも相当なものだろう。
ただ、予言するだけしておいて帰ってこない華陀はどういう神経をしているのだろうか?
予言には華陀と同じことができる人物が側にいれば助かるという話も含まれていた。
つまり生きたければ華陀と等しい腕を持つ人物を捜せ、と。
穿った目で見れば華陀自身を側に置けと言っているわけだ。
一説によればこの時代の医者の地位の低さが気にくわないという理由で曹操の前から去り、その際使った妻が病気という嘘が曹操を激怒させ、死においやられたらしい。
考え方がだいぶ偏見といえるかもしれないが、要するに華陀は婉曲に推挙してくれと陳登に言ったが、それを汲み取ってくれない陳登を見限って他の所へ行ったのではと、考えている。
つまり俺の華陀への心証はあまりよくない。
腕は認めるが上辺だけを取り繕った俗物だと思っている。
まぁ、俗物なのが駄目と言うわけではなく、上辺だけを取り繕った奴は嫌いだってだけなんだがな。
そんな事を考えていた時である。
「ハァーーーーッ!元気になれぇぇぇぇ!」
その馬鹿みたいな叫び声を聞いたのは。
「……なぁ、青葉」
「あぁ、言いたいことは大体分かるが、ふれないでおかないか?」
「私もそうしたいところだが、あの台詞からしてその華陀という人の声ではないか?」
「そう……なんだろうな」
真巳の予想通りならあの声の持ち主が華陀か。
この世界なら華陀も女かと思っていたが、がっつり男だった。
しかもあまり好きじゃない暑苦しい感じのだ。
本当に大丈夫か不安なのだが、評価は高いそうなので信じるしかない。
あれこれ考えても仕方ないので目の前に置かれたお茶を遠慮なく飲む。
高いそうだが、まぁ、お茶はお茶だとしか思えない。
前世からそういった感性は乏しいのだ
そこらの笹を適当に炒ったやつをお茶として出されても、さして疑問に思わず飲むだろう。
俺に気を使うだけ無駄と言うものだ。
しかし、家人は空になった湯飲みにお茶を注ぐ。
それは悪い気もするので空にならないようちびちびと飲んでいると、暫くしてから二人の人物が入ってきた。
片方は猫耳みたいな突起物のような癖のある茶髪で大きな瞳、雰囲気そのものも猫みたいな少女、陳登。
そして他方が赤い髪で袖に白いファーがついた服を着た青年、おそらく華陀だろう。
父がもう少し若くて目が大きければ、けっこう似た顔になるかもしれない。
「お待たせしました、伯陽様。
紹介します。
こちらが華陀という凄腕の医者です」
「 華陀だ、よろしく頼む」
そんなことを考えていると陳登が横の男、華陀を紹介し、華陀が頭を軽くさげた。
ちなみに伯陽は俺の字だ。
陳登にも……というか節操もなく知り合った人間のほとんどに真名を預けているので、自分の字とか名を呼ばれることがめったにない。
今回は初対面の華陀がいるので、字を呼んだようだ。
ついでに言っておくと、陳登の字は元龍、真名は猫という。
「陶伯陽だ、こちらこそお願いする。
早速だが、治療してもらいたいのは私の妻、昌稀だ。
昨年からほぼ毎日のように行為はしているのだが、どうも孕み難い質のようで、子をもうけたことがない。
治療が可能ならぜひお願いしたいのだが……大丈夫だろうか?」
「治療の可否は奥方に質問してみなければ分からない。
だが、全力を尽くすと約束しよう」
そして依頼してみれば素直に快諾してくれた。
そこから問診、触診、と暫く暇な時間が続く。
「そういえばさっき元気になれ、だとかそんな感じの叫び声が聞こえたような気がしたんだが、やっぱり華陀が発生源か?」
なので、その時間に猫から華陀の情報を引き出そうとあっちに聞こえないくらいの声で質問する。
猫はお茶を一口飲み、あれですか、と呟いて呆れた表情を作る。
そしてもう一口お茶を啜ると
「なんでも五斗米道に伝わる鍼治療らしいです。
体内の氣を使うらしく、そのための気合い入れみたいで、止めさせることはできないですよ。
私も何度か治療を受けてそのたびに注意しているのですが、いつもあの状況で迷惑してます」
小さい声ながらもはっきりとうんざりした感じで説明してくれた。
確かに家全体に響く声で何度も叫ばれていてはそうもなるだろう。
俺だったら猿轡でも咬ませていると思う。
それにしても氣なんてものを信じるなど俺には無理だな。
宗教家でもなければ……あぁ、そうだ。
五斗米道は宗教みたいなもんだった。
しかし、そうなるとこの華陀は信用できないかもな。
そもそも医者の地位が低いのは、巫術とかそういった類の呪いが主流で確実性がないのも原因だ。
その中で華陀は歴史上で外科手術をもこなしているから信用していたのにそれが道家とは……軽率だったかもしれない。
道家っていうのは不老長寿を目指す人、要するに馬鹿だ。
そりゃ不老長寿には健康な身体が必要だろう。
だからと言って氣なんてもの信じてたら元21世紀の人間として正気を疑う。
さっさと帰って真巳を抱いてた方が確実じゃないか?
そう思って華陀と真巳に視線を向けた瞬間
「ハァーーーーッ!元気になれぇぇぇぇ!」
光る腕が寝転がる真巳の腹部に鍼を突き立てた。
目を二、三度擦る。
「…………俺は目がおかしくなったみたいだ」
「我が目を疑うのは分かりますが、事実ですよ。
彼は本当の名医です」
どうやら事実らしい。
華陀がこっちにきて何やら話しているが関係ない。
何か感覚的な物で真巳の体調が良くなったと分かったからだ。
あの瞬間に俺は華陀を手元におこうと決意した。
「逃がしてたまるものか」
俺の女の下着姿を見たんだからな。
もう少しで反董卓連合が始まります。
と、言ってもいつも通り脱線する可能性もあるのでご注意ください。
それでは今後とも応援よろしくお願いします。




