足元
風が強くて、半端な長さの髪は直ぐに顔にかかってしまう。ボクとけいちゃんは一定の距離を取りながら、隣同士で歩いている。
それは全て無言のやりとりだ。ボクが止まればけいちゃんも止まり、けいちゃんが止まればボクも止まった。
細い路地を二人並んで歩くのは難しい。細くても車は頻繁に通っているのだ。こんな時はボクが前にでる。いつもそうだ。
「ほら、チリ」
そう言って前を則す。ボクは急いで前に出る。 けいちゃんは中学校の制服を着ていて
「汚れる」
との理由で、この時間はあまり近付けないのだ。
「触れたい」
とも思うけれどけいちゃんが嫌ならば我慢しようと思う。
そのかわり、家に変えり普段着に着替えてしまえば、けいちゃんはボクを抱き締めたり撫でたりして
「好きだよ」
と言ってくれる。ボクも、無力だが精一杯
「好き」
を伝える。それが幸せだった。
だが最近、けいちゃんは冷たくなった気がする。お母さんの言うことも喧嘩腰で無視するし、お父さんの話なんて聞きやしない。ましてや顔も合わせない。中3のけいちゃんは進路で親や学校の先生と上手くいってないらしい。学校から帰ってくると、けいちゃんはボクに愚痴を聞かせる。クラスの男子がウザイだとか、担任がムカつくだとか、けいちゃんには悩みが多いんだなーと思って心配になる。
そんなときボクはけいちゃんにキスをする。ボクには長い手足がないから、昼にお母さんがテレビで見ているような男の人みたいにギュッと抱き締めることも出来ないし、撫でることも出来ない。
だけど、せめてけいちゃんの心を軽くしてあげたくて、スリスリと体を寄せる。それでもけいちゃんの心の闇は取れないみたいで、心配するボクを蹴るようになった。
蹴られると、とても痛くて悲しい。でもそれがけいちゃんのためになるのなら、ボクは耐えられると思った。大好きなけいちゃんのためなら。
ある日、土曜日の朝にけいちゃんに外に連れていってもらった。けいちゃんの二つに結んだ黒い髪が揺れるのを、横目で見ていた。けいちゃんは昨日の夜、ケータイで誰かと喧嘩をしていた。泣いて怒ってた可哀想なけいちゃんは目の下に隈が出来ていて、明らかに寝不足だと判った。なのに
「チリ、行くよ」
と優しく頭を撫でてくれたのだ。けいちゃんは本当に優しい子なのだ。 いつも二人で歩く道。まだ早朝なので人は全くいない。けいちゃんは買ったばかりのサンダルを引きずる様に歩いている。これは小さい時からの癖なのだ。
しばらく歩くと、川が見えてくる。この川はボクもけいちゃんも大好きだ。よく、辛い事があるとけいちゃんはボクを連れてこの川へ来た。小さい川だが、コンクリートなんかで固めてなく、自然のままの川だ。
けいちゃんは川に沿う土手に尻をついた。ボクも隣に座った。けいちゃんの暖かな手がボクを撫でた。ボクは気持ち良くて、うっとりした。
突然、ボクはめまいと痛みに倒れた。薄れていく意識の中で、脇腹辺りに刺さった果物ナイフと、狂った様に笑う、大好きなけいちゃんが見えた。