第二章
少女は、鈴奈の手を引っ張って、部屋の奥へと連れて行った。
「皆〜!新入部員よっ!」
「え?ちょ……」
いつの間にか、‘新入部員’にされた鈴奈は目を白黒させる。
そして、抗議しようと口を開きかけたが……
「わぁい♪お姉さんも入るの?」
どこから湧いて出たのか、一人の少年が鈴奈の腕に抱きついた。
薄茶色の髪は、ゆるくパーマがかかっていて、まん丸な瞳が鈴奈を見上げる。
まるで、ヨーロッパの天使の絵から飛び出してきたようなかわいらしい少年だ。
「彼は、邦谷真琴よ。
我がミステリー研究会の副部長」
「ふ、副部長?」
これがミステリー研究会なのか?、という疑問より先に、自然に口に出た疑問。
なぜ、こんな子供がこんな変なところにいるのだろう?
鈴奈は、少女に小声で尋ねる。
「だって……彼、何歳ですか?」
「18」
少女が簡潔に答える。
鈴奈は、またもやショックに打ちのめされた。
(あたしより年上っ!?……てことは……)
真琴は、子供がするように抱きついてきた。
(これって結構セクハラじゃないっ!?しかも、あたしを「お姉さん」って……)
自分のキャラをわきまえている、といえばいいのか。
自分の外見に開き直ったふるまいをしている、といえばいいのか。
(……考えない事にしよう。そうすれば、ただのかわいい少年で済む)
鈴奈は、気を落ち着かせるように努めた。
今は、この場所からさっさと立ち去るのが先決だ。
「あの――
「あ、そういえば、私の名前をまだ言ってなかったわね」
少女は、タイミングを見計らったように鈴奈の言葉をさえぎった。
「私の名前は、永築美夜。
このミステリー研究会の部長で、真琴と同い年」
涼やかな声で自己紹介すると、美夜はイスの一つを鈴奈のところに持ってきた。
手でどうぞ、とイスを示しながら、彼女も向かいのイスに座る。
鈴奈は、とりあえずプリントの束を近くの机に置いて、勧めに従った。
白い仕切りボードで囲まれた小さな机の周りに三人が座った。
「……なんなんですか?ミステリー研究会って」
「いろいろなミステリーな現象を解決する部よ」
(ミステリー小説の研究じゃないんだ……やっぱり)
最後の何パーセントかの望みが絶たれた。
……やっぱり、そっち系のようだ。
鈴奈が、眉をひそめて考え込んでいると、真琴が立ち上がって顔を覗き込んできた。
イスに座ると、目線の高さが丁度良いくらいになる。
「だいじょうぶだよ。僕も最初は変なの〜って思ったけど、
やってみるとすごく楽しいんだよ。
それにここに来るって事は、僕たち仲間だってことだもん」
鈴奈の時が止まる。
(な、仲間ぁ?こんな……奴らと?)
鈴奈の想いを知ってか知らずか、美夜が満面の笑みで身を乗り出した。
「だって、あなたって霊感あるでしょ?」
「……何を根拠に……」
鈴奈の表情がわずかに狼狽の色を帯びるのを見て、美夜はさらに微笑んだ。
「やっぱりね。私の勘は百発百中なのよ。
この学校の入試試験だって、記号問題のマークシートだったから受かったようなものだわ」
(それは、自分のバカさを公言しているようなものでは……?)
鈴奈は、すでに戦意喪失し開き直った気分になっていた。
(……確かに、見たくないものが見えたりするよ。時々だけど)
「じゃあ、あなたは幽霊担当ね」
「えぇぇぇっ!?嫌ですよ!なんで、そんな……」
「……そんな事言うとパシリになるぞ」
急に割り込んできた低い声に、鈴奈は飛び上がる。
いつの間にか、背が高く短髪の男が壁に寄りかかって立っていた。
全体的に硬派でスポーツ系なイメージなのに、
堂々と、そしてじゃらじゃらとピアスをつけている。
(……また変なのが出てきたよ)
「あら、竜也。いつの間に来てたの?」
「今、来たばかり」
扉が開く音はしなかったのだが……。
(もしかして、この人、幽霊だったりして……この状況ならありえる気がする)
鈴奈が恐る恐る竜也を見つめていると、目が合ってしまった。
彼は涼しげな切れ長の眼を素っ気無い態度でわずかにそらした。
「俺、そこのドアじゃなくて、この教室の奥の非常階段から来ただけだから」
さらりと、鈴奈の心を読んだようなことを言う。
鈴奈はひやっとしながら、うつむいた。
「彼は、田宮竜也。彼も私たちと同い年なの。
これで、あとは先生と引退した先輩達で全員よ」
美夜は、手を差し出して、鈴奈の手を掴んだ。
「ようこそ!ミステリー研究会へ……」
鈴奈の高校生活は、薔薇色とは程遠いようだ。