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理論屋転生記  作者: アロハ座長
第Ⅲ部
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商人相対(後編)

溶接での接合→鋲による接合

 

 私の投げかけた投資の話は、上手く運びそうだ。領主自らの商会立ち上げは、セフィリア様が精力的に領内の農業改革を行ってから予想はしていた。

 この方は、領主の枠組みで終わらない。自分で商会すら立ち上げてしまう勢いと才覚がある。

 案の定、セフィリア様は、それを考え提案してきた。だが私はその話には乗らなかった。理由は簡単だ、いくら勢いや才覚があろうともそれを実行するだけの実力があるかどうか。


 実際の彼女にはそれは無い。優秀な万能執事であるジークフル殿や対外交渉の上手いリリィー様。それに、新たに学士のトレイル殿を迎えたようだが、中枢は有能でも実際に金を扱うのは、そう言った人間じゃない。

 だからそれを私が用意し、互いに互いを補う形で商会を立ち上げる。セフィリア様の目指す領内の流通構図を私が作り、そこで生まれる利益を私が得る。


 実に私らしい落とし所だ。と自身の交渉の結果に満足する。

 最初の邂逅では、終始私が押されていた為に、これは少しその意趣返しみたいな物だ。と内心自分の意地の悪さに苦笑する。


「今日のお茶受けは何も説明なしに食べてみて下さい」

「中々の自信ですね。では、頂きましょう」

「では、頂きます」


 商会の形も大まかに決定し、少しの休憩。セフィリア様は、また何かの料理を作ったみたいだ。私の小さな楽しみで、隣のメペラは、顧客に対して餌付けされた犬のような従順さを見せている。弟子の商人としての強かさの無さに不安も覚える。


 そうして出された食べ物は容器に入った白い弾力のある物にメイプルシロップが掛けられた食べ物と薄黄色の食べ物。

 王侯貴族の絢爛豪華な菓子類やそれを飾る棚などない。それでも容器を持った時に伝わる衝撃は、特大の宝石を見た時にも匹敵する。


 容器が冷たいのだ! 今は種まきを終え、気温の温かい時期だ。それなのに、こんなひんやりと、それによく見ると渡された直前、侍女長が容器を拭いていたが、すぐに容器の表面に水滴が付く。

 こんな現象は真冬の朝や夜の寒い時間帯でなければ見れない。

 私は、恐る恐るその食べ物を口に含む。

 白い物は、口の中で何度も噛み締め、ミルクの仄かな香りとメイプルシロップの甘みを味わいながら、喉元を通す。また薄黄色の食べ物は、口に入れた瞬間から冷たさがふわっと消えて、喉にするりと落ちていく。これなら温かくても、冷たくても美味しいだろう。

 薄黄色の素材はきっと卵を使っている。だが、白い方は、ミルクの香りと甘みにどのような工夫を加えたらこの食感が出来るのか分からなかった。


「甘いですね。こっちの容器に入った物は、卵を使ったものだと分かりますが、こっちの白い食べ物は、何を使っているのか分かりません。牛乳の風味があるのは分かります。ですが、それ以前に、冷たい食べ物が美味しいとは」

「するする食べられますね。冷めた食べ物は美味しくないのに、これは美味しいです」


 食材も冷やし方の全ては見当もつかないために素直に尋ねる。その瞬間のセフィリア様は、年相応か、いやそれ以上に愛らしい悪戯の成功した笑みを見せた。


「……セフィリア様、これは何をしたんですか?」

「メペラ様の耳には届いていると思いますよ。街道整備に魔法を導入したことについて」

「ええ、確かに工匠会経由で聞いていますが、まさか……魔法で冷やした」

「はい。夏場には、売れるでしょうね」


 これは驚いた。さっきまで意趣返しのつもりで意地悪な投資の話をしたら、こうもあっさり意趣返しを返される。いや、これの用意を頼んだのは投資の話の前だから最初からこれで驚かせるつもりだったのか?

 だが、やはりこの程度では、完全に私を驚かせることはできない。私も商人の端くれ、これが魔法で冷やしたとして領内全体には現段階では不可能だ。だからその点では、まだ驚かされていない。


「工夫が必要ですが、行けるでしょうね。それで、この白い食べ物は何で作っているんですか?」


 せめてもの抵抗。だが次の瞬間、私はその抵抗も空しく次の語で絶句する。


「じゃがいもです」

「……じゃがいも……これが」


 余裕を持たせたポーカーフェイスもあっさり上げ落ち、白い物を見る。あのごつごつとしたじゃがいもがこんな食感に? いや、絶対に特別な調理手順があるはずだ。だが、分からない。



「メペラ様、実績ついでに他にも領内に広げて貰いたい物があります。どうか、尽力お願いします」


 セフィリア様が頭を下げたのにも気が付かず、私は呆然としていたのを弟子の肘が正気に戻させる。


「本来、こういったことは私たち商人の方から土下座でもして頼み込む事なのですが、ずるいですね」

「では……」

「一通り目を通して、商会立ち上げの広告塔になって貰う物を選別しましょう。それ以外でも実用性のあるものは、随時特許の習得をしていきましょう」

「はい! ではこれを」


 まあ、あれよあれよと並ぶ企画書。

 一つは、金属と金属を繋ぐ時、従来の鋲などを通すのと違い、穴を開けた螺旋状の金属で止めるボルトとナットの構造物、建造物への使用案。これで強度が上がるんですか。私の専門分野では無いのでわからないが、工匠に見せれば何か分かるだろう。

 一つは、先ほどのお菓子のレシピだ。あの白い物は、ミルクモチと言い、じゃがいもより抽出した澱粉を利用しているようだ。他にも澱粉の使用方法として揚げ物の利用や、植物油の増産計画の提案。

 最後に目を引いた案には、私も思わず苦笑と共に感想が漏れてしまった。


「馬車に衝撃吸収機構の螺旋金属【バネ】を取りつけての快適な運搬や陸路の旅。それに、街道整備ですか。以前、と言っても四年も前ですね。私どもが言った事を覚えてくれていたのですね」

「ええ、メペラ様たちの仰った街道の不全と馬車の改善による快適な陸路の提供がやっと目の前です。メペラ様の『道が良ければ、物の流れも良い。物が多く流れれば、お金も多く動く』は太い経済活動に必要だと思います。今の農村部の金余りも町へ行く時間が短縮できれば、それだけで改善できると思うのです」


 確かに、街へは日帰りで作物や家畜を売りに出し、食事を取って帰る。大体はそんな感じだ。場所によっては、一泊して朝一番で村に帰るという話もある。

 それが日帰りで町へと立ち寄る時間が長ければ、街での消費活動が多くなる。必然的に、経済の活性化だ。

 少し乱暴な理論だが、間違いではない。


「それに、メペラ様やパライカ様が指摘してくださった点は、必ず他の人も思う事です。一人が思えばその他の大勢が同じことを思っていると考え、実行しました」

「こうして我々の意見が通ってしまうと何ともむず痒い物を感じますね。ありがとうございます」

「いえ、それに私も移動する時、短い距離なら良いですが、長くなるとどうしても身体に負担が掛って」


 確かに堅い座席では、身体が凝り固まってしまう。


「私も商人の端くれです。これだけの物を見せられて悠長に準備はできませんね。急いで多方面の同輩を引き抜いてきましょう。後は任せましたよ、パライカ」

「えっ……し、師匠!? 何言っているんですか! まだ他にも仕事があるんですよ!? 脱穀機の納品管理とか、ジルコニア家への納品とか色々と!」

「何言っているんですか。その程度、すぐに準備出来ますよ。ですが、パライカも一人立ちの訓練としてジルコニア家への納品交渉でもやりますか?」

「そ、そんな。で、でも、僕一人では……」

「では、お願いしますよ」

「パライカ殿、手加減出来ませんぞ」


 セフィリア様の後に控えていたジークフル殿がにやりとパライカに向かって笑みを作る。存分に鍛えてやってください、パライカに交渉させれば、多分赤字だろうが、授業料と考えておきましょう。


「では、セフィリア様、ジークフル殿。ジルコニア家の皆さま。私はこれから商会立ち上げの準備に入ります。私の弟子・パライカを鍛えてやってください」

「私は鍛えることはできませんが、ジークとお母様は嬉々としてやるでしょうね」


 隣で、顔色を悪くする弟子を見て苦笑する。お前も早いうちに味わうと良い。あの威圧感を。

最近、眠いです。そして寒さで気力が出ません。更新遅くて済みません

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