庶民のお菓子
私は、一度自分のこれまでの行動を鑑みることにした。
六歳で領主。本来はあり得ない。それから五年。早足で駆け抜けたが、そろそろ私個人の技量での発展は難しくなってきた。
本来ならあり得ない早さで様々な物を導入したが、これ以上では周囲が対応だけに忙殺される。これでは本末転倒だ。
街道整備、街の発展、特産品開発、西部開拓、魔法の導入などやりたい事はいっぱいある。だが私はそれを全て出来るかと言われれば、今すぐには無理だ。どれも結果が出るまで数年、数十年は掛かる。
だからと言って、全部投げ出すのも違う。とにかく今は休んで出来ることを考えよう。
「……フィリア様、どうかしまいましたか?」
私が一人感慨に耽っていた時、レーアが心配そうな顔で声を掛けてきた。
「大丈夫よ。少し考え事」
「……そう、ですか」
「そうね。最近は忙しかったから少し休むことを考えた方が良いのかもしれないわね。ダリアとレーアと一緒にお菓子でも作ったりして」
「へっ、わ、私がお菓子!? でも、良いんですか!?」
「ええ、商品開発用に砂糖を手元に置いてあるからそれを使いましょう」
「……では、キリコ様にその旨、伝えます」
お願いします。とレーアは、部屋から出て行った。
だが何を作ろうか。砂糖など貴重品だ庶民の菓子など知らないし、我が城のお菓子も無糖クッキーなどがお菓子の主流であるためにどういったものが受け入れられるのか分からない。そして、油が動物性が殆どであるために、植物油の生産増大も一つの事案として考えよう。
ここで、ふとまた領内の事を考えてしまったと自嘲気味な笑みを浮かべて、一度頭を振って考えを追い払う。
「さぁ、ダリア。準備しましょう。甘いお菓子作りの」
「でも、フィリア様。私みたいな農民がお菓子なんて出来るんでしょうか?」
「私の理想は、領民全員に美味しいお菓子を味わって貰いたいの。だから、誰でもできるお菓子を作る。それに、女の子は甘い物が大好きなのよ」
そう言って、微笑む。
しかし、本当に何を作ろうか。
「……フィリア様、準備が出来ました」
「うん、分かったわ。さぁ、ダリアも行きましょう」
「はい」
女の子が三人集まれば、楽しい。厨房には既にキリコが道具の準備を済ませていた。用意された食材は、小麦粉、砂糖、塩、卵、牛乳、メイプルシロップ一瓶、そして以前作った片栗粉が一瓶。そして無理を言って抽出した植物油が少々。
これだけでも色々作れるが、逆にインスピレーションが湧かない。何を作ればいいんだろう?
「うーん、ダリアはどんなお菓子を食べたい?」
「えっ、お菓子なんて殆ど食べた事ないですし、分かりません」
「じゃあ、レーアは?」
「……柔らかいもの?」
柔らかいもの? うーん、これで作れる簡単な物って何かあるだろうか……あった。お菓子と言えないものだが。
「そうね。少し、試してみましょうか」
そう言って、手に取るのは片栗粉。ダリアだけは、何それ? と首を傾げるが、キリコとレーアだけは明らかに動揺している。それはそうだろう。ジャガイモから精製した謎の粉なのだ。この場にあること自体が違和感だっただろう。
だが私は構わず、それから適量を鍋に取り、砂糖を加え、牛乳を加え、混ぜる。それを加熱。
工程はシンプル。分量は良く言えば、お好み。悪く言えば適当。
そうして、片栗粉のとろみが粘り気になった頃に火から離す。
「レーア、ボールに氷。ダリアは水」
「「はい」」
二人は、疑問の声も上げずに、準備をする。レーアは魔法で三センチ四方の氷をぽろぽろと生み出す。凄い便利だ。冷蔵庫が無いから氷という物を即座に理解できていなかったレーアに丁寧に説明し、何度も繰り返し、実験を行った結果、透明度の高い氷が出来たのはそれだけで価値がある。
ダリアは、その中に水を注ぐ。そして私は、片栗粉で出来たそれをスプーンで一つずつ食べやすい大きさにして氷水の中に落とす。
「セフィリア様、これはなんですか?」
「うん? 甘い物? そして柔らかい物?」
事実そうとしか言いようがない。牛乳モチとでも呼ぶべきお菓子。モチの概念が無いために、どう呼んでいいか判断に困る。それ以上にジャガイモからこれが出来るのだから驚きだろう。
「ジャガイモの白い粉は、澱粉なの。水と共に加熱するととろみを生んだり、揚げ物にまぶして揚げ物に使ったりと様々な用途がある……と以前本で読んだことがあるのよ」
危うく怪しまれる所だった。お父様の蔵書やメペラ様より購入した書物は基本、私しか読まない。時々、閲覧を求める使用人たちがあるが、その全てを把握している人はいない。今は把握に努めているのは、トレイル先生くらいの物だ。だから今は、便利な言い訳になっている。
「流石ですね、セフィリア様。私も侍女長としてこの城の料理を長く作ってきましたがそのような物があるとは」
「あはははっ……まあ、地域によって料理の特色や調理法が違うから仕方が無いわよ」
乾いた笑みが浮かぶ。正直、無言で羨望の眼差しを向けてくるダリアとレーアの視線が痛い。キリコの賞賛に無い胸が痛む。
「それじゃあ、冷えるまでもう一品作りましょうか」
砂糖水を加熱して、カラメルを作る。
牛乳モチのシロップは、メイプルシロップをそのまま試すことにする。本来、きな粉や抹茶、場合によっては黒蜜も試したいが、無いのならば、メイプルシロップで我慢するしかない。
そして、今作っているカラメルソースは、もちろん、プリンのためだ。
こちらも、卵、牛乳、砂糖を混ぜれば、出来る簡単な料理。
農村部の貧しい地域では、卵に余ったくず野菜や削ぎ落とした屑肉を混ぜて、蒸す。茶碗蒸しのような料理がある。そのために、蒸した卵料理である。プリンは受け入れられると思ったのだ。
実際、ボールに卵、牛乳、砂糖を混ぜて、容器にカラメルソースを入れ、その中に液を茶こしで少しずつダマにならないように注ぐ。
「じゃあ、これを蒸しましょうか」
「でも、これって……あれ、ですよね。フィリア様。これって貧しい地域の料理ですよ」
「……そうなの?」
レーアは首を傾げる。まあ、レーアは南方出身でこの地域の風習や食文化にまだ慣れていない部分がある。
「そうですね。卵に全部混ぜて蒸したり、焼いたりした料理は、見た目がみすぼらしいので余り好まれませんね」
「そうね。キリコの言うとおり、私も聞いた話で実際食べたことはないわ。でも――」
そう、我が城に努める巡回騎士や貧しい農村の侍女からの話。時折、そういった文化や風習では合理的でありながら、外部から見たら相容れない価値観で弾きだされる。
プリンだってそうだ。ただ『卵に食材を混ぜて蒸す』という料理が貧しいという価値観や文化を持ってしまっている。
使う食材や出汁、見栄えを重視すれば、茶碗蒸しはそれ一品で十分に価値のある物。と生前の知識は知っている。
またプリンの誕生の一説には、このような話がある。
航海中の船が、遭難した。船の中の食材に限りがあり、残った食材全てを使って卵の蒸した料理を作った。これがプリンの始まりである。と。
半信半疑であるが、確かにそう言った説もあるのだから、高貴と貧しいなど意味はないのだ。
船の中、孤立無援の貧しさから生まれたプリンなのだ。それが生前の世界では、子どもに大人気のお菓子である。
だから私は茶碗蒸しを肯定し、プリンを肯定する。
「――でもね、美味しい物には罪はないわ。だから作って振る舞いましょう。それに、私が目指すのは貴族の料理じゃない。庶民のお菓子よ」
「すみません、セフィリア様。出過ぎた真似を」
「ううん。確かにそう言う意見もある。ってことを聞けたのは貴重だわ。この料理を広めるのに障害になるのはきっとその意見だから。でもまずは、作りましょう」
そうして、プリンを蒸して、牛乳モチと一緒に冷やしてが出来上がった。
城の中の手の空いている人を集めての試食会もジークたちが準備をしてくれた。
お母様やトレイル先生を始め、執事、侍女、非番の騎士が集まって庭には数十人。
小さく皿に盛り付けた牛乳モチや一カップずつのプリンがギリギリ足りるほどだ。あとで、皆の意見を聞かなくてはいけない。
「皆さん。お菓子を作ってみました。どうぞ、こちらの料理は、もちもちとした食感で喉に詰まらないように気をつけて食べて下さい。そして、こちらの料理は、農村部の卵と余り食材を混ぜた料理を参考にしました」
私の声と共に、皆が、お菓子を手に取る。ちゃんと真実を伝えたのだが、やはりプリンの反応は芳しくない。皆、苦笑を浮かべている。
牛乳モチの反応は上々。プリンは食わず嫌いな印象があるようだ。だが時間を置いて、一人また一人手に取って口伝でおいしいことが伝われば、あっと言う間に全てが無くなる。
最後には、感想としてもっと食べたい。という意見があった程なので今回の試食会も上手く言っただろう。
「ダリアとレーア。どうだった? 食べてみた感想は」
「とても美味しかったです」
「……もちもち、プルプルで、つるつるだった」
「そう、満足いくみたいね」
私もこの世界に来て初めてお菓子を作ったが、作った物が分量は適当だ。これは画一的なお菓子作りとは言えない。今後は、分量を書き留め、レシピ完成に努めるとしよう。
「当分は、これが私の仕事かもしれないわね」
お菓子作り。それが今後の気負いのしない仕事として確定した。
第二部終了です。
お菓子作りがついに始まりました。と言っても簡単で、誰でもできる庶民料理。
次回からは、寄り道編とも言いましょうか? 少し、まったり、領地開拓と言うよりは別のお話が続きそうです。