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理論屋転生記  作者: アロハ座長
第Ⅱ部
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不在で浮き出た問題(後編)

 私は、城に帰ってから留守中の仕事の処理をした。

 とりわけ問題だったのは、北の農村部の問題についてだ。


「トレイル先生? 農業試験場を一年運営したのですが、やはり改善点が多いですね」

「ああ、品種改良が何時まで続くか分からないし、方法の確立がまだなされていない。今年は捨て年になるな。だが、作物や家畜自体の生育記録は一つの資料価値がある。無駄にはならないな」


 北からの報告は、数種類の作物の飼育記録と家畜の個体ごとの特徴とその掛け合わせ。生まれてきた子どもの選別。などの結果だ。

 作物は、まだ正確な方法の確立がなされておらず手探り状態。家畜の飼育も一代だけでは品種として成り立たない。五年、十年と繰り返さないといけない。

 前世のホルスタインや松坂牛のようなブランド畜産はほど遠いようだ。


「問題は、手間が非常に掛かることだな。ハイリスク・ハイリターン。それに、種として残さなきゃならないから冬前に潰して保存食に出来ない。だから家畜の飼料が非常に多く必要になる。寒冷地帯に適した冬場の飼料を考えないとな」

「そうですね。牧草を貯蔵する施設でも作りますか? そうすれば冬場にも飼料の供給が出来るし、冬場の食生活も変化しますよ」


 貧しい地域では、最低限の家畜を残し、全てベーコンやハム、燻製などの保存の利く食べ物に変える。そうすることで、飼料に使われる穀物を抑えることが出来るのだが、食生活は加工品一辺倒になってしまう。出来るなら、冬場に焼いたお肉や温かい牛乳を飲めればそれだけで食生活が変わる。


「それも一つの手だな。幸い土地は広い。夏場はクローバーを飼料に、夏から秋にかけて牧草を伸ばしてそれを保存して飼料とする。だが牧草は腐らないか?」

「そうですね。腐らないようにしなくてはいけませんね」


 うーん、それはそうだ。だが、どう言えば良いだろうか?

 本来、腐敗と発酵に大した違いはない。

 サイロ建設による牧草の乳酸発酵は可能だ。だが細菌という概念が無いためにどう言えば良いか考える。


「先生は、腐る。とはどう考えますか?」

「難しい事を聞くな。中々哲学的じゃないか。腐る。ってのは正常から有毒、有害になるという認識が一般だな。だが腐葉土などは葉っぱの腐敗した物。完全に腐ってしまえば、有毒ではなく、その過程に有毒が含まれていると考えられる。前に提示した紫陽花の赤がその有毒性の一つだ。

 まあ、教会的な言い方をすれば、蝿は不浄の存在で腐らせるもの。つまり、腐る事は悪って考えが通っているな」

「先生の考えは正しいと思います。古くから疫病の時に出た死体は火葬するのが一般的です。これは経験則だと思うのです。疫病の死体が腐敗すると有害な物が発生する。だから腐る前に燃やす。夏場は、物が傷み易く、梅雨の時期はパンがカビ易い。これも一種の腐敗。つまり、環境を整えれば腐るのを遅らせられるんじゃないでしょうか?」

「つまり、低湿度、低温に保てば、保存が可能。まるで地下室みたいだな。うん? 地下室、ワインセラー、ヨーグルト? 乳製品や酒の製造条件と似ていないか?」


 流石は、トレイル先生。発酵と腐敗の類似性に気がついたようだ。


「確かに似ていると言うよりも、正しくは、同じなのではないでしょうか? 環境に応じて、『物が変化する』の点で同じ。牛乳よりヨーグルトやチーズの方が重宝されるのは栄養もそちらの方が高いから。つまり、上手く牧草を保存できれば、冬場に栄養価の高い飼料が提供できることになると思います」

「……」


 トレイル先生は顎に手を当てて考え込んでいる。

 約三分ほど考えたトレイル先生は、顎から手を離し、こちらに視線を向けてくる。


「これは実験だな。幾つかの壺の中に牧草と水を含ませ、蓋をして地下室に放置。それにより正しい、腐敗と発酵の差を導き出さないといけないな。それによっては建てる保管場所の条件も変わるぞ」

「そうですね。実験一年、検証一年、建築一年で最低三年後。場合によってはもっと後になるでしょうね。発酵の条件によっては、建物の隙間を塞がないといけませんね」

「そう言う時にセメントだ。だが、コストが高くつくな。採算が取れるか?」

「無理そうならば、変わりの飼料作物を探すとしましょう」


 はぁ、と溜息を漏らす。一つ仮定の話だがここまで話が組み上がるのは嬉しいが、理論だけでは全ては出来ない。地獄の沙汰も金次第だ。

 一基のサイロ設置でどれだけの費用が掛るか。計算して採算が合わないとなれば、いくら領民の生活が改善しようとも行えない政策はある。もう、この段階で公共事業のサービスから逸脱している。地元の農民がお金を出し合って建てれば良いのだが、どうしたものか。


「これはもう、本気で建築、食品、工業を一手に引き受けるモラト・リリフィム領限定の商会を作るしかありませんね」

「おいおい」

「もう、この時点で領主の仕事を逸脱しています。ならば、ここは一つ領主という枠組みを超えて、領地を改善していかなくてはいけないのではないでしょうか!」


 いや、熱弁されても困る。とトレイル先生が呟く。


「セフィリア。今は変わりの飼料作物を探すだけにしよう。それに余り生き急ぐ必要はない。まだ十一。先は長いし、お前が学術院に行って帰ってくるのなら、それでまだ十八だ。お前は優秀だが、少々仕事中毒気味だ。もっと肩の力を抜け」


 むぅ、実際にはワーカーホリックだと自覚しているが、言われると少々むくれてしまう。まあ、仕方が無い。


「分かりました。今は現状維持と新しい飼料作物を探します。ただ、飼料の保存法や保存する建物の形状は決めた方が良いと思うんです」

「なら、気候も考えた方が良い。雪の降る地域だ。余り高くすると積もった雪が屋根から落ちて来て人に当たったら怪我をする」

「それなら、建物の半分を地中に埋めるのはどうですか?」

「それなら、地熱で内部の温度が一定になり、地下室に近い状態になるな。だが、地下に埋めるとなると水の染み出しが無いようにきっちりとした建材や工夫が必要になるが、そこは俺の方で調べてみよう。次の話に移る」


 余りに話が長くなりそうなので、トレイル先生が無理やりに話を終える。その辺の実験やサイロの建築などは先生が片手間で行ってくるでしょう。


「次は、甘味料についてだ。メイプルシロップ、白砂糖共々出荷は可能だから、商人任せだ。他の問題はやはり領主補佐が必要だな」

「それは……人材が居ませんからね」

「まあ、学術院には、領地運営に関わる授業もある。それを受講した卒業生が領内に居ないか探してみる」

「お願いします」


 こうして問題を振り返ると実は私を必要としないように感じる。

 以前、ジークが警告してきたように、余り急いでは事を仕損じる。それに、最近は色々とあった。領内に騎士の偵察、ランドルス侯爵との相対など。ここは一度領主という立場を意識しないで生活した方が良いのかもしれない。


「トレイル先生?」

「なんだ」

「今年一年は、私はどういう風に過ごしたらいいでしょうか?」

「どう? ああ、まあ、各所から上がってくる書類にはサインしていれば良いだろう。他は普通に。専属の侍女たちとゆっくりと過ごせば良い。今まで同年代が居ない状況だ。好きなようにに過ごせば良い」

「ありがとうございます」


 街道整備が始まったが、私が直接働くわけではない。やはりここは領主らしく、来るものを待ち構える姿勢を私は学びました。

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