不在で浮き出た問題(前編)
一か月の不在。大きな混乱はないけれど、確実に蓄積する小さな問題
今、領主の執務室には、私とジークがいる。キリコは新人侍女の教育、お母様と先生は春に納品される砂糖とメイプルシロップの確認。そして私達は、奏上された問題について顔を合わせている。
「それでは、セフィリア様。現在上がっている問題を読み上げていくます」
「ええ、お願いします」
ジークは恭しく一礼して、手元の紙束を一度読み上げる。
内容は、簡単だ。今回の交渉で得た魔法使いの割り振り方、甘味料と共に届いた北の農業試験場の様子、農村部の金余り解消策の提示、メペラ様からの提案で脱穀機の販売地域をモラト・リリフィムとエラヴェールの一部以外にも拡げる提案、後は砂糖の割り当て。
簡単に言ってしまえばそんなものだが、確かに領主である私以外にこれらを処理する裁量のある人間が居ないことも問題だ。
「そうね。まずは魔法使いの割り振りを考えましょう。私達の出す兵は百五十名。対して、魔法使いは三十名」
「それなら、六班に分けて編成されては如何ですか? 兵二十五名と魔法使い五名の三十名編成六班」
「そうね。それくらいに分けて個々の作業能率を見て追加すれば良いわね。後は、そのうち四班には街道整備、残り二班には作業に必要な石畳の運搬をして貰おうと思うわ」
「分業ですな。必要の際はそのままその編成が工作兵、兵站兵と分けることが出来る。本来の軍事訓練という部分とも合致しますな」
「じゃあ、街道整備に必要な道具と予算の見積もりは、お母様とキリコにも加わって話しあいましょう。その後、工匠会に依頼しなければいけないわね」
私は手元の紙に先ほどの内容を纏める。続いては農業試験場だが、トレイル先生の意見も欲しいために保留だ。
「では次は、農村部の金余り解消策ですな。流石にこれは後手に動いてきましたために」
「そうね。農村部には娯楽が無いから容易に発散する場所が無いわね」
そうだ。町と呼ばれる規模なら、酒場などが多少あるが、農村部は、自前の酒によるほぼ自給自足。必要な物は村単位で町から買い付けするために、外部との接触は外に出る一部の農家か、行商人との接触に限られる。
「これは如何しましょう」
「うーん。メペラ様の紙を見せて貰えるかしら」
「どうぞ」
受け取って二つを見比べる。
眉間に皺を寄せ、十分に熟考してみる。その間、ジークは何も言わずにお茶を淹れる音がかちゃかちゃと響いてくる。
これは、紙面だけでは分かる事に限界があるわね、と内心ごちる。
まず、どの地域にどれだけお金が余っている状態か。蓄えも含めて多少発散させるとしても統一の値段の商品を売るにしても買える個人と買えない個人が出てしまっては小さな不和になってしまう。
そしてもう一つの案件。脱穀機の販売促進。つまり、現時点でこの周辺に市場開拓が一つの限界に迎えた可能性がある。いや、迎えていないな、制約を掛けてしまったから市場として成り立っていないんだ。
脱穀機を他領地に知られないような措置として全農村に貸す形式を採っていたが、そろそろそれも古くなってきたようだ。
……コンコン
このタイミングで執務室をノックするのは誰だろう? と考えるのを止めて頭を上げる。
「し、失礼します! お茶菓子を持ってきました」
「ダリア。入って」
「失礼します。うわぁー」
侍女服に身を包んだダリアが現れた。胸の部分もちゃんと調整され窮屈そうではない。なぜか昨日より大きく見える。いや、それよりもダリアは、執務室を見て感嘆の声を上げている。その手にはトレーにお茶菓子。と言っても砂糖なし、無糖クッキーに野苺のジャムがちょこんと乗せられた物を持っていた。
「ここがセフィリア様の仕事する所なんだ」
「ちょうど良かった。ダリア、聞きたいことがあるけど良い?」
「は、はい。なんでしょう。セフィリア様!」
「ダリア。私のことをフィリアちゃんと呼んで」
昨日はちゃんと友達だったのに、身分とはかくも非常なのか、私は笑顔のままそう言う。
それを見て、ジークは楽しそうに見て、ダリアはおろおろする。
「あ、あの、そのごめんね。えっと、でも領主様お付きの侍女だから、フィリアちゃんは……そう、フィリア様で!」
「分かったわ。それじゃあ、休憩がてらお話に付きあって貰える? ジーク、ダリアの分お茶をお願い」
「えっ、フィリア様とお茶なんて恐れ多いです」
「良いから。私は侍女たちと偶にお茶をするのよ」
そう、新作の料理発表の後は、いつも満足げな侍女、執事たちから感想を求めたりと色々と話、いつの間にか主旨が違う内容になっている時もあるがそれも楽しいのだ。
「じゃあ、これはダリアの分のお茶菓子で」
「えっ、私も食べて良いんですか!?」
「お菓子は皆で食べるものよ。一人で独占なんてつまらないわ」
「では、頂きます。あっ、美味しい」
さくっという音と共に一つ口を着ける。甘みがほんのり野苺の甘みだけだが、逆に酸味が強い。それでも美味しく感じるのは、お茶との相性や元々甘みが足りないからだろう。
「それじゃあ、ダリア。幾つか聞いていくね」
「は、はい」
あー、これは緊張して上手く引き出せそうにない。少し無駄話をして緊張を解すか。
「昨日の今日で働き始めたけど大丈夫? 何か不便なことはない?」
「な、ないです! みなさん良くしてくれますし、レーアちゃんともお友達です」
えへへっ、と笑っている。ああ、癒されるな。
「それで、昨日は他の侍女たちに連れていかれたけどどうだった?」
「ど、どう……凄かったです。色々な意味で」
「そう……深く聞かない方が良いのね」
「はい。それはもう」
妙に意味深な発言に私も悪乗りして返してしまった。
「でも、もみくちゃにされましたが新しいお洋服を作ってくれるって話です。レーアちゃんも嬉しそうでした」
「そう、今日は何をやっていたの?」
「そうですね。侍女長から案内や担当。後は休日の過ごし方です」
侍女たちの仕事は、大まかに二つ。経理と家事だ。一週間のうち、経理三日に家事三日。そして休日。という一週間だが、それを何組かに分けてシフトさせているので纏って大勢が休むなんてことはない。これは、緊急時に対応するためだ。
休日の過ごし方は特に指定が無く、女性が多いために裁縫や料理に時間を当てている人が多い。珍しい過ごし方としては、休みを貯め込み、街へ一泊して買い物する猛者もいるほどだ。結構労働は大変なはずなのに。
「じゃあ、ダリアは、休みの過ごし方考えてある?」
「えっと、家に帰れますけど、そんなに長く時間が取れませんし。当分は見送りです。ただ、収穫の時期は、人手が必要になりますから、その時に合わせて休みたいと思います」
「そう。やっぱり人手は必要? 脱穀機の他にも何か必要?」
「いえ、フィリア様に心配される物はありません。ただ、脱穀機は、もう二、三台は欲しいですね。お父さんが村長だから言っている話を聞いたんですけど、脱穀機一台では、どうしても村の小麦を全て脱穀出来ないし、順番も決めなきゃいけないので大変です。だから、子どもや老人優先で大人はまだ棒で叩いています。それでも以前よりずっと楽ですよ」
「そう言って貰えると嬉しいわ」
今の話を総合するの、脱穀機が一台だとやっぱり足りない。後、数台欲しい。
「それじゃあ、休憩を終わりにしましょう」
「はい。それではフィリア様、お仕事頑張ってください」
頭を深く下げて、部屋から出ていく。
「それじゃあ、金余り対策と販売促進対策を同時に進めましょうか」
「セフィリア様、何か妙案でも浮かびましたか?」
「妙案じゃないわ。普通に脱穀機を買って貰いましょう。村人全員で、お金を出し合って新しい脱穀機を買って貰うの。まあ、今までの貸し出した脱穀機の税は、無くなるけど、元々修理費に当てていたし、その辺の調整もまた話しあいましょう」
「確かに、農村部のお金余りは多少解消されますし、販売促進にもなります。ですがそれが終わればまた頭打ちです。遅延策にしかなりませんぞ」
ジークの言うことも最もだ。だが、現状はこれしかできない。もっと手を広げれば出来るだろうが。
「領主としてはこれが限界かしら。やっぱり、直営店のニーレ・ストールを独立させて、商会を立ち上げた方が良いかしら? 食品部門、製品部門、娯楽部門、販売部門と分けるの」
「それは、メペラ殿に相談してみないことには」
「はぁ~、そうよね。それとアイディアの商品化の検討と今年一年は、メペラ様を拘束しておきたいほどですね」
それは無理でしょう。と苦笑交じりのジーク。私だって期待して言ったわけではない。
こうも収穫量増加、特産品の開発と進めた政策の弊害だろう。販売する場所が限定されている。やはり、急ぎ過ぎたのは失敗だったか。
「砂糖もまだ売り出す商品が無いから今年は、それほど手元に多くは置いておけないのよね。失敗しました」
「砂糖はそれ自体が貴重品。捨てる物でも無いですし、気落ちすることはありませぬ」
「どのみち、メペラ様には相談が必要ですね。次の商談は何時ですか?」
「来月に一度お見えになるそうです」
「そうですか。メペラ様の意見が必要ですが、先にお母様たちの意見も纏めておいてください」
そう言って私は、溜まっていた案件を処理していく。
結果から言えば、私じゃなくても処理出来る物が幾つか混じっていた。ただ、領主の許可が必要な書類だ。つまり、領主補佐、もしくは領主代理に準じた権限を持つ人間も必要ということだ。
私は、学術院に行く気はないが、万が一行くとしたら、誰かを代理として立てなければいけない。お母様は、貴族ではないので正式な代理ではない。
私に今必要なのは、商業的な助言者と信頼のできる代理。ということが分かった。
人材不足が否めない