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理論屋転生記  作者: アロハ座長
第Ⅱ部
46/53

街道整備協定

※契約を追加、1/23



 今は、お母様と並びランドルス侯爵と対面している。ランドルス侯爵の手に持っているのは、モラト・リリフィムとランドルス領とを繋ぐ街道整備の協定書。

 内容は、以下の通りだ。


 ランドルス領を『甲』とし、モラト・リリフィム領を『乙』としてする。


 一、『甲』は『乙』の保持する兵士百五十名と共に街道整備に協力する。

 二、『乙』は見返りとして『甲』の出向する兵士三十名に十分な衣食住を提供する。

 三、『甲』の兵士に不当な暴力、不要な拘束、過度な労働を禁じ、週の安息日を休日と定め、報酬を月に一度与える。

 四、『甲』の兵士が労働を放棄、損害を与えた場合、『乙』への損害を保証する。

 五、『乙』は、街道整備に必要な道具、資材を用意する。

 六、『甲・乙』共々この協定に違反した場合、罰則金が発生する。

 七、『甲』の兵士が兵役満了の際、残留、帰省に必要な経費は『乙』が支出する。

 八、『甲』の緊急時、出向している兵士を速やかに送り届ける義務が『乙』に生じる。

 九、この協定は、契約がなされてから一年半を有効とし、必要に応じて両者の合意で延長が可能となる。


 と大まかな内容はこんな感じになっている。

 細かな金銭面のやり取り、罰則金や損害補償は、お母様が公正な額を既に算出しておりランドルス侯爵も同意済みだ。


「了解した。それにしても普通はここまで書かないのだがな」

「そうですか? 不測の事態に備えた潰しに利く契約は、必要だと思うのですが」

「あらあら、セフィリアも立派な商人ね」

「だからと言って兵士への補償を明記するのは、普通しない。それ以前に、金銭はこちらで既に払っているんだ。過剰には必要ないはずだが」


 ランドルス侯爵のいう視点は、軍人視点だろうか。だが、私の見方は違う。この協定書は、二つの領地の繋がりと同時に臨時雇用契約書と同じだ。だから労働者の権利を保護し、気持ち良く働いて貰うのは私にとって当然。


「彼らは、兵士と言え人間。労働者です。労働者が気持ち良く仕事が出来る環境を作るのは、経営主。つまり、領主の仕事だと思うのです。それにただ働いて帰って貰うよりも、お金を渡して休日に消費活動をして貰った方が領内が回ります」

「まあ、確かにそうだ。後は……七の兵役満了の残留、帰省についてだ。俺は、この項目は必要ないと思うんだが」

「そうですね。どちらかと言えば、今回の街道整備には必要ないかもしれません」

「では、何故?」

「一言で申すなら――『退役後の保護』でしょうか」


 それを聞いただけで、ランドルス侯爵は、背もたれに身体を預け、深い溜息を着く。魔法兵の末路を知っているからだろう。

 退役後の保護。これはトレイル先生から聞いた話なのだが、魔法使いたちの扱いは結構シビアだ。農家の食い扶ちを減らすために身売りし、国に資質を認められ魔法兵として職を得る。

 この時、結婚や育児も認められているが、一番の問題は退役後だ。

 建前上、退役すれば自由だ。自分の生まれ育った農村に戻る者もいるだろうが、そこでの扱いは歓迎されない。三十年という歳月で人の記憶から忘れ去られ、魔法使い故に疎まれる。兵役中は国に保護されているが、その後の保証はない。

 だから私は、こうして退役した彼らをモラト・リリフィムに招き、一般的な仕事を与える。

 そうして魔法使いと一般人の垣根を減らしていく打算的な考えも含まれている。


「まさか、普通の労働者として魔法兵を扱うとはな。俺達軍人は規律があるから魔法兵を兵役以上拘束出来ないが……」

「身売りが十代なら退役は、四十代です。まだまだ働き盛りですし、魔法を仕込む時間や費用が無く即労働力として使えるはずです」

「いや……もう何も言わない。新しい考えに順応できないでいるのは、頭の固い証拠だな」

「そんなことはありませんよ。現に、氷の運搬利用は、まだ十分でないにしろ、実用化の目途は立ったのですから。退役した氷の魔法兵をその職に就けることも私と同じ事です」

「むしろ、暑い夏に魔法で作った氷を売るってのはどうかしら」

「果物を凍らせて売るのも良いかもしれませんね。夏場は飛ぶように売れるでしょう」

「むぅ……盲点だな。魔法で食べ物。つくづく、ジルコニア家の人間と話すと俺の価値観が壊れる」


 まあ、海産物の運搬で採算が採れ無くても冷凍フルーツは、売れるだろう。いや、領地の東に葡萄畑があるからそこから取れた葡萄をジュースにして凍らせ、アイスキャンディーやシャーベットとして売るのもありかもしれない。

 私が顎に手を当てて、考えているのを二人は、じっと見つめてくる。


「まさか、セフィリア嬢は、もう商売の算段を着けているのか?」

「あ、いえ、まあ一つの方向性でありかな? と思いまして」


 なんだかランドルス侯爵が呆れたような顔をしている。


「まあ、何はともあれ。俺はこの内容に納得した。合意しよう」


 ペンでサインとランドルス家の印が押される。

 上下に並ぶジルコニア家とランドルス家のサイン。これで、こちらに来た目的は果たされた。話し合いを纏めるのに、約二週間。本当に予定よりギリギリまで掛かってしまった。

 城を一か月も離れることが今まで無かったので、どうなっているか心配だが、これで明日にはここを出発する。

 そのホッとした表情が出たのか、ランドルス侯爵に声を掛けられた。


「長く拘束してしまったな。キュピルが寂しがるな」

「……」


 確かに、キュピルくんと出かけた事などは楽しかった。この人生で友達は要らないとは言わないが、無くても、遊ばなくても充実していた。だが、この二週間は、二人で色々な場所で出かけて話したりしたのは、また別の意味の充実があった。

 私って、仕事中毒だ。領主の仕事に充実を見出してた。本来の十一歳は友達と遊ぶものだ。


「……セフィリア。キュピルくんは夕方に帰ってくるそうよ」

「はい、その時にお話します。明日帰ることとこちらに来てやり残したことを」

「やり残したこと?」

「ええ、約束です」


 そう言って私はくすりと笑った。

 キュピルくんが帰ってくる前、私は、約束の準備をした。別に大したものじゃない。ただ、久しぶりの感覚を取り戻すためにジークを相手にする。

 そして、キュピルくんが帰ってきた。訓練施設で疲れているらしいが、私には今この時には時間が無い。


「キュピルくん、お帰りなさい」

「ただいま、セフィー。どうしたの?」

「実は、明日、領地に帰ります。こちらやることが終わったので」

「……そっか」


 視線を足元に落としている。やっぱり寂しいんだ。だから、私は努めて明るく言う。


「だから今、約束を果たしましょう」

「約束?」

「ええ、次会う時に、軍盤をしましょうって」


 そう言って手を引く場所は、ジークの用意したテーブルと軍盤。


「覚えていたんだ」

「ええ、結構楽しみなんですよ」

「じゃあ、やろうか。訓練施設でも結構やるから腕は上がっていると思うよ」

「期待しています」


 そう言って軍盤を挟んで対面する。

 私は、対面した瞬間から、笑みを消し頭から雑念を消し去る。ただ目の前に集中し、数手先を予測する。

 対するキュピルくんも凛とした表情で座っている。訓練帰りなのに疲れた素振りも見せない。

 互いに無言で始まった。

 先手は、私。定石通りに歩兵を動かし、後の駒の道を作る。キュピルくんの手も同様に定石通り。一進一退の攻防。駒を大立ち回りさせずに互いに牽制、動く時は互いの駒の交換。

 どちらかというと、私よりキュピルくんの方が優勢だ。


「ねえ、セフィー」

「何?」


 不意に言葉を掛けられた。手を止め、目を見る。冗談、迷い、気後れそんなもの一切含まれていない真っ直ぐな視線。


「賭けをしない?」

「賭け?」

「僕が負けた時、一つだけどんな言うことでも聞く」

「私は、何を賭ければ釣りあう?」

「セフィーも同じものを賭けて欲しい」


 私は考える。これは子どものお遊びか? それとも本気か? 第一に、私から一つだけで得られるものって何があるだろう。キュピルくんが欲しい、そして賭けで引き出せる対象。領地など途方もない、即物的な物。例えばワイン……いや、ないな。じゃあ、ゲームの特許を完全個人所有?

 言葉から言って賭けて欲しいって言うことは、提案じゃない。覚悟だ。リスクを負いながらもリターンを求める。

 まあ考えても仕方が無い。だがこの緊張感良い。忘れていたけど、孤児院の院長が私に言ってきた条件が『勝ったら好きな本を買ってやる』だった。こう言った賭けは嫌いじゃない。


「分かったわ。その賭けに乗るわ」


 そうして私は逆転の一手を打つ。王の前に縦に並ぶ二つの駒。重装兵。こんな特異な打ち方をする人間は殆ど居ないだろう。今までの守りの形は主に籠城。だが、この並びは、突撃か、はたまた防護陣形か。

 攻めあぐねているを感じる。

 騎馬兵ならば、突撃の陣だ。だが、守りを主体とし私が好んで使う重装兵は防御を重荷に置いている。さあ、攻めてくるか、それとも守りに徹するか。


「……行くよ」


 攻めてきた。だが、攻めあぐねた時間にはもう遅い、既に、二体の重装兵の後には、下級の駒で防御陣を固めてた。

 重装兵は、場つなぎの守り。下手に攻めるには、歩兵、弓兵では一手足りず、騎馬、斥候では、重装兵同士が互いに移動範囲内のために守りあっている。

 最後に、魔法兵、使徒兵で攻めれば、背後に構えている王直々に刈り取る。それでも攻めることを出来るのは賞賛出来るが、陣形が出来、重装兵は守りからそのまま攻めへと転じる。

 捨ての重装兵。この二枚が奪ったのは、斥候、騎馬、そして変則な動きのために穴が多い魔法兵を奪った。

 私の手元には、魔法兵二体に使徒兵一体。キュピルくんの持つ最後の使徒兵で来ても、歩兵と騎馬で固めた王の防御陣形では容易に帰り打ちだ。

 そこからの結果は善戦。だが、じわじわと削られ、最後には詰めを誤って呆気なく終了。

 それでも前回よりは成長していることに私は嬉しく思う。


「……終わりですね」


 ほう、と息を吐き出す。結構緊張したのか、肩に力が入っていたようだ。対面するキュピルくんの表情は、今の駒の配置を目に焼き付けるかのように見つめている。


「相変わらずセフィーは強いよ。負けっぱなし、賭けに負けちゃったね」


 あはははっ、と乾いた笑い。自分から賭けを振って無様に負けたことへの自嘲を込めた笑いだろうか。私は楽しめたのに。


「約束、セフィーの言う事なんでも聞くよ」

「ああ、そう言えば、何をして貰うか全然考えてない。うーん」


 言われて思い出したが、別に私は何も求めない。


「じゃあ、これはどうかしら」

「何?」

「『次もまた勝負しましょう』ってことで」

「へっ……?」

「次会う時はもっと強くなって同じ賭けをするの。その時にはもしかしたら何か願いがあるかもしれないから」

「……セフィー、それって遠まわしに僕は絶対に勝てないって言ってない?」


 ジト目で睨んでくる。結構珍しい表情に私は愉快そうに笑う。


「そんな事ないわよ。危ない場面も多々あった。純粋にこの賭けの緊張感は楽しかったと思っただけよ。だからまたやりたいの」

「分かった。その時まで腕を磨く。その時は、セフィーも約束通り僕の願い聞いてね」

「それってすぐに出来るの? 無理な物は上げられないわよ」

「大丈夫、セフィーの持ってる物だから」

「分かったわ。じゃあ、それが何か分からないけど大切にしなきゃいけないわね」


 互いに軍盤の沈黙を取り返す様にしゃべった。夜遅くまで、小さな事、大きな事、他愛のない会話に諌められるまでしゃべっていた。

 翌朝、キュピルくんに見送られて出たランドルス侯爵の城。一か月ぶりに帰る我が領地。さあ、少し遊んだが、気合いを入れ直しましょう。

ランドルス侯爵領編終了です。

ランドルス侯爵領編は、更新が約三、四日ペースだったのは、ネタの構成順位で迷ったからです。構成順位を狂わせたボツネタ、ボツ案は封印です。


次回は帰ってきたモラト・リリフィムです。一か月の不在でどのような変化があるか楽しみにしてください。

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