地方教会(後編)
擬似結婚式
教会の個室に案内された私達。時刻はお昼頃だったために、コーラス様の説教と二人の改心がなされるまで昼食を取った。
そして、現在は、母子が一つの服に対面している。
「さあ、セフィリア。この服に着替えましょう」
そうして差し出された服は、ふりふりのレースの白と水色の洋服。ウェディングドレスを簡略化した衣装だが、よくよく眼を凝らせば、細かな銀の刺繍やビーズがあしらっており角度によってキラキラ光る。皺もなく、解れもなく、なんて贅沢な。
「あの……それは、本当にコーラス様の物なのでしょうか? どう見ても新品のような」
「ふふふ……別に気にしなくても良いんじゃないかしら? あと、アクセサリーや靴も、ね」
そうして取りだしたアクセサリーは、シンプルな銀のネックレス。白を基調とした靴のサイズなんか私の足ぴったりなのだ。これはもうお下がりだとか、借り物ではない。新調したのだ。
「……お母様、そこまで私に着せたいのですか?」
「だって、娘に可愛い格好させたいと思うのは母心よ」
ジト目で見つめるが、お母様にそう言われれば毒も抜かれ、溜息が洩れる。そしてキュピルくんも似たように用意されている服を着させられてるのかもしれない。そう考えると私一人の我儘は許されないと腹を括る。
「分かりました。あと、コーラス様には後で洋服代などを渡しましょう」
「そこは良いって言ってたから貰っちゃいましょう」
ちゃっかり、しっかり、強かな母だ。いやもう何も言わない。
大人しく服を脱ぐ。脱いだ服を畳んで端に置き、衣装に手を掛ける。目の前で拡げ、自分の身体の前に掲げる。
「似合っているわよ。希望としてはもっと大胆に、背中が開いたりして」
「私は肌の露出は控えたいのですが」
「あらあら、恥ずかしがり屋ね」
「そうではありません。もういいです」
不貞腐れたように言って私は服を着る。するりと肌を滑る感触が気持ち良い。肌触りは良く、ひんやりと冷たい感触を知っている。これはシルクだ。
文句ない着心地。靴は新品の硬さがあるものの悪くない。強いて言うならば、胸元で光るシルバーアクセサリーが目立ってしまって別の意味で胸部の……
いや、何が胸部なのか。これは男と女の葛藤なのだ。
男としての私は、自分に多少なりとも胸があることを自覚し落胆。
女としての私は、服の胸部にまだ余裕があることのその小ささに落胆して、二つの意味で悲しい気持ちになった。
「どうしたの、セフィリア」
「いえ、なんでもありません」
お母様の胸と自分の胸を見比べる。うん、良い形だ。将来はあれほどになる可能性はあるが、よく親から半分遺伝子を受け継いでいるのだから、親と同じに。という淡い期待があるだろう。だが現実は予定通りに進まない。いや、別に無いならないで問題ない。
それにこの時代の、特に貴族の女性の胸としての役割は乳母という人物に肩代わり出来るのだ。つまり、私は胸が無くても問題ない。いや、むしろ無い方が余計な肩こりが無くて良い。完璧な理論だ。
「私の胸を見て何か思うことでもある?」
「……自分の成長を実感しておりました」
「大丈夫よ。セフィリア、胸は揉まれると大きくなるらしいから」
「お、お母様っ!」
私の上擦った悲鳴にお母様は可愛らしく、冗談よ、と一言。いや、冗談に聞こえません。
「もう、お母様。そう言った事の恥じらいを持ってください」
「母子のささやかな会話なら良いでしょ? 誰もいないんだし。それにセフィリアの身体は徐々に大人に近付いているのよ。少しぐらいは免疫を着けるために良いのよ」
今、キリコが居ないために同性のストッパーが存在しない。最近は、お母様と話す機会が減ってる訳ではないが、子どもとしての距離で話してなかった気もする。
「分かりました。今後は母子の時間をもっと大切にします」
「ありがとう、セフィリア」
少女のように微笑む三十代の母。いや、私も精神年齢で詐欺と言われるかもしれませんがお母様の今の笑顔は、完全に詐欺です。年齢十歳ほど偽っちゃってます。むしろ、寂しさのあまり精神年齢逆行しているのかもしれません。
「さあ、準備も出来たし行きましょう」
「はい。もう、何もないと良いのですが」
慣れない服と靴で足元に不安を覚えながらも教会の聖堂へと足を向ける。
既に、ヒヴィー様が中央で待機している。更に先に緊張した面持ちのキュピルくん。これは、新婦が父と共に登場する場面だろう。だが、私にはお父様はいない。と周囲に目を向ければ、トレイル先生が肘を素っ気なく突き出す。
「ほら、掴んでいくぞ」
「は、はい」
背後では、お母様がくすくすと笑っている。トレイル先生は長身で、十一歳の身長では、肘に掴まりつんのめりながらも進む。
コーラス様やジーク、こちらが来るのを待っているキュピルくんまで全員凝視に、身が竦む。
「役者は揃いましたね。早く席に戻ってください。性悪学士」
「言われなくても静観させて貰う。勘違い信者」
互いに売り言葉に買い言葉を残し、私達二人が正面を向いて残る。
見上げる私達にヒヴィー様は微笑みかけて下さる。
「お二人とも良くお似合いですよ」
背後のステンドグラスから差し込む光が後光のように見えてこちら側からは聖母様のように見えます。
「それでは、接吻して貰いましょう」
「せ、接吻っ!?」
「冗談です」
そうですよね。私、少し過敏に反応し過ぎたようです。
「本来は誓いの接吻などですが、まあそこは抱擁と言うことで。
――汝、健やかなる時も、病める時も――」
速攻で誓いの言葉が紡がれる。内容は生前の物にこちらの宗教観が混じる感じで大差ない様子だった。
「新郎、キュピル・ランドルスは、この者を妻として迎え、如何なる時も愛すると誓いますか?」
「誓います」
「新婦、セフィリア・ジルコニアは、この者を夫として迎え、如何なる時も愛すると誓いますか?」
「誓います」
「では、神の前に契約がなされました。互いに、指輪交換が通例ですが、今回は軽い抱擁でお願いします」
ここでやっと互いに向き合った、パリッとした黒を基調とした服。大人の黒に胸元に金糸の蜂の刺繍や赤い糸で装飾されたタキシードは、大人っぽい雰囲気を醸し出す。軍隊訓練を受けている所為か、姿勢は伸び、幼い顔立ちにも拘らず似合っている。
将来、女の子が黙ってみてない美系になりそうだな。と眺めていた。
「セフィー? どうしたの?」
「かっこいいと思っただけよ。姿勢とか雰囲気とか」
「そう言うセフィーは綺麗だよ。ほら、髪の毛の色が」
すっと耳元の髪が手櫛で梳かれる。そして確認したのは、ステンドグラスの様々な色を受けた金髪。また服も白を基調としているために、ステンドグラスの色が直接生える。
むぅ、これは中々紳士の中に女の子がどきっとする仕草。ちょっとくすぐったいけど気持ち良いこの気持ちは、陽だまりの猫になったみたいだ。
「くすぐったいです」
「あっ、ごめん」
名残惜しそうに手を引く。そのなんても割れ物を扱う様子に可笑しくてくすくす笑ってしまう。私はそんなに脆くないと思うのだけど。
そして、視界の端。瞳を輝かせる保護者が二人、成長しましたねと感動する執事二人、砂糖でも吐きそうな程顔を顰めた学士が一人。こちらをじっと見ていた。
「キュ、キュピルくん! み、皆に見られてる」
「あっ、ううっ……」
視線を感じて互いに萎縮してしまった。だが、何時までも萎縮していられない。救いを求めて聖職者へと視線を向ければ、何か? と言った感じで首を傾げられる。救いはない、退路は断たれた。
「その、抱擁……しましょう」
「良いの? セフィー」
「これ以上周りに見られるのは恥ずかしいです。早く終えてしまいたいです」
「分かった、それじゃあ、行くよ」
同じ目線の少年が一歩踏み出す。優しく、背中に手を回して抱きつく。私も脇の下に手を通し、抱きつく。それほど密着していないが、互いの肩に顎を乗せて体温と息遣いが感じられる。
「神の元に双方の契約が成立しました。お二人は晴れて夫婦となります」
その言葉で私達はそっと離れる。保護者たちがもっともっととせがむような視線を感じたが、取り合えず無視。
「とまあ、以上が結婚式の大体の流れです。お二人は、どうでしたか?」
「とても緊張しました。異性とこうして接近するのは、無い物で」
私の場合、もう、どっちが異性か時々分からなくなる。うーん。レーアに抱きつけと言われれば緊張はしないので、今は男性が異性か。人間の適応能力は身体に強く影響されるのね。
「ぼ、僕も。緊張した」
「そうですか。お二人ともそのまま結婚してしまえば良いと思ったのほどです。もう一度、今度は本番の結婚式をしますか?」
「私達はまだ十一歳です。いささか早いと思いますよ」
「そうですか。残念です」
表情はあまり変えないが、ヒヴィー様も女性なのだろう。他人の色事は興味があるようだが、私達はまだ幼い。それに私は男性が異性と見れても、すぐに男性と結婚とは直結出来ずにいる。
まあ、キュピルくんもまだ早いと……なぜか残念そうな表情になっています。どうしたのでしょう?
その後は、着替えなしで馬車に乗せられて帰ってきた。キリコやレーア、ランドルス家の侍女たちに見つかり、かわいいかわいいと愛でられた。
一応伯爵で客人なのに。
そろそろランドルス侯爵領編を終えます。
まったり内政から方向性が分からなくなっている。と言われたのは自覚しております。ですが、対外政策も内政なんです。そこは理解してください