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理論屋転生記  作者: アロハ座長
第Ⅱ部
43/53

地方教会(前編)

保護者同伴の教会デートとはこれ如何に

 

 前に約束した教会への訪問。

 キュピルくんの休暇と私の暇が重なった今日を選んできた。

 二台の馬車を向かうのは、エラネトの外れ。塩の生産する地区の更に奥にある教会が目的地だ。

 一台目の馬車には、私、キュピルくん、お母様に、コーラス様。ランドルス侯爵に仕事を引き継いだために得た休日を利用して同伴してくださった。

 二台目の馬車には、ジーク、トレイル先生、あとランドルス家の執事さん。

 レーアとキリコは、お留守番。今頃は、レーアに侍女の仕事を丁寧に教えたり二人でお茶を楽しんでいるのでしょう。


「楽しみね。セフィリアは教会は初めてだったわよね」

「はい、でもお母様。どうして私は今まで教会に行っていないんですか?」

「あー、説明するのは難しいかな? 一言で言うと『信徒』じゃないからかしら?」


 可愛らしく顎に指を当てて小首を傾げるお母様。


「セフィリアちゃん。教会の役割って知ってる?」

「いいえ、世情には疎いのでそう言うことは全く知らないのです」

「そっか。じゃあ、簡単に説明するとね。教会に行く人間には二種類居て、一つが『信徒』。もう一つが『来徒』があるの。この二つの違いが分かる?」

「えっと信徒が教会の信者ですか? でも、来徒の中にも信者が居そうですが」

「うーん。結構、良い線だね。信徒は、教会に入信している人で毎年ある程度の金額を寄付している人の事を言うんだよ。それで来徒は、必要な時に教会に訪れる人の事を言うんだ。今回は私とキュピルは『信徒』でリリィー様とセフィリアちゃんは『来徒』として訪問するの」


 うーん。大体分かった。だが『信徒』と『来徒』を分ける利点があるのだろうか? と顎に手を当てて悩んでいる私の表情を見たのか、コーラス様が詳しい説明をしてくれる。


「これには、それぞれ違いがあるんだ。信徒は、寄付をしている分教会での様々な施設が安く使えたり、医療行為を優先的にしてくれるの。それに、寄付額が増えれば信徒限定で様々な商品が購入可能になる。逆に来徒は、主に医療行為をして貰いに来る人たち。自分たちではどうしようもない怪我や病気をちょっと高いお金で出して直して貰っている。まあ、毎年寄付をして安い治療を受けるか、高いかの違いね」


 教会の役割は、前世の病院だったとは。医学の発展が低い訳だ。医者は少なく、各農村では年寄りの薬師が薬草で傷に対応している。モラト・リリフィムの現状はそんな感じだ。

 また、寄付を医療保険と考えれば、良心的なように思える。トレイル先生が教会に対して強い敵愾心を持っているために悪い側面を見てしまっているが、一般的な視点はこうなのだろう。もう一度改める必要がありそうだ。


「コーラス様。丁寧な説明ありがとうございます」

「ううん、いんだよ。後は、身体状況を調べるための『祝福』は月に一度の安息日に基本無料で受けられるから身体に不安のある人はその時に集まって、説法を聞いたりして過ごすのよ」


 中々効率的だ。無料で呼び込み、説法を解く。無駄が無いことは見習いたい。


「あとは、教会で結婚式を上げることも出来るわよ。と言ってもお金に余裕のある商人や貴族向けだけどね」

「結婚式ですか? それは素敵ですね」

「そう! そう思う! そうよね。女の子なんだから! 私の使っていたドレスを少し手直ししたんだけど! 試しに教会で着てみない! キュピルと並んで!」

「……はぃ?」


 一気に捲し立てられた。隣のお母様を見れば楽しそうに笑みを浮かべ、対面のキュピルくんは顔を赤く染めて視線を逸らす。

 これは……あれでしょうか? 世に言う着せ替え人形状態でしょうか。


「セフィリア」

「なんですか? お母様」


 何となくこの後の言葉が予想できる。昔からお母様は私に可愛い服を着せてお披露目したがっている気がするが、私の質素倹約に同調してあまりそう言ったことがない。


「折角、ドレスを貸して下さるのだから気持ちを無碍にしては駄目よ」

「は、はい。分かりました」


 つまり、二人は事前に手を組んでいたのだ。まあ、たまになら良いだろう。

 視線を正面のキュピルくんに戻せば、慌てたように窓の外へと目を向け、早口で外を指さす。


「セフィー。領地にある最大の教会・聖フュジュケル教会が見えてきたよ!」


 塩田の連なる砂浜の奥に、塩のように真っ白な教会が見えた。

 私の中の教会は、華美な装飾、無駄な貴金属類。着飾った聖職者という即物的なイメージがトレイル先生伝えで伝わっていたが、この教会は大きいが装飾は少なく、荘厳美麗とはほど遠い。

 堅牢な教会。実直で誠実そうな聖職者が居そうだ。と言うのが第一印象だ。


 それがどんどんと近くなれば、疎らだが人が居ることが分かる。

 老若男女と居る。皆、顔色が悪かったり、足を引き摺ったり、子どもを抱えたりと言った感じだ。教会の一角には、乗合馬車のような物があり、きっと教会前と町を巡回する馬車かもしれない。

 彼らが私達の馬車を見て一歩引いたような態度なのに、なぜかと考え、思いついた。ああ、貴族だからか、と。

 殆ど外に出ないし、領内の農村部に人々は私の人柄を知っているから露骨に引くような態度は無いので、こういう行動を受けるとちょっと寂しい。


「さ、セフィー。お手を」

「……ありがとう」


 沈んだ思考も声を掛けられて顔を上げれば、既に他の人が馬車から下りている。私はキュピルくんにエスコートされて馬車を降りれば、慣れない視線がより鮮明にわかる。


「それじゃあ、行きますか? 私とキュピルは信徒だからすぐに取り次いで貰えるよ」

「あ、あの。コーラス様」

「なに?」


 行動の音頭を取るコーラスを引き止める。ちょっと思った事で悩んで視線をジークとトレイル先生に向ければ、にこやかに頷いてくれた。


「あの……ここにいる人たちは、怪我や病気の人ですよね」

「そうね」

「私たちはそれほど急ぐ訳でも、怪我をしてる訳でも無いですし、ゆっくりと待ちませんか?」


 怪我人を押しのけて我を通すほど私は、貴族という身分に染まり切っていない。と言うよりも割り込みみたいで気分が悪いのもあるのだが。

 そんな私の様子を汲み取ってくれたコーラス様は、苦笑いをしながら優しいねと言ってくれたのが嬉し恥ずかしい。


 その後は、その場に居る人たちに倣って教会へと入った。

 内部は、石造りに正面にはステンドグラス。簡素な木の長椅子が並ぶ。目に見える範囲は、そのくらいだ。

 長椅子には、前の方に病気の人が並び、一人ずつ別室に呼ばれ治療を施すようだ。その間待っている人は、説教師の説教を祈りを捧げながら聞く。


 内容が、人の道徳についてなどを説くので一種の道徳教育なのだと分かった。こうして人は、道徳を様々な方向から学ぶんだな。

 まあ、説教の中には『神に捧げる』や『神への忠誠』などという単語にトレイル先生の表情は思いっきり顰められ、私もちょっと言葉が見つからなかった。


 そうやって聞いてたが、一般人相手には長々と話はしないようで、治療を待つ人が半分になる頃には説教師が隅の方へと去って行った。


「こう言う雰囲気は、ちょっと新鮮ね。キュピルくん」

「そう? 僕はそう思わないな。それよりセフィーは凄いね」

「何故?」

「僕が初めてここに来た時は、父上に頭を押さえられながら祈っていたからさ」


 ああ、子どもは動くなと言われるのは苦痛だからか。まあ、私もこの教会内は気になることはあるにはあるが、分別はある。ちゃんと大人しくして後でしっかりと中を見学させて貰うつもりだ。

 だが来る時具合の悪そうな子どもたちは、治療を終えてもう走り回っている姿は微笑ましい物があった。

 ほら、こっちぺたぺたぺたと五歳前後の男の子が走ってきて、私の前で転ぶ。


 正確には、椅子と椅子の間を走り回っていて転びそうになった所に自然と手を差し出して受け止めた。

 直後、絹を裂いたような声とはよく言ったもので、その子の母親だろう。若い女性が顔を真っ青にして駆け寄ってくる。


「すみません! すみません! ジョシア! 謝るのよ!」

「あ、あの、大丈夫です。気にしないでください」

「すみません! 貴族様、すみません!」

「大丈夫です。ほら、大丈夫です」


 石造りの床に膝をついて謝ってくる母親に私の周りは、唖然。他の一般参拝者は、ちょっと可哀想な視線を投げかけ、謝られる私がなんだか悪者みたいで気分が悪い。


「ほら、私は大丈夫ですから。立ってください」

「貴族様に粗相をして不敬罪に」

「しませんから。大丈夫です」


 あー、もう。典型的な圧政に苦しむ領民みたいな反応だな。ランドルス侯爵って人望あると思うんだけど、他の貴族なのかな?


「えっと、ジョシアくん。怪我はない?」

「うん。ぶつかってごめんなさい」

「良いのよ。さっき具合悪そうだったけどもう平気?」

「うん」

「良くなって良かったわね。でもさっきまで具合悪かったからすぐに走り回っちゃ駄目よ。お姉ちゃんとの約束」

「うん」

「うん。良い子」


 母親はまだ萎縮しているので、もう申し訳なさそうにしている子どもの方に先に言い聞かせる。最初は、ズボンの前の部分を握りしめていたが、最後に頭を撫でてあげると緊張が解れたように自然な笑顔。


「……貴族、様ですか?」

「まあ、田舎者ですが一応」


 母親に尋ねられて、曖昧に返事をする。ここで伯爵などと言えば余計に萎縮されてしまう。田舎者で男爵令嬢かその縁者とでも思わせておけば良い。

 参拝者が今度は逆に唖然。私の周りの人は微笑ましいものを見る目。トレイル先生に関しては、笑いを押し殺している。

 確かに、変わり者の貴族という認識はありますが、笑うのは酷いと思うのです。

 その後、母子が前の椅子に座った後も私に視線が刺さる。最初は、ちょっと引いた迷惑そうな視線だったが、今は好奇の視線だ。

 それがちょっと恥ずかしいので、ずっと目を瞑り、祈りを捧げる真似をする。

 雰囲気で分かるが視線がちくちく刺さる。

 こう言う時は、領内の新しい改革案を考えるんだ。


 このランドルス領で見た物を何か利用できないか……教会の誘致などどうだろうか? いや、教会と病院を併設? それだと仕事の取り合いになりそうだ。ならいっその事、教会の司祭などの聖職者を医者に教育……そもそもそんな事が出来るだろうか?

 うーん。魔法使いとの折り合いも悪そうだし……そう言えば、レーアも魔法使いだったな。連れてこなくて正解だったかな? いやいや、問題は現代医療と教会と魔法使いが共存できるかだ。既得権益を害するならば、教会は反発するだろうが私の領内には教会が殆どないはず。なら治療施設の需要は大きい。市場の開拓という意味では、上手く混ざれば良いだろうが、互いに潰し合い独占市場状態にしてしまってはいけない。

 考えても、一人の頭の中では限界がある。理想は高く、現実は厳しい。


 考察の一度切り上げ、ふと視線を上げれば、もう怪我人の治療は全て終わっていた。参拝者は、皆入口の聖職者に頭を下げて出ていく。去り際にあの転んだ子どもが、ありがとうお姉ちゃん、と言ってきたので、軽く微笑み返したらまた驚かれた。

 全員が送迎馬車に乗り込み、去って行くのを音で聞きながら、ふぅと息を吐き出す。


「人の視線って慣れないものね」

「まあ、貴族なんて衆人環視の中に立つ立場だ慣れろ」


 そんな身も蓋もない事を言わないでほしいです。トレイル先生だって人の視線は苦手なはずです。


「こんにちは、コーラス様。そして敬虔な信者様」

「ヒヴィー。久しぶりだね」


 青の模様の入った白の法衣を着た女性。二十代前半を思わせる女性は、手に青銅製と思われる錫杖を持って現れた。


「影からあなたの様子は見ておりました。敬虔な信者様。子どもへの慈愛、神への熱心な祈り。大変素晴らしいと思います」

「ありがとうございます」

「ですが、頂けませんね」


 柔らかな凛とした口調もすぐに、ある人物へと強い敵対心に変わる。


「教会に対して数々の暴言を吐き、あまつさえ我らが神を文化と称したトレイル・ノレー学士様が何故このような地方教会に」

「俺はただの付添いだ。幾ら地方とはいえ、洗脳による特攻を神の御心って妄言で正当化する外道どもの敷地に足を踏み入れたのは不本意だ」


 両者の間で火花が散る。ように見える。あーそう言えばトレイル先生って教会に対して有名人だったな。悪い意味で。


「まあまあ、ヒヴィー。喧嘩はそれくらいにして自己紹介だよ。小さな子どもの前で大人げない」

「……そうですね。私も少し感情的になり過ぎました。では改めて、私はこの聖フュジュケル教会の管理、運営を任されているヒヴィー・サバリック司祭と言います。ファーシマル司教よりこの教会を預かっております」

「はじめまして、モラト・リリフィム領領主セフィリア・ジルコニアです」


 一瞬、目を見開く。十一の子どもが領主って名乗れば驚くだろう。その様子をトレイル先生は、面白そうに笑いを押し殺している。まるで苛めっ子のような反応だ。よっぽど教会関係者が嫌いなようだ。

 だが、ヒヴィーさんもすぐに平静を取り戻し尋ねてくる。


「では、セフィリア様。本日はどのような御用件で」

「ただの見学でしょうか? キュピルくんに誘われて」

「あー、まあ、私から頼むことは、彼女に『祝福』をして身体の異常を見てあげてよ。後は、ちょっと教会の見学や結婚式の説明」

「あなたもとうとう結婚するのですね」

「私じゃなくて、子どもたちに説明するのよ。やっぱり興味があるだろうし」


 なんだか納得と言った感じだ。まあ、結婚式には興味ある。私がどのようにエスコートしたらいいか? いや女の子だからエスコートされる? うん、その時になったら考えよう。


 まずは、私達は、ヒヴィーさんの案内で教会を見学することになった。



分割です。長くなります。

親の暗躍が止まりませんね。

所々に世界観を投入しております

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