スパイスのある日の料理(実食)
ランドルス侯爵視点です。
コーラスの年齢を二十三から三十三に変更。設定も若干変更
「……では、大体の話はこれで良いんだな」
「ええ、セフィリアからの確認もあるけど、もう何度か調整が必要ね」
今、リリィーと共に共同街道整備の話を詰めている。セフィリア嬢がここにきて約一週間。一番多く話しているのは、親同士、金勘定、調整役としてリリィー・ジルコニアとの顔合わせが一番多い。
「それにしても……流石はセフィリア嬢の母だけある。抜け目ないな」
「あらあら、褒めたって譲歩しませんよ」
きっちりと両者の利益を確保しつつ、当初の目的の後盾と言う物を組み込んでいる。外交手腕は確かだ。
「今は、セフィリア嬢は何をしているのだ?」
「今朝からそわそわしていたので、スパイスでも待っていたと思いますわ。夕食は楽しみね」
「そうだな。以前食べた、ピザだったか? あれは美味しかった。他の料理も期待できそうだ」
「ふふふ、ならニーレ・ストールの支店でも出しますか? 他の珍しい料理が出せますよ」
「魅力的な提案だな。このまま『ジルコニア商会』でも立ち上げて商売でも始めるのか?」
少し顎に指を添えた感じで悩むリリィー。本当に三十を超えた女性かと思う程幼い印象を他者に与える。その逆でセフィリア嬢が大人びて、バランスのとれた親子、もしくは歳の離れた姉妹ほどに見えてしまう。
「私はそれでも良いと思うけど、セフィリアは、多分商売とかはあんまり興味無いようなのよね。どちらかというと、食べ物に関しての興味は強いのよね」
「セフィリア嬢の興味が食べ物とは、また堅実というか、何と言うか」
「本当に、色気より食気。変な所でダイナモに似てきたわ。それと、領民に対しての接し方が年々ダイナモと同じ感じ。嬉しいけど、母親としては早々に離れていく寂しさがあるわ」
本当に寂しそうな、嬉しそうな表情を作る。肉親にも同じような表情を作るものが居るのでその心情が手に取るように分かる。
……コンコンコン。
ドアをノックする声に、続き侍女の一人がこの部屋への取りつきを願う。
「入れ」
「こんにちは、兄さん。顔を出しにきました」
「むうっ……コーラス」
コーラス・ランドルス。未婚の妹だ。今年で三十三になる妹は、キュピルの乳母と言う名目だ。まあ、身体的な問題で子を授かれないために嫁ぐ事なく、領地の補佐に回っている。
乳母と言っても教育係的な意味であり、本来の乳母は別に居る。
「あら、お客さん?」
「ああ、客人だ。」
俺の苦言もヒラヒラと手を振って流す。全くランドルス家にいる女性は皆、良く言えば快闊。悪く言えば、女性らしくない、ようだ。それなのに容姿や体型が良く、外面も猫を被っているので家族以外は全く気がつかない。
「はじめまして、私は、ランドルス侯爵が妹、コーラス・ランドルスと申します」
「ご丁寧にどうも、私は、ジルコニア伯爵が妻・リリィー・ジルコニアです」
「あらあら、ってことは、キュピルの想い人のお母さん」
「まあ、ということはキュピルの乳母ですか?」
「ええ、まぁ」
照れたように和気あいあいと話し出す女性二人。一応立場的には、侯爵である俺が一番高いのだが、ランドルス家の女性が以前から強いために得た処世術『女性の会話は妨げない』は、亡くなった妻にも有効だったために、今も黙る。むしろ、これで今日の話は終わりだ。
「それにしても、キュピルを惹きつける女の子ってのは興味ありますね。セフィリアちゃんはどんな子なんですか?」
「ちょっと色事に疎い側面があるからキュピルが陥落させるのには骨が折れそうね。頑張って」
「あはははっ、あの子。強く出ないけど紳士的ですからね。そこの所はどうでしょう」
「うーん。ここは一気に電撃作戦なんてどうかしら? セフィリアも最近生理来たばかりだし」
「友達同士から異性の認識の戸惑いを浸けこむ訳ですね。なかなか良い作戦だと思います。ただ、ここで一度情緒不安にさせてからの強襲も有効かと」
「あらあら、セフィリアが情緒の不安定なんて長く見ていないから見てみるのも面白そうね」
うふふ、あはは、と女性の言葉に俺は戦々恐々とする想いがある。
強く生きろ、子どもたちよ。そして母親たち。電撃とか強襲よりもっと柔和なことばで表現して貰いたい者だ。
「兄さん、私。今日ここに泊っても良い?」
「問題ないが、仕事はどうした? 商談や外交の一部を任せてあるんだ。手を抜いたと言うことは許されないぞ」
「うーん。それがね。北方方面の商談や各代理領主との話し合いは、大体纏まったんだけど、南部貿易のお相手が明らかな女性蔑視で、取りあって貰えないから兄さんに相談も兼ねて来たんだ」
ちらりとリリィーの方に視線を向けて言葉を選んでいる点で、ちゃんと情報の価値を理解しているようだ。
しかし話の内容を聞く限り、俺個人。もしくは代理領主が当たらないといけない案件のようだ。つくづく面倒だ。
「分かった。夕食は、ちょっと楽しみにすると良い」
俺のにやり、と浮かべた表情ににやりと返すコーラス。全く、俺の妹ながら良い笑みを浮かべる。
「それだったら、皆で食べましょう。使用人含めた宴会よ。お酒出してね。あっ、キュピルは何時帰ってくる?」
「今が夕刻だからな。キュピルなら、もうじき訓練施設から帰ってくる。久々に玄関で迎えるか」
「そうね。そうなれば、行きましょう」
せっかちな妹だ。だが、数年前から仕事の一部を任せているためにめっきりキュピルと会う機会が減って双方寂しいだろう。ここは、流れに任せよう。
「ただいま帰りました」
「キュピル! 久しぶり!」
うむ、予想した通り、キュピルに抱きついた。いきなりの出来事にキュピルは混乱したようだが、事態を把握してすぐに冷静になる。うん、海軍訓練の賜物だろう。
「コーラス叔母上。苦しいです」
「久しぶりだからよ。海軍の訓練辛くない? ああー私の可愛いキュピルに怪我が無いか心配よ」
「そんな、過保護ですよ。ほら僕は大丈夫ですし」
「そうね。抱きついて分かったけど、ちゃんと体鍛えているみたいで締まってきてるみたい。ふふふ」
その二人のやり取りを見てるリリィーは、あらあらまあまあ、と微笑ましい物を見るようにしている。
キュピルとコーラスが並ぶとどうしても歳の離れた姉弟という感じで接している。女性は、年齢が見た目以上に若いという不思議が未だに解けない。
「キュピルくんもそう言った表情もするのね」
背後より近付いてきたのは、セフィリア嬢と侍女長、そして新米侍女だ。まあ、キュピルの苦笑した顔を見るリリィーとセフィリア嬢の顔が微笑ましい物を見る感じで親子だと感じる。
対するキュピルは、茹でダコのように赤くなっている。やはり、好いた女にこう言った一面を見られるのは恥ずかしいのだろう。
「私は、ランドルス侯爵の妹、コーラス・ランドルスよ。キュピルの叔母よ」
「モラト・リリフィム領の領主、セフィリア・ジルコニアです」
「あなたがセフィリアちゃんか。うん、家のキュピルの事どう思う?」
「ええ、ランドルス侯爵を継ぐ素晴らしい領主になると思います」
あはははっ、とコーラスの口から乾いた笑みが浮かぶ。これがセフィリア嬢だ。
「……フィリア様、お夕飯」
「そうでした。夕飯が出来ましたので」
「おおっ、美少女領主の直々の料理か。楽しみにしているわよ」
「量は少ないかもしれませんが」
そうして皆、食事を席に着く。
のだが……普段いる筈の人物が居ない。ジーク翁、トレイル殿、そして若い執事と何人かの騎士。
一人の侍女が近づいて耳打ちしてくる。
(――実は、セフィリア様の料理の失敗作の処理に狩りだされた。味は悪くないが本人納得できない料理らしく男性にこっそり先に食べて貰って夕飯は要らない)
うむ……。失敗作も気になる。味は悪くないのなら子どもの料理で許されるのだろうが、セフィリア嬢は、完成嗜好や完成品の理想が高いようだ。羅針盤然り、魔法の一般利用然り。
そして出される料理は、珍しい色合いだ。
黄色に近いスープとトロミのあるスープ、ピザが二種類、あと、白いスープ、薄いパン生地。
なんとも汁っ気の多い料理だ。
俺が観察していると、料理を作ったセフィリア嬢たちから説明が入る。
「このスープは、基本豆のスープに調合したスパイスを入れただけです。味は少し辛いです」
「何故、調合したんだ?」
この言葉を引き継いだのは、南方出身の新米侍女・シャレーアだ。
「……スパイスには、色々な効果がある。臭み消し、食欲を増す効果。それを上手く会わせた物が南方のスパイス」
「ほう、だから種類が多いのか。一つ知識になった」
「そして、こちらのトロミのあるスープ。便宜上カレーと名付けましょう。このカレーは、野菜や魚介類を煮込んだ所に小麦粉と調合したスパイスを入れた物です。この二つのスープは、薄い南方のパンに浸して食べて下さい」
うむ。スープが多いのは南方主体なのだろうか? いやピザがあるな、セフィリア嬢の事だ創作料理も幾つか混じっているのだろう。
「後は、薄く伸ばした生地の上にトマトソースやお好みの具、チーズを掛けて焼いたピザとジャガイモのスープです」
うむ。美味しそうだ。美味しそうだが……量が少ない。後で、追加で簡単な料理を持ってこさせよう。
セフィリア嬢は、半分以上が失敗だったのかもしれない。
そう思うと、セフィリア嬢とて失敗はする。うん、こういう少し弱みがある女性はより男を惹きつけるのだ。そう俺が妻に惚れたように……
「では、セフィリアちゃんの料理を食べますか、頂きます」
皆が料理に手を着け始める。それからは、子どもは子どもの話、親は親の話、男は男の話と存外盛り上がった。
料理の味は皆から概ね好評だった。珍しい味、珍しい料理。それでいて簡単に作れ、工夫がし易いとのこと。
食事終盤には、俺とセフィリア嬢で料理の話題へと移る。
「ピザもこのトロミのついたスープも具を変えれば面白いかもしれないな」
「そうですね。カレーは、麺と絡めるのも良し、スープだけ煮込んでそこに茹でた野菜で味を染み仕込ますのも面白いかもしれませんね。トロミの加減は、小麦粉の調合でどうにか出来ますが、スパイスの値段はどうしても」
「そうか……だが、南方航路からの帰りの船にこの料理を普及させるのも面白いな。船は揺れるだろう? そうなると船でのスープ類が零れるために食事が制限されるんだ。主な食事は、パンや干し肉、釣れた魚であって皆、身体から温まるスープが欲しいと感じる船乗りや海軍が居るのだ。機会があればこのカレーを海軍食に採用するのもありかもしれない」
「それは嬉しい言葉です」
セフィリア嬢は、本当に花のように咲き誇った笑みを浮かべる。ほら、目の前でキュピルが見惚れている。
「良かったな。キュピル。お前が海上将軍になる頃には、セフィリア嬢の考案した料理が日常的に食べられるかもしれない」
「ぼ、僕は、セフィーの料理を何時でも食べたい、と思う。美味しいし、あたたかいから」
おおっ、なんか愛の告白っぽい事をこの場で言った。二人以外は、楽しそうな視線を二人に投げかけている。対するセフィリア嬢は――
「それは、嬉しいわ。ありがとう、キュピルくん」
脈がありそうだ。
「私やキリコの創った創作料理は、直営店・ニーレ・ストールでも食べられるし、そこだけの料理もあるから立ち寄ったら是非」
周りの大人が皆苦笑する。難攻不落の城と身内から称されるだけある。キュピルなど目に見えて固まっている姿に、俺自身小さく笑ってしまう。
大人と対応させ過ぎて、同年代の感情の機微に気づけなくなっているだろうか、一度多くの同年代と接する機会を与えるのが良いだろう。
俺自身も人の事を言えない程、この二人に対して画策していた。
日本の海上自衛隊の金曜日のお夕飯は常にカレーライスらしいです。
私は、カレーが大好きです。カレーは万能食品です。