少女から乙女へ
真冬のセフィリア。ネタを整理して構成を考えていたら、なんか途中詰まった。でも大丈夫です。
※ちょっと指摘多かったので、大きく改変
「失礼します。朝でございます」
侍女が起こしに来た。
ううっ、身体が重い。頭がくらくらする。
見上げる天井はぼやけて見え、身体の不快感からすぐに目が覚める。
下半身にずっしりとした感触が広がっている。
「何かに食当りでもおこしたのかしら。それに風邪っぽい」
心はもう三十過ぎても、身体はまだ十一歳だ。小さい頃は、身体と心が一致せずに、熱を出したり、おねしょなど頻繁にしていた。
元々そんなに数は多くないが、領主になってからも時々やってしまう。疲れが原因で寝たときに身体の緊張が完全に抜け切ってのおねしょや風邪など度々。何度羞恥で死ねると思ったことか。まあ、子どもというものに染まり切ってしまった今は、苦笑と謝罪一つで心が正常に保たれる。
「セフィリア様、大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。それにちょっと具合が良くないの」
「分かりました。医学の知識のある者を呼んできます」
「ありがとう」
やたらと布団が重く感じ。子どもの力で半分押し上げて、身体をベットの縁にスライドさせる。
気持ち悪さでふらふらとした頭が下を向いて、下半身を確かめた。
「なに、これ?」
白い寝巻は小さな赤黒い染みが付着している。
「セフィリア様、代わりの……きゃっ!」
しばし呆然としていた私を見た侍女は小さな悲鳴を上げた。まあそうだろう、誰だって小さいとは言え血が広がっているのだ。自分の立場は領主でどこか怪我をしただけでも大騒ぎだ。
「ちょっと血でも出たのでしょうか?」
「いえ、あの、す、すぐに侍女長を呼んできます!」
私はどこか他人事のように呟く。まだ夢を見ているようだ。
侍女は、慌てたようにどこかへと走りだしていった。まあ、キリコが来てくれれば、少しの血とは言え、シーツにも血が付着しているのだ。その対処を的確にしてくれるだろう。
流石に血を見ると不安になるので信頼できる人が居るとありがたい。
すぐに廊下を走ってきたキリコは、やや眉を寄せる。
「セフィリア様、血が出ているようですがお加減は?」
「う~ん。疲れによる風邪? それとも貧血かな。あんまり良いとは言えないわ」
「では、すぐに着替えて寝ましょう。あなた、タオルとお湯を持って来て頂戴。それと変わりのシーツと毛布を」
「は、はい!」
連れてきた侍女に声を飛ばすキリコ。頼もしいな、と思ってしまう。
それからは、キリコになされるがままの着せ替え人形状態。なぜか部屋の前に侍女が数名待機し、執事たちが近寄らないようにしていた。
この状態では、領主の仕事ができないではないだろうか。と思ったが、今の時期は来年度へと細かい詰めだ。別に私の出る幕じゃない。むしろ風邪を隠して書類仕事をしたことで高熱を出したりしたらそれこそ目も当てられない状況だ。
体調不良を感じたら、即時養生をするように心がけている。また、周りもそれを認めてくれる。いやむしろ推奨していると言っていい。
それにしても血の出る原因はなんだろう。ストレスによる血尿? それにしては量は少ない。でもストレスと言う線で考えると……いや、別にそんな趣味と実益を兼ねた領内の新たな改革案や政策案を書き出し煮詰めていただけだ。それに、冬場は商人のメペラ様から買った学術書を読んで過ごして、ジークと軍盤をして、トレイル先生からは貴族の教養を……
ああ、貴族の教養が苦手だからそれが原因かも知れない。もう少し気楽に受けよう。とお門違いな事で苦笑を浮かべる。
「セフィリア様、お腹はどうですか?」
「うーん。しくしくと痛むわ。我慢できない痛みじゃないし、血尿とお腹の風邪ね。きっと」
「……」
なぜかキリコが渋い顔をして黙りこむ。
その後は、お母様も来て頭を撫でてくれたのでくすぐったく身をよじる。
「セフィリア、今から大事な話をします。良く聞くのですよ」
「? なんですか?」
「セフィリアの身体は、大人になったのよ」
「……? 大人になった?」
心は大人だ。今更大人と認められるような事は何用に思うのだが。
「セフィリア様の出血は血尿ではありません。女性が月に一度訪れるものです」
「……えっ」
まあ、知識は知っている。うん、そしてこの身体では初めてだから気がつかなかったのだ。つまり、初潮。女性の生理現象だ。
それに気がついて、血の気が引き、眩暈で一度ベッドに倒れ込む。この時、また何か垂れたような気がした。
遠くでお母様とキリコが慌てる声が聞こえたが、今は寝よう。
その後は、生理の説明だ。とはいっても正確な知識は、生前持っていたので問題ない。むしろ、この時代の生理の知識は低い。一月に一度。変動あり、それにより子どもが出来るようになる。程度だ。
ホルモンの関係や、精子卵子、胎児の成長などの話は全くないから私は、改めてこの世界の医療が偏っている事に気づく。
問題があるとすれば、一通り知識を教えられた後だ。
「それでセフィリア。大人の女性になったのだから今までの下着とは別の物を穿くのよ」
「それは……」
「このような物です」
キリコが取りだすのは、それはもう薄い生地だ。今までがカボチャパンツを少しスタイリッシュにした感じだとするならば、それは完全に女性の肌着。見るのも憚られる。
「こ、このような、布地の少ない物で覆えますの!?」
「いえ、セフィリア様。これは、この下着とこの綿をセットで着用するのです」
取り出されたのは綿だ。そう、綿花からとれる綿。紡績して糸にする奴なのだが、それは軽く潰され平べったくされていた。
「キリコ? 綿花ですわね」
「ええ、綿花です。生理の起こった女性は、これを着けるのです」
キリコはそれを下着の内側に組み合わせているのを見て分かった。生理用品だ。口から乾いた笑みが浮く。スタイリッシュなカボチャパンツは、ゆったりと締めつけが無いので、綿花を挟めないのだ。トランクスのようで好んで穿いていたが、それが使用禁止にされるのは流石にキツイ。厳しい。
「その、私は今までのままで良いと思っていますわ」
「いけません。淑女たるもの身嗜みもきちんとなさってください」
「それにね。セフィリア、流石に男の人と夜を共にする時にその下着だと恥ずかしいと思うの」
「お母様! っ……痛っ」
「セフィリア様、生理中は興奮なさらないでください。お身体に障ります」
あまりにストレートな発言に声を上げたためにお腹に力が入り、なにかトロッとしたものが股下から染み出す。ああ、まだお腹の中に残っていたのかも。それにまた下着が汚れたな。確実に。
「私はそんな薄い下着穿きません。心もとないです」
「でもね。流石にそれはいけないわ。女の子には必要な事よ」
「普段見られる事はありません。機能性重視です。動き易さ重視です」
屁理屈を並べて逃げる。お母様やキリコに対して久しぶりに我儘を言った気がするようで気が引けるが、ここで引けば男の自分は確実に死ぬ。
「それに、その下着は何で出来ていますか?」
「これは蚕の糸で紡いています。とても肌触りが良いですよ」
蚕の糸と言うとシルクだ。とてもじゃないが高い。高過ぎる。自分の身につける物など与えられた安物で良いのだ。
「高いです。それなら、その経費を削減して安い服を」
「何を所帯染みた事を言っておりますか! 公の場に出るお方がその心構えはなりません!」
久々にキリコの怒鳴り声を聞き、私とお母様が目を白黒させる。
「ご、ごめんなさい。ちゃんとした服を揃えるから……でも、下着だけは」
「そうですか。ではセフィリア様。月の一週間に渡って、血で濡れたベッドシーツを毎度侍女たちに洗わせるのですね」
「うぐっ……」
「別に構いません。我々はジルコニア家に仕える身。主の我儘を多少叶えられないようではいざという時対応できませんので。寒い冬にしつこい血の汚れを落とすのは苦労するでしょうけど」
キリコは、普段言わないような事をピンポイントで突いてくる。私がなるべく侍女や執事に手間を取らせないように行動しているのを知っている。むしろ、私自身が率先して動いて、皆に気を使っているのだ。それを逆手に取ると言うことは、絶対に着けさせたいのだ。
流石に着けたくない。男だった自分が否定するが、間違いなく肯定しなければならない状況に流れている。
「……キリコ」
「はい、なんでしょう?」
「……ごめんなさい。ちゃんとつけます。でも慣れないので、二日に一回にしてください」
「ご理解いただきありがとうございます。では、こちらがその下着でございます」
取り出された下着は、まあなんとも女性らしい。ただ、うん。シンプルだ。
全部白。しかも統一デザイン。そう言えばこの世界には、スタイリッシュカボチャパンツとこのデザインの女物の下着以外はどうなのだろうか? 侍女たちの服は、統一のエプロンドレスだ。
これは一度、新しい服のアイディアを提案してみるのも良いかもしれない。
「セフィリア? 着けられる?」
「大丈夫です、お母様」
一度考えを中断させて、一枚手に取る。うん。中に綿花を敷いて、下着を穿き替える。シルクのひんやりとした感触が小さなお尻を包み、冷たさで背筋が伸びる。
「慣れませんわね。とても心もとないです」
「慣れてください。見えない所でも淑女の嗜みです」
「ああ、セフィリアが大人になりましたわ。これは皆を集めてお祝いをしなければいけないわね」
「お祝いって……」
それはつまり、生理始まりました。と公言するようなものではないか!?
全力で拒否、否定、阻止に掛かる。
そこはキリコが私の意を組んでくれたので実現しなかったのだが、使用人全員には話は伝わった。
それから三日の内はお腹が痛んだりした為に、お茶よりもホットミルクを出されたり、何枚も重ね着をさせられ、仕事を奪われたりと今までにないほどに周囲に気を使われた。
私個人の変化は、男性が私のお尻を見ているのではないか、という妄想に駆られてジークやその他の執事たちとあまり話が出来なかった。また侍女たちから女の子の色々を聞かされた。いや興味深い領民文化や服装文化の程度を知ることが出来たのだが、それ以外の余計な知識を吹き込まれたりした。その都度、キリコに発見され、余計なことを言っていた侍女はこっぴどく叱られた訳だが。
下着に関して言えば、春が始まるまでには慣れてしまった。自分の適応能力が恨めしい。
久しぶりのほのぼの。政策無関係。うむ……やっぱり自分は、ほのぼのより政策の方が向いてるかも。