またまた領主の憂いとファンタジー要素(前編)
セフィリア十一歳。納税時期の終わった初冬。
異世界転生物なのに、今までファンタジー要素皆無でした。ごめんなさい
「はぁ~、どうしましょう? これ?」
私の目の前にあるのは、数枚に渡る報告書だ。先日、領内を聞きまわっていた不審者から回収したものだがその方法に私は、驚いた。
「トレイル先生を嗅ぎまわる間、かなり核心に近づいているのね」
「そうでございますな。」
「でも、まさか諜報機関が存在したなんて。お父様は何を目指していたのですか?」
「ダイナモ様は、領内に降りかかる火の粉を事前に払うために作ったのです。無意味な殺生はこの十年ありません」
それは、それ以前あったのだろうか? いや、今更聞いても意味が無いだろう。
「今後も無駄な血を流さないで貰いたいわね」
「そう伝えておきます。それと、そろそろ何かしらの後ろ盾が欲しくなりますな」
確かに、そうなれば間諜が情報を持ち帰っても後ろ盾が強力なら領地に干渉は出来ない。
「……それは、他の領主や貴族と積極的に関わりを持って欲しい、って事?」
「左様でございます。周囲に強力な味方の居ない状態では、幾ら領地が豊かでもすぐに権謀術数の渦に飲み込まれてしまいます」
「……」
私もそれは考えている。だが、どうも先の社交界での印象で貴族が信用ならない者に思えて、生理的に受け付けなくなっていた。
「ジーク? 誰が良いと思う?」
「それはランドルス侯爵様との関わりが持てれば最良」
「つまり……キュピルくんとの婚約?」
「それはいささか段階を飛ばしております。まずは領間の交易を発展させる事を前提にした街道整備や新たな輸出品の確保があります」
「そう、それならランドルス侯爵とも良い関係を築けそうね」
私は内心ほっとした。生前男なのだ。十代前半はまだ子どもの時期。それで婚約など僅かばかり抵抗がある。まあ、キュピルくん自体は嫌いじゃないし、将来はなかなかの美系になるだろうし、少女としての自覚は多少あるのだが。
一度頭を左右に振り、関係ない考えを振り払う。今は、ランドルス侯爵との繋がり方だ。
「来年度の予算から街道整備費を多めにとりましょう。前言ったように、主要な町を繋ぎ、商品を中継する荷物の『車輪化』を実施しましょう」
「そうですな。まずは、ランドルス侯爵領の方面を整備しつつ、北と南側を。西側は領内の開拓の後にしましょう」
「それと対外的に力を持つならやっぱり騎士はもう少し増やした方が良いと思うの」
「騎士を増やす? 確かに余裕がありますが、巡回騎士は十分足りております。セフィリア様自身の近衛騎士でもお作りで?」
「いいえ、若い新人騎士を一年間訓練という名目で街道整備をしてもらうのです。それなら、生活基盤の無い労働者が生まれないでしょ?」
「そうですか。確かに他領には余剰の軍事力を減らさずにそのように維持している所はありますが……分かりました。では、私は来年の細かな所を奥様とキリコと共に話を詰めます」
「うん。ありがとう」
そう言ってジークは資料を持って出ていく。私は、ふぅーと天井に向かって息を吐き出す。
ああ、考えている政策は多い。だが実現するにはまだほど遠い。
「またアイディアでも書いておかなきゃ忘れちゃう」
今回は、前に考えたアイディアの複合だ。
セメント、レモン栽培、揚水式水車。これを使った技術だ。
「西側の河川は川幅拡張工事と水門設置。決壊防止のセメントによる土塀補強なら良いわね。それと、湿地を開墾したらお米と果樹園、植物油の原料を主とした地域を作ればいいわ。東がワインの産地なら西は果物の産地。うん。あとは、揚水式水車を使って町や村に水を引いて、ブロックとセメントによる水路。上水道の徹底管理と人間のし尿を肥貯にする。うん。良い感じ、これなら今まで動物のだけだったけど更に衛生状況が良いかもしれない。
上下水道のモデルは、日本の江戸時代を想像すれば良い。高所からの水を町中に引き、生活用水とした。そして厠で排泄されたものは、農家の人間が野菜などで物々交換していた。
それを畑の肥料に。畑を常に肥やす事が当時は出来たらしく、それは第二次世界大戦ごろまで続いたそうな。
糞もきちんと発酵させれば、発酵の際の熱で理論上は寄生虫の卵が死ぬはずだ。ただ、そのきちんとがどれくらいかは分からないために保留だ。
今までは農村部だけだったけど、街の近くにも農地を拡げてそこで利用することで肥料の輸送コストを……。あっ、そうなると扱う人が必要になる。それ専用の職業は……流石に、無理か」
ぶつぶつ一人計画を詰めていた。
ただ、一つ。部屋のドアのノックを聞き逃すほどに。
「何をしているんだ? セフィリア」
「ふぇ? トレイル先生!? なんで居るんですか!?」
「部屋にいると聞いてノックして入ったが、返事が無いので入ってきた。それで、何を書いていたんだ?」
「えっと……趣味ですわ」
誤魔化す。流石にこれだけ詰め込んだ政策など現段階では無理だ。街道整備もあるのに。だからこれは今見せるべきじゃないのだが……
「ほう、西側の開拓計画か。 それに河川の増水対策もちゃんと盛り込まれているな」
なんだか期待された視線が紙に突き刺さっていて片づけ辛い。
「見て良いか?」
「その、稚拙な子どもの夢物語です。お手柔らかに……」
そう一言付け加えて、紙片渡す。
トレイル先生の表情は、終始無表情だが時折質問を聞いてくる。
「この川幅拡張に意味はあるのか?」
「ええ、小さい器と大きい器では入るスープの量が違いますよね。ですから、幅を広くすれば、その分川の水を多く受け止めてくれると思うんです」
「ではこの水門は川上で産卵する魚にとっては邪魔になるな。まあ水門と水路による必要性は分かるが」
「あっ、そうですね。そこは後で修正します」
「まさか市内に直接水を引いて衛生管理を向上とは……一つ聞くがいいか?」
「は、はい。なんでしょう?」
なにか致命的な問題でもあったのだろうか、上下水道は江戸をモデリングしただけだから問題があるとすれば他だ。
「これの作業を全て人の手でやるのか?」
「はい。道具などの改良をすれば幾分かは楽になると思いますが」
そう言えば、整地する時、校庭とかで平らにするローラー。あれはなんて名前なんだっけ? と関係ない事を思い浮かべたりして、それも作れば、街道整備が捗るかもと考えた。
「やるには広大過ぎる。せめて魔法兵を利用した方が良いな」
「魔法兵? それは、軍盤の駒の?」
「ああ、主に陣と専守防衛に優れた土の魔法兵が居れば、川幅拡張はかなり楽になるはずだ。その場合、どこかの余剰魔法兵を金銭による借り入れをすれば良いと…「せ、先生! ちょっと待って下さい!」……うん? どうした?」
えっと……と悩む私。普段の歯切れの良さはどこへ行ったと言う風に訝しむトレイル先生の視線が痛い。
私は諦めて、尋ねる事にする。知らぬは一生の恥だ。
「魔法って存在するのですか?」
「……はぁ?」
「いえ、軍盤はただの遊びですし、魔法など存在しない物とばかり……」
「……」
「……」
物凄く居心地が悪い。顔から火が出そうとはこのことだ。
目の前のトレイル先生は、目を瞑り何度か深呼吸をしてから幾つかの質問を始める。
「セフィリアは、今までに魔法を見たことはあるか?」
「いいえ、お父様の書斎や辞書にも魔法という単語は簡単に触れられているだけでお伽噺とばかり」
「じゃあ、魔法と対の神法は?」
「しん、ほう?」
「……セフィリア。前からアンバランスだと思っていたが、ここまでとは。それともダイナモが情操教育上良くないと判断したのか? 確かに奴の書斎にそれだけすっぽりと無いということは……子ども用の童話は与え無かったのか? うむ……いいだろう。説明しよう」
ありがとうございます。と私はトレイル先生に向かって言う。なんだか、一頻り小言を言っていたが気にしない方向性で。
そして今から魔法と神法の特別講座が始まる。
「では、魔法と魔法兵、神法の説明だ。まずは魔法とは火、風、水、土の四種類に分かれている。質問は?」
「先生? それは絶対ですか? 例えば複合とか重ねがけは?」
「ある。『火と風』や『火と水』で爆炎など。土は先に言った通り、専守防衛に優れているから戦場での陣地構成時に他の魔法を混ぜて耐久性を上げる事がある」
「分かりました。ありがとうございます」
「じゃあ、続いての説明は、魔法兵だ。魔法兵とはその名の通り魔法を使う兵士だ。その能力は一人十殺に相当する。例えば、荒野での戦闘では、火を主体とする魔法兵が絨毯爆撃をすれば、相乗効果で辺り一掃できる戦力になる。まあ威力が大きい分場所は限定される戦術だ。ほかにも風は速度と連射性能に優れ、水は、戦場よりも後方支援に優れている。土の場合は物を浮かせる事が出来るので、一人で投石器並みの働きが出来る。ただし、それは訓練を受けた者だけだ」
話を聞いて分かった事があり、その疑問を口にする。
「なぜ、魔法兵ですか? 魔法使いでも良いですが。それになんだか戦力の話で血生臭いです」
「魔法使い? 魔法兵は魔法を使うから魔法兵だ。危険な者を戦力と使うのは合理的だと思うが」
どうやら話が噛み合わないようだ。私の中では魔法を使う者を魔法使いと呼ぶのに対し、この世界では魔法を使う者――即ち兵士なのだ。
「あの、先生? 例えばの話ですが、土は物を浮かせられるのでしたら商人の荷物搬入が出来たり、風によるカマイタチで稲穂の刈り取り、火を扱えるのでしたら工匠と一緒に何かを創作出来るのではないでしょうか?」
「……」
じっとこっちを見つめる先生。私は生活に即した魔法を言っただけなのに、なぜそんなに見られるのだろうか。更に疑問を投げかける。
「それにどうしてモラト・リリフィムには魔法が無いのですか? その報告が無いのが可笑しいと思うのです」
「それは魔法兵の管轄の問題だ。身売りを知っているか?」
「ええ、友達のダリアがそうなりそうでした」
「身売りの元締めは、基本個人じゃありえない。王族組織か貴族だ。個人間だと治安の悪化が懸念されるからな。それで身売りされた行き先は、兵隊か労働力だ。主に適性を図られて、魔法に適性がある者は魔法兵としての技能習得の後に、魔法兵団に配属される。
また貴族個人の有する魔法兵は錬度が低く少数でも近衛騎士程度の実力はある。ただ費用対効果の問題で多くない」
「つまり、モラト・リリフィムの気質上、兵力は必要なく、教育するだけの財力もないのですね」
「そう言うことだ。まあ、もっとも魔法は古くから邪法、外法なんて呼ばれ方をされている程一般の馴染みは薄い。むしろ畏怖や恐怖の念で禁忌とされている地域もあるくらいだ」
トレイル先生は、これ以上詳しく話すと時間が足りない。と付け加える。
「つまり、魔法とは貴重な武器であり、領民はそれを遠いものだと思っているんだ。それとは逆に神法が領民に即したものとなっている」
初めて聞く神法の説明に私は気合いを入れ直すが看破された。
「難しい話じゃない。教会のありがたい教えだと思えば良い」
「……それだけですか? その、何かもっと別の……」
「あるにはある。だが使えるのは教会でも司祭以上の立場の人間だ。だから、一般の神法は、ただの意味の無い言葉だ」
「……そうですか。先生、教会が本当に嫌いなようですね」
そうだ。とはっきりと言われた。なるほど、恣意的な物を含んだ説明か。
「では、司祭以上の方が使う神法とはどのような物なのですか?」
「唯一神に対しての信仰を糧に、裁きを代行し、弱者を掬いあげる」
「……はい?」
今日何度目の沈黙の後の回答だろう。分からない事をこの年で学ぶとこのような反応を取るのかと客観的に見ている自分が居る。
「簡単に言うと、罪人を捌く方法と弱いものを掬う方法だ。
例えば、嘘を見抜く術を道具に込めたり、虫下しの術を定期的に町の住人に施したりする。特に能力の低い物は道具を作って補おうとする。また道具はそれ自体に神法が込められているから一般人。司祭以下に与えられても使うことができる」
「随分と派手さが無いのですね」
「そうでもない。これは一番術者の多い司祭の話であって、その上の人間は最悪の術を持っている。それが使徒化だ」
使徒。聞き覚えのある単語だ。
「使徒化。それは、ただの人間を神の加護とやらを与えて超人に昇華する術だ。階級にもよるが一人で行える使徒化は、三百人程度。それにより出来上がる一人十殺の兵団を通称、使徒兵と呼ぶ」
「それって、軍盤の」
「そうだ。軍盤の双璧。魔法兵と使徒兵だ」
「でも、どうして最悪の術? ただ身体強化するだけなら肉体的な負担だけのような」
トレイル先生の表情が僅かに躊躇いが生まれる。この事実を伝えて良いものか。と言う意味を含んでいる。だから私は、一言。教えて欲しいと呟けば、大きく息を吐き出し、普段の口調に戻る。
「肉体的な負担も確かにある。仕様で激しい酷使された筋肉の裂傷は当然だ。だがそれ以上に術の施されている間は、痛覚が無いんだ」
「えっ……」
「更に言えば、盲信により神のためなら死ねる。いや死ぬ事と殺す事が神への正しい信望だと決して疑わない。人間を消耗品扱いする下劣な術さ」
「それって洗脳じゃ、酷過ぎる」
それにトレイル先生は何も言わない。私は、想像に震える。向かっている人間が足が腕が捥げようと胸を貫かれようともこちらに襲っている恐怖。ただ淡々と機械的に殺しにかかってくる軍団。
「俺が教会嫌いはその辺も理由の一つだ。だが、表向きは御国のために戦った勇敢な兵士。教会の深い闇だ」
今はあまりのショックでたぶんしゃべられそうにない。それをみたトレイル先生は、慣れない手つきで入れてくれたお茶を私に差し出してくれた。
私はそれを飲んで少し気持ちを落ち着ける事が出来た。
私は、すぐに頭を切り替えた。一人の人間としての感情よりも領民第一の効率、便利を目指す思考に。
少し生々しいですね。あんまり血生臭いの書くの得意じゃないんですよ。R18になりそうで怖いです。
手堅い改革ネタが大体良い区切りなので、当初より考えていたファンタジーネタを少し絡めていこうと思います。
ああ、ほのぼのが遠のく。