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理論屋転生記  作者: アロハ座長
第Ⅱ部
32/53

成り上がり騎士・シュタイニーの調査レポート・その三

秋の成り上がり騎士さんの旅は終盤。殆ど食い道楽で終わりそうですが。

 私は、この調査を初めて三週間目に入る。これまで色々な場所をゆっくりと巡って聞き込みをしたが、町に近づく程に領主仕えの侍女長の創作料理のお店・ニーレ・ストールの話を詳しく聞けた。

 途中に寄った村でもその料理を食べる事が出来たのだが、王都にはない独特な料理。そして、王都では栽培されていない野菜を使っているために物珍しさが際立つ。乳製品の多いこの領地では乳製品をふんだんに使ったカルボナーラという料理は、とても濃厚で印象深かった。


 食べ物以外の話をすれば、どの農村も豊作で脱穀機一台を村で利用して楽しんでいた。時に、村長に領主からの農業指導書を見せて貰えるように願ったが、駄目だった。無理に見せて貰うわけにもいかないし、あまり押しが強いと不信がられる。今は諦めよう。


 工匠会にも寄り、脱穀機の製造者の事を詳しく聞こうと思ったがどうやら特許が関わっているようだ。一介の騎士には特許と言うものが良く分からなったために事務の女性が丁寧に説明してくれた。


 特許とは、大陸協定によって保護されるべき知的財産の事だ。無断でその技術を盗用すれば、様々な術が発動し、それを阻止するのだとか。

 ここら辺は魔法や神学の領域だから私は手出しができない。特許の発案者や特許保持者の情報も開示して貰えなかった。また販売は領主にのみ納品しており、領主もしくは領主と取引している商人に掛け合わないと手に入らないようだ。


「……ここまで来るとどうもきな臭いな」


 農業指導書の部外者の閲覧は禁止されていること、脱穀機を取り巻く全体の様相。どうも核心が隠匿されている気配がする。また行く先々で、ダイナモ様のご加護。死しても我らの事を気遣ってくれている。という言葉を耳にするが、前領主のダイナモの行った治安維持や組織の効率化は隠匿されている気配が無い。何やらトレイルとダイナモに深い関係があるように思えるのだが、やはり頭を使う仕事はナタリーに任せるとしよう。



 私は、今回の旅の最終目的と定めた直営店・ニーレ・ストールへと足を踏み入れた。

 外観は、普通の酒場。内部に入って一番最初に驚いたのは、奥にメニューが書かれていたことだ。今までの農村部では村長などの一部の人間が農業指導書を読めるのを確認したが、ここでは全員がそれを見ているのだ。

 普通の酒場は、店員にその日のお勧めを聞く。これは非効率的だが文字が読めない者が多いためにそれが普通なのだ。


「すまない」

「はい? いらっしゃいませ、なんでしょう」


 店員の女性がテーブルの食器を持った後こちらに振り返る。


「何故、文字がある?」

「あっ、はい。文字が分かりませんか? それでしたら上から順番に料理の説明をしますが」

「頼む」

「上から順番に、一番上のラーメンは、スープにパスタ麺を付けた料理で温まりますよ。他にも……」


 中々珍しい。文字を読めないふりをしたが、店員の説明でより料理の内容が想像し易くなる。

 

「一つ聞いて良いか?」

「はい。なんでしょう?」

「どうして皆、あれが読めるんだ? 普段彼らはどのような事をしているのだ」

「さぁ? でも皆さん。値段は分かるのと周囲の言葉と料理でどれか確認している人が多いですよ」

「……そうか。では、私はロールキャベツと煮込みハンバーグとピザを頼もう」

「ありがとうございます。レシピはどうします?」

「レシピ?」

「はい。料理の作り方を記した物です。こちらが今注文した料理のレシピになります」


 エプロンのポケットから取り出した物に私は驚く。薄いひらひらとした物。紙だ。王都とこの領地が紙産業の主流となっているが、王都でもこのような店には浸透していない。


「……全種類のレシピを貰えるか? 知り合いは文字を読めるのでそいつに料理を作って貰うために」

「はい。分かりました。こちらをどうぞ」


 更に数枚の紙が渡された。全部に目を通すと、簡単な単語と単位と絵。なるほど、文字が読めない者でも、この程度ならある程度理解は出来るだろう。また分からなければ、農村部の年長者に聞けば良いかもしれない。本当に良く出来た場所だ。


 しばらく店内を観察し、出てきた料理に舌鼓を打つ。これもまた珍しい料理だ。素手で食べる料理やひき肉の塊を煮込む料理などあまりない。そしてどれも美味い。これは帰ってナタリーに食べさせたいと思う。


三度みたびすまない。この料理に使われている野菜は私の地域では作っていないんだ。もし種があれば分けて欲しいんだが」

「えっと……種は無いですね。申し訳ありません」

「そうか……」


 私は落胆した。ピーマンが無い。他の料理のレシピを見れば、ニンニク、ネギ、ナスと滅多に出回らない食材がある。

「では、お会計を済まそう」

「はい。お土産に如何ですか?」

「……蜂蜜か? そこまで余裕はないぞ」

「いえいえ、違います。メイプルシロップという商品です。女性の方が気に入ると思います。こちらもそのレシピとなります」

「では、二本貰おう」



 私は満足してその日宿に帰った。今回の調査はこれで終わりと思っていなかったが、まさか人に後を着けられようとは。

 町の裏路地へと入り、追手を撒こうとする。現役騎士がこんな暗殺者紛いの行為をするなどと苦笑を浮かべつつ、移動するが――相手が上手だった。


「何とか撒いたようだな」

「それはどうかな?」

「っ!?」


 フード付きのコートが視界の端に見れる。顔まで隠していたが声からして女性だろう。背中にひんやりと硬いものが押し付けられている事から何らかの得物を持っている事が予想出来た。


「貴様は何者だ?」

「……ただの旅人だ。遠方より噂を聞いてここまで来た」

「では、なぜ最近領地内を探るような行動を取る?」

「好奇心だ」

「荷物を降ろせ」


 私は、ここで迷う。拒否して戦闘した場合、どうなるかだ。下手をすれば怪我を負うだろうが女性一人を相手にして負けるつもりはない。ここで大人しく受諾して隙を見て逃げるのも考えた。

 だが、すぐ近くの路地からすっと新たに二人コートを着た男が現れた。これはいよいよ下手な博打を打てなくなってきた。


「分かった」

 俺が静かに荷物を降ろし、手を頭の後ろに組む。

 警戒して近づいてきた二人は、地面の荷物を取り、中身を確認していく。私の旅装の内側にある護身用のナイフを奪い、服から全ての物を奪っていく。

 また一人が私の荷袋の奥から隠していた物を見つけた。


「こ、これは、蜂の紋章!? 身分は騎士!」


 蜂の紋章は、蜂の先兵・ハニールを象った騎士の紋章。しかも、これは銀のエンブレムだ。最高位が将軍職の白金だがそれに次いで王家、三大貴族直属の金。更に下に銀、銅と続く。この銀とは王都の精鋭騎士に相当する印。下手な行為は不敬罪になり、現在の行動はそれに当てはまる。だがこの場に居る三人は、一瞬目配せをして、更に裏路地から三人が取り囲む。


「只のごろつきではなさそうだな。何者だ?」

「それに答える義務は無い。何故、騎士がこのモラト・リリフィムを嗅ぎまわる。どこの回し者だ」

「……」

「答えろ」


 背中に当たる刃物が僅かに押し込まれる。これはそろそろ腹を括った方が良いか。


「私は、シュタイナー・ウィスプ。王都第二師団の騎士だ。爵位は男爵。この度の調査は、王都の次席文官殿の依頼で、休暇の片手間で行っている」

「では、貴殿はこの周辺の領主の手の物ではないと。それを証明するには?」

「その蜂の紋章がそれである。銀の蜂は王都の騎士の明かし。領主仕えの騎士は銅の蜂。よって私は全くの無関係」

「依頼主が次席文官……更に銀の蜂」


 女性は悩んでいるようだ。王都の文官の高潔さは有名だ。中央貴族と教会派との間でも政治を滞りなく行う姿は有名だ。そして私の身分である銀の蜂自体も一種の特許の一種らしい。無断では複製できないために絶対の身分証明になる。


「失礼した。引け!」


 女性の一声を受けて、蜂の紋章と金以外の全てを持って撤収された。命があるだけまだマシだ。


「こちらは名乗った。そちらも名乗って貰おうか」

「我らは、深森の者。森の奥底から怪しいネズミを狙う者たちだ。我らは様々所に存在する。それを忘れるな」

「それはどういう……」


 ふっと刃物の感触が消え、振り返ると既に女性は路地へと消えていた。

 不思議な体験だ。これはつまり、広い情報網と組織力を持つ。という意味だろう。そうでなければ、私がここ最近の行動を知る由もない。

 この領地全部。もしくは、他の領地にまでこのような集団が存在するかもしれない。


 組織の効率化を重視していたダイナモが作り上げた諜報機関だと考えても良いだろう。大きな収穫だがこれはしゃべれないだろう。意味深な言葉を吐き、見逃すと言うことは下手に情報を吐露すれば、私のみならず周囲にまで被害が及ぶだろう。




 私は、それからほどなくして王都へと戻った。

「どうだった? モアト・リリフィムには何か面白いものがあった?」

「ああ、農民たちが皆優しかった。近年は豊作らしいな」

「……それだけ?」

「ああ。後は無いぞ」

「あんた、一か月本当にのほほんと過ごしてんじゃないわよ! 調査をしなさい調査を! 全く」


 かなりご立腹のナタリーに迎えられたがここは彼女を守るために黙っていることにした。



 後日、私の元に荷物が届いた。差し出し名は――深森の者。



 中には、私から奪った調査報告書以外の荷物全てとお詫びの品として新しい料理のレシピと作物の種と生育法を記録した用紙。更にメイプルシロップの瓶が一本多い。

 手紙には『勝手ながらあなたの身辺を調査しました。あなたに危険性が低いと判断しました。お詫びとして種と育て方とメイプルシロップをお送りします。どうか、周りの方に料理を振る舞ってください。だたし、モラト・リリフィムの事は心の奥底に』と書かれていた。

 改めて、ダイナモの作り上げた深森の者という組織の力に戦慄を覚える。何もしない分には害はないようだ。そして料理に関してはむしろ拡げて欲しい節が見受けられる。


 私は、騎士の宿舎の裏庭の許可を得て畑にした。この時期では取れる野菜は少ないが来年の夏にはピザを食べようと心に誓う。

 ナタリーには、差し入れとしてレシピを元にメイプルシロップを練り込んだマーブルパンを渡したら今まで見たことが無いほど蕩けた表情をしていた。


「こんなに甘いパンは食べた事が無いわ。これ高いんでしょうね」

「知り合いから分けてもらったんだ。気に入って貰えて良かった」

「ええ、蜂蜜のようだけど風味が違うわ。って言ってもあんまり蜂蜜食べた事ないけど」

「一瓶譲ろう。それ自体も中々面白い風味だぞ」

「えっ!? 良いの嬉しいな~。いつも甘いものが食べられる~」


 そう言って喜ぶナタリーと午後のお茶に興じる秋の納税時期。もうじき激務でナタリーの機嫌が悪くなり始めるのだ。少しぐらい矛先が向かないように裏で手を回さなくては。


はい、少しフラグ回収。第10部での会話に何気に出てきた『深森の者』あれって諜報機関だったんです。普通に読んだら、狩人さんたちと思うでしょうね。

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