成り上がり騎士・シュタイニーの調査レポート・その二
成り上がり騎士の調査は、始まった。
私は、泊めてくれている農夫とその奥さんと共に夕飯を囲んでいる。普通の農家の夕食が、黒パン、豆の薄味スープだとするならば、この村の普通は、白いパン、野菜のスープ、ハムもしくはソーセージにサラダ。飲み物は乳である。
今は四日目。本当に同じような食事が続く。
「……あの、客と言うことで豪勢なのですか? でしたら申し訳ない」
初日にそのメニューを見たときの私の反応はこれだ。しかし、夫婦は揃って笑いかけて答える。
「これでも俺達の食事は質素だぞ」
「いや、これは良い宿並みの食事ですよ」
「あらあら、お世辞が上手だ事」
嘘ではない。騎士と言う事で多少の不味さや飢えを耐えられるように訓練されているために黒パンが至高と思い込んでいたが、違うのだ。
黒パンが美味しく感じるのは、あの薄味の豆のスープでは満足できないために、硬いパンをただひたすらに噛んで得る満足感だった。それに対して、スープの味は、塩コショウ、ほんの少しのベーコンが良い味を出している。それにふわふわのパンが甘く感じるのだ。飲み物の乳は羊らしいが、癖があるけど美味い。他の料理も全部の食事量が多い。
本当に量が多い。このまま冬に向かっても大丈夫か心配になる。
「それにしても、冬場もこのような食事を? 備蓄は大丈夫なのですか?」
「備蓄は、数年前から雑穀から小麦に変えていて、雑穀少し、小麦が殆どという状態だぞ。他の村でも最近は餓死者や身売り話は聞かないな」
「……それは良い話ですね」
「そうね。でも、ここは領地の境界に近いから身売りの話は良く聞くわ」
「ええ、労働力となる男性は、適正が図られて魔法兵になったり、単純な労働力として王都周辺で開拓団をするか、鉱山に行きますね。若い女性は、学があれば、貴族への奉公。ない場合は、娼館に売られます。一番酷い場合は、奴隷という顛末です」
暗い話になってしまった。
だが身売りの場合、一番良いのは、男は魔法兵。女は貴族への奉公だ。給金は良く、扱いは平民より上になるためだ。魔法兵は兵役の三十年をこなせば、更に金が支払われ、故郷に帰れる。貴族への奉仕も同様だ。例外を除いた身売りは、前金ありの終身雇用制度のようなもので、過重労働への配慮も必要となる。まあ、配慮しているのは一部の者だけだがそれを言うと切りが無い。
一番最悪なのは、男女ともに奴隷だ。前金だけ、人としての尊厳などない。
奴隷制度は基本ないが、西部だけは違う。貴族が多い分、領主が多い。その領主たちが結託して困窮した農民の子どもを買い取り、様々な嗜好を満たす。まさに腐敗した政治だ。
ナタリーの引っ張り出したとんでもない案件は、その人身売買に直接侯爵が係わったためだ。踏み込んでみて見た光景はおぞましい。人の所業じゃない。思い出しだしたくもない。
「どうかしたか? 暗い顔して」
「いえ、自分で言っておきながら嫌な話ですね」
「そうかそうか。だが、むしろ貴族に身売りしたいって輩もいる話だぞ」
「はぁ? それはどこに」
「ここの領主。女の子だからな。男貴族より安心だ。それに遠出する時は、途中の村々に訪れて挨拶するんだ。『何時も視察に来れなくてごめんなさい。お加減は?』だとさ。ダイナモ様の意思を継いで良い領主になってくださるだろう」
「そうね。何時までもこんな幸せな日が続けば良いわね」
夫婦そろって楽しそうにしていた。
聞けたのは、このモラト・リリフィムでは領民が身売りするほど困窮していない点だ。むしろ領主への身売り自体が優良就職先と考えていた。
そしてご飯が美味しい。こんな美味しいご飯が今まで続いているためにもう騎士の食事には戻れないかもしれない。ここの農民になりたい。
翌日は、畑仕事の手伝い。鍬を持って畑を耕し、雑草を抜く。酪農をやる農家が麻袋に糞を詰めて運ぶ姿ももう慣れた。
最初に肥貯の臭いを嗅いだ時、戦場の血生臭い匂いとは違い、酷い生理的嫌悪の臭いに卒倒しかけた。だが、慣れれば問題ない。近づかなければ問題ない。あれの中身を畑に入れて、土と混ぜて作物を作ると成長が良いらしい。ここは専門的な内容で良く分からない。詳しい説明の入った指導書は村長が管理しているために見せては貰えないらしい。残念だ。
「ふぅ~。終わりましたよ」
「はい。ごくろうさん。今日はホワイトシチューだぞ。にんじんがとろとろで美味いらしいぞ」
「それは楽しみですね」
「こんにちは。お変わりありませんか?」
私達が農夫の家に戻る途中、後から声を掛けられた。振り返ると、馬に乗った軽装の男性だ。彼のような人が他に六人。彼らは、巡回中の騎士らしい。領内の治安維持のために村々の街道を移動し、不審な点を探す。そうした地道な活動で治安が良いようだ。
「タイニーさん、明日にはこの村出るんですか?」
「はい、馬車に乗せて貰って町まで。そこから一度中央の町へ」
「良いですね。私はこの辺で巡回ずっとしているので中央の町に行く機会が無いんですよ。是非、創作料理店行って味を教えてくださいね」
「はい。所で、この巡回の仕事って何時からやっているんですか?」
「うん? 私が入った時にはやってました。隊長、何時からですか?」
「ダイナモ様が統治を始めてすぐたから十数年前からだな。慣れるまで苦労した。中には反発する騎士も居たが、目に見えて治安が良くなるから何時しか仕事にやりがいを持てるようになった」
「それは良かったですね。最近は何か、ありましたか?」
「最近なんて、街道にイノシシが出て馬車に当たるくらいだ。それを俺らが仕留めて村でイノシシ食うんだ。酒を飲みながら」
楽しそうに騎士の隊長と若い騎士の話。どうやらダイナモは治安維持に関して就任当初からかなり尽力していたらしい。外部への兵力よりも内部の維持に対する配分でこの領地は安定しているのだろうと私見を入れてみる。
「そうじゃ、うちらもシチューのあと酒を飲むか? ぬるい麦酒」
「良いんですか? 私なんかが頂いて」
「お前さん。若いのに良い仕事したからな。騎士のみなさんも飲むかい?」
「本当ですか!?」
「駄目だ。仕事が終わってから。非番の時にでも飲むぞ」
そう言って去っていく騎士たちを見送る私達。この牧歌的な雰囲気は私は好きだ。
この一週間で見た事を詳細に荷物の紙とインクに書き残す。
脱穀機の出所は、領主の貸出だが製造は工匠会が主体らしい。一度伺ってみる必要がありそうだ。
肥貯や肥料と言った物の御蔭で農作物の生育は良好らしい。だが、どこでそんな知識を仕入れたのだろうか。トレイルは、最低三年前から関わりを持っていたと推測される。
治安は良く、身売りの話も殆どない。食べ物も美味しく定住したくなる。子どものお守で騎士をやるくらいなら、騎士の称号を捨ててこのまま逃亡したいという衝動に駆られてしまうほどだ。
最後に、農夫夫妻は温かい人だが、子どもが居ないのが気になったのは、私情を挟み過ぎたのだろうと思う。
私は紙面を見直し、長く息を吐き出す。うむ。殆ど日記だがナタリーならば解読してくれよう。
今日は早々に寝て、明日の朝早くに私は馬車で町へ向かうのだ。
お休み
会話文の少ないほぼ一人語りのようなシュタイニーさん。偽名はタイニー。