領主の娘セフィリア・ジルコニア
本編まだまだです。ごめんなさい
俺は、生まれ変わった。
そして、今年で五歳になる。
「セフィリア様! セフィリア様はどちらに! ジークフル! そちらは」
「いいえ、キリコ! 全くセフィリア様はやんちゃがお好きで」
俺を必死に探しまわっているのは、俺の、いや、今はもう私と言うべきだろう。
改めて、私の家の従者。出産の際、私を抱いていた中年女性の方は、侍女長を務めるキリコ・デーテルテイラーさん。初老の男性の方は、執事長を務めるジークフル・ムルムトフさん。短く皆はジークと呼んでいる。二人とも私のお父様を慕ってこの家に仕えている。
そして私は、二人の追手えある彼らを振り切り、お父様の保有する蔵書をこっそりと覗くのが日課なのだ。
「辞書を持って、うん。誰もいない」
お父様から頂いた辞書を使って、蔵書を端から読む。言葉を交わせるのだが、文字体系は、前の世界と全く違う。
日本語でも英語でも、ドイツでもフランスでも、、ラテンやサンスクリットでもない。全く知らない言語。それなのになぜ聞き取れるのか、についてはいくつか推測している。私の推測でもっとも可能性が高いのは、母体の中にいる時、聞いていた言葉から言語を自然と理解したのだろうという説だ。両親ともに私がお腹の中にいる時、良く話掛けてくれた。そして生まれた後も良く発育するようによく話掛けてくれた。そのお陰で、言葉は、年齢以上に流暢になったと思う。
「はぁ~、私。既に出来ることはしたくない」
言葉遣いが私、と丁寧になったのもこの半年の賜物。周りの人間に怪しまれないように出来るだけお母様の言葉遣いを真似した結果だ。ただ、時々大人びていると思われるので、こうしたやんちゃもしでかす。
「えっと、前読んだのは【グラートリア王国の歴史】の近代あたりだったよね」
そう言いながら、重い羊皮紙の本を引っ張り出し膝の上に拡げる。片方の手で歴史書。もう片方の手で辞書を使い、分からない文字や曖昧な表現を一つ一つ調べる。これが意外と面白い。辞書は分かりやすいように書いてあるが、辞書の説明にも分からない意味の単語がある。更に調べ……と芋蔓式に分からない単語が出てくる。意外と基本的な文字の学習が出来るのだ。
「えっと『近年のグラードリア王国は、中央の王都と二十四の領地に分かれ、東側に六つ、南側に六、西側十二にと分かれ、北にエラヴェール皇国が存在している。エラヴェール皇国との関係は概ね良好であり、互いに不可侵条約を結んでいる』と。たしか私のいるモラト・リリフィムの領地は、東側にあるのよね」
この歴史書を少しずつ読み解いて分かったことは、この世界は異世界であるということだ。
歴史書の最初のページにある測量もままならない大陸東側の地図は見たことが無い形状。更に、文化レベルも中世ヨーロッパレベルだろう。前に見た酪農の本は、宗教本では無いかと思うような内容で、『神の恵み』などの単語を乱用した経験則に基づく初歩的な農業だった。
「グラードリア王国の歴史は、五百年続いて教会と共に発展したのね。でもこの本って十年以上前の本だから変わったかもしれない」
本の最後の日付を確認して溜息を洩らす。
現代のように、即時で情報が入ってくることに慣れ過ぎているように感じる。だが、温故知新、古い話、特にグラードリア王国建国までの英雄記や軍略の本は、軽いファンタジー小説でも読む感覚であったために今までになく新鮮で私の心を擽る。
「次はなんの本を読もうかしら、そうだ! 船乗りの航海日誌があった」
「セフィリア様! 見つけましたぞ! またダイナモ様の書斎に忍び込んで」
ジークに見つかってしまった! 書斎の入口を塞ぐように立たれて逃げ場が無い。
「今日という今日は、逃がしませぬぞ!」
「ジーク? 私、お勉強しているよ。お父様の書斎の本は、お父様が領主になるために読んだ本だもの。領主になるには必要でしょ?」
「それとは別で、淑女となるために覚えて頂く知識もございます」
「私、華やかな貴族。嫌い」
そう言って、ぷぃ、っと子供っぽい動作でジークに対してそっぽを向く。
「あらあら、セフィリアは、お父様が大好きね。私、妬いてしまいますわ」
入口からすっと現れた金髪に薄いピンク色の服を着た美女は、頬に手を当てて、あらあらと優しい頬笑みを浮かべている。私はその人物の膝元反射的に駆け寄れば、優しく抱き上げてくれる。
「お母様! 私、お母様も大好き」
「私も大好きよ。でも女の子は、もっとお淑やかじゃないといけないわ」
「私、お父様みたいになる! だってお父様、カッコいいんだもの」
「ふふふ、そうね。じゃあ、淑女のお勉強はやめにしましょうか」
「お、奥様。そう甘やかして貰っては困ります」
ジークが困った表情を作る。その時、この館――というよりも小さな城――の中にベルの音が鳴る。
「あっ! お父様だ!」
「あっ、待ちなさい!」
お母様の腕の中から飛び降りて書斎の入口へと走るが、一度振り返り、取り出した本を片づけるか迷う。
「はぁ~。仕方がありませぬ。本は私が片づけます。奥様とセフィリア様は、お出迎えしてください」
そう言うジークに対して、ありがとう、と声を掛けて、私は元気に城の中を駆けて行く。
玄関口には、赤を基調としたタキシードを着た男性が侍女長と数名の侍女たちに出向かれられる。
「お父様!」
「セフィリア!」
駆けつけ、跳びつけば、お母様と同様抱きかかえられる。子どもの身体は軽いのか、そのまま身体を高い位置まで一度上げさせられ、抱きとめられる。
後から駆け付けたお母様は、笑顔でお父様を出迎える。
「お帰りなさい、ダイナモ」
「ただいま、愛しのリリィー」
そのまま、私を挟んで二人は、頬にキスをし合う。本当に仲睦ましいことだ。
領主のダイナモ・ジルコニア――この領地・モラト・リリフィムの領主である。領地の特徴は、広い農地を持つ。そして別に裕福じゃない。なぜ? それは税収の多くを民に還元しているためだ。
現代で言う社会保障制度を確立しようとしているようだ。そのために、貴族の伯爵という爵位三位であっても他の貴族より清貧で暮らしている。
執事や侍女もお父様と縁のある人や実力を認められた者たちで構成され、お父様は縁や民を大切にするために領民に慕われている。
領主の妻リリィー・ジルコニア――貴族の妻は貴族。が常な王国西側や王都貴族と違いお母様は、農家の娘らしい。それでもお母様の立ち振る舞いはとても落ち着いていて、この世界の淑女の理想像だと思ってしまうほどだ。
お母様は、貴族の妻という立場にも関わらず家事などをこなす。また統治のための仕事も行っている。
私は、前世で元々持っていなかった両親の愛を今の生で手に入れたのだ。
「ああ、愛しいセフィリア。今日は何をしたんだい?」
「書斎で本を読んでいました。他にもお庭に野菜を作る準備を一人でしたのです」
「そうか、そうか。今日も良い日なんだな」
「はい!」
「もう、セフィリアは、農家の血筋をちゃんと引いているのね」
家族団欒の光景。いつか、諦めた光景が今ここにある。
それだけで私は幸せだった。
初期設定の年齢を三歳から五歳に変えました。以降、五歳から進行していきます。