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理論屋転生記  作者: アロハ座長
第Ⅱ部
29/53

最低最悪の教養講座

セフィリア十歳。納税の秋が差し迫る中、向かう場所は……

 私は、三日を費やして一つの町。いや都市に向かっていた。


「セフィリア。途中での休憩の少ない長旅はどうだ?」

「そうですね。農村部への挨拶が出来ないのが心残りです。ですがとても勉強になる物が多かったです」


 私は不機嫌を隠さずに対面に座るトレイル先生に返答する。


「お前にああいう他の領地の光景を間近に見せるのは教育上良くないと判断したんだ。それに外面を見ただけで賢いセフィリアなら大体は分かるだろう」


 そう、ここに来るまでに見た光景は本来の貴族の政策そのままだ。

 町の衛生状態はモラト・リリフィムより悪い。治安は兵が多いために悪くはならないが、どこか威圧的な雰囲気がある。途中で通りかかる農村部の小麦畑などは、一面の金色なのにも関わらず農民の表情は暗い。きっと実など殆どないスカスカな状態なのだろう。連作障害が酷いのだ。


「先生、なぜ貴族たちがああなるまで放置し、王都の社交界に出かけるのは分かりません」

「そこは、貴族ごとの事情だ。今回の社交界は出たくないかもしれないが、十歳になったんだ他の貴族たちのちゃんとしたお披露目をするのが大体の伝統だ。俺だって二男という立場でも出たんだ我慢しろ」


 そう言うトレイル先生は、今回の付き人だ。パリッと糊の聞いたシャツにタキシードと普段の彼に見慣れているために、酷く違和感を覚える。


「それにだ。セフィリアが今回出席するのは、マナーの勉強のためでもある。吸収できる物は吸収して帰るぞ」

「先生も出たくは無さそうですね。こんなことなら来年度の予算編成を作るべきでした」

「ああ、だが税収管理は、リリィーや侍女隊の管轄だ。まだ税収が集計できない以上何もできない。それに最終決定を下すお前が領地を離れていてもある程度はマニュアルで対応できる」


 ここ数日、正論を言ってくるトレイル先生に対して少し苛立ちを覚える。だがもうじき王都。そこで少しでも学ぶことをしよう



 私達は、馬車に揺られ、グラードリア王国の王都であるアロン・ニュソロンに辿り着いた。遠くから見えるのは王都の防壁とそれを囲む広大な畑。外周を囲む高い防壁。王城を中心に放射状に展開された町。どうやら三重の防壁で隔絶して、一重目の区画が庶民区域、二重目が商業区、三重目が貴族、商人の居住区。中央に王城が聳え立っている。


「ここが王都ですか。王都には確か先生の居られた学術院もありますよね」

「ああ、思い出したくない忌々しい場所だが、ダイナモと出会ったのもあそこだ。興味はあるか?」

「お父様の通った場所には興味はあります。ですが先生と一緒では何かと不都合があるでしょう?」

 そう言って、トレイル先生は苦笑いを浮かべた。まあ、これから向かう場所も貴族がいるのだ。多少トレイル先生の事を知っている者がいれば皮肉も言われよう。それは我慢すると心に誓う。



 会場となったのは、第三区画の文官長の屋敷。そこには煌びやかなシャンデリア、豪華な衣装、色取り取りの刺繍と宝石を身に付けた老若男女が着飾っている。

 はっきりと自分たちの恰好が貧相だ。と言うことには劣等感は抱かない。むしろ誇りに思う。逆に、あまりの着飾り様に吐き気すら沸き起こる。


「トレイル先生……」


 エスコートするトレイル先生を少し不安になり見上げるが、その表情は普段の気だるげな様子一変、明るいポーカーフェイスでいる。そして悟る。ああ、これが腹芸か。本当は先生も嫌だけど、私に正しいマナーを教える為なのだ。と理解した。

 だから私も笑顔を作る。いくら脂ぎった禿頭の男の息が臭かろうと、幾ら淑女の香水の匂いが牛糞と変わらない程に酷いものだろうと、私は堪えて見せる。


 トレイル先生にエスコートされながら、進む中で私は周囲の注目を浴びる。と言っても貴族の約半数だ。

 注目の殆どはトレイルに。『鬼才の変人』『追放された学士』『ノレー家の面汚し』などと軽く罵られているのに予想では分かっていたが、大分堪えるものがあった。

 残りの視線は私に集まる。『あれは誰だ?』『知らない』『みすぼらしい』と私に向けても侮蔑の陰口が向かう。もうすでに居心地が悪いが、遠くから人が近づいてくる。


 近付いてきた男性で、髪と目の色が違うこそすれトレイル先生と顔の造形が似ている。

「トレイル。最近、学院を去ったと聞いたが、どこに行っていた」

 どことなく怒気を孕んでいるような言葉に私は少し、怖くなった。

「久しぶりですね、クレイラル伯爵。ご健勝なによりで」

「ふん。家を飛び出したお前に言われたくないわ」

 家という単語からこの人がノレー家の当主なのだと判断した。

「そちらのお嬢さんは?」

「こちらモラト・リリフィム領・領主のセフィリア・ジルコニア伯爵です」

「お初にお目にかかります」


 ドレスの端を摘まんで軽く会釈する。そのマナーは間違っていない筈だ。だが鼻を鳴らされた。トドメに『女が領主など』という小言が聞こえた。

 これは明らかな女性蔑視。生前男性だった私が男性から女性蔑視などおかしな話だが、領主としての矜持を傷つけられる。だが、それでも笑顔を忘れないように努めて努力する。


「して、セフィリア殿と愚弟はどのような関係で?」

「トレイル先生は、その貴重な知識を当領地で存分に振るって頂いております」

「つまり、パトロンの関係か」


 平然と弟を愚弟呼ばわり。私はフォローに回るがそれですら侮蔑の視線が混じっている。


 その後は少し会話を重ねたが、終始私が感情を抑え、クレイラルが嫌味を言う構図。

 その後も、挨拶に来る貴族の中には、私達を侮蔑し上下関係をはっきりさせたい者、ただの商売の鴨にしようとする者、遠まわしに領主を手放す事を勧める者。みな総じて私を『田舎者』『何もない領主』『無能貴族』というレッテル付けを続けた。

 もう、我慢の限界だ。という時、一人の侯爵に挨拶された。


「お久しぶりですな。セフィリア嬢」

「お久しぶりです。セフィー」

 目の前には同年代の少年とその父親。三度目となるが彼の顔を良く覚えている。


「お久しぶりです。ランドルス侯爵。キュピルくん」

「はじめまして、ランドルス侯爵」

「お前がダイナモの友人というトレイルか。中々に面白い男らしいな。悪評よりも俺はお前の持つ知識に興味ある」


 これはこの会場に来て初めての悪意以外の言葉。それに私は少し安堵する。味方がいるのだと言う事を知って。


「いえ、俺の論文は教会の教えに反するようでして」

「なに、有用な物は教義を無視してでも使えば良い。優秀な者は後世に評価されるが、現在利用できれば多大な恩恵を得られる。俺はそう考えている」

「そのお心遣い、感謝します」


 トレイル先生とランドルス侯爵は、近くのワインを貰い何やら語らいを始める。私は、キュピルくんと置き去りの状況だが、それを気遣った二人は一言。二人でゆっくりしろ。学べる事を学べ。というニュアンスの言葉をそれぞれから頂いた。


「セフィー。どう? 楽しんでいる?」

「ええ、楽しんでいるわ」

「そう。食べ物があるから何か食べようか?」

「そうね。何か珍しいものはある?」


 セルフ式の会場では、各領地の料理が振る舞われているがのだが……どれも似たり寄ったりで自分の領地の料理――主にベーコンやチーズなど――を食べていた。


 その後は、私の食欲を奪う出来事があった。今まで侮蔑の表情を浮かべていた貴族たちの視線が猛禽類の目になる。もちろん、捕食される側にいるのは私だ。


「これはこれは、ジルコニア伯爵。どうですか? 我が領地の料理は」

「ええ、好きな人には好まれますね」


 私のせめてもの抵抗だ。直接善し悪しが言えないから、せめて『好きな人には好き』裏側の意味で、私は好きではない。と伝える。だがそれを良い意味で受け取った見ず知らぬ貴族は、気を良くしてキュピルに話を振ってくる。


「ランドルス家のキュピル殿は、ジルコニア伯爵とはどのようなご関係で?」

「セフィーとは、仲の良い友人です。彼女はとても才覚のある人ですよ」

「それはそれは、ランドルス家を背負って立つ方がそのような評価とは、とても興味がわきますな」


 舐めるような視線。気持ち悪さに食欲な無くなる。どうせ考えている事は、私を足がかりに、将来ランドルス家の当主となるキュピルとの関わりを持とうと考えるのだろう。

 その後も、何人もの貴族が話しかけてくる。最初の侮蔑。すぐに手の平返し。こんな場所に長く居れば人間不信にでもなりそうだ。

 もう、お母様やジーク、キリコ、侍女たちに農家の人たちの顔が懐かしい。


「セフィリア。そろそろお時間です。俺達はこれでお暇させて貰おう」

「セフィーは、帰るの?」

「ええ、あまりお話出来なかったけど、楽しかったわ。次はゆっくり話しましょう」

「そうだね。その時は軍盤でもしようか」

「ええ、約束よ」


 周囲が、微笑ましい。などと声を掛けてくれる。上辺だけの言葉に最後まで笑顔を貫いた自分を褒めたかった。



 馬車の中、やっとこの王都より離れる事が出来る安堵感と同時に疲労感に襲われる。

「お疲れ様。良く耐えたな。何か学べた物はあったかい?」

 理不尽に言われた事を思いだしそうなので、ただ脱力しながら答える。

「ええ、貴族って上辺だけが多いんですね。それに、自分より下を見下すのが好きなようで」

「あれが全部貴族って訳じゃないが、そういう貴族もいるのさ。それと同時に、自分の領地がどれほど恵まれているか? いや豊かになったか分かったか?」

「ええ、料理の味で分かりましたわ。他は酷かったわ。第一、野菜が少ないんですもの。あれに魚があれば良かったのだけれど、流石に魚は無理なようね」


 私の溜息に「干した魚をツマミに酒を飲むと旨いらしい」とランドルス侯爵から聞いたらしい。それを嬉しそうに話すトレイル先生は、どこにそんな元気があるのか不思議に思う。


「それで、見下し好きの貴族がどうしてころっと態度を変えたか分かるか?」

「私がランドルス侯爵とキュピルくんとの関わりがあると分かったからですよね。私に関わっても得る者は無いのに」


 自嘲気味に言うのだが、トレイル先生は同意してくれない。むしろ、ここで真剣な表情になられた。


「セフィリア。自分の領地と他人の領地を比較して思ったことはあるか?」

「ええ、重税に加えて、農作物の収穫量が上がらないのが原因で農民が苦しんでいたわ」

「いや、領地自体の地力だ。モラト・リリフィムは、まだ開拓する余地がありながらも、あれだけ豊かだ。今は他の領主や貴族たちが君やモラト・リリフィムをただの田舎と考えているが、気がついた時、掌を返して全て毟られる可能性がある」


 その瞬間、私の背中に寒気が走る。あの空間に存在していた猛禽類の目は、自分一人だけじゃなくて、領民まで毟り取ろうとしていた事実に行き着いて戦慄した。


「だから、今回の貴族の教養は『貴族からの危機意識』だ。これからの政策に役立ててくれよ」

「先生、意地が悪いですね」

「こればかりは、実地で学ばないとどうにもできない。セフィリアは、専門教養は、どの部門でも半分は完璧だけど半分がからっきしだ。軍盤出来て剣術出来ない。速い速度で金勘定は出来ても優し過ぎて商売は儲けが疎か、芸術もピアノはある程度扱えるようだが、駄目だ。お前はどんな領主よりも善政を敷く一方で、他の貴族との関わり方が出来ていない。アンバランスなんだよ」

「それは……最悪の授業ですね」

「これを機に、増税して対外用の騎士を増やすか?」


 私は、その案は却下した。確かに増税すれば領民の金余り状態は解消されるが、それで不必要な騎士を増やすよりは、別の方面に金を工面する。

 まあ、対外用に何かの策を用意するのは悪い話ではない。と私は一人馬車の中で考える。

約半数は、歯牙にもかけない。残り半数は陥れる。極僅かに興味を持った者の要る貴族の社交界。特にダンスを踊ったりは無かったですね。ごめんなさい。

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