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理論屋転生記  作者: アロハ座長
第Ⅰ部
23/53

北部の村の改革(中編)

九歳、春。最中の北部では、山の頂上にまだ雪が残っています。

 私は、ジークと騎士と共に、長い道のりを北上した。数日かけてゆっくりと進むのだが、北に進むにつれて悪路になり、振動でお尻が痛くなるのだった。それを紛らわすためにも、私は今一度持っている資料に目を通し、不備が無いことを確認する。



「これが成功すれば、様々な農業が自立化し出すわ。でも……」

「セフィリア様、我々には意味の理解できない単語が多々ありました。それにこれで大丈夫なのでしょうか?」

「私も、不安だわ。でも、お願いしないと始まらない。誠心誠意伝えるしかないわ」



 確かに、今回の計画書には、不備は無くとも不安はある。

 不安を口にするジーク。作っている時は感じなかったのだが、いざ農村視点に立って気がつく怪しさに。


 そうこうしている内に、北部の農村の一つに到着した。既に他の村の村長たちも集まり私達を出迎えてくれる。

「はじめまして、領主様。この度は遠路遥々ようこそお越しくださいました」

「はじめまして、北の農村の村長方。私の提案した話し合いの場に集まって頂き、感謝します」



 この村の村長と私の会話もほどほどにして村の家の一つに入る。なぜなら、春先でもこの地域はまだ時折霜が降りることがあるほど寒い。



 村長方の表情は、怪訝そのものだ。まあ、子ども領主が提案する案件なのだから疑って当然だ。だが疑われるだけの理由は他にもある。最大の不安要素にこの案件は、私自身が提案したのだから。

 今までは、お父様であるダイナモ・ジルコニアの残した政策としてやってきたが、これからは私自身の政策でなければ、長期的な領民の、そして農村部の信頼を得られない。



「まずは、これから皆さまの村々を領主の直轄地となって頂いた上で作って頂きたい作物や試して頂きたいことがあるのです」

「話にもよります。作る作物とはなんですか?」



 領主の直轄地というのは珍しい話ではない。鉱山がある領地では、鉱山を含む土地だけを直轄地として他を代理領主を立てる。それにより鉱山より産出される金属を自分が独占できるのだ。他にも東の海上将軍も塩に関して同じことをしている。だから、村長たちもそれに関しては突っ込んでこない。



「甜菜という作物が主になります。今まで小麦を作っていた畑の半分をこれに変えて貰いたいのです」

「それはどういった作物で、主にどのような目的が?」

「資料にある通り、甜菜とは、見た目は大根やカブのように白い根菜類で、地面より養分を吸い上げ根に甘い汁を蓄える野菜です。それからこの村々では砂糖にして貰いたいと思います」



 周りがざわめく。一般の農民が砂糖など作れるとは思っていなかったようだ。子どもの虚言だと言われても仕方が無い。



「砂糖は基本。南方の黍や椰子から取れるのが普通だろ。なんで大根から取れるんだ?」

「なんで? と言われましてもそう言う作物ですから」

「じゃあ、他に作っている所があるだろ。そんなの聞いた事ないぞ」

「北のエラヴェールの一部では、この甜菜は家畜の飼料や葉っぱを食用としているそうです。ただ、砂糖を作るには大量の搾り汁を煮詰めて結晶化しないといけません。詳しい製法は、その資料載っております」

「ならどこでも作れるんじゃないのか? ここより温かい南の方が出来は良いと覆うぞ」

「それが駄目なのです。昼夜の温度差が激しい場所でなければいけない寒冷地の作物なのです。だから、この北の村々が適切なのです」



 一つ一つ的確に答えていく。最後の質問が来た――



「これは、領主様の案かい? どこでこんな知識を仕入れてきた。王都の学者様かい?」

「私が本を片手に無い知識を絞り、話を聞きに行き、商人様の手を借りて探しました。この貧しい北の村々を『甘味の村』と呼ばれるように。と」



 その言葉は、蕩けるように皆の耳に響いた。貧しい村から脱することができる。蔑まれない、前の領主であるダイナモ様は自分たちに飢える前に穀物を届けてくださった恩。また、もうお荷物とは言われたくない意地。様々な思いで各村々の村長は話を決めていく。



「俺は、構わない。ただ、不作の時は見捨てないでくれ」

「もちろん、抜かりはありません。ちゃんと各農村のために備蓄の穀物を責任を持って用意させて貰います」



 それからポツリ、ポツリと賛成が上がり、全員の賛成が得られた。だが資料の紙はまだ半分に差し掛かっただけだ。



「おい、これまだ続きがあるぞ」

「はい。今のは、各農村での砂糖作りの政策の部分。今度は長期的な政策です。ジーク」



 私の声に従い、ジークは自分の手元の資料から顔を上げる。今まで簡単な説明しかしなかったために今この場で理解し、悩んでいたのだろう。顔を上げたときの初老の一瞬何が起こったのか理解できないという顔に一度微笑み、正気に戻す。


「は、はい。セフィリア様」



 皆が囲むテーブルの周りには、男女の顔の輪郭の紙とバラバラの顔のパーツ。それも色々な特徴の顔のパーツだ。



「皆さまは作物や家畜に特徴があるのをご存知ですか?」

「えっ、ああ、まあ色々あるな」

 差し出された紙に呆気に取られて、私へ生返事を返すが、私は気にせずに話を続ける。



「動物や植物、人間はみな同じなんです。特徴がある。例えば、家族の特徴が父親は一重で母親は二重、その他にも別々の特徴が……」



 そうやって並べる顔の特徴。


「その二人の間の子どもは、これらの顔の特徴を受け継いだりします」

「まあ、そうだな。俺の家は四人子ども要るけど、俺似、かみさん似、あとどっちにも結構似たりするな」

「ええ、それも動物や植物に適応させるのです。乳を多く出す牛の子どもは乳を多く出す。肉質の良い豚に子どもは肉質が良い。背が低く、稲穂の実りが良い小麦の種は、背が低く、稲穂の実りが良いのです。そう言った植物や家畜を人為的に交配させて、生産性を上げる――「品種改良」の農業実験場になって貰いたいのです」



 ここまでの話は理解できているはずだ。だが、当然疑問も出てくる。


「俺は、親父とお袋には似てねえんだよ。どっちらかと言うと婆さん似だけど、それじゃあ、俺は親父やお袋の子どもじゃないことになるぞ」

「もちろん、そう言う場合があります。ですが、特徴というものには優劣があるんです」

「優劣?」



 私は、ジークの用意した色のついた小石を取り出す。赤、青の二色。人の顔にそれぞれを色々な組み合わせに持ち並べる。


「例えばの話、この祖父のとある特徴の一つを赤二つとします。祖母の特徴は青二つとします。これらから一つずつ特徴が子どもに受け継がれる場合、何通りになりますか?」

「えっと、赤青だけだな」

「その時、赤の方の特徴に優先されると赤の特徴が浮かび上がります。次に、赤青の特徴同士の子どもはどうなりますか?」

「赤赤、赤青二つに、青が一つだ」

「はい、この時。赤二つのある子どもは祖父と同じ特徴、青青のある子は祖母に似ます。ですから両親に似ていないで祖父母に似ているのは、こういう理由なのです」


 そう言って、間の親の世代には祖母の特徴が無いが子どもの一人はその特徴が現れる。

 最後に、私は一言付け加える。



「これはあくまで仮定の話です。私の観察した物に対する理論です。そして証明するのに何年も掛かってしまいます。甜菜の栽培とは別です。ちゃんと穀物の備蓄も送ります。皆さまには拒否していただいて構いません。それを承知で私のこの実験に協力していただけないでしょうか!」



 私は領主らしからぬ事をする。村長たちに頭を下げるのだ。ジークが慌てて止めようとするが、私は言葉を続ける。



「未熟な領主の私が、お父様のような領主になるのは実績が無いのです! 周囲の人間を納得させるだけの実績を得るためにも、私が領主を続けるためにも、どうかよろしくお願いします!」

「セフィリア様……」



 ジークは、私の肩に手を置き、座らせた。これで大まかな内容は全部だ。答えを静かに待つ。



「子ども相手に、親子や爺さん婆さんがなんで似てるのかを教えられるとは思わなかった。俺の村は協力するぞ」

「別に、食べる物を作るのならば手間を惜しまない方が良いでしょう。私の村も協力します」

「ダイナモ様の恩だ。五年でも十年でも俺らを使ってくれ!」



 そう、皆から肯定的な意見が聞けた。その瞬間、ほっとしたのか、緊張が解けたのか、つぅーと何かが頬を伝う。

「セフィリア様! どうかなさいましたか!」

「えっ、あれ? なんで泣いてるの? 嬉しいはずなのに」



 そのまましばらく泣き続けた。悲しくは無い。嬉しいのだ。嬉し過ぎて、暖か過ぎて涙が出てくる。

 村長たちはみな微笑み、私が落ち着くまで見てくれる。

 それから私は細かい話を詰めた。休作地には、クローバーを撒くことの推奨とその理由。

 クローバーはマメ科の植物で、マメ科の植物には、空気中の窒素を地面に吸収する力を持っている。それを牧草として家畜を育て、最後にクローバーを潰して緑肥にする。これも一サイクル中に似た土地でどれだけの差があるかも検証しなければいけない。



「長い話し合いにお付き合い頂きありがとうございます。皆さんには、記録を書いて貰ったりと手間が多いですが、どうかご協力お願いします」

「良いってことよ。それで領主様は、これからどうするんだい?」

「その、数日間。こちらに滞在してから帰ろうと思います」

「なら、今晩の夕飯は豪勢にしないとな!」



 皆が、おおーと声を上げる。

 その夜は、村の子どもたちが私を囲み、色々なお話をした。特に異世界の童話を聞かせれば、目を輝かせる姿は、初めてあったダリアを思い出す。

 他にも、持ってきた赤青の石を指で弾く『お弾き』や目を瞑り、人の顔のパーツを輪郭に嵌める『福笑い』は、子どもたちが夢中になって遊んだ。



 私達は、北の村の子どもたちに良いお姉ちゃんという存在として受け入れられた。

 

中編です。まだ続いちゃいます。

感想ありがとうございます。プロットに色々なネタの追加と構想の練り直しが大変です。


えー今まで言わなかったのですが、このモラト・リリフィム領地には農業上の問題があります。

 一つ、北部が寒い。めっちゃ寒い。そのくせ、気温の差が激しいので、みなさん辛い思いをしているそうです。

 もうひとつは、西部から南西部に掛けて広い沼地や泥濘、地盤が所があります。農地開発の計画は、この地域なんですよ。水抜いて、土入れて、大きな石や木を退かして、作物が作れるように。

 では、最後までありがとうごいました。次回をまた。

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