北部の村の改革(前編)
九歳の冬。悩みに悩んでおります。
私は、春から秋にかけての種撒きから収穫までの季節に近隣の農地へと赴き視察したが、やはり問題は北部に集中していた。
「これは北部の村を潰して街道工事の労働者として雇う方が良いのでしょうか?」
「ジーク、安易にそう言った事は云わないで頂戴。それじゃあ、農村部の人々の生活基盤が無くなるのよ」
私は、珍しく苛立たしげにジークに返答した。それが本来、不当なものだと反省しすぐに、ごめんなさい、と呟く。
「北部は早急に対処した方が良いのは確かです。生活基盤を失うものが増えるのも確かですが、常駐兵の問題もありますから」
北部の村々は、北のエラヴェール皇国に近いために農業の時期が他より短い。エラヴェールの農業に準じた作物であるジャガイモをこの村々では主食としているがこの国での価値は、雑穀程度。専ら自給自足のため。僅かばかりに栽培している小麦やその他の作物は、納税のための収入源だ。
更に、北のエラヴェール皇国とは幾ら友好国だからと言っても宣戦布告しないとは限らない。有事の保険である常駐兵の拠点である北の村々を失えば、常駐兵の存在意義、そして私の領主能力が問われる。
ならば、別に村を潰さなくても良いのでは? それは村に住む人々の心理状況によるのだ。
ここは貧しい。他も大差ないという話ならば人は動かない。だが他が豊かならば自分たちもそちらに動けば豊かになると確信したのならば、村は一気に過疎化して廃れる。
その弊害として、無職人の流入や治安悪化だ。
「やはり、この北部は領主主導で特産品を開発しなければいけないようね。夏に港で聞いたのだけれども、北方でも僅かに砂糖が生産されているようなの。その作物や製法は知らない?」
「北方ですか。砂糖と言えば、南方の砂糖黍が主ですからな。それよりもジャガイモを利用した料理を直営店で広めてみてはどうですか?」
確かに考えたがジャガイモ主体の料理と言えば、肉ジャガだが醤油が無い。大豆が収穫されるので製造できなくはないが、翌年より効果の現す策ではない。ほか、ポテトチップスやフライドポテトなどの油を大量に使う料理は油の増産が必要になる。この世界では、植物油はオリーブ油が主流で他が少量。後は、牛脂などの動物性の油が容易に手に入るが、時間が経てば白く油が固まる。
「ああっ! 砂糖の案は駄目。ジャガイモをメインの料理が難しい! 他に案は……」
やっぱり大量の穀物を税収で購入し、それを北の村々に渡して何とか流出を阻止するしかないのだろうか。本日何度目かの溜息が洩れる。
「これは商人のメペラ殿に相談するのが良いかと思います」
「ええ、北の村々の農民流出を阻止するためにどれだけの穀物が必要か計算して貰える? 足りない分は私の個人資産を投入して良いから」
「分かりました」
ふぅ、とジークの去った後で深い溜息を吐き出して、天井を仰ぐ。
問題は山積みだ。
組織としての不備はないが、基盤の農民の生産性とそれに伴う生活の変化、また流通に必要な街道整備、増加するだろう農村部のための農地開拓、経済化する農村、過去の歴史を知る私は予言でも出来るようにこれらを危惧していた。だがまだ起きてないために、今はそれほど心配する程の物でも無いはずなのに。
「気分転換にダリアからの手紙でも読もう。ダリアの手紙が凄い上達しているのよね」
執務机の引き出しの中から革張りのファイルを取り出し、時系列順に並べられたダリアの手紙を順々に読む。
今年の春は、肥貯が満杯になったために別の穴を掘ったこと。夏は、町から新しい料理のレシピが届いたこと、そして秋の手紙。これからの二毛作が不要になりそうなほど近年は実りが良いこと。
要約したが政策のヒントは得られた。
全領地で冬の二毛作が不要になれば、その間農村部の労働者は働く時間が短くなる。だから彼らに村の周囲の街道整備の公共事業をして貰いそれに応じた賃金を支払えば良いのだが。
税収は、収穫量の増大でここ数年増えているから払うお金はある。農民もお金を持つようにもなった。だが、そのお金の使い道が無いことが現在のネックだ。
そうなれば、領主主導の教育機関でも作るべきか? その農民の金余り解消のために子どもに教育を……駄目だ。思考の坩堝に嵌りそうだ。考えるのを止めよう。
「本格的に休んだ方が良いのかもしれないわね」
私は近くのソファーに倒れ込むように寝る。はしたない、行儀が悪いのは、今だけは気にしたくない。完全に職業病だ。休もうと思っても全然領地の開発が頭から離れない。
それから数日の間は、寝ても覚めても領内の性急な開発の案を紙に書いては、ボツにするだけの作業。別に業務自体は滞っていないが、私という高水準の世界を知る者にとっては、何も変化できない現在に多分なストレスを受ける。
「お久しぶりです、セフィリア様。あまり顔色がよろしくないようで」
「ええ、少し考えに詰まってしまって」
折を見て来ていただいたメペラ様に対していつもの笑顔が出来ない。朝、鏡を見た自分の顔はとても酷いものだったが、こうして足を運んでくれたのだ。少し話をしよう。
「商談以外にも話を聞きますよ。商人に対しての相談料は無料です。それから信頼が発展するんですから」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
ぽつり、ぽつりと私は話していく。ただ、全部は話さない。彼らに対しての初期のお願いだけを話すのだがそれだけで大分心が軽くなる。
時折相槌を打ってくださるので、安心して話せる。
最後に話終えて、ジークの出してくれたお茶を口につけたら、もうすっかり冷えていた。
「なるほど、貴重な甘味料の領内生産。それと寒冷地でも取れる砂糖の話ですか」
「ええ、でも……あれは噂だったんですよね。噂の信憑性を元に考えたのがいけなかったのかもしれません」
「いえ、その作物。あるにはあるのです。甜菜という作物だと思うのですが、如何せん量が多く取れないので主な用途が家畜の飼料なんです」
「ほん、とうですか?」
私は、驚きに目を見開く。商人のメペラ様は私のその様子に逆に驚いていらっしゃった。
「え、ええ。私も顧客の趣味嗜好に合わせて各地の農作物について最近調べていましたから。他にも直営店で使っていない野菜や主食となる作物もありますよ。米とか」
「……!?」
私は、対面したソファーから立ちあがってしまった。横で黙って座っていたパライカ様が怯えるようにメペラ様に身体を傾けたが私は、この十年来の付き合いである友の健在でも聞いたような心持ちだ。
「それが、それが本当なら。改革の目途が! ジーク! キリコ!」
「「お呼びでしょうか?」」
「春先からの北部の村々を領主直営の農業試験場とします。また、村人に対しての優遇策として穀物の備蓄を我々が負担するように計らいます。その予算と計画書を作ってください!」
「分かりました!」
「それと、クローバーの種子も集めて貰いたいの。後は、可能な限り国内の寒冷地に適した作物とその生育方法も資料に纏めて」
目の前で執事長のジークと侍女長のキリコに指示を飛ばす私に終始呆然としているメペラ様。
私は、心の底から笑顔で二人の商人に言葉を送る。
「ありがとうございます。お二方の御蔭で来年も忙しくなりそうです」
一見して皮肉のようだが、私にはこれ以上の気持ちは無い。なにも出来ない歯がゆさよりも全力疾走の方が気持ちが良いのだから。
初めての分割? 元々一つの政策に対して分割で表記すれば分かりやすかったのかもしれませんが。
毎回、誤字脱字の指摘、文の指摘ありがとうございます。今回のお話は、領内での貧富の差が激しくなる前に、特産物を。と言うお話です。
所々に、意味深な単語がありますよね。分かる人にはわかると思います。多分。そしてちゃんとそれらのフラグを回収したいと思います。