貴族の立食会
・多くの指摘ありがとうございます。その指摘も今後の物語に上手く絡めたいと思います。
今回は、久々登場のとある貴族少年の視点
僕は、朝から待ち切れず自分の部屋の中を忙しなく歩いていた。
久しぶりに会えるのだ。四年ぶりだ。最後にあったのは、彼女の城で僕は得意の軍盤で負けた。優しい笑顔で微笑んでくれるセフィーの姿が忘れられない。でも、もっと忘れられないのはジークに負けて悔しそうにする彼女の顔だ。
もっと彼女の色んな顔を見たい。姿を見たい。そう思って毎年この時期の立食会に招待状を送るのだが、去年一昨年は来れなかった。理由は知っているが残念で仕方が無い。
しかし今年は来てくれた。僕は彼女に言うんだ。――僕の妻になってくれ。って。
「キュピル様、そろそろお時間です」
「分かった。行くよ」
僕は、仕立て上げられた正装で屋敷のホールへと向かう。既に父上が招待客である領内の貴族たちと話をしていたので、僕は、父上に並び挨拶をする。
「お久しぶりでございます。ホウブ子爵、レイモン男爵」
「キュピル、久しいではないか、塩梅はどうだ?」
「なんでも直接海軍へ赴き軍盤の師事を仰いでいるそうじゃないか」
「はい、僕も父のような立派な将軍になりたいので。そして、軍盤で勝ちたい人がいるんです」
僕が丁寧に答えれば、父はその背を叩きながら、大いに笑う。
「今日は、親しい者だけを集めた立食会だ。お前も特に言葉に気を使う必要はないぞ」
「父上、親しき仲にも礼儀あり、ですよ」
「ははは、ランドルス侯爵も息子には型なしですな」
二人の貴族に笑われるも父上は、逆に笑っている。東の海上将軍は、多少にことで動じない。
「父上、彼女は来ておりますか?」
「うん? 彼女とは誰だ? 淑女たちはあちらで談笑の真っ最中だが」
茶化す様に会場に集まっている目に痛い金の刺繍のドレスを着た少し年上の少女たちにウィンクをする父上。全く、子どもをからかうのは止めてほしい。
「違いますよ。セフィリア・ジルコニアは来ておらないのですか?」
「まだだな。まあ、時間ではないし、そう焦るな」
「ほほう、モラト・リリフィムの領主様がこちらに来られるのですか?」
「領主に就任しても滅多に表に出ないと聞いておりましたが、婚約者という噂も聞いておりますぞ」
「いやいや、亡くなったダイナモとは良き友だったが、その噂は嘘だ。彼の娘であるセフィリア嬢と息子を合わせた事があるがな。とても聡明なお嬢さんだったぞ」
父上は、朗々と話していた二人の貴族に簡単な説明をしている時、入り口からしんと水を打つように静まり返る。
何事かと目を向ければ、金髪、紅眼の美少女が、同じ髪で同じ顔立ちの母親と五十代を超えた侍女を引き連れてこちらに歩いてくる。
僕は、そのあまりの凛然とした姿に目が離せなくなる。
「ご無沙汰しております、ランドルス侯爵。このような場にお招き頂きありがとうござます」
「久しぶりですな。セフィリア嬢。いやジルコニア伯爵とお呼びするべきべきかな?」
「セフィリア嬢で構いません。私はまだ伯爵という器ありませんから。それにジルコニア伯爵はお父様を差す言葉ですので……」
「そうか……。ここは俺の親しい者が集まった立食会だ。子ども同士気楽に話すと良い」
「お心遣い痛み入ります。キリコ、例の物をお願い」
半歩後に待機していた侍女は、手に持つ革張りのトランクを開く。
「こちらは、私が領主に就任してから献上された最上級のワインです。ランドルス侯爵はお父様と旧知の仲と聞いております。よろしければ、こちらをお受け取ってください」
「良いのか? ここ数年のモラト・リリフィム産の赤ワインは中央でも高値で取引されるほど出来が良いと聞くが?」
「ええ、華やかよりも質素を好むお父様ならば、中央貴族の元に売られるのならば友と飲み明かそうとするでしょう」
「分かった。ありがたく受け取る事にしよう」
侍女長のキリコから近くの執事がトランクを受け取りどこかへ持っていく。父上の表情は先ほどまでの陽気な雰囲気から苦い物でも食べたかのように顰められていた。
前に会った時の優しい少女然とした表情とは別で、酷く大人びた雰囲気に父上もどう声を掛けて良いのか分からないようだ。
目線で僕に声にかけるように指示をするが、僕だってどうセフィーに声を掛けて良いか分からない。
十秒か、一分か、五分か、緊張で時間が長く引き伸ばされた気がする。それでも僕は、目の前の少女に声を掛ける。
「セ、セフィー?」
「久しぶりね。キュピルくん」
すっ、と先ほどまでの凛然とした姿は幻のように消え去る。昔と変わらない子どもらしい笑顔。言いたい事や話したい事がいっぱいあったのだが、全部忘れてしまった。
「セフィーが領主をしているのを聞いたよ。大丈夫?」
「大丈夫、お母様やキリコ、ジーク。それに騎士や役人が皆力を貸してくれるわ」
近くにいたジルコニア夫人に微笑み掛けるセフィーに安堵する。ちゃんと話ができる。
「キュピルくんは何をしてるの?」
「僕!? 僕は、えっと勉強とかをしていたよ。父上に追い付くために、海軍で剣の練習や僕らの創ったゲームや軍盤を」
「そうなんだ」
彼女も安心したのか、ほっと短い溜息をこぼす。
「ねぇ、セフィー。久しぶりに会ったし、勝負しない?」
「勝負? 軍盤」
「うん」
僕は、今までの考えていた過程を全て飛ばしてそんなことを口走ってしまった。だが、目の前の少女は即答した。
「いいわ。冬の間はジークに鍛えて貰っているから前より強いのよ」
「僕だって海軍の参謀に直接教えて貰っているんだ」
「じゃあ、やりましょう」
僕らは、軍盤を用意し互いに対面する。周囲にいる貴族やその子どもたちも僕らの対局に注目する。
「じゃあ、先行は僕が貰うね」
「分かったわ」
僕は、常道通り、突撃力の高い使徒兵の動き易いように歩兵を動かす。セフィーも同様に常道で動かす。しばし常道で動くのだが、次第に局面が僕の攻め、セフィーの守りに変わる。だが昔と同じでセフィーの守りは硬く、下手に攻めれば、最小限の被害で駒が奪われる。かと言って無駄に時間を掛ければ、僕の奪われた駒がセフィーの守りとは別で攻めに転じてくる。
ただ昔と違うのは、僕の手元にある駒が集中していることだ。騎馬兵と斥候兵。突撃力、移動力の高いこの二駒を一列直進に並べ、突貫の掛ける。
一列目に騎馬兵が歩兵を奪い陣地に食い込む。だが元々捨て駒。互いに三手以内にこの駒を使えない。次は斥候兵で騎馬兵を奪った重槍兵と交換だ。王手だが使徒兵が動き奪われる。
二手三手と繰り返し、奪う奪われるでこちらは総力戦で奪ったが、結果は駄目だった。詰めが甘い。最後は詰め切れずに、三手前に奪われた騎馬兵がこちらの王に向かってきたのだ。
「負けた」
「強くなったわ。前は、ただ無為な突撃を繰り返していたのが、今度は一極集中の攻めだった。危なかった」
「でも、負けたよ。セフィー強過ぎる」
僕らの周りの貴族たちは皆、僕が勝つと思っていたようで、間抜けな顔をしているのが少し笑えた。
セフィーを田舎貴族だと思っているのが殆どだろう。だけど、セフィーの軍盤は多分下っ端軍人でも敵わないほどだ。
「どうする? またやる?」
「いや、大人しく負けを認めるよ。今は立食会だ。次は食事でもしようか」
「なら、キリコに作らせましょう。朝一番で港で買ってきたエビで作りたい料理があるの」
「料理? セフィーは領主でしょ?」
「あら、私は領主以前に女の子よ」
口を尖らせて不服を言うセフィー。そうだ、女の子らしい女の子だ。金の刺繍などないシンプルな桃色のドレスだが、セフィー自身が素敵過ぎてもう他が見えないくらいだ。
それからしばらく待って出てきた料理は、円形のパン生地が放射状に切り込みの入った料理だ。見たこともないが、その上に乗るトマトソースとエビとチーズが香ばしい匂いを振りまく。
「私とキリコで考えたの。こうやって食べるのよ」
「えっ、素手で!?」
立食会では、取り皿とフォークで自由に並べられた料理を食べる様式な為に、取り皿に乗せられたパン生地を素手で食べるセフィーに驚く。
だが、こういった食べ方が正しいの。と言われれば、そう従う。
アツアツのチーズがとろんと溶けて、慌てて大口開けて食べる。
「美味しい」
率直な感想だ。新鮮なエビとトマトとチーズが良くあう。更に、生地のオリーブ油の香りがまた良いアクセントを生んでいる。
「他にも、モラト・リリフィムには新しい料理があるのよ」
「良いな、食べてみたいな」
「領地の特産品が生まれれば、周りにそれを使った料理がきっと広まるわ」
セフィーは嬉しそうに語る。
僕は、この姿に今は満足して言いたかった言葉を言えなかった。
キュピルの初恋が精神年齢三十歳超えのお方だと知ったらどういう反応するんでしょうね。それも元男。
今回は特に進展のないほのぼの会です。ちょっと内容に不満な部分がありましたら感想、コメントよろしくお願いします