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理論屋転生記  作者: アロハ座長
序章
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この世界に生まれ落ちる

序章その二、転生します


1月31日、書式と一部改稿


 引かれる引かれる、落ちる落ちる。

 暗い暗い闇の中を落ちていく俺は、水の中に落ちる感覚を得る。とぽんっ、と優しく滑り落ちるように。

 それからは、本当に穏やかなものだ。海のように激しい波はない。時折誰かの話声が聞こえるが、水に反響して聞き取りづらい。それでも俺は、必死に聞き取れば日本語ではない事は判明した。

 更に時間を掛ければ、単語の意味が何となくわかり優しい声色に心を癒す。

 良く分からないが、今まで失ったものが手に入った気がした。

 水の中は、ただ穏やか過ぎてやることが無い。優しい声は一方的な語りかけで互いの意思疎通が出来ないために少々暇だ。

 だから俺は、今ここで自己紹介をしようと思う。


 俺の名前は、梔子くちなし東里とうり。小学校の教師予定者だ。


 俺の物ごころは、孤児院に始まる。つまり身寄りのない子どもだった。両親は、二歳の時火事に巻き込まれ亡くなったらしい。父親は全身火傷、母親は火傷と感染症の悪化で亡くなったらしい。


 孤児院での生活は悪くなかった。同年代や年上、年下が常に遊び相手になっていたし、園長や先生たちも笑顔だった。ただ年を取れば、子どもたちとの多少の距離を保ちたいと思う年頃だってある。そんな時、マンガなどがあれば年相応で良かったのだが、ある本と言えば、歴史や農業、工業、雑学、江戸の文化、果ては将棋の指南書といった統一性のない本。仕方がなくそれらを片っ端から読んだ。


 園長曰く「知識は本から受ければ早い。昔の入園者の中に農業と工業を学んだ奴の置き土産だ。将棋に勝ったら欲しい本を買ってやる」と言うのだ。別にハングリー精神はないが、おもちゃなどが小さい子に優先していたので必然的に本が残り、難しい本まで読んで園長に将棋を挑んだりもした。


 結果は、一度も勝てなかった。ただし周りには俺以上に強い奴はいないし、勉強も色んな本を読んだお陰でかなり良い成績を取っていた。


 中学、高校とバイトで学費を補填しながら孤児院の家事などを手伝ったり、時には年下のチビどもに手伝わせて園内の一角に家庭菜園を作ったりもした。大きくなれば移動距離も広くなり、学校や市の図書館で本を借りたりもした。

 このとき読んだ本の種類は本当に雑食で、哲学書から歴史書、伝記、ファンタジー、図鑑、と色々。マンガも少々読んだりもしたが、読んだマンガは同年代の読むような少年マンガとはかけ離れたもので、農業学校の話や医療マンガ、他にも図解でわかる科学技術マンガ、料理マンガのようなものだ。


 料理マンガのレシピそのまま書き写して、チビどもと作ったことは、良い思い出である。

 そんな感じで忙しいが充実した生活を送った。

 大学の頃には、孤児院を出て一人暮らししながら学生支援機構とバイトを使って生活していた。

 そして教員免許を手に入れ、小学校教師として人生を歩む予定だったのだが。


 ああ、悔やまれる。夢だった公務員。安定の生活が、と苛立ち紛れにこの水の中で暴れてみる。しかし身体は、僅かに水を掻き分ける程度だった。すると、外の話声に驚きの色が混じる。これは大人しくしていた方がよさそうだ。俺もこの穏やかさは失いたくない。


 少し俺について語ったら疲れてきた。だんだん眠気が襲ってくる。俺は、少しの間眠りに着かせて貰う。お休み。


 …………


 ……


 …


「おぎゃぁ、おぎゃぁ」

「~~~~~~!」


 俺は、水の中から追い出され、空気を肺一杯に吸う。ついに、長い水の中を乗り越えて俺は天国に辿り着いたのだな、と思ったが、目が開かない。


(俺は、天国にやっと来たのか、死んだ両親に会いたいな)


 と呟けば、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえる。

 天国にも赤ん坊がいるのか、早く死んでしまって可哀そうになどと思っているが、赤ん坊の存在はとても近く感じる。


「ああ、生まれた。私の可愛い子」

「生まれた。やった初めての子どもだ!」


 近くで男女の声が聞こえる。

 今まで水の反響で受けていたくぐもった声ではない。鮮明で良く通る声だ。


(生まれた? 死んだの間違いじゃ? どうなっているのだ?)


 俺の声に呼応するように赤ん坊が泣き叫ぶ。何とか重い瞼を押し上げ、ぼやける視界で周囲を見る。

 俺を抱きかかえるのは、白いエプロンをした女性。しかし声の主はこの人ではない。


 俺の頭が傾けられ、声の主二人を見ることが叶う。


 一人は、ナイスミドルな男性。赤いタキシードみたいな服を着て、小さな顎髭と優しそうな赤い瞳がこちらを見る。


 もう一人は、色白で金の髪を持つ女性。とても疲れ切った表情をしているが、男性同様に優しい青の瞳を向けてくる。


「私の可愛い子ども。顔を良く見せて」

「この顔は、君に似てさぞ美人になるだろう」

「いいえ、目はあなたそっくり。とても意思の強い子に育つわ」


 二人は俺に向かって仲睦ましい会話をしている。


 そして気がついた――俺が赤ん坊だったことに。


 俺は、あらん限りの声で叫んだ。今の状況に対する歓喜なのか、転生なんてありえない状況に対する発狂なのか、それともこの幼い身体の空腹を伝えるためなのか。


 二度目の人生は、こうして始まった。

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