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理論屋転生記  作者: アロハ座長
第Ⅰ部
18/53

役人子爵・イラケス子爵

少し変わった青年子爵さんの領地の視察風景

 私は、北西のとある村に来ていた。今日は、工匠会の依頼品を届けるついでに視察に来ていた。



「あれま~、イラケスさん。いらっしゃい。今日はどうしたの?」

「今日は、村長に届け物ですよ。村長いらっしゃいます?」

「そろそろ戻ってきますよ。ただ鼻摘まんでた方が良いですよ」



 のどかな小麦畑と遠くに見える牧草地から風に運ばれて若草の香りが鼻に届く中で、なぜ鼻を摘ままなればならないのか分からなかった。

 だが、その答えはすぐに分かってしまった。



「おう、貴族の兄ちゃんじゃねえか! どうした? 今日は」

「うっ、くさっ……」



 泥だらけで現れた村長に顔を顰め、咄嗟に息を止める。服は汚れ、蝿を引き連れているために近付きたくない。



「がはははっ、皆最初は、この臭いにやられるんだよな」

「なんですか、この臭いは」



 私は、涙目になりながらも尋ねる。酷い臭いに逃げ出したくなるが、そうもいかない。



「肥貯だよ、肥貯。村中の動物の糞を穴に埋めてる途中に足滑らせて、落ちたんだ。まあ、風下に設置したから村中がこの臭いに包まれることは無いがな」

「早く洗ってきてください!」

「おう、分かった分かった」



 陽気に愉快に、そう表現が適切な村長が服を脱ぎ、水を貯めている桶の水を頭から被り汚れを一気に流す。それだけで臭いは減るが、やはりまだ臭う。



「おう、終わったぞ」

「川に行って全身を洗ってきてくださいよ。それじゃあ、汚れが落ちませんよ」

「後で行くよ。それで用件はなんだ?」

「工匠会から脱穀機の予備の歯を預かってきました。それと視察に来ました。なにか領主に要望があれば言ってください」

「全く、ホントにこの領地の貴族は貴族らしくねえな。普通の貴族なんて俺らのような農民に要望聞かねえぞ」

「同意します」

「まあ、あんたが一番変な貴族だがな」

「それは遺憾ですね」



 私は、イラケス・ファールゥ子爵。爵位四位の貴族なのだが、あまり貴族らしくない。



 一般人の貴族のイメージとしては、毎晩社交界でワインや美味しい料理を飲み食いしている知識人のようだが、現実は違う。領主階級の貴族はそういう生活らしいが、子爵以下の貴族は、領地は無く、ただ給料の良い役人仕事をしているだけだ。


 この王国の領地の分け方は、王都と二十四の領地からなるだが、それ一つ一つは大きい。それを一人の領主で統治しようなど無理があるので普通の領主は、更に分割して軍人貴族に領地を代理統治させて代わりに有事の際は軍隊を招集させる方式を取っている。そのために立場や運が良ければ、子爵や男爵でも社交界に出席する機会を得られる。それ以外の下級貴族だって選民意識が強く、税制優遇などで農民よりも遥かに贅沢ができる。



 まあこのモラト・リリフィムでは、徹底的な組織化と役人の増員、税の還元で下級貴族と農民の差があまりない。そのために、領主一人が子どもでもこの広大な土地を管理できるのだ。



「最近はどうですか? その肥貯で作った肥料って奴は」

「不思議な事にあれだけ痩せた土地も肥料を混ぜて耕せば元気な野菜が出来るんだ。ちょっと元気ねえな。と思った作物に追加すれば、他と大差ない程度に成長するんだ。村の備蓄も豊かで去年から冬の心配はないくらいだ」

「そうですか。今年も美味しい野菜を期待できそうですね」



 そういって私は聞いた事を紙にメモしていく。視察なのだから聞き取ったことを報告しないといけないからだ。



「あー、でもよ。問題はあるんだよな」

「なんですか?」

「金が余る」

「あー、なるほど」



 金が余るがなぜ問題なのか、とはこの周辺の環境を見れば分かる。何もないのだ。酒場も雑貨屋も何もない。物が欲しければ、物々交換。家具なんかは、町へ行くより作った方が早い。

 町に行けば、お金は必需品。だが多くの農村は、税を納めるために得るだけである。ここ最近は、豊作が続いて小麦や野菜が多く売れるので、その分手元に残るお金が増える。まあ、余ると言っても納税二年分がせいぜいなのだが。



「でも貯めておいてくださいよ。いつ飢饉になるか分からないんですから。小麦が一切取れないと、その年は、そのお金で生活しなきゃいけないんですから」

「分かってるよ。せいぜい行商が来た時に使うって」

「他に何かありますか?」

「ある。大ありだ」



 急に神妙な表情になる村長に私も息を呑む。



「お前、町の役人なんだろ! 町で噂の直営店の料理はどんな味なんだよ!」

「あー、あのニーレ・ストールってお店ですか? 私は入ったことないんですよね。貴族の料理って敷居が高そうで」

「おまえ、本当に貴族か?」

「うっ……でも、仕事でこっちの視察に来ると決まった時にこれを渡されたんですよ」



 私は、荷物の中にある紙に穴を開けて紐を通しただけの本を取り出す。



「そのお店の料理の作り方が載っているそうです。なんでもセフィリア様の配慮だそうですよ」

「うぉぉぉぉぉぉ! 子ども領主様、万歳!」

「止めてくださいよ。村長、皆見てますから」



 私がジトっとした目付きで見るのだが、村長の興奮は天井知らず。



「おーい、ヨニール。料理作ってくれ! 皆に振る舞うぞ! てか、酒も飲むぞ!」

「喧しい! 黙ってもう一仕事していきな!」

「よーし、貴族の兄ちゃんも一仕事汗掻いて、飯と酒食うぞ! 俺の奢りだ!」

「えっ、嫌ですよ! まだ仕事中ですし! って抱きつかないでください! 臭いですって」

「貴族なのに言葉遣いがなってないな! ホントに貴族か?」

「貴族です! ただ、貧乏ですけど!」



 がはははっ、と豪快に笑う北西の村の村長と引きずられていく私。持ちなれない鍬を振り、素手で野菜を収穫したりで服が汚れた。もうこの格好で帰ったらなんて言われるか分からない。



 私は、作業中にふと、気がついた事を言う。



「キノコが無いですね。キノコのシチューが好きなんですよ。私」

「はぁ? キノコは畑じゃ取れんぞ。森の中に行かなきゃな」

「えっ、野菜じゃないんですか?」

「馬鹿野郎、キノコは野菜じゃねえ! これだから貴族は農業知らねえんだな! あと、蜂蜜も山で取れるぞ」

「なんでですか?」

「蜂の巣は山に多いんだよ。まあ、牛舎の屋根に巣作ることはあるけど、殆ど大きくなる前に退けちまう」

「勿体ないですね」

「馬鹿か? 蜂に大群で襲われたら、死なないまでも刺されて腫れあがる。それに、牛や馬が刺されて暴れられたら堪ったもんじゃない。それで怪我人や死人が出たことだってある。

 俺達が蜂の巣を落とす時は、藁を燃やした煙で全部追い払ってから棒で巣を落とすんだが、それでも危ないから蜂蜜は高級品扱いなんだ」

「へぇ~」



 農家の話は面白い。私自身、貴族になんの感慨もないので貴族を止めて農家にでも転職しようかとさえ思った。



「料理出来たわよ! なんでもピザって料理らしいわ!」

「おう、今行く。ほら、イラケスの兄ちゃんも食いに行くぞ」

「では、お付き合いさせていただきます」



 薄いパン生地に、真っ赤なソースとベーコンのチーズの載った料理をみんなは素手で食べていた。



「なんで素手で食べるんですか? ナイフやフォーク使わないんですか?」

「どうやらこれが正しい食べ方らしいわよ。ほら、あんたもお食べ」



 村長の奥さんに勧められ、素手で一切れ掴む。

 とろりと垂れるチーズに慌てて私は口の中に押し込む。その味は、とても貴族らしからぬ親しみやすさを持っていた。まるでこの領地のように優しく口の中に広がる。



「そうだ。報告書にこのことを書こう」



 後日、役所に帰った私は、北西の村の温かみ、村長の豪快な性格、野菜の生育状況、お金の使い道が無いこと、キノコと蜂蜜は山で採れること。そして、ピザが私のお気に入りの料理になったこと。

 それを所長のコンリーエ子爵に提出したら、怒られた。


社交界に出席する貴族は、その家族含めて百数十人はいる設定です。

今回は、質問にあった貨幣制度の状況についても織り交ぜての農民視点で領地の状況中間報告。


貨幣状況は、町では浸透しているが、農村部ではまだ物々交換が主流。お金はあれば嬉しいが、無くてもどうってことないものです。


 キノコや蜂蜜は、山の恵みです。夏野菜の季節が終わる秋に山で多く収穫されて、乾燥キノコにされて町に行きます。

 蜂蜜が高級品な理由は、危険だからです。貴重な甘味料として貴族に重宝されています。庶民は手が届きません


 最後に、イラケスさんの報告書はちゃんと領主に届けられました。変わっているが、ちゃんと農民視点で書かれているからです。

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