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理論屋転生記  作者: アロハ座長
第Ⅰ部
14/53

領主の憂いと冬至祭

領主二年目。八歳の秋は、憂いがいっぱい。気分転換に侍女長とお忍びのお買い物

 春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が到来した。



 領地の各地からは、豊作の報告が届き私もその知らせに領主就任以来、初めて肩の荷が下りた気がした。収穫量の増大と脱穀機の導入による農業の効率化は、随分楽になった、今年は豊作だったのに棍棒を振らなくて済む、いつもの年より早く小麦を貯蔵庫に収められた。との報告と税収の向上は、目に見える成果と言えよう。



 これは、一概に私の政策が良かったからとは言えない。お父様が領主に就任する以前の印刷技術は、羊皮紙に内容を書き写す写本という物が主流だった。それをお父様は、その先見性を持って、王都の学術院より活版印刷技術を導入し、豊かな森林を利用した製紙業は町などに新たな仕事を与えた。

 


 木は、樹皮は紙。中は家具や建築に使われ、不揃いな枝や廃棄される木材は薪に、そして伐採した場所に新たな木を植える植林事業。――生前の近代化した世界でも不可能だった再生可能な世界は、お父様の手でシステム化された。



 そしてその紙は、税収や戸籍管理などの記録媒体。官職の仕事内容や法令、教会の教本の発布に大きくこの製紙、印刷業は活躍している。ここ十五年の領地の情報の正確さは、そうした紙の存在が大きく関わってているのだ。



 もしもこのシステムが確立されていなかったら、私は冬の間自室に籠り手書きで農業指導書を一つずつ作成し、試験農業に携わった人はそれを持って各村に農業指導をしなければならなくなった。活版印刷による画一的な読み物が無ければ、私の計画は全領土に伝わるのは、今年一年では無理だっただろう。



 計画を全てお父様の残した物とし発表したために、死後もお父様の評価は留まるところを知らない。死してもなお民を守る守護聖人として一部では扱われるほどである。



 しかし、これは今年一年のことである。生前の世界では、効率化を求め機械化した結果人間が要らなくなり、職に溢れた人が現れてくる。そうなれば、このシステムは、破綻してしまう。その兆候は、先日届いたダリアからの手紙だ。これは私の考える最悪のシナリオの入り口だった。



 小麦などの収穫量が増大して農家が利益を上げるのが今の農家の現状。



 その農家の生活サイクル自体は、変化が無い。今までは、税収と自給自足で精いっぱいな感じだった農家が、蓄えることができると考えることは、二つ。更に作って、売って儲けようとする。そして儲けたお金で土地を拡げ人を雇う。『地主』へと変化していく。もう一つの流れは、納税と自分の生活のため最低限の仕事で楽して生きようとする『減反』である。



 こうなれば、農家には、地主と農奴の二種類の身分が存在することになり、また農家の平等性が失われ、職を溢れた者が増えて治安を悪くする可能性がある。これを回避するために、小麦の生産量を調節しながら、各地方に商品価値の高いものを作らなければならない。いわゆる専業農家の成立と特産品を生むことだ。



 見本とするのは、東の葡萄畑だ。あれは、葡萄をワインにして出荷している。酪農家は、牛乳をチーズに、肉をソーセージやベーコンに加工する。保存性の高い食品に変えて遠方まで売ることができれば、それ専業の農家と言う形で、農業の発達が期待できるだろう。これは、家の中で過ごす女性の仕事としよう。



 そして、肉体労働として期待できる男性には、街道の整備、村の整地、周辺の開拓などを領主からの発注で行って貰う。いわゆる公共事業だ。税収が増えたために出来ることの一つだ。



 ここまでは良いだろう。だが問題は、どのような特産品をつくるか。である。



「ジーク、キリコ。農業改革は概ね成功と考えて良いわよね」

「何をおっしゃいますか。モラト・リリフィムの民は皆、通年を通して白いパンが食べられる。と言っておられましたぞ」

「それもこれも、セフィリア様の肥料の力です。まさか私の生ごみがあのような物になるとは思いませんでした」



 そうだ。ジークもキリコも現状を満足している。だが生前の知識がある私には、ここは通過点の一つにすぎないのだ。



「何か珍しい野菜や果物を二人は知らない? それか珍しい食べ物」

「何が珍しいかの定義が分かりかねますな。何をお悩みで」



 私は信頼のおける二人に自分の考えている不安を詳しく説明した。二人は、黙って聞いていると、先ほどの喜びの顔に僅かに影が落ちる。



「確かに、言われて気がつきました。ダリア様の手紙からそれを感じ取るとは」

「それと長期の保存が可能な食べ物ですか。確かに王都へと出荷する品は、小麦や蜂蜜、ワイン、ベーコン、ソーセージと言った物が多いのは事実ですね」

「そう、だから来年からは農家には新しい挑戦をして貰いたいのです。だから植物図鑑を読み深めているのですが、良い作物が思い浮かびません」



 幾つか目星は付いている。生産数が少なかったカボチャやタマネギ。珍しい香辛料である唐辛子などを考えているが、他に加工しやすく付加価値の高い物と考えるとどうしても限定されてしまう。



「では一番近い町では、もうじき冬至祭りが行われます。農村が野菜を持ち寄り、遠方から珍しい商品も売り出されることでしょう」

「それは良い考えですね。ついでに息抜きをしてこられるのが良いでしょう。あまり根を詰めて倒れられてはいけません」



 それもそうだ。と思った。私は、文献でこの世界の文化を知っているが実際の町並みは一度も見たことが無い。移動する範囲は、領主の城と最も近いラムル村だけだ。



 それから冬至祭を私達は迎えた。

 その日、私は、キャスケット帽に可愛らしいコートを着て、右手には小さい紙の束、左手にはペン。商人の子ども、と言う設定でキリコと二人お忍びで着ていた。



 町には活気があふれ、樽の酒を飲み交わす中年の男たちに、屋台で野菜や肉を売る人々。露天商たちは、遠方の干物や装飾品、本などを売っている。



「キリコ。毎年、こんな感じなの?」

「ええ、今年は特に活気にあふれております。さあ、食べたいものがあればご自由にどうぞ」



 私はキリコを引き連れて、野菜を見る。そこで見た物は、私の憂いを打ち払うの十分なものだった。

 ネギ、大根、白菜、カブ、ニンニクが並び、ピーマン、トマト、トウモロコシ、フルーツなどは、乾燥させたものやオリーブ油漬けにされた状態で瓶詰されて売っていた。



「これは、ネギですね。どこで取れたのですか?」

「おっ、嬢ちゃん。良く知ってるね。これは家で作ったんだが、今年は豊作だから試しに出してみたんだ。でも全然売れねえ」

「なぜ売れないの?」

「さぁな? 焼く奴は上手いんだけどな」

「一本頂いても良いかしら」

「おう、毎度あり」



 私は、次の露天でも話を聞いてみたが、皆美味しい、でも売れない。と言うのだ。



「キリコ。侍女長として意見を聞かせて、今までこれらの食材を扱ったことがある?」

「ありませんね。今までも見たことはありますが、一度も」

「なぜ? 教会の教えに、食べてはいけない、という食材なの?」

「いいえ、そんなことはありません。ニンニクなどは、滋養強壮に良いと言われております。ただ――」

「ただ?」

「調理方法が無いのです。どれもただ焼くか、煮るか、蒸すか、ですぐに飽きられてしまいますし」

「つまり、料理が無い?」



 静かに首肯するキリコ。別に怒ってないのに申し訳なさそうにしているのは、侍女長としての料理のプライドだろう。



「キリコ? これらの食材で美味しい料理を作ってみない?」



 私はそう提案する。



「ジルコニア家の侍女長だけが持つ秘伝の料理。素敵だとは思わない」



 私は、悪戯っぽくキリコに微笑めば、もう五十代を過ぎたキリコの顔は、少女のように明るい色を帯びる。普段は型物のキリコがとても可愛らしく見える。



「なら、珍しい食材を買いましょう。今年の冬は二人で料理の研究よ」

「分かりました。それならさっきの露天に戻ってオリーブ油やニンニクを買いましょう。ああ、他にも酢漬けの野菜や酢も買ってみるのも良いかもしれませんね。他にもあちらには白菜やキャベツが……」



 生き生きし出すキリコ。私も今はまだ起きない領内の問題を忘れてこの世界の珍しい物を見て回った。



 キリコさんが二十代の眼鏡型物メイドだったら素敵だと思います。でも現実は五十代。

 だって、古くから仕える侍女ならそりゃ年喰ってるよ。

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