工匠会の工匠・スポパヌス
工匠会とは、金属や木材を扱って製品を生み出す組合組織。二次産業です。
農業、酪農は一次産業。
現在時期は、真冬。農業はお休みで皆が家の中に籠る間。工匠たちが頑張ります。
儂ら工匠は、長年鉄や木材と睨みあってきて腕一本で生きてきた野郎たちだ。
今日は、領主から依頼を受けたのだがそれがまた珍妙なものだった。
「この子どもの絵を作ってくれ、ってか? これはどういうものなんだ?」
「それが、脱穀機という奴で、収穫した麦を藁から分離するための物らしいのですが……」
「儂らは農民じゃない。農民が求める物を知らなきゃ、物は作れん」
頑固なのは分かっている。だが、これが儂らの性分なのじゃ。物を作るからには妥協は許さん。言われた物を作るのは、二流三流の仕事。物の構造を理解して、そして改良を加えてこそ上級工匠ってもんだ。
「幾ら鉄と現金を送られても、作れん物は作れん。なんで工匠幹部の爺どもは儂にこの仕事を回したんじゃ。仕事の内容を見てないのか?」
「多分、見てないと思いますよ。領主からの依頼なんて普通は、武具か装飾品ですから。もっとも評価の高い師匠に回ってきたと思いますよ」
迷惑な話だ。とぼさぼさ頭を掻く。
「それと、もう一枚。紙がありまして。簡易説明と書かれております」
弟子の一人がおずおずと言ってくる。こいつのはっきりしない態度は、気に入らんが、手先が器用なのは認めてはいる。
「『まず、櫛を用意してください。髪の毛を梳く櫛です』だそうです」
「はぁ? 櫛なんか何に使うんじゃ? まあ良い。作るとするか」
「えっと、誰かに借りないんですか?」
「馬鹿野郎! ここに女やガキがいるか? それに工匠は、物を作ってナンボだ」
儂は、近くの手近な木材を手に取り加工を始める。
この仕事をやり立ての頃は、櫛やら動物用のブラシ、近年では活版印刷の細々とした文字を毎日毎日作らされたが、充実した日々を送っていた。それも近年はめっきり作る機会が減った。原因は西側諸国との緊張状態で国が剣やら、鎧やらを必要とするためにそんな血生臭いものばかり作って最近は楽しくない。
細々とした物は、下級工匠に回されているのが現状だ。
儂は、体に染みついた作り方で櫛を仕上げた。
「ほれ、出来たぞ」
「ええっと次は『それを逆さにしてください』とのことです」
「したぞ。うん? これは、この脱穀機って奴に似てるな」
「そうですね。間隔も狭いし、何より歯の数が多いのが共通点ですね。それで『適当な毛を用意してください。動物の毛で結構です』だそうです。なんでしょうね」
ふん。と弟子の頭から髪の毛を一つまみ毟り取る。いきなりの事で、弟子が頭を押さえてその場にしゃがみこんだ。
「師匠。止めてくださいよ。外に犬がいるじゃないですか。それ取ってくればいいでしょ」
「うるせえ! 時間の無駄だ!」
「もう無茶苦茶なんだから。最後に『毛を動かして逆さのまま梳いてください。これが脱穀機の使い方です。先っぽの麦は、歯の間隔の狭さに引っかかり落ちる』とのことです」
「……!!」
儂は、言い知れぬ感動を得た。これはシンプルだが理にかなっている。従来の脱穀方法を知っているが、ありゃ腕が疲れる。それに比べてこれは、ただ引くだけだ。何度も何度も引けば、歯と歯の隙間に引っかかり、千切れる。これは、農家の労力を大幅に減らす事が出来る。
「おい、領主に返事しとけよ。仕事は受け持つ。って注文通り収穫時期までに全農村分は作る。ってな」
「えっと、作らないんじゃないんですか? 確かに良い依頼ですけど、全農村分ってちょっと一人じゃ無謀な気も……」
「はぁ? なに言ってやがる。お前も手伝うんだよ! あと兄弟子どもにも手伝わせるから呼んで来い!」
儂の一喝と共に、慌てて工房を飛び出す弟子など見向きもせずに、子どもの絵を製図する。
これは、櫛の歯の部分と固定された土台を簡易に書かれているが、木の組み用によっちゃあ、分解して使わない時は納屋にでも収めておける。それに金属の歯は全て鋸のように繋がっているが、そんなの一部壊れたときに修理するのは大変だ。儂なら一枚一枚細い金属の板を木に嵌め込んで櫛を作る。そうすれば使う鉄の量も少なくて済む。おっ、そうだ。予備の鉄の歯を作っておけば、農家の奴らが勝手に交換し、自力で直せるな。
この脱穀機というアイディアは、儂の中の創作意欲を刺激し、久しく忘れていた物作りの楽しさを呼び起こしてくれた。
「スポパヌス師匠。暇な職人みつけてきましたよ。許可得ましたよ」
「おう、今製図が終わった所だ。こいつは凄いもんになりそうだ」
「あっ、それと言い忘れてましたけど、領主様は、この脱穀機の特許は、工匠会と領主様の二つの名で管理してほしいとのことです」
「そりゃまた。珍しい」
特許なんて物は、金のなる木だ。その技術やアイディアを認められた時点で、他人は勝手に作ることが出来なくなる。作るには使用料を払う必要がある。まあ、その商品が売れれば儲かるが使われなければただのアイディアだが。
だから儂ら工匠は、新たな技術や製品を作って大当たりすれば自由気ままな道楽人生だって送れるのだ。儂から見てこの脱穀機は、作れば売れる。それを自分ひとりで独占せずに工匠会で登録することは、特殊なことなのだ。
「まあ、早い所試作品は作っちまうぞ。それから工匠会の幹部爺どもに試作品と製図を見せて特許申請をする」
「分かりました。暇な職人と僕で土台作るので、師匠と兄弟子は歯を作ってください」
「おう、分かった。分かった。他の奴らには、これが出来たら飯奢ってやる。って言っておけよ」
そう、冗談を言って弟子は隣の工房で作業する。
試作機が出来るまでには、そう時間は掛からなかった。ただ、問題は耐久試験だ。時期が時期で脱穀し終えた藁しかなく、探すのに苦労した。いざ、脱穀すると、梃子の力が働いて鉄の歯は軒並み曲がっちまう。もっと厚く、硬く仕上げれば、今度は藁が痛んで、上手く分離できない。それを何度も繰り返してやっと納得のいくものが出来た。
手伝いに来た職人どもは、喜ぶ。儂は、完成品を幹部爺どもに見せた。その用途、価格、耐久性と様々な情報を教えた上で、特許の事を話せば大きく喜び、この脱穀機の製造を工匠会全体で行うことを決定した。
領主にも製図を送りつければ、想像以上の物になっている。と喜んだそうだ。
それからは、地獄の日々だ。毎日毎日、木を削り、漆を塗り、土台を作り。鉄を打ち、何本も同じ歯を作り上げる。それでも儂の物作りへの情熱はまた蘇った。人を殺す道具よりもこういった生活に即した物を作るのは性に合うようだとこの歳で感じてしまう。
完成したのは、その年の春先。領主に納品の旨を伝えれば、ちゃんと依頼料が支払われた。ただ、その時驚いたこともあった。
「えっと手紙では『余った鉄は、生活のために使われるのなら結構です』だそうです。結構豪胆な方ですね」
「こりゃ、領主がただの子どもって考えない方が良さそうだな」
「そうですね。ただ、どうやらダイナモ様の残した計画書の通りに進めているって噂があるようですよ」
「それじゃあ、領主じゃなくて周りの人間が優秀なのか? まあ良い。この鉄は各職人に分けるか。用途は、武器以外だな」
がはははっと儂は、久しぶりに腹の底から笑った。この鉄でどんな農具を作ろうか。儂は歳に似合わずわくわくしていた。
おっちゃん視点です。結構無茶苦茶です。
工匠とは、称号です。上級、中級、下級と分かれています。引退した上級や組織運営の老人たちを幹部と言います。割合良好な組織です。
職人とは、工匠会に加盟している技術屋の事です。
技術屋魂ってかっこいいと思います。二の腕の筋肉がムキムキで白いシャツのおっちゃんが出てくる作品って素敵だと思います