子どもの限界
やっぱり七歳の子どもには、荷が重いと思います
私は、今日も侍女長のキリコに起こされ朝食の席に着く。昨日は、今年度の領内の税収を見ていたのだが、未だに驚きが残っている。
周辺の村では、一部の税収が上昇していたのだ。それもセフィリアの農地改革を実践した場所に集中していた。きっと口伝えで堆肥や追肥の効果が伝わり、試しに行った村が多いようだ。ダイナモがどうあがいても出来なかった事を娘はやすやすと遣ってのけた。
ちゃんと意思を継いていることに安心する。この調子なら来年からの領内の広範囲で実践することが可能になりそうだ。同時に、心配でもある。
「キリコ、セフィリアのことどう思ってる?」
「大変素晴らしいと思います。セフィリア様は、立派にダイナモ様の意志を継ぎ、ダイナモ様すら成し遂げられなかった生産能力の向上をやってのけたのです」
「いいえ、それもそうだけど。そうじゃなくて、あの子が急に大人びてしまって私は困惑しているわ。もっと遊ぶべきなのよ。私が子どもの頃は農地を駆け周り、土を実際に肌で感じたりした方が良いのよ。あの子は、先月七歳になったばかりよ」
私は心配だった。夫のダイナモを失い、我が子が無理をして倒れないか。今度は娘を失うかもしれない。私は、貴族の生活などには興味はなく、ただセフィリアと共に安穏とした生活を送れればそれで良いのだ。
だが娘は、尊敬する父の志を受け継ぎ領主として立った。私が代わりに出来ればよかったのだが、身分の違いが邪魔をする。だからせめて領主補佐や領主代理として少しでも仕事を減らそうと今年一年頑張った。
それでも、娘は仕事を減らさない。むしろ自分から嬉々として増やしているようにさえ思える異常さ。それは、怖いというよりも心配なのだ。親として。
「奥様、奥様も無理をなさらないでください。我々侍女一同、執事一同、そして騎士、役人、深森の者たちは、みな領主と領主代理を支えております。自分ひとりしかできない仕事と考えないで頂きたい」
キリコは、そうはっきりと言った。何時だって正しく、真っ直ぐに余計な言葉を重ねないキリコの優しさに私は、胸が熱くなる。
「さあ、もうじきセフィリア様が起きてきます。暗い顔をされては、セフィリア様が心配なさいます」
「ありがとう、そうね。今日も一日元気で行きましょう」
「その調子でございます」
キリコに励まされ、私は、笑顔になる。心配は尽きないがもうじき冬だ。それからは農民は家の中に籠り春を待つ。それがセフィリアの休みになるのだ。自分に言い聞かせている時、侍女の一人が慌ただしく駆けつける。
「どうしました。セフィリア様を起こしに言ったのではなくて」
「それが、セフィリア様の様子がおかしく。顔が赤いのです」
それを聞いた時、私は気が遠くなるのを感じた。セフィリアまで失うかもしれないという思いに駆られ、手が震える。
「奥様、奥様。しっかりしてください!」
キリコの声で呼び戻された私は、深く呼吸を繰り返し落ち着く。
いけない、セフィリアが倒れた今、領主代理である自分まで倒れてはいけない、その思いで足腰に力を入れて踏ん張る。
「大丈夫です。ただの風邪です。この前の収穫の結果を聞いて、安心したのでしょう」
「ジークフル。あなたが見てくれたのですか?」
「はい、奥様。今日一日は、セフィリア様のお傍にいてあげてください。風邪を引くときは、誰だって心細いものです」
「でも、税収の……」
「奥様、侍女長と執事長が問題ないとおっしゃるのです。むしろ、この一日で我々で仕事を片づけ、三日休めるように致しましょう」
近くにいた侍女もにっこりと微笑む。私がこの家に嫁いで来る前からいる二人に感謝しながら、私はセフィリアの部屋向かう。
部屋に入ると、セフィリアは、顔を真っ赤にして、苦しそうに呼吸している。額には水を絞ったタオルが置かれ、飲み水が置かれている。
「……お母様?」
「起こしてしまったかしら」
焦点の定まらない瞳でこちらを見てくる。私が笑顔で返せば、弱弱しい笑顔を返してくれる。
「何か欲しい物はある? お腹は空いていない?」
「少し喉が渇きました。お水を」
「分かったわ。少し身体を起こして」
身体の後に手を差し入れて状態を起こす。軽い身体を支え、水の入ったコップをゆっくりと飲ませる。飲みきれずに、口の端からつーっと垂れる水を私はハンカチで拭いてあげる。
「ありがとうございます」
「良いのよ、後で何か食べやすい物を持ってきて貰うわ。少しでも食べて元気になりましょう」
「はい。その、寝るまで手を握ってくださいますか?」
「もちろんよ」
それから静かに目を瞑り、浅い眠りに入るセフィリア。小さな手は、とても熱く感じる。
今日の風邪自体は、それほど重いものではなかった。どちらかと言えば知恵熱のような感じであった。ご飯を食べて一日のほとんどを寝て過ごせば、翌朝には熱は下がった。だがセフィリア自身動きたくてしょうがないと言った感じだったが、私が一日中見張り、ベッドに押し留めた。
その間、ジークフルやキリコの頑張りで本当に昨日の内に仕事は綺麗さっぱり終わり、風邪の養生のためにもう一日休むことを口実に久しぶりの親子の時間を得た。
「お母様は、農民でしたのよね」
「ええ、そうよ。農民の生活は決して楽ではなかったけど、楽しいことが多かったわ。四季の移ろい、動物たちの誕生と成長、冬場は農業が出来ないからお勉強と色々なことをしたわ」
「ダリアも冬場に文字を頑張って勉強していたと手紙に書いていました。それでお母様は、どのようにしてお父様と出会ったのですか?」
これは恥ずかしいことを聞かれてしまった。しかしこの子なりの寂しさの現れなのだろう。早くに亡くし、気丈に振る舞っているが、決して寂しくないわけが無い。少しでも父親と言うものを感じるために聞いてきたのだろう。だから、私はぽつりぽつりと思い出しながらゆっくりと話す。
「そうね。私の祖母は、商家の人間だったの。だから冬場には、読み書きの他にも数の計算や商売の方法を教わったわ。もちろん料理もね。だけど村が貧しくなると最初に切り捨てられるのは、若い女、子ども。私はある貴族の家に奉公しに行かなくてはならなくなったわ。嫌だったわ、だって家族と離れ離れになるんですもの」
「ダリアも似た境遇になりそうだ。と言っていました」
セフィリアは私の言葉に相槌を打ちながら、しっかりと耳を傾けている。
しっかりとダイナモと同じ赤い瞳を向けて聞いている。子どもながらに聡い子だ。この言葉の意味をよく知って、それで動揺しないで受け止めている。
「でもね。奉公した家の貴族は、使用人に優しかったわ。皆に優しく、民に優しく、使用人には年に数度故郷に帰ることを許可し、その旅費を負担してくれた。皆が彼を好いたわ」
「それがお父様だったのですか?」
「いいえ、それはおじい様のケーニス様よ。ケーニス様は、貴族同士の結婚を是としない人だった。そこに私とお父様の恋仲を知って喜んで協力したのよ」
「おじい様も民に好かれた変わり者だったのですね」
変わり者、という言葉は一般には褒められた言葉では無いにしろ。ケーニス様のお人柄で言えば、むしろ褒め言葉と豪快に笑うだろう。
「私は、このジルコニア家に生まれて良かったです。お母様、お父様、見たこともないおじい様。ジークにキリコ、執事に侍女、騎士のみなさん。他にも多くに人に私は支えられていることを何時も感じます。愛されているのを感じるのです」
「ええ、愛しているわ。愛されるように、皆を愛すように。そう言う願いをセフィールに込めたのよ」
目を丸くして、セフィールとは何かと尋ねてくる。
「セフィールとは、この地方から古くからいる神様よ。教会よりも古い神様。森と草木を愛し動物に愛される神の愛娘。その名前を元に、セフィールからセフィリアと言う名前にしたのよ」
「教会以前の神とは、どのような神がいたのですか?」
「兜の守護者・アロン、矛の虫王・グラードリア、蝿の富王・ニヤレスト、蜂の先兵・ハニール、木の女神・ミープル、そして、ミープルとニヤレストの間に祝福された娘・セフィールよ。
この名前とそれを司る昆虫は、いたるところに紋章として組み込まれているわ。ただ、蝿の富王・ニヤレストは、教会の教え『無駄に肥え太ること』に反するとして、不浄の存在になってしまった。と私のおじい様が言っていたわ」
「そうだったのですか。お母様、私にこのような素敵な名前を与えてくださりありがとうございます。私は、この名に恥じないよう民を愛し、愛される存在になります」
私は、娘の決意をさらに固めてしまったかもしれない。それは仕方のないこと。運命と言えるかもしれない。ただ、今日一日は領主の仕事を忘れて穏やかに過ごして貰いたい。今だけ、甘えてほしいと思っている。
子どもの体力の限界でした。私が子どもの頃は、一か月に一度は風邪を引いていました。凄い身体が弱かったと思います。
誤字脱字、悪文の指摘ありがとうございます。暇を見つけて直していきたいと思います。