彼と彼女の日常~表側~
ジリリリッ!!
目覚まし時計がベッドの脇で震える。
「うー・・・」
布団からニュッと腕が出て、鳴り止まないそれをとめた。
部屋に静寂が満ちる。
・・・1・2・3、がバッ!
きっかり3秒後、布団を跳ね飛ばして身を起こしたのは、伊東陽麻里、高校2年生。
「もう、朝かー・・・」
まだ朦朧とする意識を振り払うかのように、頭を振る。
そして昨日の出来事に思いをめぐらす。
昨日。
会社に呼ばれて出勤したはいいが、担当者の居場所が分からず、行方を捜索。
なぜか、大型ロボットの暴走に巻き込まれる。
幸い、怪我はなかったが、とても疲れる日だった。気絶しちゃったし。
回想終了。
ふうっ、とため息をついた陽麻里は、朝食を食べるために台所へと向かった。
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「ユーリ!おっはよー」
自分を呼ぶ声が聞こえて悠里は振り返った。相手は振り返るまでもなく分かってはいるが。
自分のことを『ユーリ』と呼ぶやつは、1人しかいない。
「おはよ、陽麻里。珍しく、早いな」
「ん?だって、ユーリ、今日は朝錬あるんでしょ?」
お馴染みのツインテールを左右に揺らしながら、陽麻里が隣に並んだ。
歩調を少し緩める。
「朝錬じゃなくて、委員の仕事。あと2ヶ月で運動会だから」
「ふぅーん・・・また、面倒な役についちゃったね?」
「・・・それは、言うな。どっちでもいい、で通してたら、なんか俺に決まってた」
悠里は苦虫を噛み潰したような表情で言うと、小さく溜息を吐いた。
「あらら。ダメだよ、ユーリ。こう、ビシッと発言しなくちゃ」
「そういう陽麻里だって、似たような受け答えだろ」
すると陽麻里は、あははーと軽く笑って、
「そんなことないよ?あたしはただ、にっこり笑って委員長さんにメモを見せただけだよ?」
「・・・メモにはなんて書いたんだ?」
「えーっとねー・・・『実行委員にする気なら、お主の秘密バラしたり』って、新聞の切抜きを貼ったの」
・・・・怖い。
「新聞の切り抜きがまた、恐怖を増幅させるな・・・」
「そう?でも、巧くいったよ?それ見たら委員長さん、真っ青になってさぁ。・・・心当たる節でもあったのか
なぁ」
そのときの様子がありありと想像できる。
「お前は確信犯だから逆にたちが悪い」
「まあねー。ユーリと違って腹黒いから、あたしは」
「自分で言うな、自分で」
と、そうこうしている内に、学校についた。
校庭にふと目をやって、様子がいつもと違うことに気がついた。
「・・・ん?なんか、人多くないか、陽麻里」
「うーん?言われてみれば、そうだねぇ。事件でもあったのかな?」
グランドの真ん中に、何かを囲むようにして、生徒たちが集まっている。
そちらに近づいたとき、
「あっ!!!悠里くん、陽麻里ちゃん!」
人だかりの中心からこちらを呼ぶ声が聞こえた。
つい最近、聞いた声。っていうか、昨日聞いた声。
「・・・もしかして、圭介先輩・・・?」
わさわさっ、と生徒たちをかきわけながら歩いてきたのは、やはり柿田圭介だった。
「いやぁー、ここの学校は人数多いんだねぇ。驚いちゃったよ」
あはは・・・、と爽やかに笑う圭介。
「いや・・・。『驚いちゃったよ』じゃなくて、何でここに?」
「えー?悠里くんと陽麻里ちゃんに伝言」
「・・・・?」
2人首を傾げると、圭介も首を傾げた。
「・・・ちょっと、違うなぁ」
そして、シニカルな笑みを浮かべた。
「正しくは、銀百合くんと、日和ちゃんに、かな」
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「えー、ここに酸素を混ぜるとー・・・」
只今、理科の授業中。
「ねぇ・・・ユーリ」
「何だ?」
「何で?」
「俺も分かんない」
「そこ、しゃべらなーい」
チョークを左手に持ちながら振り返ったのは、凪渚 要。
・・・・いや、何で?
疑問と当惑の入り混じった視線を彼に投げつけるが、当の本人はそ知らぬ顔で、
「こうしちゃうと、爆発するよー」
などと言っている。
そのとき、教室に電子音が鳴り響いた。何人かの生徒が血相を変える。
この学校では携帯電話は禁止されているのだ。
悠里も陽麻里も、いつ任務が来てもいいように、持ち込んでいるが。
ざわざわ・・・と教室の空気が緊迫したものになる中、要が、あ、と呟いた。
「俺のだ」
そしてそのまま、教室を出て行く。
「もしもーし。・・・あ、けーすけ。・・・うん、誰もいないよ」
今は授業中の真っ最中なので、廊下には誰もいない。
「うん、不良とかいないんだね、ココ。エスケープしてる人も見ないし。・・・あぁ、携帯は皆、
持ってきてるみたいだけど」
先程の、ざわついた空気を思い出し、要は口元を緩めた。
「・・・え?何で、笑ってるって分かったの?・・・エスパーだね・・・だってさ、けーすけ」
ココは、平和なんだね。
「・・・もちろん、平和が一番に決まってるよ。うん、そう。・・・実際、俺たちも変わっちゃったしね。
昔は大変だったよねー。・・・まぁ、時代は変わるもんだよ。そんなことよりさ、どうなったの?」
「ギンガミと、ひよこには、なんて言ったの?」
アレの問題は、俺たちでさえも手に余る問題だ。
電話からは、沈黙が漏れる。
「・・・まぁ、ウチのが関わってるんだから、もっと厄介。言えてなくて、当然」
さて、いつ彼らに言うべきか・・・。
キーンコーンカーンコーン
授業終了のチャイムが学校中に鳴り響き、生徒たちが一斉に教室を飛び出した。
もちろん、陽麻里と悠里も。
「ユーリっ!!今日は何曜日っ!?」
「今日は、火曜日だ!」
全力疾走しながら、2人は会話を続ける。
誰にも、負けてはられないのだ。
「火曜日・・・はっ!と、いうことは今日は――――」
陽麻里が顔を上げる。
「コロッケパンだ!!」
この学校の購買は、種類が多い。そのうえ、日替わりで様々な種類のパンが安く販売されるのだ。
学生にとっては、うれしい限りである。しかし、競争率も高く、お昼時間には大勢の生徒が全力疾走する光景が見られる。
「日和ちゃん、銀百合くん」
彼がそう、声を掛けてきたのは、二人が勝利の証であるコロッケパンを頬張っているときだった。
「ほうひ・・・ん、どうしたの、圭介くん」
飲みこんでから、圭介を見上げる。手に持っていたコーヒーを机に置き、悠里の横に座った圭介は、一瞬、その黒い瞳を翳らせた。二人の背に、緊張が走る。
「いくつか、質問をさせてくれるかい?」
圭介は読み取れない表情のまま、頬杖をついた。二人の沈黙を肯定の意と受け取ったようだ。
「質問は三つ」
ピッ、と指を三本たてる。
「まず、一つ目の質問。君たちが、『シャドウ』に入ったのは何故?」
「ある人を、探しているんです」
間髪いれずに、悠里が答えた。話を続けるよう、圭介が目で促す。陽麻里がそっと溜息をついた。
「私たちの大切な、ひとなの」
大切なひと。
「なんていう名前か、聞いてもいいかい?」
「・・・颯と、楓」
彼らは、兄妹だった。しっかり者の颯と、優しい楓。今でもずっと覚えている。
「質問二つ目。どうして、『シャドウ』に入れば、その子たちを見つけられると思ったんだい?」
「二人は、スパイ組織に連れ去られたんです」
一般人には触れることのできない、深淵。颯と楓を救うためなら、その闇に身を落とすことも、厭わなかった。一般人ではなく、スパイから情報を探ろうと思った。
「なるほど。目には目を、ってやつだね」
納得したように圭介がうなづく。
「それじゃ、最後の質問なんだけど」
そう言って、ふっ、と口をつぐんだ。瞳に、迷いの色が揺れる。嫌な予感がした。かすかな逡巡の後、圭介が息を吸い込み、ぐっ、とその体が沈みこんだ。
「そのオトモダチが、敵だったらどうするー?」
実際に聞こえたのは、間延びした声。圭介が肩越しに彼を振り返り、軽く睨む。
圭介の背中に抱きつくように全体重をかけている彼に、
「要」
名前を呼ばれた要はその体勢のまま、陽麻里と悠里に向き直った。
「その・・・何だっけ。ま、いっか。二人が敵だったとしたら、どうするの?」
陽麻里と悠里は、うつむいて答えない。カサカサ、と陽麻里の触るコロッケパンの袋が音をたてた。
そうだね。
呟いたのは、陽麻里だった。
「それでも、私たちのすることは変わらないよ」
泣き笑いの表情で、彼女は続ける。
「颯くんも、楓ちゃんも、私の大切な人。敵対しても、変わらない」
圭介が目を細めた。慎重に言葉を選ぶように、ゆっくりと話す。
「つまり、友達のためなら、組織を裏切るってこと?」
「そういうこと。・・・俺たちの目的は、二人を救うこと。そのために組織に入ったんだから」
悠里が小さい声ながらも、きっぱりと言った。隣で陽麻里がうなづく。
「じゃあさ」
要が圭介をはさんで、両手を伸ばす。革の手袋をはめた指で、とん、と二人の額を突いた。
「殺される覚悟はあるんだ?・・・俺たちに」
死ぬ覚悟、ではなく、殺される覚悟。
裏切り者には制裁を。圭介と要の所属する『CROWN』は、組織の裏切り者を始末する仕事もしている。冷酷に、冷徹に。彼らに課せられた信条のもと、制裁を行うのだ。逃れることはできないだろう。
陽麻里も悠里も、よく知っていた。そんなことなんか、知っていたから。
「殺される覚悟なんて、ないよ?」
陽麻里は薄く笑みを浮かべた。圭介が、訝しげに眉根を寄せる。要は、無表情のままだった。
「生きるの。生きて、二人に絶対会う」
無茶なことだと分かっている。経験も技量も違う彼らの差は、明らかだった。だけど、死ぬわけにはいかない。
ふぅ、と圭介が呆れたように溜息をついた。背中の要に声をかける。
「要。そろそろ思いから、どいて」
「ん・・・」
陽麻里と悠里は、真剣なまなざしで、彼らを見ていた。睨んでいると言っても過言ではないくらいに、その表情が強張っている。
これは、まいったな。
圭介は内心うなった。自分としても、将来有望な後輩を殺すのは忍びない。しかし、『CROWN』としての立場がある。要はなにも言わず、圭介の発言を待っていた。
「分かった」
ようやく出した答えは
「君たちは、殺さない」
要が声を押し殺して笑うのが分かった。呆けたような表情で、圭介を見つめる可愛い後輩たち。
「僕らが、一緒に戦ってあげる」
決断は、はやいほうなんだ。
どうでしたか?陽麻里と悠里の過去にちょっと触れてみました。
颯と楓とは、誰なのか?お楽しみに。
誤字脱字等あれば、ご指摘お願いします。