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ALTO+  作者: Mercurius
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過去の断片

 春日野さんは罵声を浴びせながらも、手を当てて腕を治療してくれた。

 ビリッと感じる痛みと、続けざまに感じる癒し。霊気治癒までツンデレ風味だ。

 この治癒には普段味わうことのない快感が伴い、下手をすると癖になってしまうほどの中毒性がある。

 離れていく手を名残惜しく見つめていると、不意に彼女と目が合ってしまった。

 勝ち誇ったように目を細め、ニヤリと口角を吊り上げる。

「もうちょっとやって欲しいって顔してるわよ?」

「うぐぅ……」

「ウルウルした目をしたってダメ、治癒って意外と体力を使うの。私の霊力がつきるより先に、秋篠くんが倒れてしまうわ」

 彼女は床に膝をついてしゃがみ、床に散らばった十円玉を拾い上げた。

「アクセラレートって、初めて自転車に乗る時に付ける補助輪みたいなもの」

「……コマ付き自転車って奴?」

「体感出来ない動作を知覚させ、常識の枠を取っ払ってくれる。そういう機能……」

 春日野さんはそう言って、おもむろに十円玉を頭上へと投げ上げる。

 最高点に達して落下し始める十円玉。彼女はいとも簡単に手中に収め、目の前の机に積み上げる。

「シンクレアの助けも無しで、そんなに速く動けるんだ……」

「人間の潜在能力を舐めちゃダメよ」

 アクセラレートの効果が体に残っていたおかげで、春日野さんの動きを目で追うことが出来た。

 俺と同じ掴む動きだが、体全体を使って標的を追い、腕の力だけに頼っていない感じがした。

 いい絵をみれば駄作がわかるというが、まさしくその通りだと思う。

 俺の動きは猪突猛進で直線的、対する彼女の動きは優美で滑らか。雲泥の差だ。

「一度乗れるようになったら、補助輪は要らないってことか?」

「我が家には何故、湿布薬が大量常備されていたのか……。その意味を考えなさい」

 彼女はそれに見合う努力をしているということだろう。

 筋繊維は切れることで成長すると、何かの本で読んだことがある。

 当然筋繊維が切れるのだから痛みを伴う。運動した後の筋肉痛ってのは、こういった破壊と代謝が行われてる証でもある。

 日頃使っていない筋肉は古びた縫い糸のようなもの。

 使えるか使えないかを引っ張って確かめ、用途に耐えられないのなら捨てるしかない。

 普段運動をしていない筋肉は、そういった取捨選択がなされていない。だから急に使い始めると筋繊維が切れるのだ。

「結局のところ、運動不足の一語に尽きるってことか……」

「こういう荒事が今回限りとは限らないないから、それなりに動けるようにしておいた方がいいわよ」

「言われてみると、確かに……」

 先輩方も馬鹿じゃない。恐らく仲間を増やしてリターンマッチを仕掛けてくる。

 今回だって、残りの二人が引いてくれたおかげで助かった。彼らを相手にしていたら違った結果になっていたと思う。

 春日野さんは書棚に向かい、背を向けたままで口を開く。

「先の事件、高畑へのチェックメイトのシーン、彼が暴力に訴えたらどうなっていた?」

「俺は殴り倒されて倒され、彼はそこで多少なりとも体力を使い、柏木女子がなんとか取り押さえる結末」

 春日野さんの手がピタリと止まる。

「じゃあ、彼がナイフのような物を所持していたら……?」

 彼が武器を所持していたら、あの場で一番弱い者に狙いを定めるだろう。

 そしてその者の安否と引き替えに、俺と柏木女史は動きを封じられる。

「下御門さんを人質に取られ、そして……」

「バッドエンド……ね。貴方たちの前で本懐を遂げ、彼女を殺して自分も後を追う」

 ゾッとするような結末だが、彼女の言う通りそういう可能性があった。

 高畑が高齢であること、聖職者としての常識が残されていると思い込んでいた。自分の常識に当てはめてしまっていたのだ。

 だが人はプログラムのように動かない。時として予想を超えた行動に出る場合がある。

 後悔しないために抗う力が必要になる。春日野さんはそう言いたいのだろう。

 春日野さんは苦笑しながら俺を見つめ、DVD-Rを一掴みして目の前に積み上げる。

「それ、高畑の部屋にあったメディア。他の生徒が編集されていないか、調べてくれない?」

「えっ、俺が?」

「下御門ちゃんは氷山の一角、他に泣き寝入りしている生徒がいないとも限らないし」

 そう言い終わるとポケットから茶封筒を取り出し、俺の手にソッと握らせる。

「……給料袋?」

「報酬は二等分してあるから、諸経費を差っ引いて四万五千円」

 給料袋の中には明細書と共に、言ったとおりの金額が入っていた。

 下御門さんは支払いのためにバイトをすると言っていた。

 とするとこれは春日野さんの自腹ってことになる。

 だが四万五千円は有り難い。学費や小遣いは仕送りされているが、最低限生きていくだけで精一杯。

 新しく買ったドライブだって、貯金を切り崩して買おうとしていたのだ。

 目の前に積まれたDVDメディアと向き合う。

「金額に見合った労働をしろってことか」

「察しのいい人って大好き」

 春日野さんはそう口にして、筑前煮を抱えて台所へと戻っていった。

 十枚近くあるDVDを見るだけでも、下手をすると十時間を超える作業だ。

「これも仕事……か」

 上から順に一枚DVDを取り、春日野さんのパソコンに放り込む。

 そして動画再生ソフトを起動して、DVDの中を全検索させる。

 サムネイル化されて表示される動画の山。順に四倍速再生させ、背もたれに寄り掛かった。

 更衣室の動画だろうか、ロッカーが映し出されている。

 そのうち生徒の姿が映し出され、体操着に着替え始めた。

「淡々と着替えるシーンを見て、欲情する人間もいるんだな」

 四倍速でかっ飛ばしながら、一つ目のファイルを見終わって溜息が出た。

「おーい、春日野が出てるぞ」

「次、呼び捨てにしたら殺すわよ」

 怒るのはそっちかとツッコミを入れたい気分になる。

 彼女は裸を見られるってことに、それほど羞恥の念を抱かないらしい。

 テーブルに積まれたDVDに目を落とす。油性ペンで場所と時刻だけが書き込まれている。

 その中に一枚、色の違うDVDがある。

 その一枚を手に取り、ラベルに書かれた文字を見て心臓が跳ねた。


「アイカ #1」


 ――愛香。

 妹と同じ名前。たったそれだけなのに、嫌な予感が消えてくれない。

 再生中のDVDを取り出し、色の違うDVDを放り込む。

 DVDビデオ形式に焼かれているらしく、いきなり動画が表示される。

 どこかの安ホテルらしき一室。ベッドの上には猿ぐつわを嚙まされ、目隠しをされた制服の女の子が寝ていた。

 足の先からゆっくりとパンされる映像。しゃれっ気の無い白の靴下が痛々しい。

 カメラは太ももの辺りで停止し、注射器を持った男の手がアップされる。

 針先から薬液が飛び出し、注射器内の気泡を追い出す。

 そしてその先端は細い太ももに突き刺さり、薬液は全て彼女の体内へと打ち込まれた。

 画面に表示されるテロップ。


 ――かわいいので攫って来ちゃいました。

 アイカちゃんって言うらしいです。年齢は秘密。ヤバくて言えません。


 人を小馬鹿にしたような文字が映し出される。

 見覚えのあるチェックのスカート。胸の鼓動が早鐘を打つ。

 ゆっくりと動き始めるカメラは彼女の上半身へ、そして彼女の顔を映し出した。

 叩かれたのか、赤く腫れ上がった頬に、猿ぐつわが深く食い込んでいる。

 男は猿ぐつわと目隠しを外し、腫れ上がった頬をそっと撫でる。


 ――痛いの痛いの飛んで行け。


 すると痛々しかった頬が肌色に戻り、切れていた口元が治癒していく。

 春日野さんと同じ霊気治癒。だがそんなことを深く考える余裕すらなかった。

 カメラは頬のアップを撮り終え、彼女の正面に回り込む。

 焦点の合わない瞳、口元からだらしなく垂れる唾液。

 あどけない表情は紛れもない……、妹の愛香だった。

 

 ――ん? アイカちゃん、なにかなぁ?

 

 カメラは愛香の口元を映し出す。

 呂律の回らない口を動かし、愛香は確かにこう言った。

 お父さん、お母さん、おにいちゃん助けて……と。

 そしてこれから行われるであろう行為に耐え切れず、DVDを取り出した。

 自分の体を駆け巡っている、荒ぶる衝動を抑え込む。

「どうしたの、秋篠くん……、顔が真っ青じゃないの!」

 台所にいた春日野さんが慌てて駆け寄る。

 どうやら遠目から見ても酷い顔をしているらしい。

 妹は愛し、愛されて身籠もった訳ではなかった。

 何かのトラブルに巻き込まれ、意にそぐわない行為を強要されたのだ。

「霊気治癒ってのは……、誰にでも出来るものなのか?」

「誰にでもって、私達みたいなある種の才能を持った人でも、出来る人と出来ない人がいるって……」

 ビデオの隠されたヒント。男は春日野さんと同じ能力を持っている。

 薬は鎮静剤みたいなものだろうか。それとも覚醒剤のような麻薬の類か。

 だが死亡時の検死結果には薬物の反応は出なかった。とすると前者。医療関係に通じている者の仕業か。

「ビデオに……出ていた……。高畑でも永井ない霊気の色の……、別の奴が、妹を……」

 怒りのあまり、言葉が上手く話せない。

 それでも言いたいことは伝わったのだろうか。彼女はもう一脚椅子を引き寄せ、横に座って肩を抱いてくれた。

「隅から隅まで映像を見なさい。きっとまだヒントが隠されているから……」

 取り出されたトレイに乗せられたままのDVD。

 彼女はトレイを指でソッと押し、肩にシンクレアを置いて目を細める。

「辛いのは分かるけど、……見なさい」

 俺はアルトを肩に呼び込み、映し出された映像に目を向けた。

 そして注射器のシーン。霊気が先程と違って見えた。

「これは……」

「……ええ。間違いない」

 霊気に混じり、うっすらと見える0と1の数列。

 俺や春日野と同じ、妖精持ちである特徴が映し出されていた。

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