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ALTO+  作者: Mercurius
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下御門千帆 03

 その日の昼休み、俺は春日野さんに呼び出されて屋上へとやって来た。

 彼女は弁当を二つ用意し、よそ行きの笑顔で迎えてくれた。

「ご苦労様。はい、どうぞ」

「その笑顔、もの凄くこそばゆいんですけど……」

 春日野さんは一瞬ムッとした表情を浮かべたが、他人の目を気にしてか、顔を引き攣らせながらも笑っている。

「お弁当を作ってきたの」

「おっ、それはマジで楽しみ」

 小さな重箱におにぎりが三つ、たこさんウインナーとポテトサラダ、温野菜の肉巻きが詰められていた。

 手渡されたフォークを見つめながら苦笑すると、彼女はニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべた。

「フォーク……、結構トラウマになってる」

「いじめ甲斐があるわ。秋篠くんって……」

 温野菜の肉巻きを口に入れ、その絶妙な味付けに唸り声を上げた。

 彼女はその反応に満足したように、自分も一口それを口にする。

「午前の授業は滅茶苦茶だったな。四コマ全部自習続きだったし」

「平然と授業された方が怖いわよ」

 だが結局のところ警察沙汰にする判断には至らなかったようだ。

 事なかれ主義って奴か。それとも体面を気にする公務員のセオリーって奴だろうか。

「高畑は下御門さんに愛娘を投影していたらしい」

「朝から修羅場って感じね。恐妻だった奥さんじゃなく、娘ってところが救えない感じ」

 彼の机には娘と撮ったであろう写真が飾られていたそうだ。

 職員室で待ち構えていた俺達より、彼は下御門さんの涙に動揺を見せた。

 手から滑り落ちる紙袋。その中には撤去したカメラが幾つも入っていた。

 彼は体裁などお構いなしに泣き出し、自分の気持ちを彼女に吐露したのだ。

「依願退職って形を取るんじゃないかな」

「そうね。風評被害って、ことのほか怖いものだし。来年の受験志願者が減れば問題でしょ?」

 脅迫犯の高畑と盗撮犯の永井。これから彼らはどうやって生きていくのだろうか。

 俺は少しブルーになりながら、おにぎりを口に放り込んだ。

「ほうひへば、かのひょ、バイトはひめるって言っへた」

「はいはい、飲み込んでから話す! 米粒飛ばさない!」

 携帯用のポットを開け、お茶を注いで手渡してくれる。

 口の中のおにぎりを強引にねじ伏せ、お茶を口にして流し込んだ。

 春日野さんは少し憂い顔で目を伏せると、らしからぬ気弱な声で話し始める。

「被害者なのにお金を払い、加害者なのに退職金を受け取るのね。少し不公平かも……」

 そうか、依願退職ならそれなりの係数で退職金が支払われる。

 若手の永井はさておき、高畑は教員歴長いし、それなりの額を手にするだろう。

「そうだな。ちょっと腹立たしい気分になってきた」

「そう思うよね?」

 春日野さんは嬉々とした目を俺に向ける。

 彼女が今何を考えているのか、ほんの少し分かってきた。

 恐らく彼女は退職金が振り込まれた口座に改竄を加えるつもりだろう。

「俺さ、昨日から春日野さんの考えていること、少し分かるんだよね」

「愛するが故の以心伝心って奴かしら?」

「違うと思う。いや、そう思いたいような、そうでないような……」

 彼女はクスクスと笑い、目の前で戯れているシンクレアとアルトを指差した。

「彼女らがそうさせてるのよ。今は私のパソコンに二人が同居しているから……。私にも秋篠くんの気持ちが一杯流れ込んできたわ」

 彼女は小指をソッと立てる。

 春日野はシンクレアと、俺はアルトと契約していている。

 その二人の精霊がMACproで語り合い、お互いの情報を伝えあっている。そういうことか。

「そっか……、春日野さんと通じ合っているのかと思った」

「そうなればいいね」

 そんな意味深な言葉を吐き、俺の手からコップを奪う。

 そしてポットからお茶を注いで、事も無げにお茶を飲み始める。

「おい、それって……」

「もっと通じ合うためのおまじない」

 彼女はそう口にして蠱惑的な視線を俺に向けた。

 

 



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