刃の下に心あり 03 >>
授業を終えマンションに戻った栞は、広く閑散としたリビングを見つめ苦笑する。
そして秋篠広哉に貸し与えていたノートパソコンを起動させて、電子の精霊シンクレアに命令を下した。
「シンクレア、ちょっと手狭だけどこっちに移って頂戴」
「……本当に一人で行っちゃうの?」
栞はその問い掛けに答えようとはしない。
沈黙することで彼女の決意が揺るぎないものだと伝えている。
シンクレアは溜息を吐き、自分の本体であるバイナリファイルを転送し始めた。
西日差す暗い部屋に点灯する二つのアクセスランプ。
彼女は制服を脱いでハンガーに掛け、皺を伸ばして自室に入る。
そして数分後、外出着に着替え姿を現した時には、ファイル転送も終了していた。
栞は小さな旅行鞄にノートパソコンを詰め、二つ折りにしても電源が落ちないことを確認した。
「大人しくしていたら四時間は保つと思う。それまでには着けると思うから……」
「はぁい……」
彼女は書棚から薄いファイルを二冊取り、それをノートパソコンに重ねて旅行鞄をソッと閉じた。
机の上にあるメモ用紙に時間を掛けてメッセージを残す。
秋篠くんへ
私がいなくなったからといって、下着を物色したらコロスわよ。
それと下御門さんは秋篠くんには勿体ない子よ、大切になさい。
下御門さんへ
あなたが来てくれて踏ん切りがつけた。
秋篠くんは馬鹿だから何するか分からないし、手綱を握っていてくれる人がいてホッとしてる。
少し重荷になるかも知れないけど、姉さんの面倒をみてもらえないかしら。
御守りの中に通帳が入っているから、入院費用は大丈夫だと思う。
それも多分しばらくのことだから――。
二人へ
タンディラジオシャックの居場所だけど、かなり前から突き止めていたの。
けれど残された姉のことを思うと、一人で戦いを挑むなんて出来なかった。
少し前に医者から告げられたの。お姉さんはこのままではそう長く生きられないだろうって。
失った半身、その半分でも取り戻せば、姉さんは死なずに済む。
だから仲間が欲しかったの。無理矢理この道に引き込んでごめんなさいね。
馬鹿……もとい秋篠くん、知らないふりをしていてごめんなさいね。
明日には決着がつけられると思う。
もしそうでなければ、貴方たちにどうこう出来る相手ではないという証。
仇討ちとかやめてよね。そういうの嫌いだから。
栞はメッセージを書き終え、背を伸ばして鞄を手に取る。
そして玄関の扉を開け放ち、階下に広がる夕暮れの街に目を細めた。